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第10話 悪意②(ジェマ視点)

 ジェマはフォレスト家の一人娘として生まれ、両親の惜しみない愛情を受けて育った。


「お前は世界で一番美しいよ」


 幼い頃から父にそう囁かれ、周囲の人々もまた口々に彼女の容姿を称えた。

「なんて可憐なお嬢様だ」

「宝石みたいに輝いている」

 家の中でも社交界でも、常に話題の中心だった。


 称賛されるのは当たり前。世界は自分を中心に回っている——ジェマは疑うことなく、そう信じていた。


 彼女が現れるまでは。


 ジェマが十二歳のとき、両親が養子を迎え入れた。

 相手は、自分より一歳年上の少女だという。


 ——孤児なら、おしゃれに気を遣う暇なんてなかったでしょう。きっと、みすぼらしくて冴えない子に違いないわ。


 内心そんなふうにほくそ笑みながら対面したジェマだったが、その考えは一瞬で打ち砕かれた。


 そこに立っていたのは、質素な平民の服に身を包みながらも、凛とした気配を纏う少女だった。

 艶やかな淡桃の髪に、透き通るような白い肌、整った目鼻立ち。長い睫毛に縁取られた淡紅の瞳は静かで、どこか影を帯びている。

 飾り気のない装いであるにもかかわらず、その美しさは隠しようもなかった。


 認めざるを得ない。

 この時点で、彼女は自分より美しい。


 アイビーという名のその少女は、ほどなくして一躍人気者となった。

 美貌だけではない。立ち居振る舞いは洗練され、言葉遣いも教養も申し分ない。


「アイビー様って、本当に気品があるわ」

「ジェマ様もお綺麗だけれど……少し気が強いところが、ね」


 そんな囁きが、耳に刺さる。


 ——あんな愛嬌のない女のどこがいいっていうのよ……っ!


 アイビーは感情を表に出さない、表情の乏しい娘だった。

 笑顔だけなら自分のほうが勝っている。それなのに——。


 人々は皆、彼女のもとへ集っていく。

 両親も、周囲も。


 ヒュー・ウィンザー(好きな人)さえも。


 同年代の他の異性とは違い落ち着き払った彼。

 小さい頃から想い慕っていた人。


 年を重ねるごとに、義姉への憎しみは募るばかり。

 どれほど嫌がらせを重ねても、彼女はいつも澄ました顔。


 アクセサリーを奪っても。

 わざとぶつかっても。

 コンテスト用のドレスを破いたときでさえ、彼女は騒ぎ立てなかった。

 静かに事実を受け入れ、誰も責めず、ただ身を引いただけだ。


 その態度が、ジェマの心をさらに掻き立てる。

 泣き叫んでくれればいい。怒り狂えばいい。

 なのに、彼女はいつも凪いだ湖面のようで——。


 それがジェマをいっそう苛立たせた。


 そして、とうとう恐れていたことが起きた。

 祝祭から戻った直後のアイビーの部屋へ突撃してみれば、彼女の手には赤い薔薇が——。


 それを見た瞬間、胸の中で何かが音を立てて壊れた。

 どうして。

 どうして。

 ——あの人と結ばれるのは私のはずだったのに……!


「——お義姉(ねえ)様、お父様がお話があるって。客間で待ってるわ」


 背中へと伸ばした手が、躊躇いなく彼女を突き飛ばす。


 階段を転げ落ちていく身体。

 その光景を前にしても、罪悪感は一片も湧かなかった。


 邪魔者がいなくなって清々した。

 それだけだ。


 ジェマは何事もなかったかのような顔で踵を返し、静かに自室へと戻っていった。


 けれど、目論みは思い通りにいかず。

 ほどなくして手洗いへ向かった父が、階段の下に倒れているアイビーを発見し、屋敷は騒然となる。

 すぐに医師が呼ばれ、手当てが施された。


 日付が変わった今も、彼女の意識は戻っていない。だが残念なことに、命に別状はないらしい。


 ——どうしよう。このままじゃ……。

 このままでは、義姉とヒューが婚約してしまう。


 焦りに駆られたジェマは、何か手はないかと父の書斎へ忍び込んだ。

 そこで、彼女は見つけてしまったのだ。

 義姉の身辺調査報告書を。


 唇に歪んだ笑みが浮かぶ。

「やったわ……! これをヒュー様に見せれば——」


 きっと、百年の恋も一瞬で冷めるだろう。

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