075 連合国にて
紫煙が、揺らめいている。
天井に吊るされた照明は、窓が閉め切られた真っ暗な空間を照らし出すにはじゅうぶんとは言いがたかった。わずかな明かりが、四人の青年がひっきりなしに吹かす紙巻煙草にさえぎられ、よけいにぼやけている。
だが、四人はまるで頓着したようすがない。
ちいさな卓子を囲み、それぞれの椅子の背によりかかるようにして、カードを持っている。
だれかがカードを出すと、示し合わせたようにすばやく隣のものがカードを出していく。四枚が場にそろうと、だれかひとりがまとめて持っていく。それが高速でくりかえされている。
ホイスト、という古い英国の遊戯だった。
「さいきんでは、新興貴族連中もこいつを遊ぶらしい」
「ブリッジの間違いだろう」
「ブリッジだと」
「なんでも、ホイストにはったりと賭けを足した下品な遊びだとか」
「この国らしいな。英国の文化を下敷きにしながらも、いつも品のない改変をしたがる。うんざりだよ」
「まるで、合衆国さ。なんのために独立を果たしたのだか、わからない。この連合国は、はやくも腐りはじめた」
「だから、われわれがいるのだろう」
「然りだ」
「ああ、然りだとも」
カードが切られ、配られる。
四枚が場に出され、持ち去られる。
十三回くりかえす。
また集められたカードが切られ、配られる。
「われわれは、どこまで膨れ上がった?」
「浸透した、と言ってほしいね」
「国務省はむろんだ」
「財務省も、おおむね問題ない」
「陸軍省は手間取っているが、時間の問題だな」
「海軍省は言うまでもない」
「司法省は、諸君も知ってのとおり済んでいる」
「郵政省にも、入ったよ」
「郵政は、肝要だ。通信をおさえるのは、体制の盤石化には欠かせないからね」
「然り」
「ああ、然りだ」
カードが切られ、配られる。
四枚が場に出され、持ち去られる。
十三回くりかえす。
また集められたカードが切られ、配られる。
「くだんの少女については、どうだ」
「驚嘆すべき少女」
「ヨシュアだね」
「なぜ、そう呼ばれているのかな」
「不吉な名だ」
「それほど重要かい。たかが、洞人の小むすめひとりが」
「われわれの戦略目標と、指定されている。大魔導師のお導きには、従わねばならないよ」
「とはいえ、見つからない」
「巧妙だ。洞人という連中は、いつもそうだ。地下鉄道の本拠地にも、目を開かされたものだ。だれが空中にあるだなんて思ったかね」
「侮れないね」
「侮れない。だが、右往左往するのもいけない」
「われわれが慌てているなどと、政府のだれにも思わせてはならない。見くびられるからね」
「見くびられるのは、いけない。われわれの本筋に、差し障る」
「然り」
「ああ、然りだね」
カードが切られ、配られたそのときだった。
扉がけたたましい音を立てて開かれ、暴力的なまでの明かりが飛び込んできた。
光をくっきりと痩せたシルエットで切り取る男は、四人の視線を集めて、気取った辞儀をする。
「すみませんねえ諸君! わが大魔導師はご多忙の身でして――お会いできないのを非常に、ひじょぉーに、残念がっておいででしたよ! なあに、ご心配はいりませんとも、不肖ながらこの私、ペイトン・ファーカーめが、きっちりとあなたがたのKKK加入儀式をとりおこないますからねえ!」
髑髏面の男が、四人をさしまねいた。
*
ペイトン・ファーカーは、こきり、と首を鳴らす。
骨だけがのこされた肉体の、どこが鳴っているのかについては思いなやまない。そも、こうして立っていること自体が異常の身だ。アウルクリーク橋で、すでに死んでいるおのれを発見してからこのかた、異常の連続こそがペイトンの人生であったと言いきってしまってもよい。尋常の論理でおのれのからだをかんがえる試みは、いずれ発狂へとつながりかねない。
だから、そういうときにペイトンは笑う。
おやおや、とつぶやいて。
それが、その余裕めかした態度こそが、ペイトンにとっては生きながらえるためには不可欠であった。
――しかし、疲れましたねえ。
ソファへ、座り込む。どさりという体重の音はない。むろんのことながら。
幹部用談話室は、暗いままだ。
ペイトンはしばし、そこで目を休めることにした。
KKKに加入するものは、もはやめずらしくもない。
連合国の成人男性の三人にひとりは、KKKに席を置いているのだ。もちろん、兵として数えるに足るような水準の真述師となるとその十分の一にも満たなくなるが……それでも、動員可能な兵力は民間組織の常識をはるかに超えている。
ことこの連合国においては、KKKに属するというのは貴族制支持の旗に膝を屈するという姿勢を示す。まともな男子なら、あたりまえのこと。
だが、その構成員の九割は、たかだか「領土」や「管区」、「巣窟」に所属する下級構成員に過ぎない。「小鬼」や「夜警」などといった階級の人間は、ペイトンのようなKKK最高の十名「精霊」にくらべれば塵芥にもひとしい。
くらべて――
今回の四人組は、「海蛇」に抜擢された。
これは、まさに驚くべき事態だ。
「海蛇」といえば、連合国全体で三十人にも満たない、KKKの最高幹部である。大魔導師率いる「見えざる王国」は別格としても、「王国」――すなわち、州に相当する単位で五指に入る存在へと、とつぜんのぼりつめたのだ。
であるなら、そうとう鳴り物入りであってしかるべきだが……あの四人組は、まったく無名の若手官僚たちに過ぎないのだ。たしかに連合国ではエリートに区分されるだろうが、掃いて捨てるほどもいる青瓢箪どもであることに、変わりはない。
それを、大魔導師じきじきに引き上げたというのだから、謎はおおきい。
「……われわれ『精霊』にさえ、お考えを話そうとはなさらないとは」
「連中、使えるの?」
ペイトンのつぶやきに、暗闇から返答があった。
「黒妖姫。あなたでしたか」
暗がりに、目が光っている。
とりわけ黒い肌が、闇に溶け込んでいたのだ。少女が一歩を踏み出してくると、ようやく人のすがたが見て取れるようになった。きらびやかなドレスは、精緻な刺繍と、幾重にもかさねられたフリルによって、少女の全身をおおいかくしている。手入れされ、磨き抜かれた肌はつややかな光沢を放っており、まるで贅沢な人形を思わせる。
だが、その表情には、人形ではありえぬ感情が宿っていた。
ふつふつとたぎる、溶岩のごとき怒りが眼のなかにあるのだ。年齢は十にも満たぬはずだったが、きみょうに老成した印象がある。
これが、黒妖姫であった。
「あなたが加入させた、四人。たいした真緑も持っていなかったようだけれど」
「ああ。大魔導師の肝いりなのですよ。どうやら、ふつうの兵とは異なる、ほかの使い道を想定しておいでのようです」
「ふうん」
黒妖姫が、おもわず見惚れるほどに優雅なしぐさで歩み、椅子のひとつへと掛けた。そうしてから、こちらにとつぜん視線を向ける。
「洞人が、なるべくおおく死ぬ『使い道』なのよね」
「……それは、どうでしょうかな」
おもわず、ことばに詰まる。
ペイトンにしては、めずらしいことに。
――不気味な、子供だ。
そう、思わざるをえない。
じぶんが洞人でありながら、洞人の絶滅を希い、洞人の死をよろこぶ。KKKの常識からしても、異常なほどの執着だった。
KKKは、洞人に滅びてほしいなどとは、かんがえてはいない。
ただ、天人の支配下にあるべきだと主張しているだけだ。かしずくものがいなければ、貴族は貴族たりえないからだ。
しかし、黒妖姫は違うのだ。
黒妖姫の名で知られる彼女が、いったいどういう出自のものであるのかは、だれも知らない。ただ、あの大魔導師が、ヨクナパトーファから帰還したさい、伴っていたのがこの姫である。洞人の少女が、すぐさま『精霊』の座をあたえられたのもまた、異例であった。
――考えてみれば。この姫についても、大魔導師は語ろうとなさらなかった。
ときおり、KKKの通念と、大魔導師の方針とは、食い違う。
そこに、説明はない。
大魔導師は、服従だけを求める。その方針に異を唱えたものは、即日、始末される。帰還後はまだそういったかたちの粛清は見受けられなかったが……その苛烈さが、目減りしていると侮るのは、命取りになりかねない。
――触らぬが、よし。
ペイトンの結論は、いつもそこへと行き着いた。
「カナンの地が、見つかったわ」
黒妖姫は、いつもとつぜんに話題を変える。
子供らしい話し方とは、思えない。どちらかといえば、周囲がつねにおのれのことばに神経を張りめぐらせていると信じる、王族のごとき姿勢に思える。じっさい、聞き返したりすれば、にらまれるのだ。
「……ほう。地下鉄道の、避難地でしたな」
「マイルズとフローラを、送ったわ」
「お待ちください。『精霊』の派遣を、大魔導師の裁可もなく、ですか?」
「洞人がいるのよ」
黒妖姫の目のなかで、マグマが煮えたぎる。
「洞人が、あそこにはうじゃうじゃいるの」
ペイトンは、息を飲む。
反論の声を重ねることは、できなかった。




