第5話 祝祭
数日後。
空は雲一つない快晴で、昼の陽光が大地を明るく照らしていた。
ローゼングラスの村は祝祭の真っ只中にあり、通りには色とりどりの花布が飾られ、笑い声が絶え間なく溢れている。花輪を掲げた人々が行き交い、楽しげな雰囲気が春風に乗って村中を満たしていた。
ヒューは馬車の中からその光景を覗き込み、懐かしさと高揚が胸に込み上げるのを感じる。
向かいに座るアイビーへと視線を移せば、窓の外をきらきらと目を輝かせて眺めていた。
歩き回る予定のためか、本日の彼女は動きやすい装いだ。
装飾は控えめで一見するとシンプルだが、見る者が見れば一級品と分かる上質な布地のドレスである。
やがて馬車は広場に到着し、二人は順に外へ降り立った。
地面に足を着けた途端、楽しげな喧騒が、先程よりも一層大きく耳に飛び込んでくる。
「とても賑やかですね……」
アイビーが辺りをきょろきょろと見渡す。その瞳は好奇心に満ちていた。
そんな反応が、ヒューにはひどく新鮮で、思わず口元が緩むのだった。
ヒューも周囲を見回していると、あちこちで花を手渡す人々の姿が目に入った。
色はさまざまだが、どれも例外なく一輪の薔薇である。
この村には、祝祭の折に親しい相手へ薔薇を贈る風習があった。
贈る相手によって花の色が決まっており、家族には黄色、恩師や世話になった人には白、友人には桃色、そして——想いを寄せる相手には赤。
今日ここで、ヒューはアイビーに赤い薔薇を贈るつもりだ。
「とりあえず、屋台を見て回るか」
「はい」
二人は並んで歩き出し、屋台が立ち並ぶ通りへと足を向ける。
焼き菓子の甘い香り、香辛料の効いた料理の匂い、光輝くアクセサリー——。
アイビーの淡紅の瞳もまた、宝石のような輝きを放っていた。
そうして祝祭の空気を楽しんでいると、突如として広場に軽やかな音楽が鳴り響いた。
ローゼングラスに古くから伝わる、あの祝歌だ。
それを合図に、周囲の人々が次々と広場へ集まり、歌いながら輪になって踊り始める。
二人もその光景に心を弾ませ、自然と手拍子を打っていると、ひとりの少女がアイビーの手を取った。
一緒に踊ろう、とでも言うように。
アイビーは一瞬きょとんとしたものの、すぐに微笑み、少女と輪の中へ入っていく。
舞踏会で踊るような形式張ったダンスではなく、簡単なステップを踏むだけの素朴な踊りだ。
初めてにもかかわらず、アイビーはすぐにリズムを掴み、軽やかに身を揺らしていた。
楽しそうに笑い、歌いながら踊る彼女の姿に、ヒューは思わず眩しいものを見るように目を細める。
身体の中に、温かな感情が静かに広がっていった。
「ウィンザー様」
するとここで、アイビーがこちらへ手を伸ばしてきた。
「いや、俺は——」
踊りには自信がなく、咄嗟に断ろうとしたものの、近くにいた男達に陽気に背中を押されてしまう。
気付けば彼女に手を取られ、輪の中へ引き込まれていた。
最初は動きが分からず、ぎこちなく足を運ぶばかりだったが、よく見れば周囲の踊りは皆ばらばらだ。
決まった型などなく、思い思いに身を揺らしているだけらしい。
好きに踊っていいのだ。そう思った途端、肩の力が抜けた。
そこからは音楽に身を任せ、自然と笑みがこぼれる。
アイビーの軽やかな歌声が、楽しげな空気に溶け込んでいく。
春の陽光と音楽。人々の笑顔に包まれながら、ヒューはこの時間がいつまでも続けばいいと、心から願っていた。




