第9話 元孤児令嬢とヒュー・ウィンザー(アイビー視点)
最初は彼に取り入ろうとして接していた。
けれどその思惑はあまり上手くいかず、すぐに諦めてしまった。
それからは打算もなく、ただ言葉を交わす時間そのものが楽しくなった。
彼が孤児院を訪れる日を、いつの間にか心待ちにしている自分がいた。
自分と同じく両親のいない彼に、共感を覚えたからなのかもしれない。
傷付いた心の痛みを押し隠し、気丈に振る舞おうとするその姿に、尊敬と哀愁を覚えたからなのかもしれない。
「そりゃあ、こんなに綺麗な娘がいたら誰だって見る——」
そんな言葉は、これまで幾度となく浴びせられてきたはずだった。
けれど、フォレスト家の養子になって間もない頃のパーティーで。
「綺麗だ」と告げた直後に、慌てたように顔を赤らめる彼を見た瞬間——胸がきゅっと締めつけられた。
愛おしい、と思った。
あんなふうに心から笑ったのは、いつぶりだっただろう。
その反応があまりにも不器用で、可愛らしくて。
彼のことが好きなのだと、はっきりと気付いたのはそのときだった。
けれど、彼の隣に立ちたいとは思えなかった。
この身はあまりにも薄汚れている。
そんな自分が彼に触れることすら恐ろしくて。
だからこの想いは早々に断つべきだと——そう理解しているのに。
年を重ねるごとに、彼への想いは弱まるどころか、募る一方で——。
——貴方の声が、好き。
——貴方の笑顔が、好き。
——貴方の優しさが……どうしようもなく、好き。
自分の気持ちを押し殺し、こちらの意思を尊重してくれた彼。
その優しさをありがたいと思う一方で、強引にでもこちらの心の殻を破り、捕まえてほしいだなんて——。そんな身勝手な願いを抱いてしまった。
だからきっと、これは天罰なのだろう。
冷たい床に横たわり、指先からゆっくりと奪われていく体温を感じながら、彼との思い出を一つ、また一つとなぞっていく。
「——ヒュー様……私は……」
その言葉を最後まで紡ぐことは叶わず、アイビーの意識は静かに闇へと沈んでいった。




