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一章   扉を開く少女


 サラティータは、少女独特の甲高い声を耳にして視線を向けた。

 見ると、肩にかかるくらいの長さの亜麻色の髪の少女が、長い赤茶色の髪の少女に向かって何かを言っていた。


「……またかよ。ミアの奴……」


 ぼそりと呟き、サラティータは溜め息を吐いた。頭を掻いて、呆れた様子で少女達の方へと向かう。


「どうして、いっつもそんな涼しげな顔でいられるのよ」


 小鳥のさえずりのような甲高い声で、亜麻色の髪の少女、ミアが言う。

 赤茶色の髪の少女は、小さく首を傾げるだけで何も言わない。

 そんな彼女に対し、かっと頭に血が上ったようにミアが叫んだ。


「ちょっと! 何とか言ったらどうなのよ!」


 赤茶色の髪の少女の肩を強く押そうと、ミアは手を伸ばした。

 赤茶色の髪の少女に手が当たる前に、タイミング良く別の手がミアの手を止めた。


「おい、何度も言ってるけどさ、ミア。こいつは喋れないんだ。ついでに、毎日毎日こいつに絡むのやめろよ」


 赤茶色の髪の少女を庇うように前に立ち、サラティータは呆れた声で言った。


「絡んでないわよ! 何を言っても、何も言わないから頭に来て聞いてるだけじゃない!」


「それを絡んでないって言うんなら、何を絡んでるって言うんだよ。本当に何度も言ってるけど、喋りたくてもこいつは喋れないんだ。理由は言えないんだけどさ」


 サラティータの言葉に、後ろに立つ赤茶色の髪の少女が申し訳なさそうな表情を浮かべ、ミアに頭を下げている。

 その行動に、ミアの言葉が止まる。


「……分かったわよ。私も言い過ぎたわ。次は気を付けるわ。じゃあね」


 あまり納得がいかない顔をしつつもミアは頷いて、サラティータ達から離れた。


「――全く。喋れなくても、身振り手振りとかで何とか意思の疎通をしろよ、エイリ」


 自分の家へと帰っていくミアの後ろ姿を見送っているエイリに、呆れたように溜め息を吐きながらサラティータが呟く。

 こちらを呆れたように見下ろしているサラティータに気付き、エイリも見上げる。

 腕を組んで自分を見ている長身のサラティータを何度もエイリは目を瞬かせる。


「俺とかにさ、いつもしてるようにしろよ。そしたら、あんなに絡まれることないって」


 サラティータの言葉に、エイリはふるふると頭を振る。そして、彼の服の袖を掴む。


『サラティにしているようにしたら、ミアさんが驚く』


 綺麗な高い声がサラティータの頭の中に響いた。


『それに私の声が聞こえるの、サラティの力のおかげだから、同じことをしても分からないよ』


 尚も響く声に、サラティータは唸った。


「……確かにそうだけどさ。俺が助けられない時もあるんだからさ、少しは何とかしろって。俺はアイス兄さんのように守る専門じゃないから」


 拗ねるように言った後、サラティータは自分が言った言葉を思い出し、はっとしたようにエイリを見た。

 少しだけ、よく見ないと気付かないくらいの一瞬、エイリの表情が固まった。


(……やべっ。アイシェルド兄さんのことは禁句だった……)


 内心、ひやりとした表情を浮かべ、サラティータは申し訳なさそうにエイリを見た。

 アイス――アイシェルドはサラティータの兄であり、エイリの婚約者だ。

 八年前にアイシェルドは幼いエイリを連れ、自分達が住むイーファ島から離れた地で行方不明になった。

 アイシェルドの弟であるサラティータも含め、二人の家族は二人を探し回り、数日後、島から遠い地にいたはずのエイリだけが島の森で発見された。

 事の発端を発見されたエイリからそれぞれの家族は聞こうとするが、声を出すことが出来なくなった彼女からは聞けずにいた。

 その時、サラティータが持つ、喋ることが出来ない者の声を聞く力で彼女の代わりに説明をした。

 事情を知ったそれぞれの家族は今もアイシェルドをずっと探している。


「……あのさ、エイリ。アイス兄さんを探したい気持ちは分かるけど、絶対、使うなよ、力」


 必死に顔色を変えないようにしているエイリを見て、サラティータは言う。

 弾かれたように顔を上げ、エイリは驚いたようにサラティータを見た。


「やっぱり。また行方不明になったら、おばさんもおじさんも悲しむから、絶対にやめろよ。特にエイリの力は俺やアイス兄さんの力と違って、珍しくて変わった力なんだからさ」


 小さく息を吐き、サラティータは頭を掻いた。

 眉を寄せて俯くエイリを見た後、サラティータは周囲を見渡した。

 エイリの力は珍しくて変わっている。彼女は自分の手で扉を開けると、知らない場所に繋がってしまうという力を持っている。

 その力でアイシェルドとエイリは八年前に島から遠く離れた地に行き、行方不明になった。

 まだ制御が出来ない今のエイリではまた行方不明になってしまう。エイリの持つ力を知るのは彼女の家族と、彼女の婚約者であるアイシェルドの家族だけだ。


「もし、エイリの力がどっかの国の王とか貴族とかに知られたら大変なことになるかもしれないんだぞ。エイリの力を悪用するかもしれないんだからさ」


 諭すようにエイリの綺麗な青い目を見つめ、サラティータは話す。


(まぁ、そうならない為に俺がいるんだけどさ。でも、これって本来は婚約者のアイス兄さんの役目だよな)


 納得したように小さく頷き、エイリはゆっくり歩く。その歩調に合わせて、サラティータも横に並んで歩く。

 エイリの力を悪用されないようにサラティータは兄の婚約者、幼馴染みでもある彼女を護衛している。

 サラティータ自身もエイリと同じく、他の人と変わった力を持っているからというのが理由だ。それは喋ることが出来ない者の声を聞く力と、光で剣を作る力。

 その力でサラティータは行方不明の兄の代わりに、エイリを守っている。

 行方不明の兄のアイシェルドも似た力を持っており、彼は癒しの力と光で盾を作る力だ。

 行方不明になる前はその力でエイリを守っていた。生まれ育ったイーファ島ではその力を使うことはほとんどなかったが。

 イーファ島は大陸の東端にあり、島と大陸の間は一年中、雨が降っている。その為、八日に一回しか船の行き来はなく、大陸のどの国にも属さず、隔絶されたような島だ。


「あのさ、エイリ。もう一度言うけど、絶対に力を使うなよ。力を使わなくても、定期便に乗って大陸

に行こうとするのもなしだぞ。本当におばさんとおじさんが悲しむから」


 エイリの家に着き、サラティータは念を押すように言った。

 エイリも大きく頷き、サラティータに微笑んだ。

 その微笑みに、サラティータの心臓がどきりと鳴る。


「わ、分かったんならいいよ。じゃあ、俺、家に帰るな。じゃあな!」


 慌てて言い、サラティータはエイリの家の扉を開けると、風のように歩いた。

 家の門をくぐり、早足で帰っていくサラティータを見送り、エイリも彼が開けてくれた扉をくぐった。


「お帰り、エイリ」


 家の中に入ると、すぐ女性の声が聞こえた。養母のエレインの声だ。

 エレインはエイリが四歳の時に亡くなった母の親友で、身寄りのない彼女を引き取ってくれ、実の娘のように可愛がってくれる人だ。エレインの夫のアレフも、彼女と同じく実の娘のようにエイリに優しくしてくれる。養父母はエイリにとって大切な人達だ。

 エイリはエレインの声に答えるように微笑んだ。


「サラティ君はもう帰ったの?」


 エイリの代わりに扉を閉めて、エレインは尋ねる。

 エイリが頷くと、エレインは残念そうな表情を浮かべる。


「サラティ君が来ると思って、料理を多めに作ったのに……」


 エレインの言葉を聞き、エイリは養母の袖を小さく引っ張り、身振り手振りでサラティータの家を指差し、笑う。


「え? 今から持っていくの? エイリが?」


 養母の問いにエイリは大きく何度も頷く。


「それは構わないけど……大丈夫?」


 心配そうにエイリの顔を覗き、エレインは眉を寄せる。

 尚も頷き、エイリは養母を安心させるように微笑み掛ける。


「……分かったわ。今から準備するわね」


 そう言って、エレインは台所へ向かう。サラティータの分の料理をガラスの容器に詰め始める。


「じゃあ、お願いね。エイリ、何かあったらすぐ逃げるのよ。いいわね?」


 料理を詰めたガラスの容器をエイリに渡し、エレインは言い聞かせるように告げる。

 ガラスの容器を受け取り、エイリは何度も頷いた。


「本当に気を付けてね。早く帰ってくるのよ」


 扉を開けてあげ、エレインはエイリの背中に声を掛ける。

 エイリは振り返り、手を振って微笑んだ。

 家の門をくぐり、エイリは少し離れた位置にある隣の家、サラティータの家に向かう。

 サラティータの家に向かう途中、港から島の住民のざわめきが聞こえた。大陸からの定期便で誰かが来たのだろう。

 ゆっくりとサラティータの家へ歩きながら、エイリは気になり、港へ目を向ける。

 定期便から来た人が婚約者のアイシェルドであって欲しい。そう思いながら。

 じっと見つめると、港で聞こえるざわめきの一つがエイリの耳まで届く。


「おい、あそこに赤い髪の娘がいるぞ」


 聞き覚えのある声に驚き、エイリはびくりと身を震わせた。


「赤い髪はそういない。あの時の娘に違いない」


「今度こそ、捕まえて売ろうぜ」


 ざわめきの中、しっかりと聞こえた声にエイリは戦慄が走る。

 港から目を逸らし、エイリは逃げるようにサラティータの家の扉の前に立ち、叩く。

 何度か叩くと、家の中からサラティータが出て来た。


「ん? あれ、エイリ? どうしたんだ?」


 ついさっき別れたはずのエイリに驚き、サラティータは目を何度も瞬かせる。

 サラティータの顔を見て、エイリは少し安堵の表情を浮かべる。


「とりあえず、入るか?」


 少し怯えているような様子のエイリに眉を寄せ、サラティータは家の中を指差す。

 震えながらエイリは頷き、家の中に一歩踏み出す。

 エイリが中に入ったのを確認して、サラティータは扉を閉めた。


「で、いきなり家にまで来て、どうしたんだ?」


 広間に案内し、長椅子にエイリを座らせながら、サラティータは尋ねた。

 尋ねられたエイリは思い出したようにサラティータにガラスの容器を渡す。


「ん? 料理? おばさんから?」


 ガラスの容器を受け取り、サラティータはじっと容器を見て、エイリに目を向ける。


「本当? 助かったー。実はさ、ちょうどさっき父さんと母さんが村長のところに行ってて、今日は帰らないんだ。夕食どうしようかと思ってたんだ。ありがと」


 小さく頷くエイリを見て、サラティータは嬉しそうに笑った。


「それと、気になったんだけど、さっき怯えていたように見えたんだけど、何かあったのか?」


 ガラスの容器をテーブルに置き、サラティータはエイリを見る。

 ぎゅっと右手で自分の左の袖を強く握り、エイリは俯き、何でもないと言うように首を振った。


「何でもないって、そう見えないぞ。何があったんだ? おばさんと何かあったのか?」


 サラティータの問いに、エイリは首を振る。違うらしい。


「じゃあ、何があったんだ? ミアに何か言われたのか?」


 次もエイリは首を振った。これも違うらしい。


「……じゃあ、何なんだ? ちゃんと言ってくれないと分からないよ」


 困ったように息を吐き、サラティータは辛抱強く待つ。


『……何でもないよ。心配掛けてごめんね、サラティ』


 ぎゅっとサラティータの袖を掴み、エイリは必死に微笑んだ。

 どう見ても何でもないように見えないエイリを見つめ、サラティータはもう一度息を吐いた。


「……分かった。何も聞かない。けど、言える時になったらちゃんと言えよ?」


 両手を挙げ、降参するようにサラティータは言った。

 小さく、けれどしっかり頷き、エイリは申し訳なさそうに頭を下げた。

 もう一度、サラティータと別れ、エイリは養父母が待つ自分の家へ戻った。



 次の日、昨日の定期便で島にやって来た人達は商人で、大陸の物を売りに来たとエイリは養父のアレフから聞いた。

 信頼出来る養父から聞いても、エイリは信じることが出来なかった。

 あの声はどう聞いても、八年前に自分とアイシェルドを襲った男達の声だった。顔は港で見ていないから分からないが、忘れるはずのない声だった。

 エイリは俯きながら、部屋の窓から外を見る。

 アレフの言った通り、男達は商人のような格好で店を広げて、島の住民達に物を販売していた。

 笑顔を振り撒き、物を売る男達は時折、エイリの家を見る。窓から覗くエイリと目が合い、男達は下品な笑みを浮かべた。八年前と同じ笑みだった。

 エイリは慌ててカーテンを閉めて、窓から離れた。

 胸を押さえ、何度も肩を上下させる。落ち着かせるように、深呼吸をする。

 ―――怖い。ただ、それだけがエイリの心を占める。

 アイシェルドと再会するまで切らないと誓った長い、赤い自分の髪をぎゅっとエイリは両手で握る。

 どのくらい握っていたのか、エイリはサラティータの声で我に返った。


「エイリ? 大丈夫か?」


 肩を揺らすサラティータにエイリはびくりと身を縮めた。


「あ、悪い。そこまで驚かせるつもりはなかったんだ」


 片手を顔の前で上げ、サラティータは謝る。


「どうしたんだ? 顔色、悪いけど」


 サラティータの言葉に、エイリは何でもないと言うようにふるふると頭を振る。


「本当か? あんまり無理するなよ。ところでさ、昨日、定期便で大陸の物を売りに来たっていう商人がいるけど、見に行かないか? エイリが気に入る物があるかもしれないし」


 問いにエイリは頭を振り、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いいのか? 行かなくて。まぁ、エイリが行かないならいいけど。あ、俺? 俺はあんまり興味ない。ただ、エイリが昨日から元気がなかったからさ、大陸の物とかで気が晴れるかなって思ってさ」


 照れ臭そうに笑い、サラティータは近くの椅子に腰掛ける。


「本当に見なくていいのか? ミアの話だと女物の装飾品とか売ってるらしいけど」


 サラティータの問いに、エイリはもう一度首を振る。


「珍しいな。いつもなら買わないけど見に行くのに。あの商人達と昨日、何かあったのか?」


 その言葉に、エイリの動きが固まる。

 エイリの行動を見逃さなかったサラティータは眉を寄せた。


「……何があった?」


 震えるエイリを見つめ、サラティータは問い掛けた。


「言えよ。エイリの声、俺しか聞けないんだぞ。一人で抱え込むなよ」


 椅子から立ち上がり、サラティータはエイリの手を掴む。

 エイリの細い手首が震えているのを感じ、サラティータは不審に思う。


「俺には言えないことか? 俺じゃあ、力になれないことか?」


 震えたまま何も言わないエイリに、サラティータは表情を曇らせる。


『……違うの……昨日じゃなくて、あの時にあったことなの……』


 震える声が、サラティータの頭の中で響いた。


「……あの時?」


 眉を寄せ、サラティータは鸚鵡返しに尋ねた。


『……八年前に、アイスと私を襲った人達なの……。商人じゃないの……。あの人達、私を捕まえようとしてるの……』


 泣きそうなエイリの声が頭の中で響く。

 エイリの言葉を聞いたサラティータは血の気が引いていくのを感じた。


「……エイリ。今、あいつらがアイス兄さんとエイリを襲ったって言ったか……?」


 もう一度、確かめるようにサラティータは訊く。

 ゆっくりと、しかし、しっかりとエイリは頷いた。

 サラティータは目を大きく見開き、エイリの手をゆっくりと離した。

 しばらくの間、部屋の中は沈黙が支配した。





 それから二日が過ぎた。

 エイリは男達には近付くことなく生活をしていた。

 毎日、サラティータが顔を出してくれたが、男達の話題は出ることはなく、普段と変わらない会話しかしなかった。お互い、触れないようにしていると言った方が正しいかもしれない。

 今日もサラティータが朝、顔を出してくれたが用事があるのか、すぐ何処かへ行ってしまった。

 エイリは養母のエレインから頼まれ、近くの森へ木の実を採りに一人で来ていた。

 正直、一人で動きたくなかったが、何も知らない養父母に断る理由を伝えられなかった。

 理由を話したことで心配も迷惑も掛けたくなかった。

 何事も起きないようにと願いながら、エイリは薄暗い森を歩く。

 薄暗いその森は怖いほど静かだった。

 幼い時から何度も訪れたことがある森だったが、エイリは好きではなかった。

 この森は、大陸でアイシェルドを置き去りにして、最初にイーファ島に戻った時の場所だった。

 アイシェルドを失い、そのショックで言葉を失い、訪れる度に何かを失っているように感じるその森の中央でエイリは立ち止まり、顔を上げた。

 光もほとんど届かない薄暗い森の中央にある太い木に生る赤い実にエイリは手を伸ばす。

 その時だった。


「見ぃ~つけた」


 聞き覚えのある低い男の声が背後から聞こえた。

 エイリはびくりと身を縮め、勢い良く振り返った。

 頬に鋭い刃物で斬られたような傷がある男が、上から下まで舐めるようにエイリを見ている。

 忘れることがない男の頬の傷と顔、八年前のあの時と同じように共にいた四人の男達にエイリは戦慄が走る。


「やっぱり、あの時の娘だな。美人になったな」


 下品な笑みを浮かべ、傷のある男はエイリに近付く。

 エイリは男が近付く度に後ろへと離れようとする。


「あの時は小僧のせいで売ることが出来なかったが、今度は逃さないぜ」


 ぎゅっと右手で左の袖を握り、顔を青ざめたように逃れようとするエイリに笑みを浮かべ、傷のある男は腰に掛けた半月のように大きく曲がった剣の柄を握る。

 後ろへ下がり、身体が近くの木に当たり、エイリは息を飲む。


「逃げられないぞ」


 尚も下品な笑みを浮かべ、傷のある男はエイリの手首を掴もうと手を伸ばそうとする。


「そうはさせるかっ」


 声と共にエイリと傷のある男との間に、黒い影が滑るように入り込んだ。サラティータだった。

 現れたサラティータに驚いて、エイリは青い目を大きく見開いてその背中を見つめた。


「その手でこの子に触るな」


 睨むようにサラティータは告げる。手には光で出来た剣が握られている。


「エイリ、大丈夫か?」


 相手を警戒しながら、肩越しからサラティータは問う。

 小さく頷くエイリに安堵したようにサラティータは息を吐いた。


「……良かった。後を追い掛けて正解だった」


「ちっ、また邪魔か。前と同じく妙な技を使う奴か! おい、全員で仕掛けるぞ」


 舌打ちをして、傷のある男は仲間の四人の男達に声を掛ける。四人の男達もそれぞれ武器を構える。

 サラティータもエイリを庇うように光で出来た剣を構え、睨む。

 その様子を後ろからエイリが眉を寄せて、青ざめた顔で見て、何かを決意したような表情をした。

 そして、男達が一斉に剣を振り上げた瞬間、エイリはサラティータの左手を掴み、思いっきり力強く引っ張り、駆け出した。


「逃がすかっ! 待ちやがれっ!」


 駆け出したエイリとサラティータに驚きつつも、傷のある男達は後を追い掛けた。


「エイリっ、離せよっ」


 思いっきり強く引っ張られたまま、サラティータはエイリに怒鳴るように叫ぶ。


『離さない! サラティをアイスのようにしたくないよ!』


 薄暗い森を突っ切りながら、エイリは大きく首を振った。


「したくないって、俺は大丈夫だ! 大体、逃げたってどのみちこの島にいる以上は逃げられないんだぞっ」


 声を上げ、サラティータは背後を見た。後ろから怒声を上げながら、男達が追い掛けてくる。


『サラティと同じようにアイスも大丈夫って言ったけど、私は嫌だよ!』


 森を出て、エイリはサラティータの手を掴んだまま、自分の家へ戻る。

 そのまま、家の裏にある物置小屋の扉にエイリは左手で勢い良く開け、その先へと止まることなくエイリは踏み込んだ。


「エイリ?!」

 引っ張られたまま、サラティータも扉をくぐり、目の前のエイリに驚いたように声を掛けた。背後を見た。男達もエイリが開けた扉をくぐるのが見えた。


「おいっ、エイリっ!」


 目を見開き、サラティータはもう一度、右手に力を込め、光で剣を作る。

 エイリの足が止まり、サラティータも足を止めた。

 そして、サラティータは周囲を見て愕然とした。

 目の前には何もない荒野が広がっていた。




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