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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.3 The Mithril Covenant/契約

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079 蛙と旅支度

 旅装をととのえたのは、トムだった。


 正確にいえば、ポッターだったが──あれほどこまごまと指図を出し、頭をなやませ、さまざまな服をとっかえひっかえしながら、“セイラにはどの色が似合うか”などという些事にこだわりつづけていたのは、トムだった。

 ちなみに、トムのこだわりはセイラにだけ向けられた。わたしやプルートゥの旅支度にかんしては、「この衣装部屋からすきなのを着てけよ。なるべく地味なやつな」とだけで済まされている。まあ、わたしたちに異論はない。こだわりもなかったから、ごくあたりまえの衣装をえらんだ――わたしはくすんだ青灰色のシャツに内ポケット付きのベスト、キャスケット帽に編み上げの長靴という少年らしい恰好で、プルートゥは南軍払い下げの上着と乗馬ズボンに、色の剥げた軍靴という選択だ。いずれも五分後少々で着替えを終えてしまったので、あとはセイラを待つあいだに、トムの屋敷の裏庭に黒猫たちを呼びつけて指示を出した。


 ここからさきは、三人で歩く。

 士師ジャッジや、叛乱の()()をみつけるための旅だ。連合国じゅうを経めぐるから、大所帯で動くわけにはいかない。捕捉の危険を最小限にとどめるためには、三人がちょうどよい。黒猫はみな西部にもどし、フレデリック・マーチやジョン・ヘンリーの補佐にあたらせる。……そう話していたところ、横合いからプルートゥが口をはさんできた。


「失礼ですが、マザー。百名ばかりは、手元にのこしていただきたいのです。なにか危難にでくわしたとき、あるいはなにかしらの作戦行動をもとめられるとき、手のものは必要になると思うのです」

「だが、連れ歩けないぞ。百名以上がまとまって動けば、さすがに目立つ」

「ご心配なく。──跳ね蛙(ホプ・フロッグ)


 プルートゥの声は、隣にいるものに語りかけるていどの声量にすぎなかった。だというのに、わたしの横にとつぜん気配が()()した。やってきた――というより、いつの間にかあらわれていたというのがふさわしい。たしかに屋外ではあったが……迷宮時代に身につけた習慣で、あたりにひとの気配がないかはわたしもたしかめていたのだ。しかしそれでも、こんな者がひそんでいるとは気がつけなかったし、となりにあらわれるそのしゅんかんまで、近寄ってくることさえ悟れなかった。


「……おどろいたな。こんな人間を、いつから用意していた? プルートゥ?」

「第十三迷宮の、七十層に到達したころです」プルートゥの口調はあくまでひかえめで、おのれの功績を誇るようなふうはまるでない。この青年にとっては、いつものことだ。「迷宮を出たのち、かならず必要になるとかんがえ、その頃から人員をあつめ、この跳ね蛙(ホプ・フロッグ)とともに訓練をはじめておりました。身が軽く、マザー個人への忠誠心が篤いものを選り抜き、あらゆる諜報・工作・潜入・変装・暗殺・撹乱などの技術をたたきこんでおります。……この跳ね蛙(ホプ・フロッグ)は、もともとそうした活動に従事していたものなのです」

「いまでは百名が、私と同水準の実力を持っております」


 覆面の内側から、くぐもった声が聞こえる。奇妙な声だ。


「あらゆる汚れ仕事を請け負います。私たち百名は、みなこの立場となったときに、みずからを死んだものと思いさだめております。いのちを使い惜しみするものも、歴史に名を残したいと願うものも、ひとりもおりません。闇に生き、闇に死ぬ覚悟を持っております。死ねと命じられれば、いつなんどき、なんのためであっても、死にます。また、私たち百名の忠誠は、『地下鉄道ザ・レイルロード』でも『仔猫キティ』でもなく、マザー・グレイス個人に捧げております。あらゆる遠慮は、無用に願います」


 跳ね蛙(ホプ・フロッグ)は膝をつき、わたしに礼をささげた。


「立て」

 とわたしは言う。


 寸刻のおくれもなく、跳ね蛙(ホプ・フロッグ)はしたがった。しかし目は伏せ、わたしと合わせまいとしている。


「わたしの目を見ろ」


 跳ね蛙(ホプ・フロッグ)の目は、灰に近い色の瞳が、厚ぼったくねむたげなまぶたになかばおおわれた三白眼だった。まっすぐにこちらを見返している。視線がぶれることはない。おちついた湖面のような自信が、その態度にもあらわれている。で、ありながら、その視線には熱っぽい憧れもふくまれているのだ。


 ずんぐりとした寸足らずの印象をあたえる胴体に、アンバランスにほっそりと長い手足がついた体つきは、どこか名のとおり蛙を思わせるものだ。横に広い顔はけしてうつくしいものとは言えず、むっつりとした表情にも人好きのする要素はなかったが……わたしは、この年齢不詳の小男に、ふしぎな好感をいだいた。あらゆる葛藤、劣等感、虚栄心、皮肉、卑屈、それらをけたたましいほどの「ノモ」として内面に渦巻かせておきながら、それらをおくびにも出さずにたたずむさまが、他人事とは思えなかった。


跳ね蛙(ホプ・フロッグ)。まずは、この姿勢をおぼえておいてほしい。わたしの部下に、ひざまずくものはいらない。おなじように立ち、目を合わせて語らいたい。それが同志のあるべきすがただ。いいか?」

「御意に」

「第十三迷宮で、プルートゥと組んだのだったな。だというのに、わたしと面識がないとはどういうことだ──焚き火のまわりで、おまえを見たおぼえがないぞ」


 迷宮探索のなかでは、夜の食事を終えたのち、焚き火のまわりにつどって黒猫たちに話をするのが、わたしの習慣だった。黒猫たちのほとんどは若い洞人ドワーフたちで、さほど口数もおおくなく、ほとんどはわたしが問わず語りにぽつりぽつりとやくたいもない話をするばかりだったが……そこで、おおくの黒猫たちに、わたしの思想、わたしの実現したい世界を、理解してもらうことができた。ときには新入りの黒猫に水を向け、その人生の「ノモ」に耳をかたむけ──そうして、かれらのひとりひとりと関係を築いていったのだ。そのように語らった黒猫たちのことは、みなおぼえている。仮面におおわれて顔は見えなくとも、その声のひびきかたと、「ノモ」が伝える人生の来し方とを、こくめいにおぼえているのだ。


「かくれて、聞いておりました」

「なぜ、出てこなかった」

「恥ゆえに」


 こちらをまっすぐ見たままに、跳ね蛙(ホプ・フロッグ)は言う。基本的に、口数のすくない男らしい──さいしょの声明は、この男にとっては例外的な長文であったようだ。しかし、みじかく告げることばに嘘はない。


「恥、か。それはわたしに打ち明けたり、悟られたりはしたくないものであるということだな」

「お許しいただけるなら」

「かまわない。ではわたしも、おまえの『ノモ』に耳をすませるのはやめておくことにする。いずれにせよ、おまえには要らない──ことばに、まるで嘘がふくまれていないからな」

「ありがたく」

「おまえが好きになってきたよ、跳ね蛙(ホプ・フロッグ)


 わたしが笑いかけると、跳ね蛙(ホプ・フロッグ)の顔にいささかの動揺が走った――わずかに目を泳がせ、伏せたのだ。これはどちらかといえば、照れに属する感情だろう。


「ありがとう、プルートゥ。このおもしろい友人のことをわたしに黙っていたのは責めたいところだが……おまえのすすめどおり、百名は手元にのこすものとしよう。……ん?」


 跳ね蛙(ホプ・フロッグ)によびかけようとして、そのすがたが忽然と消えてしまっていることに気がついた。去った――あるいは、わたしの死角にかくれたのか。煙のような消え方だった。これにも、あるいは慣れないとならないのだろう。


「百名のことは、黒煙兵と呼ぼう。跳ね蛙(ホプ・フロッグ)にも、伝えておいてくれ、プルートゥ」

「その必要はありません、マザー。跳ね蛙(ホプ・フロッグ)は、()()()()()()()()()()ので」

「……慣れが、必要だな」

「ええ」


 そこに、堂々たる八・五フィートの身長を持つ天人ヒューマン男が、やってきた。背広とつば広の帽子に、上質そうな濃紺のロングコートを合わせたすがただ。いかめしい顎のかたちは貴族風というにはいささか荒っぽく、むしろ労働者的というべきかもしれなかったが、服装の洗練がそれをおぎなっている。


「や」天人ヒューマン男は見た目にそぐわぬ気さくなようすで、こちらに手を挙げる。「お待たせ。これで出られるよ」


「いいのか、()()()。そんなすがたで。トムは少女の旅装にこだわっていただろうに」

「ちっともよくない」


 答えたのは、セイラの巨体にかくれていたトムだった。ふてくされたような顔で、セイラのいかめしい顎をぺちんと指で弾いた。


「これじゃ、また選びなおしだ。せっかくあと()()というところまで服を絞り込んだのに。さ、早く衣装部屋にもどろう、ハック」

「だから、これでいいってば。こんなむくつけき大男の服装にこだわってもなんにもならないだろ。そもそも他のすがたに“変身”しちまえば、まえの服なんてもう着られないんだ。さっきぼくが少女から大男に化けたときとおんなじだよ。ていうか、それを思い出してもらうために化けたわけだけど。……てきとうでいいんだよ、服なんて。その都度、あるものを手に入れるだけなんだから」


 野太い声が、セイラのすねたような口調でしゃべるさまは慣れなかったが、トムはいささかも気にしたようすはなく、セイラの目を正面から――というよりは真下から――見つめて、まじめな顔で返す。


「てきとうでいいわけあるかよ、ハック。どんなすがただって、ハックはハックだ──それで、()()()()()はいつも綺麗な恰好をしてなくちゃだめだ。きみにシラミだらけの服を着せないために、俺は財産を相続したようなもんなんだぜ。そら、いくぞ。その肌色なら、濃紺よりももっと似合う色がある」


 トムに腕をつかまれると、セイラは天人ヒューマン男の、岩を切り出したような顔を赤くし、引きずられるままに連れていかれてしまった。

 わたしとプルートゥは、顔を見合わせる。


「……聞いたか?」

「……ええ」

「あれで、トム当人は口説いてるつもりはないんだと。まさか──()()()()()と来たぞ?」

「俺はセイラが不憫になってきました、マザー」

「わたしもだ」


 さらに数十分待ち、セイラはようやく解放された。


 *


「なんか、思い出すねえ。迷宮攻略スタートしたときも、この三人だったもんね。さいしょの頃は、プルートゥもクソ弱くてねえ」

「いまは、勝てないだろうが」


 わたしが横槍を入れると、セイラはくちびるを尖らす。……けっきょく、天人ヒューマンの少女のすがたに戻って、トムが選んだ最上の旅装に身をつつんでいるせいで、良家の令嬢に見えた。それに合わせて、プルートゥとわたしは召使のお仕着せに着替えることとした。こうすれば、天人ヒューマン令嬢の旅行に付き添う召使、という印象になるからだ。


「迷宮のなかではね。外で闘ったらどうかは、まだ分かんないっしょ」

「セイラのいうとおりです、マザー。……セイラ、手の空いたときに、ぜひ手合わせを。地上でも強くあらなければ、俺はマザーのお役に立てない」

「……まじ?」


 セイラが両肩を抱くようにして顔を歪めた。わたしも思わず笑いを漏らす。

 たしかに、迷宮のなかを思い出す。あの一年は、けっこう悪くなかった。責任感も、黒猫たちとともに迷宮攻略を目指すというものに制限されていて、いまのように、とほうもない重圧ではなかった。つねに一層下を目指せばよく、いまのように、歩くべき方角に迷うことなどなかった。


 だが。

 いまや、局面が変わったのだ。


 この先は、荒野に踏み出さねばならない。あの暗がりのなかを離れ、奴隷たちを導かねばならない。マザーとして、旧い馬車オールド・チャリオットの後継者として、わたしに課せられているのは、そういう使命だ。

 胸元に、わたしは手を当てた。

 首からさげた鎖のさきに、わたしのただひとつの熱源が、ある。もう燃え上がることはなく、しかし、寒さが堪えがたくなるたびに、そこに手を当てれば余熱を感じることができる。それで、ほんのすこし、勇気が湧く。鎖のさきにとりつけられた、なにも刻印されていない、うすっぺらな、トークンのおかげで。


「……さて、まずは?」

 セイラが、わたしの顔色に気がついたのか、話しかけてきた。


「『ノモ』をたどる。士師ジャッジが、欲しい」

「それさあ、ぼくも頭数に入ってんだろ。やめてくんない? 軍団の指揮なんかできないし、やりたくないし。それにさあ、きみの隣にいたほうがおもしろいし」

「……考えておく」


 答えて、わたしは耳をすませる。

ノモ』を、たどりはじめる。


   ──わたしたちは、はじめ、三十人いた。


 そういう『ノモ』を、つかんだ。


 そうして──

 歩きはじめた。



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