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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.4 The Book of Judges/士師記

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094 ティチューバ15/食事の時間

 小悪魔は忠実で勤勉で、主人のため身を粉にしてはたらきつづけた。村に存在するあらゆる建物のなか、あらゆる物陰をのぞきこみ、そこで小声のお祈りをつづけている老人がいないかを探した。近隣の森をしゅんびんに跳ねまわっては、走って逃げようとする少年たちをとらえた。木の上にのぼって息を殺していたかしこい少女も、のがれることはできなかった。


 いまも、一匹の小悪魔が、ある家のなかをさがしまわっていた。

 ひとりごとをつぶやくようにきいきいと鳴き声をあげつづけながら、ときおり鼻息をあらげ、家具をたおしてはけたたましい破壊音を生み出した。小悪魔が食器棚にとびのり、それをけとばした拍子に棚じたいがぐらりと揺らいだ。棚はけっきょく床へとたおれて、皿たちが割れる甲高い音がひびきわたった。と同時に、小悪魔は見た──皿が割れる音にあわせて外へ向かって駆け出した人影を。

 きい、とひと声歓喜に鳴いて、小悪魔はそのあとを追っていった。


 肉づきのよい、若い美女であった。それが、白いふくらはぎをさらすのもかまわず、一心不乱に走っているのだった。いかにも「悪魔」がこのみそうな食肉であったが、そのような価値判断も小悪魔は持ち合わせていない。小悪魔の仕事はあらゆる肉を主人のもとにはこぶことで、うまいまずいをさだめることではなかったからだ。だから無心に、小悪魔は女を追った。強靭な脚が地面を蹴り、ものの十数秒で女に追いついた。小悪魔はすぐにかかとの腱を爪で切り裂き、女の歩行能力をうばって転倒させた。


「いやあああ! いやあああああ!」


 女がさわぐのもかまわず、小悪魔はその新鮮な肉を引きずってゆく。女の暴れ方はちからづよく、小悪魔は何度もうっかり手をはなしてしまい、そのつどかかとを掴みなおさなければならなかった。喉を裂けば運ぶのはかんたんになったことだろうが、新鮮さをそこなう真似はゆるされていなかった。小悪魔は根気づよく、女のからだをじりじりとひきずっていった。


 と、小悪魔はなにかを見つけた。


 肉である、と小悪魔は認識した。

 まちがいなく、まぎれもなく、肉である。

 ただし、小悪魔たちが捕まえるべき人間であるのかどうかが、さだかではなかった。その肉には、手も足も目も鼻も口も、なかったのだ。それはただ、肉であった。ひとつかみほどの、“肉のかたまり”であった。


 小悪魔は、迷う。

 ひとたび肉をつかまえたなら、ほかの肉はほかの小悪魔にまかせておけばよい。ただ、脅威ならば、べつだ。脅威──すなわち、小悪魔たちの肉あつめを邪魔立てしうる存在ならば、打倒しなくてはなるまい。肉あつめに優先する事項として、それは主人から()()されていた。では目のまえの、この謎めいた“肉のかたまり”は、脅威であるのか。爪も歯も拳も筆杖ももたない、ただの無抵抗な肉と見える、これは?


 片手で女をつかんだまま、小悪魔は肉のかたまりへと触れた。わずかに立てた爪で、きい、とひと声鳴いてひっかいてみたのだ。


 とたんに、変化はおとずれた──肉のかたまりに、ぎょろりと目玉が()()()のだ。肉の一部に切れ込みがはいったかとおもうと、それがぱっくりと割れ、なかから眼球があらわれたのである。目玉はきょろきょろとあちこちを向いて、さいごに小悪魔へと据えられる。小悪魔は、その目玉と目を合わせるようにしてのぞきこんだ。きい、と鳴いてみると、目玉はぱちぱち、とまばたきをする。また、きい、と鳴くと、ぱちぱち。小悪魔は手をたたいてよろこび、きい、きい、となんどもまくしたて、そのつど、ぱちぱちというまばたきの返礼をうける。

 きいきい、ぱちぱち。

 きいきい、ぱちぱち。

 きいき──


 さいごの鳴き声は、半端なところでとだえた。とつぜん肉のかたまりから触手のように一部が伸び、小悪魔の口をふさいだかとおもうと、全身をぐるぐる巻きにしばりあげ、そのまま、のみこんだのだ。のみこみきれなかった小悪魔の足が、ばたばたとうごき、しかしなんの抵抗にもならず、肉のかたまりによってずるり、ずるりと啜り上げられていった。


 小悪魔は消えた。

 肉のかたまりだけが、のこった。


 肉のかたまりはひとまわりおおきくなった全身を、大儀そうにゆっくりと這わせ、たおれたままの女に近づいた。怯える女をのぞきこみ、例の目玉をぱちぱちとやった。


「ひっ」


 女が声をあげかけたしゅんかん、肉のかたまりはそのひきつった表情をおおいかくすようにのしかかっていた。女は気道をふさがれ、両手両足をばたつかせてもだえ苦しみ、やがて、痙攣してうごかなくなった。肉のかたまりが顔のうえをどくと、あとにのこされていたのは、酸で溶かされ、顔の前半分を髑髏にされた、無惨な屍体ひとつであった。


 *


 ごくん。


 口のなかのものをのみくだし、「悪魔」は気がつく。咀嚼が、止まってしまっている。つぎにほおばる食肉が、用意されていない。「悪魔」の本能は、むさぼり食えるいのちがまだまだ村のなかにのこっていることを察知していたというのに。

 言語にならない疑問をいだいて、「悪魔」は周囲を見わたした。


 小悪魔が、いない。

 一匹も。


「悪魔」はちいさな奴隷ミニオンどもをつないでいる糸をたぐって、連中をよびもどそうと試行する。だめだった。糸は、そのすべてがとぎれてしまっている。つまり、小悪魔のことごとくが死んでいるということだ。

 寝そべった姿勢から、「悪魔」は上体を起こすと、足を投げだし熊のようにすわった。禿頭のてっぺんを、ぽりぽりと掻く。しばらくそのまま放心したようにすわっていたが──やがて、一点に目を据え、立ち上がった。直立したまま、視線の据えられた先──こちらに向かって歩いてくる“女”と、そのうしろにしたがえられた巨大な肉塊へ向けて、警戒をあらわにした。


 洞人ドワーフの、女だ。

 種族のわりには長身だが、痩せており、あまり食いではなさそうだ。むしろ、背すじをぴんと伸ばしてこちらをまっすぐに見据えてくるその姿勢に、脅威をおぼえた。そしてそのうしろを這う、あの肉塊──「悪魔」自身とほとんどおなじだけの質量をもつ“あれ”こそ、あなどるわけにはゆかぬものだった。


 女が、「悪魔」のまえに立ち止まった。


「帰りなさい」

 女が言った。

「もう、じゅうぶん喰らったでしょう。約定の一六九人には、達したでしょう。あなたの世界へお帰りなさい。すでに喰らったぶんについては、かえせとは言いませんから」


   ()()()()()()()()()()


「わたしが、ですか? ええ、“喰らっています”。こちらにも、事情があるのです。喰らいたくて喰らっているのではない。殺さねばならないから、喰らっているのです。ですが、あなたには関わりのないこと。あなたにこれ以上、くれてやるわけにはいかないのです。あなたは、あきたらずむさぼりつづけるのでしょう? このまま好きにさせておけば、世界すべてを喰らうのが、あなたでしょう? 世界をまるごとのみこまれるわけには、ゆきません。帰りなさい、いますぐに」


   ()()()()()()()()()()


「会話になりませんね。なにか誤解しておいでですか。わたしのことばが『お願い』に聞こえたなら、伝えかたがよくなかったのでしょう。わたしが先ほどからしているのは、『警告』ですよ」


   ()()()()()()()()()()


「わかりました。

 ならば、決めましょう。

 わたしたちのいずれが、上位捕食者であるのかを。──ヘレン、」


 女──“おまえ”は、呪塊ブロブへと告げる。


「ごはんの、時間よ」


 呪塊ブロブは、「悪魔」へと喰らいついた。


 *


 勝負は、いっしゅんで決した。


 軟体動物のように、全身にからみついた呪塊ブロブを、「悪魔」の腹部にあいた巨大な口が、ばくんと噛みつき、すすりあげるようにして、ほおばってしまったのだ。くちびるがない大口が咀嚼するたびに、呪塊ブロブは外へのがれようともがくが、つねよりも小きざみに噛みつづけることで、「悪魔」はその脱出をはばんだ。またたくまに洞人ドワーフの皮膚がやぶれ、呪塊ブロブはたんなる肉片となって、「悪魔」に嚥下されていった。


 ごくん……。


 呪塊ブロブのすべてをのみくだして、「悪魔」は勝ちほこったようにおまえを見下ろす。


 しかし、おまえはうろたえなかった。

 むしろ退屈したように、手のひらをながめ、それを「悪魔」へと向けた。空っぽの手のひらに、“洞人ドワーフの口”があらわれた。


 そのしゅんかんである。

「悪魔」の胃のなかで、ちいさくきざまれた呪塊ブロブの肉片のひとつひとつに、おなじく、洞人ドワーフの口がうかびあがった。洞人ドワーフの口はあんぐりとあけ、まっしろな歯列でもって、手近な胃壁へと咬みついた。


「悪魔」はもだえくるしんだ。

 内臓を生きながらに食い尽くされる痛み、手も足も出ずにただ捕食されるおそろしさを、ただ味わった。それは「悪魔」が人間に対してあたえてきた苦痛と恐怖であり、じぶんが味わう羽目になろうとは、思ってもみなかった感情であった。


 こうして、“戦闘”はすぐさまに幕を閉じ──

 あとは、“食事”の時間がつづくばかりとなった。


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