091 ティチューバ12/火刑
牧師館を出たおまえたちを、村人たちが包囲していた。
予想は、できていた。
おまえが牧師館に向かったことも見られていたろうし、館の正面扉が打ちこわされていたのを見れば一目瞭然だ。とりかこむだけで、屋敷のなかまで突入してこなかったのは、慎重さか、臆病さか。
「わたしの後ろに」
アビーに声をかけて、おまえは両腕をひろげ、構える。いつでも影から肉の触手を放てる構えだ。
「さいしょに撃ってきたものは、かならず殺します」
声を張った。
「二十人以上はいると見えますが──わたしなら、死ぬまでにまちがいなく半数以上は殺せるでしょう。いのちが惜しいと思うなら、道を開けてください。この村を、出てゆくだけです。他には、なにも望みません。……どうか、おいのちをお大事に」
動揺が、村人のあいだにひろがる。
彼らは戦士ではない。名誉を重んずるこころなどなく、あるのはじぶんたちのいのちを惜しむこころだけだ。わざわざ「ひとりめ」になる愚を、すすんで侵そうとはしない。たがいに目くばせを交わし合い、どうするのかを探り合っている。
「道を、開けてください」
再度言って、歩をすすめた。一歩、二歩。あんのじょう、抵抗はない。刺激をしないように、かつ目を離さないようにして、おまえは歩みをつづける。背負ったベティの重さを感じ、後ろには、アビーの足音がつづいているのを聞きながら。
そのときだ。
がつん、という音とともに、おまえの後頭部に予期せぬ衝撃がはしった。まさか、とおまえはくずれ落ちながら背後を見た──アビーが、鋼鉄の燭台をふりかざしている。その目には、恐怖も迷いもない──軽侮と喜悦がないまぜになった、まんまと出し抜いてやったと誇る、満悦の顔。
──見誤った。
おまえは、気をうしなっていく。
*
目を覚ますと、身動きがとれなくなっていた。
がんがんと痛む頭が、しだいにひびいていた声をとらえはじめる。朗々とこだまする、政治家の雄弁だった。
「──おお、サミュエル・パリス牧師よ! 彼ほどの悪魔祓師は、バチカンにさえもまたといないだろう──真の偉大さとは、主の栄光のため、真正なる光のために、おのが身をささぐ、その勇敢にこそあろう! 彼はたたかった──たたかい抜いたのだ! このうつくしい村を、魔女の支配から解きはなたんと、すべての暗がりを光もて打ち払わんと、断固たる決意でたたかったのである! この卑劣にして卑怯な魔女めは、そんな牧師を悪魔の策略におとしいれたが──われらがパリス牧師は敗れはしなかった! 見よ、この磔になった見すぼらしい魔女のすがたを! これこそがパリス牧師の遺した、勝利の栄光を告げる光景なのだ!」
歓声がまきおこった。
すさまじい熱量だった。おそらく、みずから歩ける村民のすべてが、この広場に詰めかけている、とおまえは磔台の上から見てとった。
──これは、証なのね。
おまえは悟る。
──この刑を見届けにこなければ……あるいはおおきな歓声をはりあげなければ……じぶんが魔女と見なされてしまうから。だからああやって、必死に証しているのだわ。
「また、われわれはすでにこの魔女の同胞を、一四四人まで特定し終えている! これでようやく、すべてが終わるのだ! わが郡より、すべての魔女を打ちはらい、すべての恐怖を終えるしゅんかんがやってきた! そのことを、郡知事たる私はよろこびをもって宣言したい……暗黒は、この火刑をもって打ちはらわれるのだから! ……おどろくなかれ諸君、一四四人のほとんどは、この女とおなじ洞人だ! われらは旧い伝承と教会につたわる記録とをつきあわせ、ついに魔女と呼ばれるものどもの首魁が、この見ぐるしい黒い肌をもつ矮人どもであると、ついにつきとめたのだ! 諸君らも、この猿のような連中があやしいと感じたことはないか? 魔女騒動がなかったときにも、この醜い連中にえたいの知れぬ嫌悪を感じたことがあるのではないか? その直感はただしい──その直感こそが、主のみちびきであったのだ! これ以後、洞人なる悪魔の手先どもが、この新大陸においてずうずうしくも繁栄をとげることは、二度とないと約束しよう──ここでの始末をつけしだい、私は大英帝国へともどる。そこで、女王陛下と大主教猊下に、本件の顛末をちょくせつ申し上げるつもりである! 洞人とよばれる“魔女の民族”を、これ以上のさばらせておいてはならない、と!」
ふたたびの大歓声。
諸手をあげてそれを受ける知事を、おまえはねめつける。罵ってやりたかったが、猿ぐつわのせいで、ことばを出すことはできなかった。その視線に気がついて、知事はこちらを見る。それから芝居っけたっぷりにおののいてみせ、民衆に向かっておまえを指ししめした。
「おお見よ諸君──魔女ティチューバの邪眼を! これほどおぞましい目つき……まさしく、呪いにとりつかれたる魔女のすがたに他なるまい!」
どよめきが巻き起こった。
何人かが、「おまえなど怖くないぞ、魔女め!」「黒い悪魔めが!」などと野次を飛ばし、いくつかの石を投げつけてくる。
おまえが群衆のほうに視線をめぐらせると、野次はまたたくまに収まった。ただ、おまえにはどうでもよいことだ──おまえが群衆を見渡しているのは、そのなかに少女のすがたがないかを探してのことだ。アビーがいま、どんな顔でこちらをながめているのか──笑みを浮かべているのか、それとも恐怖を抱いているのか。
しかし、アビーのすがたは見当たらない。
ありえない──悪意によって人をおとしいれるのを好むものが、あらゆる危機に優先してその感情を優先するものが、この巨大な結末を見届けずにすませるはずがない。かならず、おまえの火刑を見にくるはずだ。しかし、なんど見渡しても、路地からおっかなびっくり覗く顔をさがしても、アビーは見当たらない。
──アビーが、こないことがありうる?
おまえは、知事がふたたび演説にとりかかったのを黙殺し、あらゆる声を意識から遮断して、かんがえをめぐらせた。いったい、なにがあったのか。アビーは、囚われたのか。屋敷に閉じ込められて監視下に置かれているのか、それとも、例の“埋め込み”処置がおこなわれたのか──。
と。
おまえは、ふいに見つけた。
アビーだ。アビーが、教会のちかくにいる。
だれもがおまえを見つめているから、アビーの存在には気づいていないらしい。少女は、教会の周囲を歩きながら、そこに藁束を一定の間隔で置いていた。いまはそこに、壺からなにかどろりとして黄味がかった液体をそそぎかけ、染み込ませている。その壺に、見憶えがあった。
──油脂。
アビーがなにをしようとしているのかを悟り、おまえは猿ぐつわごしに叫んで伝えようとした。じぶんではなく、教会のほうへと注目を向けさせ、アビーを止めさせようと努力した。しかし、猿ぐつわのせいで、その意図は叶わない。
「ざんねんだったな魔女め! 呪文を口に出そうとしても無駄だ──いいかげん、観念するがよい!」
勝ち誇って告げる知事をよそに、おまえは騒ぎをつづけ、視線で教会を指ししめそうと、むなしいこころみをくりかえした。群衆はおまえに罵声を浴びせるのにいそがしく、ふりかえって教会を見てみようと思うものはいないらしかった。さいごにこんなにももどかしさを味わうはめになるとは、おまえには思いもよらなかった。せめて手が縛られてさえいなければ、せめてこの猿ぐつわさえなければ──。
「これより、魔女ティチューバの火刑をはじめる!」
知事の宣言に、人びとは熱狂した。そしていよいよおまえの足元へ火がはなたれると、いよいよ、そこから目を離せるものはひとりもいなくなった。
*
燃え尽き、黒ずんだ炭のようにちいさくなったおまえは、夕陽がさしかかるなか、磔台から下ろされた。
弱い火力でとろとろと炙られたために、磔にもちいられた太い丸太はほとんど焼け残っている。作業者が数人がかりでおまえの屍体を丸太から剥がすと、焦げた肌がべろりと剥けて、またピンク色の肉があらわになった。鼻をつく死臭がまたいっそうつよくただよい、村人の何人かがたまらず嘔吐した。
だれも、目が離せなかった。
むごたらしい見世物をたのしむようなこころは、火が「魔女」の足を舐めはじめた時点で、すでに消え失せ、あとはただ惨憺たる死から目をそむけたくてしかたなかったというのに──数秒も、目をそらしていられなかった。なにかに強制されでもしたかのように、村人たちはおまえの死を、数時間かけて見届けた。
なにかを話すものも、ひとりもいなかった。
あれほど騒ぎ、あれほど勝ちほこった知事でさえも、同様だった。あのときことばの在庫をすべて吐き出し尽くしたらしく、ただ疲れ切った老人の顔で、どこかふてくされたように、後始末のようすを呆然とながめているのだった。
やがて、だれからともなく帰途につこうときびすをかえすものが出はじめたころになって、はじめて──それに、村人たちが気がついた。
「教会が、燃えてるぞ!」
「火事だ!」




