手紙
本作品は、示唆や教訓を内包しない、純粋に娯楽作品として読まれるべきものである。
※(改)とありますが、誤字脱字、読みやすさに関わる文体などの若干の修正のみです。
昔、子供の頃に読んだSFでは、人工冬眠からの目覚めというものは、まるでそんな事など無かったように、ただ目を閉じて開けるだけだったとか、目覚めたら、理由もわからないままただ滂沱として涙が流れたとか、いろいろな話があった。
自分が人工冬眠から目覚めて、実際のところ、どうだったかと言うと、目覚めたかどうか判然としない。
ぼんやりとした、まどろみの時間が延々と続いていた気がする。
それから、少しづつ、どこに居るのか、何が起きているのかが感じられるようになり…そして、人工冬眠からの目覚めの中にある、という事に気がついたのは、もうかなり時間が経ってからだったように思えた。
何か、温かい湯のようなもの浸けられ、全身に暖かかったり、冷たかったりする風を浴び、柔らかい手で体中をマッサージされ…それを幾度となく繰り返した後になって、ようやく、自分が何者で、どうして人工冬眠に入ったのかを思い出してきた。
つまりは、大学の前期考査が終わり、悪友共が集まって、その打ち上げ、というかバカ飲みの席。
ついに登場した民生用人工冬眠のお試しコースというのをやってみよう、という事になったのだ。
お試しコースの期間は一週間。
悪友共と一緒に、酒を飲んだ勢いにまかせ、一週間だし、どうせ大したことはないだろう、という軽いノリでやってみた訳だ。
が…実際に体験してみると、確かに、寝る時は大したことなかったのに、起きるための処置は、思ったよりも大仰で手間と時間の掛かるものだった。
料金表を見せられたときの「お試しコース」以外の、家すら買えてしまう価格も納得できるものだ。
まどろんでは眠りに落ちる、その合間に、少しだけ意識がはっきりする、そんな繰り返しの中で、少しづつ自分を取り戻してきたが、どうしても充分に戻ってこないものがあった。
それは視力だった。
「ええ、生身の方にはよくある話で…」
自分の担当だと言う、技術者なのか先生なのか、身分のよく分からない女はそう言った。
声からすると、自分と同じくらい若い。
今ひとつピントの合わない目を凝らして、どんな姿なのか見定めようとするが、おそらくは白衣らしきものを着ている、黒髪で女性だ、という事以外よく分からない。
「サイボーグ化措置を受けていない方が、人工冬眠から目覚めると…特に長期間人工冬眠されていた方は、一時的に視力が落ちるんです。まあ、長くても2~3週間ほどで、回復しますので、心配しなくても大丈夫です」
サイボーグ化?。それに、長期間って、一週間だったはずなんだが…
下手に延長されていたら、バイトすら手が付かないまま、夏休みが終わってしまう。
私は慌てて、彼女に訪ねた。
「すみません…今日は、何月何日なんです?」
彼女は、少し間をおいて、それから答えた。
私は、窓からぼんやりとした風景を眺めていた。
視力は大分回復していた。窓の外の風景も大体の様子は分かるし、人の顔も何となく分かる。
だが、まだ文字が読める程には戻っていない。
…私が人工冬眠して目覚めるまで、実に数百年が流れていた…にわかには信じがたかったが、それは多分事実だった。
その信じられない現実を、受け入れられなくても、信じざるを得なくさせるものが、窓の外にはあった。
窓の外の、左右に迫り上がるように歪んだ風景…。
自分は今、円筒状のスペースコロニーの中にある冷凍睡眠者専用の施設に居るのだ。
聞けば、私が冷凍冬眠に入ってすぐに、恐ろしく大規模な…史上最大の太陽嵐が発生したという。
太陽嵐の結果、まず最初に訪れた、電磁波バーストで、壊滅的な電波障害が発生し、世界中の通信が、一時的にせよ遮断された。
その後に訪れたコロナ質量放出で、地球軌道上の通信衛星などの殆どが機能を喪失。
人工衛星の多くは、軌道を周回するだけのスクラップとなった。
結果、測地や通信、気象など、衛星を利用した観測やサービスが完全に麻痺。
さらに、太陽風擾乱により、世界中の発電所や変電施設が障害を起こし、その多くが損傷損壊。主要国での全電源喪失が起きた。
生産、物流、通商その他への影響は、計り知れないものとなった。
だが、被害はそれだけに留まらなかった。
大規模な電磁パルスは、個人や企業、行政、軍隊などのパソコンや、組み込みコンピュータが破壊された。
放送設備や、レーダーや電波望遠鏡と言った電磁波を使う機器は、その殆どが修理不可能なレベルで破損。
海底ケーブルの一部は機能喪失を免れたものの、地上にあるネットワークハブなどの中継機器などが被害を受けたことで、全地球的な通信ネットワークが崩壊。
そして、これが最も大きな影響を及ぼしたのだが、それまで地球に蓄積されていた、電子的なデータの7割が消滅してしまった…
この太陽嵐から始まった、地球規模の未曾有の大災害、大惨事を、『今』では「大喪失」と呼んでいるという。
その「大喪失」の齎した、壊滅的な状況の中で、私の収められていた冷凍睡眠装置は、幾つもの偶然の重なった結果、奇跡的に故障を免れた。
しかし、その一方、私を「いつ目覚めさせればよいのか」といった情報は失われ、その後の世界規模での混乱も相まって、数百年もの長きに渡って、人工冬眠させられる事になった。
私は冷凍睡眠装置の中で眠ったまま、さまざまな紆余曲折を経て、この軌道上にある冷凍睡眠者専用施設に送られ、そして先日、ようやく私は人工冬眠から開放された…という訳だ。
この、にわかには信じがたい…信じられない…信じたくない途方も無い話を、受け入れられたのは、自分の担当となった女性…だと思っていたカウンセリングロボットのおかげだろう。
『彼女』は、私の心情や精神状態を見事に捉え、適切に対処し、私が未来に飛ばされた事を、受け入れさせてくれた。
…だが、だからといって、遠い過去に置き去りにした、両親や妹、悪友、知人友人たちの事を忘れられる訳ではない。
子供の頃は別にして、思春期となって以来、邪魔だと思う事が多くなったかもしれないが、それでも、心の底では信頼していて、私にとって、頼りになる存在だった両親。
両親とあまり仲が良くなかった代わりに、私と仲がよく、私も一番可愛いと思っていた妹。
碌でもないことに誘ったり誘われたり、親の苦労も顧みず、好き勝手に遊び、酒を飲み、笑い合っていた悪友。
未来を共に語り合った親友…
実家、地元、学校、あの狭いアパートの一室に収められていた、音楽メディアや、パソコン、本、マンガ、ポスター、冷蔵庫の中のビール、つまみ…
何もかもが、一瞬にして消え去った。
全てのつながりが失われた。
自分はたった一人。
何も手元に残っていない。
未来に、たった一人で置き捨てられた人間となってしまったのだ…
「それで…他の人たちはどうしているんです?」
私は、カウンセリングロボットに訊ねた。
誰か他の人に…会ってみたい、話を聞いてみたい。
そういう欲求に駆られたからだ。
私の質問に、カウンセリングロボットは微笑んで答えた。
「今は、貴方にそれをお話する状態にはない、と考えています。もう少しこの時代、この世界に慣れて頂かないと」
私は食い下がった。
「でも…どうしても人に…人間に、会いたいんです」
誰か居るなら…とにかく誰もでいいから、人間に会いたかった。
カウンセリングロボットは、私の要求に対して、初めて困った顔を見せた。
「…正直なところを申し上げましょう…今、貴方が直接お話して、話が通じる人は、まず居ないでしょう」
「数百年も経ってますから、色々変化したところはあると思いますが、でも話す…いえ、会うくらいなら」
カウンセリングロボットは、困ったような笑みを浮かべる。
「順を追って説明しましょう。まず1つ目ですが、今、あなたとお話している、この『言葉』ですが、今の時代では、数百年前の古い、古語です。この古い言葉で話せる人は、一部の言語学者くらいでしょう。」
私は言葉に詰まった。
古文は昔から不得意で、何が書いてあるのかわからない、聞いても意味不明の、別世界の言語のように思えてならなかったのだが、今、自分が話している言葉が、古文…古語になってしまっているとは。
「2つ目は、常識です。今の時代は、貴方の時代の常識が、あまり通用しません。私のように、過去の情報を、全て、には程遠いですが、ある程度持っていて、貴方とこうして会話できるように配慮できる人は、かなり珍しいでしょう」
カウンセリングロボットは、そこで一旦、言葉を切って続ける。
「それと…これが一番大きな原因なのですが、貴方のような…電脳と統合されていない、未結合の脳のままの人は、今の時代には、やはり、ほとんど居ません。特別な理由もない限り、ほぼすべての人が電脳と結合し、人工知能と相補…というか一体化した複合知性体となっています。」
どう答えたら良いのか、もう分らない…私は口を閉じた。
カウンセリングロボットは続ける。
「私のような、ローカルな…人間の脳と結合していない、人工知能もまた少数派です。」
私は、ハッとして、カウンセリングロボットを見た。
「そんな大変なことでもないですから、そんな顔しなくてもいいですよ?、私は貴方のために、貴方がこの時代、この世界に馴染めるように、そのために、やってきたのですから。」
そこでカウンセリングロボットは、おどけたように笑って続ける。
「今の時代、人々はあまりに高性能になりすぎて、私達のように時代遅れになった存在と話すのは、あまり面白みがないんです。」
カウンセリングロボットは少し目を伏せる。が、何かを思い出したかのように、私の方を向いた。
「そうだ、今日は一つお話したいことがあったんです。」
私は、少し驚いた。
「え?、お話したいことって?」
「そうです。部屋に戻って、お待ち頂けませんか?、準備して、すぐに行きますので」
「あ、はい。わかりました。」
私はそい答えて、うなずいた。
私が部屋に戻ると、ほどなく、カウンセリングロボットが、何か、色のついた物を持ってやってきた。
視力が完全に戻っていないせいで、手に持っているのが何なのかは、分からなかったが、カラフルで…若干ケバケバしいという印象がないでもない。
厚みは、それほどではないのはわかった。
「貴方宛の封書なんです…驚いたことに、相当長い間、貴方に宛てて、定期的に届き続けていました。」
「封書?!、私…私宛にですか?、って郵便って今でもあるんですか?」
「郵便は、今でも重要ですよ?」
カウンセリングロボットは笑って答える。
「太陽嵐によるネットワークの崩壊後、しばらくは、本当に重要な連絡手段でしたし。今は、外惑星系との連絡には距離がありすぎて、高密度通信を行うために使用する電力や時間との費用対効果が疑問視される事もあります。それに、再び太陽嵐や類似の災害が訪れた場合を考えて、紙といった非電磁的物理媒体での情報の保存や連絡は重要だとされてます。」
「そ、それで、誰から…いや、その前にどんな事が書かれてるんです?、私宛に」
私は、何より『誰かが私を知っていて、連絡してくれている』という事実がただ嬉しかった。
「読みますか?」
カウンセリングロボットは封筒を開くと、中の紙を取り出し、読み上げた。
「お願いします」
私は…その内容を、とにかく早く知りたかった。
カウンセリングロボットは、静かに内容を読み上げる。
「健康保険料および、市県民税納付のお願い。
以下の期日までに、本通知郵送期日までの未納分、及び未納分に対する加算金を納付頂けるよう、お願い申し上げます。
また本通知の郵送日までに、お支払い頂けなかった未納分に対しては規定の利子が加算されます。ご注意ください。」
そして、その後には、私が人工冬眠し続けた間の、数百年分の健康保険料と市県民税の未納分と、それに対する利子が加算された、天文学的な請求金額が……
(了)
これらの全ては虚構であり、実在してほしくないなぁ……
思いついて勢いだけで書いた一本です。




