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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.4 The Book of Judges/士師記

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090 ティチューバ11/あなたは子供

「……わたし、」

「ひっ」


 謝罪のことばを口ばしろうとしたが、かえってきたのは悲鳴だった。おまえは、いま彼女らに必要なのは謝罪などではないと思いいたり、ことばを変えた。


「落ちついて、ください。わたしは、牧師でも拷問官でもありません。あなたがたを傷つけたり、いたしませんわ」

「その声……」ひとりがおずおずと言う。「ティチューバ……?」

「ええ、そうです」


 おまえがうなずくと、話しかけてきたものは、安堵の声をあげた。


「よかった。……お願い。わたしたちはいいの。それより、牧師館へ。ベティがひどい目に遭ってるって聞いたの。助けてあげて──あの子はまだ十歳なのよ。お願い──」

「でも、あなたたちは……」

「行くまえに、ひとつだけ、お願いしたいことがあるの。()()()()()()()()()()()

「……そんな、なにを」

「わかるでしょう、ティチューバ。わたしたちのだれも、もうまともに生きていけるからだじゃない。それよりも、痛いの。苦しいの。……終わらせてほしいのよ。……ねえ、聞いて。わたしたちのさいごの願いよ。拷問官に責め立てられたさいごのほう、わたしたちの願いはただそれだけだった──火あぶりにされるまえに、喉を切ってもらうこと。じぶんのからだが焼けていく苦痛を味わうまえに、召されること。それを条件に、わたしたちはいくつも告発させられたのだから」


 ことばも、出なかった。

 ひとはそこまで、残酷になれるものなのか。


「お願い、ティチューバ……」


 ──いや。

 ──ほんとうに残酷なのは、わたしだわ。まぎれもなく。


「……帰ってくるわ」

 おまえは言う。

「ベティをたすけて、帰ってくる。そのとき、もういちど話しましょう。いいわよね、()()

「お願いね、ティチューバ」


 おまえは、()()()()()にうなずきを返した。


 *


 貯蔵庫をあとにしたとき、おまえをいくつもの筆杖先が出むかえた。


 先頭にいたのは、パリス牧師だった。

 村人の男たちが恐怖に筆杖ペン先をふるえさせているのとは対照的に、落ちつきはらった声で牧師は言う。


「ティチューバ、動かないことだ。

 ……どうやって拘束をのがれたのかは、もはや訊くまい。おまえが魔女ウィッチのちからを、“呪術”をもちいたことは明らかだからだ。真の魔女ウィッチにして、今回の騒動の黒幕──やはり、おまえだったのだな、“魔女ウィッチ”ティチューバよ」


 パリスは声をはりあげる──


「だが! それもここまでだ! おまえはこれよりただちに火刑に処する。もはや逃れる手だてはないぞ。おまえの()()()()の郎党についても、すでに洗い出しは済んでいる! きたならしい洞人の魔女が、あれほどひそんでいたとはおどろきだったが──それも、もはやこれまでだ!」


 ──()()()()


 おまえは、いやに具体的な数字に首をひねる。しかし、すぐに思いいたった。二十五人、足すことの一四四人というわけだ。

 くつくつと、おまえは笑う。


「なんだ! なにがおかしい、魔女!」

「いえ。ずいぶんと律儀なことだなと、ついおかしくなりまして」


 すこしして、おまえは笑いやんだ。


「……はあ。失礼しました、旦那さま。あまりにかわいらしい筋立てで、つい乗ってさしあげたくなってしまいました。ですが、おあいにく。乗ってさしあげるわけにはまいりません。……ひとたび負うた罪を、一人勝手におろしてしまうことは、許されないのです。ですから──お許しくださいまし、ね」


 おまえはおじぎのために前で組んでいた両手を、ときはなった。


 と同時に、パリス牧師が下を向いて目を剥く。彼らが気づかぬうちに、おまえは“影”──肉のかたまりを、村人たちの足元へと這いひろげさせていたのだ。月光によって伸びた影としか見えていなかったものが、おまえの動きにあわせてすばやく触手を伸ばし、すべての筆杖ペンをつつみこむようにして奪い去っていくのを、村人たちは驚愕の表情で見送るばかりだった。


 あっというまに武装解除させられた村人たちは、そのまま、肉がさらにひろがって全身をのみこもうとするのに、あらがうことができなかった。肉の圧力につつみこまれ、締めつけられる。息が詰まり、くわえて空気がなくなり、狼狽を助長させる。

 彼らが気をうしない、全身のちからを脱力させたところで、おまえはときはなった。

 このまま肉に飲みこませ、強酸を分泌してどろどろに消化し、肉のかたまりへと合流させてやることもできた。だが、村人たちに対してはそこまでやりたくなかった──悪人におどらされ、混乱することは、愚かではあっても罪であるとは言いがたかった。


 パリス牧師は、ちがった。

 おまえはパリス牧師をときはなつことは、しなかった。肉のなかでわめきつづけていた牧師の声は、おまえが“分泌”をしたとたんに断末魔の叫びへと変わり、そして聞こえなくなった。


 すこし、待った。


 おまえの足元へと肉はもどり、また影の擬態をとりもどして沈黙した。違うのは、その影が大人の肉体ひとつぶんの質量を、さらにくわえていたという点だけだった。ふたたび、おまえは歩きはじめた。牧師館へと。


 村を横断するみじかいあいだにも、さらになんどか襲撃を受けた。

 真述ロジックのほのおがおまえをかすめ、そのたびにおまえはその筆杖ペンのありかへ向けて手を伸ばす──すると影から突出した肉が襲撃者の顔を打ち、ただちに昏倒させた。おまえは落ちつきはらって歩をすすめ、歩調をいささかも乱すことなく、こうしてすべての襲撃をいなしていった。


 牧師館へと、たどりついた。


 沈黙のうちに沈んでいた扉は、大質量の肉塊を叩きつけられてこなごなに破砕した。木片をふみしめて、館のなかに入る。召使としてつとめたおまえには勝手知ったる邸内だが、いまはほとんど灯りらしい灯りがともされていないせいで、うすぐらく、どこか他人行儀さをただよわせていた。


 それでも迷いなく、おまえは階段をのぼった。


 ベティの部屋も、アビーの部屋も、二階にある。階段をのぼりきると、ベティの部屋からふたりぶんの気配をかんじた──すうすうと寝息を立てる音と、息を殺そうとつとめているらしき音。

 扉をひらいた。


 突きつけられた筆杖ペン──たどたどしい詠書スペリングをおこなっていた最中のそれを、おまえは伸ばした手であっさりとつかみあげ、奪い取った。


「あっ──!」

「アビーさま」


 たしなめるような声音とともに、おまえはアビーのほとばしりかけた叫び声をすんでのところで、手のひらで抑えた。アビーの口をおおったままに、つづけた。


「お騒ぎになりませんよう。わたしはあなたを傷つけにきたのではございません。連れ出しにまいりました。この村は危険です──ある陰謀が、すすみつつあります。ここから脱出する必要が、あるのです。ベティさまもご一緒に。……ここまで、よろしいですか? 理解できたら、声を出さずにうなずいてください」


 こくこくと、アビーは小きざみにうなずいた。

 目にはまだ、恐怖の色がある。


「ありがとうございます。問題は、ベティさまです。ベティさまは、何日もずっと眠ってらしたままでしょう? まちがいありませんね?」

 こくこく。

「よかった。ベティさまは、起こしてはなりません。なんらかの手段で、解授を図るまでは。ここから逃れるには、わたしがベティさまを抱いて運ばねばならない。アビーさまには、ご自身の足で走っていただく必要があります。よろしいですね?」

 こくこく。

「武器をさがしましょう。いちど、手を離しますよ。お叫びになったり、されませんよう。なにか、アビーさまがお持ちになれそうな、武器になりうるものはございますか?」

「……筆杖ペンじゃ、だめなの?」

「悪くありませんが、詠書スペリングが遅すぎます。わたしごときに手もなく奪われているようでは、お話になりませんわ。もっと練習なさってください。……そうね、これでいいでしょう。どうですかアビーさま、重さは?」


 手渡された鋼鉄の燭台を、アビーはなんどかふりおろす真似をする。


「……ちょうどいいみたい」

「では、そちらで」

「……ねえ、ティチューバ」さぐるように、アビーはおまえの目を見上げてくる。「あなた、いつからそんなに遠慮のない物言いになったわけ」

「お気に障ったとしても、謝りませんよ。わたしはもうこの屋敷の召使でも、あなたがたの子守でもないのです。あなたさまがいくら生意気をおっしゃっても、聞き入れる義務は持ち合わせておりません。わかったら、さっさとお支度を」


 寝台でこんこんと眠るベティをかかえあげ、シーツの端を裂いてつくった即席のロープで、じぶんの背中へと手早く縛りつけてゆく。ぐったりとした少女のからだは重く、洞人ドワーフの頑健な肉体がなかったら、これを運びながら逃げるというのは現実的でなかったろう。おまえは、はじめてのように、じぶんの人種へ感謝した。


「終わりましたか、アビーさま」

 ふりむいた。またしても、筆杖ペンがこちらへと向けられていた。


「……アビーさま」

「まだ、なんの説明も受けてないわ。あなたは信用ならない──いったいなんだって、わたしたちがこの村から逃げなくちゃならないの。陰謀ってなんなの。あなたは閉じ込められていたはずなのに、なんだってひとりで出歩いてるのよ。ほかのみんなは──パリス叔父さまは、いったいどこにいるの」


 おまえは、黙った。

 しかし、すぐに思い直して、返答した。


「悪魔、です」

「……なんですって?」

「パリス牧師は、悪魔を喚ぼうとしています。それも、アビーさま、あなたがふざけ半分に、見よう見まねで喚び出しかけたあの下級悪魔ではありませんわ。牧師とその一党がもくろんでいるのは、一六九人もの生贄をささげる、ほんものの悪魔召喚なのです。この魔女狩り騒動は、()()()()()仕組まれた。魔女ウィッチと名指した相手を死刑に処し、それをそのまま生贄として転用するために。ほんとうの悪魔崇拝者──すなわち“魔女ウィッチ”は、パリス牧師たちだったのです」

「そ、んな……。叔父さまが……」

「アビーさま」


 おまえはアビーと目線を合わせ、語りかけた。


「あなたは、根っからの性悪、見たこともないようなくそがきです」

「なっ──!」

「でも、“子供”なのです。子供は、まちがえる。子供は、未熟。だから、そのあやまちを責めたってどうにもならない。叱りつけて、二度とやらないように覚えこませるだけです。それ以上のこと、たとえば死をもって罪をつぐなわなければならないなどと、わたしはけっして思わない。だから、助けにまいったのです。このままこの村にいれば、あなたもベティさまも、狂信者たちの食いものにされてしまう。だから、逃げなくてはならないのです。……お分かりですね」


 アビーはくちびるを噛みしめた。筆杖が、おろされた。

 おまえはアビーをいちどだけ、抱きしめた。

 耳元で、ささやく。


「館をでたら、わたしから離れないで。ちかくにいてくださるかぎり、このティチューバがお守りいたします」


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