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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.4 The Book of Judges/士師記

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086 ティチューバ7/『尋問』

 半狂乱となってさわぎたてた少女たちのなかで、もっともひどかったのは、むろんベティである。アビーの口から悪魔ということばがとびだしたしゅんかんに引きつけをおこしたようになり、喉を締められた鶏のような悲鳴をあげ、全身を痙攣させはじめた。

 すさまじかった。

 事情を知らぬものの目から見れば、悪魔憑きとしかおもわれない発作だった。床をのたうちまわりながら奇声をはなちつづけるベティのすがたにこそ、周囲の少女たちはさわぎたてたと言ってさしつかえない。


 ベティのくちびるの端から泡がこぼれはじめたのを見て、おまえはとっさに駆け寄った。近寄るもののすべてをはねのけようと手足をふりまわして暴れまわるベティを、両膝ではさみこむようにして押さえ込むと、頭を横に向かせて、吐瀉物で喉を詰まらせない姿勢をとらせた。


「ひとを!」少女たちをふりむき、怒鳴りつける。「ひとを呼びなさい! 上へ行って、はやく!」


 目のあった何人かの少女が叫ぶのをやめ、泡を食って階段へと走ってゆく。


 そのとき、おまえはアビーと目が合った──アビーは、ベティが痙攣しているすがたを、おどろきとよろこびが入り混じったうす笑いをうかべ、見つめていた。まるで、“こんなにうまくいくなんて”という声が聞こえそうなほどだった。


 駆けつけた数人の使用人たちによって、ベティが連れられてゆき、子供たちを親元へとどける算段がついたころ──おまえが声をかけようとしたときには、すでにアビーのすがたはどこにもなかった。

 自宅にもどって騒動をはじめて知ったパリス牧師が、翌朝の朝食のテーブルにともなってくるまで、どこにいたのか、分からなかった。


 数日が、経った。

 ほとぼりは、冷めなかった。


 地下室にあつまったのこる十人の少女たちが、だしぬけに、全身を痙攣させるという事態があいついだのだ。医師がよばれ、くまなく診ても、異常も不調も見いだせない。ふざけていると早合点した一部の親が「いいかげんにしないと鞭で打つぞ!」とおどかしても、まるで効果はなかった。親同士が話し合い、これらの発作がある日を境に起きるようになったと気づき、それぞれが正気にもどった機会に娘に問いただし──例の、『降霊会』を知ったのだ。

 親たちはとうぜん、パリス牧師につめよった。


「娘は、あんたんとこのベティから誘われたって言ってるわ!」

「なにをしでかしたんだ! 異端の儀式を、おたくの教会では教えてるのか!」

「悪魔だと! 神のことばを語る立場で、いったいどういうつもりなのだ!」


 パリス牧師は、どれほどうろたえたことだろう。

 彼にとってみれば、まったくの寝耳に水だった──牧師が把握していたのは、()()()()()()()()()少女たちをあつめ、占いの会をしようとし、ひょんなことから灯火が消えたせいでにわかに騒ぎがまきおこった、という経緯であったからだ。

 くわしい話を、問いたださねばならない。

 そうかんがえた牧師が、娘の部屋をたずねると──そこには、ふたたび痙攣の発作に見舞われたベティと、おろおろとするアビーのすがたがあった。


「おじさま!」

 アビーはすがるような顔で牧師に駆け寄ってきた。

「ああ、どうしましょう! 急にまたベティが発作を……わたしのせいだわ……わたしがあのときもっと強く止めていれば!」


 パリス牧師はすぐさま使用人たちをよびつけてベティの介抱を指図し、それからさきほどのアビーの発言に対し説明をもとめた。


「そんな……でも、わたしベティから口止めをされているし……それに、“ティチューバだって”わたしが話したりなんかしたら、きっと……」

「ティチューバ? いったい何の話なのだ、アビー?」

「ち、違うのおじさま! わたしったらつい口走って……こんなことティチューバに知られたら……ああ!」

「どうした、なにを怯えてる? 話してみなさい。ベティはもう連れていかれてしまったし、ティチューバなら今時分は墓場の仕事だ、なにも聞かれるおそれはないよ。さ、話してみなさい。おまえの身に危険がおよぶことなど、ないのだから」


 アビーは青い目を、濡れた宝石のようにうるませていたが、牧師の再三のうながしの果てに、ようやく、おずおずと口をひらいた。


「あのね、おじさま。……悪魔が、喚びだされてしまったの!」


 *


 なおも信じられないというようすであったパリス牧師が、町からふたりの牧師をよびよせたのは、その二日後のことである。

 牧師たちは議論をかさねた。


 悪魔憑きなどという現象じたい、彼らがこの大陸で出くわすのははじめての経験だ。アビーの主張が真実なら、パリス牧師らはカトリックよろしく悪魔祓い(エクソシズム)をおこなわねばならないということになる。あの典礼屋たちのさだめた煩瑣な儀式を、じぶんたちが真似ねばならないのか? そも、悪魔など、ほんとうに存在するものなのか?


 性急に交わされる議論は、しかし娘の父親でもあるパリス牧師の、「はやくベティを救ってやってください!」という金切り声めいた懇願によって打ち切りとされた。

 ともかく、聖書に悪魔の実在が明記されているのはまごうことなき事実であるし、となれば主のみことばが通用しないはずもなかろうと、なかば強引に結論がみちびきだされ、三人の牧師は聖書を片手にベティの部屋へと入っていった。


 余人は、まじえられなかった。

 ゆえに、その部屋でなにが起きたのか証言できるものは、三人の牧師をおいてほかはなかったが……彼らは蒼白な顔で、こう語った。


「ベティは、──あの娘は、うたがいようもなく悪魔憑きです! 彼女は言いました。少女ではありえない、野太くしゃがれた男の声で、言ってのけたのです──『この女のからだはおれがいただいた、()()()()()()!』と!」


 告発が、はじめられた。

 まず、おまえが捕らえられた。「悪魔を喚び出し、少女たちにとりつかせたのはおまえか!」──牧師たちはそのように詰め寄ったのだ。例の地下室が、おまえをとじこめるのにもちいられた。急ごしらえの格子と鍵によって鎖された薄ぐらやみには、まだ呪いの残滓がこびりついていた。問われたおまえがその気配をおもわず目で追うと、びくっとした牧師がおっかなそうにそちらに目をやった。


「なんだ、なにを見てる……?」

「……そこに、いるのか?」


 ふたりの牧師が顔をひきつらせてしまうと、代わりにパリス牧師が、ずい、とおまえににじり寄ってきた。


「なあ、ティチューバ。私とて、おまえをうたがいたいわけではない。だが村じゅうがあの混乱ぶりだ。牧師として、アビーとベティの保護者として、村人たちに真実を説明する義務がある。分かってくれるね。じっさいになにがあったのか、おまえがなにを見たのか、この件にどう関わっているのか、教えてほしい。正直に、ほんとうのことを語ってくれれば、それでじゅうぶんだ。悪いようにはしない。──たとい、おまえの真実がのぞましくないものであったとしても、いっしょに、切り抜け方をかんがえようじゃないか」


 ほとんど、猫なで声だった。

 おまえは表情をくずさず、落ちついて、問い返した。


()()()()()()()()()、とは?」

「ん?」

「旦那さまは、わたしにどんなおうたがいをお持ちですか」

「うたがいなど──」


 パリス牧師が首を横に振ろうとしたとたん、町の牧師のひとりが激昂したように割って入った。


「なにを、空とぼけたことを! われらは、おまえの正体を見抜いておるのだぞ──おまえ、さだめし“魔女”であろう!」


 魔女ウィッチ

 真述師ロジシャン、ではない。魔術師マジシャンでも、呪人ンザンビでもない。それは、古い古い単語だった。太古の森に生まれ、そこから迷信として語り継がれてきた、つよいことばであった。


 パリス牧師も所持する一二七二年発行の『魔術と虚偽についての論考』のなかには、以下のような記述がある──


“魔女とは、かくのごとく定義される。

悪魔とひそかに契りを交わし、主のあたえたもうた秩序を否定し、天命に逆らって不可視の業をあやつるもの。その唇はいつわりを語り、手は腐敗をまねき、まなこは人心の奥を窃視する。この者、主の筆杖ペンを穢し、真述ロジックを模したる異形の魔技を用いる。ゆえに、かかる者を憎むこと、火のごとく燃ゆる義に他ならぬ。”


 教会がみとめる正統なる「真述ペン」とはことなる、“異形の魔技”をもちいるのが、いわゆる魔女の特徴であるとされる。


 体系化された真述ロジックが教会の権威のもとに組み込まれたのは、十二世紀の教皇インノケンティウス三世の功績というのはつとに知られた真述ロジック史の常識であるが、その裏で、『自然真述(正統真述)』に対する概念として、『邪悪魔術』という呼称も準備されていたのだ。さきほど引いた論考に類する書がいくつも出され、筆杖ペンをもちいる真述ロジック筆杖ペンを用いない呪術ソーサリーとが明確に区別され、後者だけが排斥の対象となった。教会勢力が真述ロジックという強力な武器をとりこみ、その体系をも支配下におくことで、権威と影響力をより強めようとするインノケンティウス三世の思惑があったものとされているが……いずれにせよ、ここで分離された『邪悪真述』──呪術ソーサリーの使い手は、後世で『魔女ウィッチ』なる名をつけられ、差別の対象へとおとしめられたのだ。


 一六世紀にプロテスタントが勃興してからも、『魔女ウィッチ』なる概念が衰退することはなかった。むしろ新教においては、聖書だけを権威とみとめるがゆえに、そこに描かれた悪魔などの実在はよけいにつよく信じられ、必然として、魔女ウィッチの存在も色濃さを増していったのだと言える。とくに、都市部をはなれた農村では、魔女ウィッチにかんする迷信は、共同体から疎外された“変人たち”の噂話とむすびつき、なかば伝説めいた尾ひれをどっさりとくっつけるようになった。


 ──作物や家畜を、呪いによってだめにする。

 ──子供をさらい、殺し、儀式の道具としている。

 ──夜な夜な空を飛び、悪魔との乱交にふけっている。


 現代で魔女ウィッチにもたれるイメージは、こうしてかたちづくられ、人びとの口によってくりかえしくりかえし語られるなかで補強されていったものである。


 そして、魔女ウィッチという存在が印象をつよめてゆくなかで、一五世紀に教皇庁の主導で活発化した『異端審問』の矛先が、しだいにそちらへ向けられるようになっていった──


 魔女狩り(ウィッチハント)、である。


 魔女裁判は、「このものは魔女ウィッチである」とのうたがいを向けられた当人の“自白”を前提とする。その自白をひきだすための尋問方法は、一五世紀以降にあまた書かれた専門書のたぐいにまとめられ、きわめてていねいに、体系化されていた。

 ここでおまえに課された尋問も、この原則に忠実なものであった。


 町の牧師は、まずおまえにこう問うことから、はじめた。


「ティチューバよ。おまえは、魔女ウィッチとなって何年になる?」

「……」

「なぜ、魔女ウィッチとなったのだ? 動機は?」

「……わたしは、魔女ウィッチではございません」


 牧師たちは、ふむ、とつぶやくと、手元の帳面になにごとかを書き込む。それから質問がつづけられた。


「悪魔に、なにを誓約した?」

「ですから、魔女ウィッチではありませんので、なにも」

「魔女集会に、おまえとともに出席した者の名を挙げよ。いかなる魔女ウィッチと、いかなる悪魔がそこにいたか?」

「そのような集会には、そもそも出ておりません」

「こたびの儀式においては、いかなる目的で少女たちに悪魔を喚び出させようとしたか。また、その悪魔の名は?」

「儀式などに、わたしは関わっておりません。ですので、お答えのしようもございません」


 また牧師たちは、なにごとかを書き込む。


「ねえ、旦那さま」

 あまりに不毛な詮議に耐えかね、おまえはパリス牧師へと声をかけた。

「もう、やめにいたしましょう。わたしの知っていること、見たことに関してはすなおにお話しいたしますわ。わたしをお疑いなのもわかりますが……このような無意味な問答をくりかえしていても、埒があきません。時が無駄になるばかりでしょう。いちど、わたしの話を聞いていただき、それからご質問をうかがうというかたちをとりましたら、よほど──」

「黙れ!」


 脇からの罵り声で、おまえの発言はせきとめられた。


「聞かれたことのみ答えよ! 勝手な発言は許さぬ! その手にかかるものか……好き放題にしゃべり、魔女ウィッチの呪いをわれらが耳に吹き込もうという魂胆であろうが!」

「そんな、まさか」

「黙れと言っておる!」


 ひるがえった鞭が、そのままおまえの頬を打った。

 熱さがはじけ、だらりと血が頬をつたい、顎からしたたり落ちる。


 悲鳴は、あげなかった。おまえはただうつむいたままに、痛みを噛み締める。


「もう、よいでしょう」

 パリス牧師が言う。これまでに聞いたことのない、硬質な声だ。

「ここまでの応答で、“否認”と見なすにはじゅうぶんな材料が揃いました。次なる“尋問”にうつりましょう」


 これまでの詰問は、“尋問”にほかならないではないか──。

 口走りたくなるのを、おまえはかろうじておさえた。しかしその発想がとんだ筋ちがいであったということを、すぐに突きつけられることとなった。


 まず、おまえは服を剥かれた。

 それは脱がせるなどという穏当なものではなく、むしろ引きちぎるといったほうが実態に近い、乱暴きわまりないやりかただ。後ろ手に縛りなおされ、ひざまずかされると、まず、鞭打ちがはじまった。


 無言、であった。


 鞭打ちは真相を聞き出すためではなく、鞭打つというその行為じたいを目的としておこなわれているらしかった。ひと打ちごとに皮膚が剥がれ、肉片が飛び、血がはじけ飛ぶ。そのあいだ、質問はひとつもなかった。牧師の息が切れるまで、苦痛はただくりかえされた。


 ──質問を。

 ──せめて、質問を。


 その願いを口にすることも、できなかった。

 たとえ質問が投げかけられたとて、おまえにはなんら返せる答えがないのだから。この鞭を止める手だては、つまり、ないのだから。


 ようやく鞭打ちが終わると、ついで、なにかの器具がとりだされた。二枚のちいさな板切れが組み合わされ、二つの穴がくり抜かれただけの、簡素な器具だ。板と板とは木ねじでつながれていて、それをひねることで、増し締めすることができるようになっているらしい。おまえの親指をくっつけるようにして穴に通され、器具がとりつけられた。それから牧師たちは、木ねじを締めはじめる。


「ああっ……!」


 さすがに悲鳴をこらえることは、できなかった。

 木ねじが締まるとともに、二枚の板は、おまえの親指を容赦なく締めつけたのだ。おそろしい痛み。骨がきしむ。まさか、とおまえが思う間もなく、さらに木ねじが締められる。


 めぎ──。


 いやな、音だった。おまえの親指が、まとめて折れる音だった。音が苦痛とともにおまえの神経を走りぬけ、脳へととどいたしゅんかん、狂気じみた叫び声が、おまえのくちびるからほとばしり出た。


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