090 ティチューバ11/あなたは子供
「……わたし、」
「ひっ」
謝罪のことばを口ばしろうとしたが、かえってきたのは悲鳴だった。おまえは、いま彼女らに必要なのは謝罪などではないと思いいたり、ことばを変えた。
「落ちついて、ください。わたしは、牧師でも拷問官でもありません。あなたがたを傷つけたり、いたしませんわ」
「その声……」ひとりがおずおずと言う。「ティチューバ……?」
「ええ、そうです」
おまえがうなずくと、話しかけてきたものは、安堵の声をあげた。
「よかった。……お願い。わたしたちはいいの。それより、牧師館へ。ベティがひどい目に遭ってるって聞いたの。助けてあげて──あの子はまだ十歳なのよ。お願い──」
「でも、あなたたちは……」
「行くまえに、ひとつだけ、お願いしたいことがあるの。わたしたちの喉を、切って」
「……そんな、なにを」
「わかるでしょう、ティチューバ。わたしたちのだれも、もうまともに生きていけるからだじゃない。それよりも、痛いの。苦しいの。……終わらせてほしいのよ。……ねえ、聞いて。わたしたちのさいごの願いよ。拷問官に責め立てられたさいごのほう、わたしたちの願いはただそれだけだった──火あぶりにされるまえに、喉を切ってもらうこと。じぶんのからだが焼けていく苦痛を味わうまえに、召されること。それを条件に、わたしたちはいくつも告発させられたのだから」
ことばも、出なかった。
ひとはそこまで、残酷になれるものなのか。
「お願い、ティチューバ……」
──いや。
──ほんとうに残酷なのは、わたしだわ。まぎれもなく。
「……帰ってくるわ」
おまえは言う。
「ベティをたすけて、帰ってくる。そのとき、もういちど話しましょう。いいわよね、サラ」
「お願いね、ティチューバ」
おまえは、サラ・グッドにうなずきを返した。
*
貯蔵庫をあとにしたとき、おまえをいくつもの筆杖先が出むかえた。
先頭にいたのは、パリス牧師だった。
村人の男たちが恐怖に筆杖先をふるえさせているのとは対照的に、落ちつきはらった声で牧師は言う。
「ティチューバ、動かないことだ。
……どうやって拘束をのがれたのかは、もはや訊くまい。おまえが魔女のちからを、“呪術”をもちいたことは明らかだからだ。真の魔女にして、今回の騒動の黒幕──やはり、おまえだったのだな、“魔女”ティチューバよ」
パリスは声をはりあげる──
「だが! それもここまでだ! おまえはこれよりただちに火刑に処する。もはや逃れる手だてはないぞ。おまえの一四四人の郎党についても、すでに洗い出しは済んでいる! きたならしい洞人の魔女が、あれほどひそんでいたとはおどろきだったが──それも、もはやこれまでだ!」
──一四四人?
おまえは、いやに具体的な数字に首をひねる。しかし、すぐに思いいたった。二十五人、足すことの一四四人というわけだ。
くつくつと、おまえは笑う。
「なんだ! なにがおかしい、魔女!」
「いえ。ずいぶんと律儀なことだなと、ついおかしくなりまして」
すこしして、おまえは笑いやんだ。
「……はあ。失礼しました、旦那さま。あまりにかわいらしい筋立てで、つい乗ってさしあげたくなってしまいました。ですが、おあいにく。乗ってさしあげるわけにはまいりません。……ひとたび負うた罪を、一人勝手におろしてしまうことは、許されないのです。ですから──お許しくださいまし、ね」
おまえはおじぎのために前で組んでいた両手を、ときはなった。
と同時に、パリス牧師が下を向いて目を剥く。彼らが気づかぬうちに、おまえは“影”──肉のかたまりを、村人たちの足元へと這いひろげさせていたのだ。月光によって伸びた影としか見えていなかったものが、おまえの動きにあわせてすばやく触手を伸ばし、すべての筆杖をつつみこむようにして奪い去っていくのを、村人たちは驚愕の表情で見送るばかりだった。
あっというまに武装解除させられた村人たちは、そのまま、肉がさらにひろがって全身をのみこもうとするのに、あらがうことができなかった。肉の圧力につつみこまれ、締めつけられる。息が詰まり、くわえて空気がなくなり、狼狽を助長させる。
彼らが気をうしない、全身のちからを脱力させたところで、おまえはときはなった。
このまま肉に飲みこませ、強酸を分泌してどろどろに消化し、肉のかたまりへと合流させてやることもできた。だが、村人たちに対してはそこまでやりたくなかった──悪人におどらされ、混乱することは、愚かではあっても罪であるとは言いがたかった。
パリス牧師は、ちがった。
おまえはパリス牧師をときはなつことは、しなかった。肉のなかでわめきつづけていた牧師の声は、おまえが“分泌”をしたとたんに断末魔の叫びへと変わり、そして聞こえなくなった。
すこし、待った。
おまえの足元へと肉はもどり、また影の擬態をとりもどして沈黙した。違うのは、その影が大人の肉体ひとつぶんの質量を、さらにくわえていたという点だけだった。ふたたび、おまえは歩きはじめた。牧師館へと。
村を横断するみじかいあいだにも、さらになんどか襲撃を受けた。
真述のほのおがおまえをかすめ、そのたびにおまえはその筆杖のありかへ向けて手を伸ばす──すると影から突出した肉が襲撃者の顔を打ち、ただちに昏倒させた。おまえは落ちつきはらって歩をすすめ、歩調をいささかも乱すことなく、こうしてすべての襲撃をいなしていった。
牧師館へと、たどりついた。
沈黙のうちに沈んでいた扉は、大質量の肉塊を叩きつけられてこなごなに破砕した。木片をふみしめて、館のなかに入る。召使としてつとめたおまえには勝手知ったる邸内だが、いまはほとんど灯りらしい灯りがともされていないせいで、うすぐらく、どこか他人行儀さをただよわせていた。
それでも迷いなく、おまえは階段をのぼった。
ベティの部屋も、アビーの部屋も、二階にある。階段をのぼりきると、ベティの部屋からふたりぶんの気配をかんじた──すうすうと寝息を立てる音と、息を殺そうとつとめているらしき音。
扉をひらいた。
突きつけられた筆杖──たどたどしい詠書をおこなっていた最中のそれを、おまえは伸ばした手であっさりとつかみあげ、奪い取った。
「あっ──!」
「アビーさま」
たしなめるような声音とともに、おまえはアビーのほとばしりかけた叫び声をすんでのところで、手のひらで抑えた。アビーの口をおおったままに、つづけた。
「お騒ぎになりませんよう。わたしはあなたを傷つけにきたのではございません。連れ出しにまいりました。この村は危険です──ある陰謀が、すすみつつあります。ここから脱出する必要が、あるのです。ベティさまもご一緒に。……ここまで、よろしいですか? 理解できたら、声を出さずにうなずいてください」
こくこくと、アビーは小きざみにうなずいた。
目にはまだ、恐怖の色がある。
「ありがとうございます。問題は、ベティさまです。ベティさまは、何日もずっと眠ってらしたままでしょう? まちがいありませんね?」
こくこく。
「よかった。ベティさまは、起こしてはなりません。なんらかの手段で、解授を図るまでは。ここから逃れるには、わたしがベティさまを抱いて運ばねばならない。アビーさまには、ご自身の足で走っていただく必要があります。よろしいですね?」
こくこく。
「武器をさがしましょう。いちど、手を離しますよ。お叫びになったり、されませんよう。なにか、アビーさまがお持ちになれそうな、武器になりうるものはございますか?」
「……筆杖じゃ、だめなの?」
「悪くありませんが、詠書が遅すぎます。わたしごときに手もなく奪われているようでは、お話になりませんわ。もっと練習なさってください。……そうね、これでいいでしょう。どうですかアビーさま、重さは?」
手渡された鋼鉄の燭台を、アビーはなんどかふりおろす真似をする。
「……ちょうどいいみたい」
「では、そちらで」
「……ねえ、ティチューバ」さぐるように、アビーはおまえの目を見上げてくる。「あなた、いつからそんなに遠慮のない物言いになったわけ」
「お気に障ったとしても、謝りませんよ。わたしはもうこの屋敷の召使でも、あなたがたの子守でもないのです。あなたさまがいくら生意気をおっしゃっても、聞き入れる義務は持ち合わせておりません。わかったら、さっさとお支度を」
寝台でこんこんと眠るベティをかかえあげ、シーツの端を裂いてつくった即席のロープで、じぶんの背中へと手早く縛りつけてゆく。ぐったりとした少女のからだは重く、洞人の頑健な肉体がなかったら、これを運びながら逃げるというのは現実的でなかったろう。おまえは、はじめてのように、じぶんの人種へ感謝した。
「終わりましたか、アビーさま」
ふりむいた。またしても、筆杖がこちらへと向けられていた。
「……アビーさま」
「まだ、なんの説明も受けてないわ。あなたは信用ならない──いったいなんだって、わたしたちがこの村から逃げなくちゃならないの。陰謀ってなんなの。あなたは閉じ込められていたはずなのに、なんだってひとりで出歩いてるのよ。ほかのみんなは──パリス叔父さまは、いったいどこにいるの」
おまえは、黙った。
しかし、すぐに思い直して、返答した。
「悪魔、です」
「……なんですって?」
「パリス牧師は、悪魔を喚ぼうとしています。それも、アビーさま、あなたがふざけ半分に、見よう見まねで喚び出しかけたあの下級悪魔ではありませんわ。牧師とその一党がもくろんでいるのは、一六九人もの生贄をささげる、ほんものの悪魔召喚なのです。この魔女狩り騒動は、そのために仕組まれた。魔女と名指した相手を死刑に処し、それをそのまま生贄として転用するために。ほんとうの悪魔崇拝者──すなわち“魔女”は、パリス牧師たちだったのです」
「そ、んな……。叔父さまが……」
「アビーさま」
おまえはアビーと目線を合わせ、語りかけた。
「あなたは、根っからの性悪、見たこともないようなくそがきです」
「なっ──!」
「でも、“子供”なのです。子供は、まちがえる。子供は、未熟。だから、そのあやまちを責めたってどうにもならない。叱りつけて、二度とやらないように覚えこませるだけです。それ以上のこと、たとえば死をもって罪をつぐなわなければならないなどと、わたしはけっして思わない。だから、助けにまいったのです。このままこの村にいれば、あなたもベティさまも、狂信者たちの食いものにされてしまう。だから、逃げなくてはならないのです。……お分かりですね」
アビーはくちびるを噛みしめた。筆杖が、おろされた。
おまえはアビーをいちどだけ、抱きしめた。
耳元で、ささやく。
「館をでたら、わたしから離れないで。ちかくにいてくださるかぎり、このティチューバがお守りいたします」




