088 ティチューバ9/おびただしい数の魔女の死
告発は、連鎖した。
尋問は、判決がくだったのちもつづけられたのである。法ではなく神のまえでも罪を自白させるのだと言い張り、パリス牧師は獄中のサラたちのもとへと足しげくかよった。
この頃には、ふたりのサラもかんぜんにあきらめきっており、パリスの挙げた名を「そのひとも魔女のひとりです。そのひとも。そのひともです」と肯じつづけるだけとなっていた。
パリス牧師も、村人すべてをうたがいのまなざしで見はじめているようだった。ちょっとした目つき、非難がましくもとれる声、そういうものを感じとるたび、パリスはその当人の名をふたりのサラのいずれかへと問うた。
「よもや、この者も魔女であるか?」
「ええ、そのひとは魔女です」
……これを“ゆるがぬ証拠”として、村人はつぎつぎと裁判へかけられていった。老若男女の区別も、もはやなかった。男であろうと魔女、子供であろうと魔女。例外はありえない。
そのうち村には、パリスを信奉する一団が生まれた。この“聖なる闘士、われらを魔女から守ってくださる正義の化身”に対し、一団は「証拠あつめ」というかたちでの献身をおこなった。
「夢のなかで、このものが魔術をつかうのを見たものがいる」──魔女である。
「からだのどこかに“罪の印”がある。傷跡、あざ、ほくろ、そのいずれかが存在する」──魔女である。
「魔術につかえそうな道具を持っている。鍋、薬の入った小瓶、人形、大釜、占いの本や異国語の本、猫、箒、そのいずれかが自宅から見つかった」──魔女である。
「主の祈りを、いちども言いよどんだりつっかえたりせずに言えるか? 言えないのであれば、」──魔女である。
「主の祈りを流暢にとなえた? すらすらと? 不自然である。つまり、」──魔女である。
「縛りあげて水に沈めよ。ふつうなら死ぬ。しかし万が一生きのこることがあれば、それは魔術のしわざであるから、」──魔女である。
このような、あまりに論理を欠いた言いがかりが、へいぜんと採用された。いちど魔女であると名指されたものがのがれることは、事実上不可能であった。サラ・グッドの四歳の娘までもが、魔女として収監されたほどである。
こんな魔女狩りはまちがっている、と声をあげた男性がいた。彼は翌週、魔女として獄につながれた。
敬虔な女性として呼び声の高い婦人がいた。牢にいる女性たちをあわれんで面会をした翌日に、仲間の魔女に呪文をささやいたとして告発された。
わずか一五〇〇人の村で、一五〇人までもが逮捕された。
村人たちの日常生活はほとんど停止し、ただ疑心暗鬼だけが、この沈鬱な村の支配者となっていた。
逮捕された一五〇人のうち、死罪を宣告されたものは、二十五人を数えた。
二十五人が、死ぬ。
「ましだわ」
地下牢のなかで、おまえはひとりつぶやく。
「数百万人が死ぬより、ずっとまし」
*
あの日──はじめて尋問をうけたあの日、地下室で“骨投げ”をしたおまえが見た未来は、とてつもないものであった。
おまえは、おまえが告発され、魔女として処刑されたのちの未来を、見たのである。
数百万人もの洞人が、殺されていた。
おまえが、魔女ティチューバとして処刑されたのち──
「洞人たちはあやしげな術をつかい、悪魔をとりつかせる魔女の種族である」という印象が人びとの心に、きざまれる。印象は、ひとり歩きをはじめる。大陸全土に、またたくまに狂熱が満ちてゆく。異人種に対する偏見とむすびついた印象は、いつしか論理の刃でも切りひらけぬほどの鬱蒼とした密林のなかに、玉座をこしらえあげてしまう。差別感情は恐怖に裏打ちされているとき、もっとも暴悪なる武器となる。魔女ティチューバ以降、数百年にわたり、狂乱の日々がつづく。洞人を殺すのに、もはや告発ひとつさえも不要となってゆく。“だれかに恐怖心をいだかせた”、たったそれだけで、その洞人は死をまぬかれえなくなるのだ。やがて狂気は大衆の強力な支持を得て、二五〇年ののちに、ひとりの魔王を戴くことになる。この王は、きびきびとした雄弁をふるい、金切り声をあげる。「われわれがこの洞人なる病原菌を駆除しなければ、天人はみな滅びるだろう──私は洞人とたたかうとき、神の意志を実行していると、信じている!」……この宣言のもとに、洞人たちは世界中から、ひとところに集められる。石づくりの密室にとじこめられた裸の洞人たちが、毒の煙を浴びせかけられ、ばたばたと倒れ死んでゆく。その光景が視界いっぱいにひろがったところで、おまえは恐怖のあまり未来視を打ち切った。
──わたしは、死ねない。
そう、おまえは思いいたった。
おまえが死ぬこと──拷問に敗れ、「わたしが魔女だ」とみとめ、火刑に処されることが、ほかならぬたったひとつのその死が、数百万の同胞の死への、引き鉄を引いてしまう。数世紀のちに、洞人という種は絶滅させられるのだ。
いまじぶんひとりがいのちをなげうつのはたやすいが、それは、それだけは、許されない。
──では、この運命を回避するには?
おまえは、骨投げをくりかえした。
いくどもいくども未来をたどりなおし、犠牲者がもっともすくなくなる道すじを、そこにいたるためにすべきことを、見いだそうとした。
死。
死。
なんどくりかえしても、たどる道のすべてが、無数の死に敷きつめられていた。死をなくすことは、できはしないのだ。だれも死なない道など、ない。ひとは理不尽に死ぬ。因果も応報もなく、納得のいかない死を、死んでゆく。それは避けようがないことなのだ。
ならばせめて、とおまえは思った。
最小限の死にとどまるような道すじを、と祈った。
祈りながら、骨投げをつづけた。
ようやく達した結論は、きわめて、たんじゅんなものだった。
──ふたりのサラを、売ればいい。
サラ・オズボーン──愛する夫をうしない、元奉公人と結婚をした、農場経営者。
サラ・グッド──借金癖をもつ男と結婚してしまったせいで、物乞いの身分にまで堕ちた不幸な女。
このふたりは、村からうとまれている──かたや、自立して好きな男と暮らす厚顔な財産持ちであるがゆえに、かたや、貧困のために見苦しい恰好をした、怠惰な物乞いであるがゆえに。
両者とも、教会の週末礼拝に欠席しがちであるという点で共通しており、それゆえに村人たちに陰口の材料をあたえてしまっている──その事実を、アビーはよく知っている。
だから、アビーによる告発は、このふたりを起点におこなわれる。それが真実であるか否か、おまえは問われることになる。
おまえのまえには、ふたつの選択肢がある。
ふたりのサラへの告発を、否定する。
すると、この悪魔騒動は「洞人」であるティチューバが仕組んだものとされる。これが巨大な前例となりおおせ、洞人に対する迫害が加速し、そのさきには数百万の死、種族の絶滅が待ち受けている。
ふたりのサラへの告発を、肯定する。
すると、この村ではつぎつぎと告発の連鎖が起き、一五〇人の村人が逮捕され、うち二十五人に死罪が申しわたされる。やがてこの騒動が、たんなる狂騒と惑乱にもとづくものであると指摘され、人びとは正気をとりもどし、死の連鎖はそこで止まる。さいしょにふたりのサラ──ふたりの「天人」が告発されているから、魔女のうたがいは、洞人だけに向けられるものではなくなる。犠牲は、たったの二十五人にとどまる。
──ああ。
おまえは天をあおいだ。
──主よ。どうしてわたしが、こんな決断をしなければならないのです。わたしは洞人のなかに暮らしてさえいませんでした。じぶんを洞人であるという意識で見たことさえ、ありませんでした。洞人の友ひとり、いないのです。それが、なぜ数百万人の同胞の運命を、この背に負わねばならないのです。
地に、目を落とす。
おまえの目にうつったのは、骨投げの道具だ。
──ああ、そうだわ。
──これは、「呪い」なのね。
──未来などを視られるから、こうなったの。呪われているがゆえに、こうなったの。どのみち、穢れているのよ。祝福など、無縁なの。いまさら、あたらしい血にまみれたから、なんだっていうの。この身は、とっくの昔に穢れている。呪われている──十五人の血を吸って、できあがった肉体なのよ。
──主は、この仕事にもっとも適した人間をおえらびになったのよ。ただ、それだけのこと。
「……ヘレン」
ふるえる声で、おまえはつぶやいた。
とおくで、ぶるりとなにかがふるえる感覚が、おまえをとらえた。
……つぎの日、地下室にあらわれたパリス牧師に、おまえはふたりのサラの名を告げたのだった。




