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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.4 The Book of Judges/士師記

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084 ティチューバ5/ふたりの少女

 *


 せまい村であった。

 端から端まで歩いても、数分足らずで済む。

 中心には教会と墓地があり、村人の生と死にたいし監視の目を投じていた。教会の裏手には牧師館とその広々とした庭園がひろがっており、かたわらにはこぢんまりとした村役人の家があった。こちらは大物の陰にかくれる腰巾着の小男のような、卑屈で媚びたたたずまいだ。舗装されていない土道には、馬車のわだちがふかくきざまれ、歩くものはしぜん下を向かざるをえない。朝にも霧がちで、湿った冷気がたえずよどんでいた。ひくく垂れこめた雲は、まるで人びとの頭に重しを乗せているかのようで、ゆきあっても互いにことばを交わすものはほとんどいない。そのせいで、一年の大半、村は不気味な沈黙に沈んでいるのだった。


 マサチューセッツ州、セイラム。


 この、ニューイングランド特有の、ふかく暗い針葉樹林に囲まれた、一五〇〇人足らずのちいさな田舎村に、おまえは住んでいた。


 あの日──おまえが“呪塊ブロブ”となりおおせた日から、三十年以上が経っている。おまえは、サミュエル・パリスという牧師の邸宅で、住み込みの召使としてはたらいていた。

 とはいえ、まだこの頃、洞人ドワーフの召使は主流ではない。

 屋敷づとめの召使はほとんどが天人ヒューマンで、だからおまえは奇異の目を向けられた。ほかの召使たちの猛反対にあっては、邸宅内の使用人部屋に寝泊まりさせるわけにもいかず、パリス牧師はやむなく、この洞人ドワーフ召使に、いまはつかっていない物置小屋を貸与するしかなかった。


 身許さえ不たしかなこの洞人ドワーフは、しかしパリス牧師にとっては恰好の拾いものだった。教会に併設された墓の守り人としての役目を、文句ひとついわず確実にこなしたからだ。


 この村において、墓守は微妙な立場だった。

 前任者のクラムという男が、あまりに不快な人物であったからだ。


 見た目が醜く、無学であることは問題にならないとしても、埋葬された人物をたねに悪趣味なジョークをとばしたり、うっかり墓地に近づいた子どもを「おまえもじきにここに埋められるのさ」などとさんざおどしつけたりといった悪癖は、擁護のしようもなかった。

 教会に賃金を支払われている身でありながら、なかば公然とその教えを軽視するのも問題だった。たとえばパリス牧師が説教をしているさなかに教会の外から聞こえよがしな高笑いや、反論とも聞こえる独り言をひびかせるといった行動も、ひんぴんであった。

 とうぜん、村人からは鼻をつままれており、このクラムについては「墓を掘りおこして装飾品のたぐいを失敬している」というような噂さえもが出まわるほどである。


 やがて彼はある朝、墓地の片すみにじぶんで掘ったとおぼしき穴に、上半身をつっこむようにしてこときれているのが発見されたが……いまでも、墓守であるおまえにそそがれる視線には、クラムにたいする反感が根づよくのこっているようだった。


 こうした視線を気にせず、しかもクラムほど傍若無人でもない、おとなしい“五十すぎの老洞人”というのは、パリス牧師にとってはこのうえなく重宝な存在であったのだ。


 “五十すぎ”――おまえがふんしたすがたは、そうとしか見えないものだった。木の灰を水に溶いたものを毎朝髪に塗りつけては白髪をよそおった。腰をまるめ、体型をおおいかくすもったりとした衣装をまとい、なるべく顔を伏せて歩いた。話しかけられないかぎり口をひらかず、なにか問われたときだけ間の抜けた洞人ドワーフ訛りでしゃべるようにすれば、どこからどうみても、無学で無口な“ばあや”の完成だった。

 実年齢である四十手前としても若すぎ、洞人ドワーフとしてはきわだって高い身長と、エキゾチックさをただよわせる美貌は、そうして巧妙にかくされていた。

 ……この村にたどりつくまでの数十年は、そのうつくしい容貌ゆえに追いたてられてきたようなものだったから、だれからも関心を向けられないというのは、おまえにとっても居心地のわるいものではなかった。


 身につけていた服は見すぼらしいものではあったが……おまえは、清潔をたもつことはわすれなかった。

 墓地での仕事を終えると、かならず両手と両足、それから顔をきれいにぬぐい、手入れのゆきとどいたお仕着せへと着替える。


 そうして、パリス牧師の娘たちの、めんどうを見るのだ。

 

 墓守と子守、それが、おまえの仕事の両面である。


 パリス牧師の家には、ふたりの少女がいた。

 ベティ――エリザベス・パリスと、アビー――アビゲイル・ウィリアムズである。はやくに連れ合いを病で亡くしたパリス牧師にとって、このふたりの身のまわりのえんどうは、召使の手を借りなければまわらないものだった。教育そのものは、パリス牧師が手ずからおこなったが(この四十手前の意欲的な清教徒にとってみれば、並の家庭教師の水準はとうてい満足できるものではなかった)、男手ひとつで食べさせ、着替えさせ、顔やからだを洗わせ――という育児全般をこなすのは、とうてい無理な話だったのだ。

 このころ、まだ洞人ドワーフの手にじぶんの子をあずけるというのはさほど一般的ではなかったものの、この無口な老洞人(ドワーフ)であれば、少女たちによけいな迷信なぞを吹きこむ心配もしなくてよかった。そういうわけで、おまえの日中は、ベティとアビーのめんどうを見ることについやされたのだ。


 子どもの世話じたいは、すきだった。

 幼子として屋敷を出て、さいしょに拾ってもらった家では、子守だけがおまえの仕事だったのだ。子どものすがたでは“いろんな面でさしさわる”と知ったおまえは、いちど呪塊ブロブへと還り、おとなの洞人ドワーフのかたちに“成形”したティチューバをあらたに吐き出させていた。とはいえ、人間社会の経験がない子供の精神であることに変わりはなく、くわえてこの頃のニューイングランドでは主人をもたない洞人ドワーフなどがまともな仕事にありつけるわけもなく――ほとんど野人のように、森のなかで生活するしかなかった。そこで、たまたま出くわした天人ヒューマンの子どもを助けたのが縁で、農民の家にひろわれることとなったのだ。四人の遊びざかりの子どもたちをもてあましていたこの農家では、子どもといっしょになって日がな一日あそんだり、細かな農作業を根気づよく教えてくれるこの手伝いは、ひじょうに重宝がられたのだ。そこから数十年を経て、実年齢をかさねて分別も身につけたあとも、おまえは子どもという生きものを愛してやまなかった。パリス牧師の家で、少女ふたりを見てほしいと言われたときには、内心のよろこびを抑えることができなかったものだ。


 しかし。

 しかし、である。


 このベティとアビーなるふたりの少女は、たんじゅんに愛せるような“子供らしい子供”たちとは、訳がちがった。


 ベティ――パリス牧師の実のむすめについては、さほど問題は複雑ではない。

 気弱で怖がり、そも他人を傷つけられるような性格ではないし、ふだんはひとりおとなしくすごしていることのおおい少女だから、世話をやくものからすれば、「ベティは手のかからないよい子だ」となる。けれどもそのいっぽうで、思い込みのはげしさ、ヒステリー気質の強烈さについては、かなりあやういものを、おまえは感じていた。

 幼少期に父から教え込まれた予定説を真に受け、地獄に堕ちる日をおそれて夜ごと泣きわめく。なにか失敗や、予期せぬ事態に直面したとたん、「ちがう! ちがうの!」とかんだかい声で言いつのりながらじぶんの頬を張りつづける。……いずれにせよ、いちど混乱状態におちいったベティを連れもどすのは、気がとおくなるほどの困難だった。


 そして、アビー――ベティの従姉妹である同年齢の少女が、これに輪をかけてあやうい。

 実の両親を先住民エルフの襲撃のなかで亡くし、叔父であるパリス牧師に養育されていたこちらの少女にかんしては……不幸な境遇をさしひいたとしても、おそらく生まれついての性悪であると思わざるをえなかった。

 ベティとくらべると、ゆたかな波打つ金髪と澄み切った青い目はまさに天使のような華やかさで、清教徒らしい簡素なワンピースさえも、王宮の舞踏会でつかうドレスのように見せてしまう。ながれるような所作も、やさしく鳴るオルゴールのような声もあいまって、まさしく令嬢然としたたたずまいではあったのに――性根が、ひどかった。弱いものいじめやからかい、度をすぎたいたずらを好み、被害者が本気で傷ついた顔を見て、満悦の笑みをうかべるといった性質なのである。なかでも、アビーがひときわ好んだのは、ベティの恐怖をあおりたてることだ。


「聞いたかしら、ベティ? お義父さまがおっしゃっていたの。神さまは全知のおかただから、天国の門に入るものと地獄に落とされるものはもう決めてらっしゃるんですって。私は救われてるわ……見てこの金髪、宗教画の天使にそっくりでしょう? きっと神さまが、私の運命を外見にも反映してくだすったのね。あなたの黒髪ブルネットはどうかしら……どこかで見たわね……そうだわ、『神の国』に出てきた、地獄で責め苦を受ける罪人たち! みんなそんな黒い髪をしてたわよ!」


「ちょっとあなたの目を見せて、ベティ? ……ふーむ、あら、これは。……いえ、なんでもないわ。気にしないで。だってあなたを傷つけたくないもの。……仕方ないわね、そんなに言うなら教えてあげる。天国の門に入る資格を持つ子は、瞳のなかにきらきらとした光があるらしいの。ほら、私の瞳にはあるでしょう? あなたは……ベティ、私言いたくないわ。それにほら、迷信かもしれないし……」


「なんでもないわ、ベティ。泣いてなんかいない、ほんとうよ……。でもベティ、後生だから、あのねじくれたオークの木には近寄らないって、私と約束して。そう、あの墓地ちかくの丘にあるあの木……むかし絞首刑につかわれてたっていう、あの木よ。……だって、私見ちゃったの。あなたが――いえ、言えないわ! きっとあれは幻よ、未来視のはずなんてないわ。だってよりにもよってあなたがじぶんで首を吊り――いえ、なんでもないの!」


 こうした話を受けて、ベティは毎度手もなく狂乱した。

 不快な金切り声をあげ、泣きわめき、落ちつかせようとだれかがさしのべた手も払いのけ、部屋にひとりこもっては、なかから大きすぎる祈りの声をひびかせるのだった。

 荒い呼吸はいっこうにおさまらず、声はとぎれとぎれとなるのに、あたうかぎりの声を張り上げねば“天にましますわれらが父”にはとどかないと強迫的に思いつめているらしく、祈りは叫びからささやきのあいだをせわしなく行き来しながら、数十分も、あるいは数時間もつづいた。

 その祈りがはじまると――アビーは、横目で扉をあがめ、かたちのよいくちびるの端に、噛み殺した笑いをひとすじのちいさな皺として、うかべるのだ。

 この少女が残酷な満足をいだくのは十秒にも満たない――その費えとして、ベティの狂乱の数時間はさしだされるのだった。なんども、なんども。


 こうした一幕を、おまえはいつも陰から見つけたが――あるとき、一部始終をおまえが見届けたという事実に、アビーが気がついたことがあった。

 ベティが例によって泣きさけびながら自室に駆け込んでゆくさまを見おくったアビーは、その扉に耳をちかづけ、ひときわおおきくなった叫び声に目をまるくして嘲笑い……そのあと、おまえと目が合ったのだ。


 ――さすがに、なにかひとこと言ってやらなければ。


 おまえがことばを選びあぐねていると、アビーはおどろいたようすも気まずそうなようすも見せず、とんとんと弾む足どりで近づいてき、耳打ちしてきた。


「なんにも見なかった、ってことにしておいたほうが、いいと思うの」子供が大人に甘えるときの、甘ったるい声音だった。「()()()()()()()()()()()()()()()


 ――この子は。すべて、計算ずくなのだわ。


 ぞっとしたおまえは、ことばもなく目を伏せ、その場を辞した。廊下の曲がり角へと消えるそのしゅんかん、そっとアビーのほうを盗み見た。人形のような無表情で、アビーはこちらを見つめていた。


 こうした話をパリス牧師に打ちあけるべきか、おまえは悩んだ。

 けれどもあるとき、夕食の席におとずれた客に、このように語っているさまを見てしまっては、あきらめざるをえなかった――


「……このベティは、牧師である私から見ても信仰心の篤い子でしてな! 地獄に堕ちるのを怖がっては、部屋で一時間でも二時間でもお祈りをささげておるのですよ。……私はよく、“ベティの回心体験がぞろはじまったぞ!”と笑っておりますがね……なかでも従姉妹のアビーからは、手ひどくからかわれておりますよ!」


 ――パリス牧師は、知っている。


 アビーがベティの狂信を逆用して、ひどく傷つけていることを、知っている……知っていて、笑っている!

 これほどひどい話は、ほかにない。

 すくなくともベティは、真剣に傷ついているというのに。


 ようやく祈りを終えて部屋から出てきたベティは、髪をふりみだし、嘔吐しそうになるのをかろうじてのみくだした跡があり、焦点のさだまらない目で床を見つめている。……ああいうすがたを、この父親は見たことがないのだろう。


 しぜん、おまえの同情はベティに寄せられた。


 けれども、さらにおおきな問題は――ベティが、憐憫の情を向けてやりたくなるような子供ではなかったという点である。なかんずく、おまえの肌の色にもっともつよく抵抗感をあらわしたのがベティであった。ふだんは怯えるような目をおまえに向け、なるべくかかわりを持つまいと遠まきにしているだけだったが……いざヒステリックに泣きわめくあの状態におちいってしまうと、そうした最低限のつつしみさえもうしない、おまえが背中をさすろうと伸ばした手を払いのけ、絶叫した。


「汚いっ! 黒が感染うつるっ!」


 ……純然たる嫌悪の念は、いつまでもするどさをうしなうことあく、あざやかにおまえの芯を撃ち抜き、痛みで呼吸をできなくしてしまった。


 ベティの信仰の根づよさは、異常発達をとげた潔癖に裏打ちされており、そしてそれこそが、なによりもまっすぐな差別感情に接続されているのだ。

 汚い――そのひとことを受けては、もはやおまえにしてやれることは、なにもなかった。なにも、思いつかなかった。


 かくして、アビーとベティの問題は、放置された。

 おまえの口は、つぐまれた。


 そして、その沈黙こそが――このあとのすべての混乱を、準備した。


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