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序章   荒野にて




 目の前には荒野が広がっていた。

 周囲には人影もなく、少ない緑と遥か遠くに土色の盛り上がった高い山がただひたすら見えるだけだった。

 自分一人だけがここにいるという錯覚を起こした少女は、隣に立つ少年の手を、存在を確かめるかのようにぎゅっと強く握った。

 すると、少女の不安を感じ取ったのか、少年も強く、優しく握り返してくれた。


「大丈夫。俺がいるよ」


 にっこりと優しく微笑み、安心させるように少女に囁いた。

 少女は安心して頷いて、手を繋いだまま、荒野を二人で歩いた。

 一歩踏み出した時、少女達を拒むかのように強い風が吹いた。砂が目に入らないように少女は手で顔を覆う。

 隣の少年も、右手で庇うように少女の顔を自分の胸元に近付け、空いている左手を自分の目の前に出して風を遮る。そのままの状態で少年は一歩下がり、辺りを見回した。近くに屈めば風を防げるくらいの岩を見つけ、少女を連れてゆっくりと近付く。

 岩まで辿り着き、岩の陰に身を沈めて少年は安堵の息を洩らした。


「風が止むまで、ここで待とう」


 少年の言葉に、少女はこくりと頷いた。

 強い風の音を聞きながら、少女は両膝を抱えた。


「……ごめんね。わたしのせいだね」


 小さく、泣きそうな声で少女は告げた。


「エイリのせいじゃないよ。俺が行きたいって言ったんだから、俺のせいだよ」


 首を振って、少年はエイリという名の少女に向かって言い、優しく微笑んだ。

 小さく幼いエイリの頭を撫で、少年は空を仰いだ。

 風で砂埃が舞う時折見える空は青く澄んでいる。あと少しここで待てば、風は止むだろう。


「あと少しで風が止むから、風が止んだら帰ろう」


 落ち込んだ表情を浮かべているエイリに、安心させるように少年は告げた。

 小さく頷き、エイリは笑った。

 その笑顔にほっとして、少年は小さく息を吐いた。

 風の音が段々小さくなり、少年は辺りを窺う。風も止み、砂埃も舞っていない。

 今しかないと思い、少年は立ち上がった。


「もう大丈夫だよ。エイリ、帰ろう」


 優しく笑って、少年はエイリに手を差し延べた。エイリも笑い返し、少年の手を握る。

 少年はエイリの手を引いて、通った道を戻る。

 広い荒野の真ん中にぽつんと建っている小さな家が遠くに見える。

 その家に向かって、少年はエイリと共に小さな足跡を残して進む。

 どのくらい歩いたか分からないくらい進んだ時、後方から激しい地鳴りの音が聞こえた。

 振り向くと、砂埃を舞わせて、五頭の馬がこちらに向かってくる。

 少年とエイリは立ち止まり、五頭の馬に乗っている人達を見た。

 馬は少年とエイリの前で止まり、乗っている五人の男達がこちらをじろじろと見下ろしている。

 上から下まで舐めるように、五人の内の一人がエイリを見た。

 視線を感じ、エイリは見上げると頬に鋭い刃物で斬られたような傷がある男が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべていた。

 エイリは怯えて、少年の後ろに隠れる。

 少年は庇うようにエイリの前に立ち、男達を睨むように見上げていた。


「威勢がいいなー、小僧」


 頬に斬り傷がある男が、少年に顔を近付けて面白そうに言う。


「だが、そんなちっぽけな手じゃ俺達には敵わないぜ?」


 男は尚も下品な笑みを浮かべ、少年の顔を強く殴ろうと手を伸ばした。

 瞬間、少年と男の間に白い光が発し、頬に斬り傷のある男と、他の男達を弾き飛ばした。

 その隙に、少年はエイリの手を引いて、先に見える小さな家へと向かって駆けた。


「エイリ! 痛いけど我慢してっ」


 手を強く引っ張りながら、少年はエイリに叫んだ。


「うんっ!」


 エイリは肩で息をしながら、大きく頷く。

 後ろから男達が怒声を上げて、さっきの光で馬が逃げ出したのか、走って追いかけてくる。

 少年とエイリは必死に走り、広い荒野にぽつんとある家の扉に辿り着く。

 その時だった。

 頬に斬り傷のある男が追いついてきた。


「小僧! 妙な技を使いやがって!」


 目をぎらつかせ、男が怒鳴る。

 扉の前で追いつかれ、少年はエイリの前に立ち、再び男を弾き飛ばそうと構える。


「珍しい赤い髪の娘を売るために殺そうと思ったが、小僧も利用価値があるようだ」


 ぎらついた目で少年を見下ろし、男は腰に佩いている半月のように大きく曲がった剣を鞘から抜いた。

 剣を男は少年の足に目掛けて振る。

 少年はそれをなんとか紙一重で飛び退いて避け、エイリの手を持って走った。

 家の中に飛び込み、中にあった木箱や古いタンスなどを扉の前に置き、扉を開かないようにする。

 少年は一息ついて、エイリに顔を向けた。


「エイリ、今のうちに逃げろ!」


 少年の言葉にエイリは大きく首を振った。


「いやだよ! いっしょににげる!」


「俺なら大丈夫だから! 早く!!」


 声を上げる少年に、恐怖で青ざめた顔でエイリは尚も大きく首を振る。


「やくそくしたもん! わたしといっしょにかえるって!」


 頑として逃げようとしないエイリに頭を抱えながら、少年は小さく息を吐いた。


「そんなことを言ってる場合じゃないんだよ。俺なら自分の身を守る術があるけど、エイリは……」


 そう言いながら、少年はエイリを抱き締めた。

 小さく、幼いエイリを、同じく子供の自分がどう守れるか……男達に出会った時から決まっていた。


「俺だって、エイリと離れたくないよ。約束を守りたいよ。でも……今の俺の力じゃあ、あいつらからエイリを守れないよ」


 ぽつりと耳元で呟き、少年はエイリの頭を撫でた。


(それに、こうなったのは俺のせいなんだ。だから、エイリだけは家に戻さないと……)


 最後の言葉は言わず、エイリの赤茶色の髪に映える緑色のリボンを結び直し、少年は彼女を見つめた。

 エイリも大きな青い目を少年に向けている。

 泣いてはいないが、スカートの裾を強く握って自分を心配して見つめるエイリが、少年はとても嬉しかった。


「エイリ。絶対帰るから。絶対何があってもエイリを守るから、先に帰って……」


 泣きそうになって掠れた声で少年は告げている時、扉を強く叩く音が聞こえた。

 振り向いて、少年は慌てて扉の前に置いてある物を押さえた。

 扉の向こうから、何を喋っているのか分からないが男達の怒声が聞こえる。


「早く! エイリ、逃げて」


 少年は物を押さえながら、エイリに顔を向ける。

 扉を強く叩く音に怯えながら、エイリは頑なに首を振った。


「駄目だ! 早く! じゃないとあいつらが来る!」


 必死に物で扉を押さえながら、少年は叫ぶ。

 エイリは尚も大きく左右に首を振る。


「早く! 逃げろ!!」


 怒鳴るように少年が言うと、エイリは後ろへ一歩下がる。

 その動きを見て、少年はほっと息を吐く。

 そして、エイリを見ないように扉を押さえている物を睨むように見つめ、手に力を込める。

 中からでは聞こえないが、男達が何かを言っている。

 少年はその声に気を取られ、背後のエイリの行動に気が付かなかった。

 突然、小さな左手が、少年の右手を掴んで引っ張った。

 驚いて、少年は尻餅をついた。

 そのまま、少年は引っ張られた。見ると、エイリが顔を赤くしながら、必死に引っ張っていた。


「エイリ、何で逃げないんだよ!」


 そう言いながら、少年はエイリが向かっている方を見た。

 物で押さえている扉の反対側に、もう一つ扉があった。そこから逃げようとしているのか。

 だが、物で押さえている方の扉が、男達が体当たりをしているのか、強い衝撃を何度も受けて開こうとしている。

 扉を押さえないと、例え、ここから逃げてもまた追い掛けられてしまう。


「エイリ、俺はいいから!」


 叫びながら、扉に視線を向ける。

 扉の隙間から男の太い腕が伸びて、扉を押さえている物を手探りで退かしている。

 少年は焦った。

 今、扉を押さえないと、自分はともかくエイリが捕まってしまう。

 自分を引っ張るエイリの手を離そうと少し力を入れ、彼女の手からするりと少年は手を離した。そのまま、少年はエイリとは反対方向に向かって駆けた。

 少年の手が離れたのと同時に、エイリの右手が扉にかかった。

 エイリは少年の手が離れたのに気付かず、扉を開けた。

 扉の向こうは荒野ではなく、見知った森が広がっている。

 扉から一歩、足を踏み入れる。

 エイリは男達に対する恐怖で、一気に森の中を走った。

 そして、ふと気付いてエイリは立ち止まった。

 少年の手を握っていたはずの左手を見る。握っていた感触があったのに、少年の姿が見えない。

 心臓が何度も、何度も大きく飛び跳ねるのを感じ、エイリは胸に手を当てながら周囲を見渡した。

 光があまり入らない薄暗い森の中には、エイリ以外には誰もいない。いつも傍にいてくれる少年の姿が何処にも見当たらない。

 ゆっくり、ゆっくりとエイリは地面に膝をついた。






 この時から、エイリは言葉を失い、大切な人に会えなくなった。




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