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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.3 The Mithril Covenant/契約

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074 首なし騎士

 扉がぴったりと閉められ、錠が下ろされている。窓は雨戸まで下ろされ、すべての陽光がさえぎられているから、昼日中だというのにランプを灯さなければならないありさまだ。

 だから葉巻の煙は、ただ喫煙室のなかに満ちるばかりだった。


「けほっ」


 ちいさく、セイラが咳をした。

 トムがとたんに顔色を変える。


「だいじょうぶか、ハック。煙たかったか? ……バトラー卿」

「葉巻は消しませんよ。点けたばかりだ」


 冷たく、レッドは言い放つ。

 トムはじろりとレッドをにらみ、じぶんの手元の葉巻を陶器の灰皿にぐりぐりと押しつけて消した。そのしぐさを、レッドは鼻白んだように見つめている。侮蔑のまなざしを向けられても、セイラの背をいっしんに撫でるトムはいっこうに気づくようすもなかった。


「いやしかしおどろきましたなあ。まさか、南部貴族のなかに、地下鉄道アンダーグラウンド・レイルロードの構成員がまぎれこんでいようとは。それも、ソーヤー家の主ともあろうお方がね」


 皮肉っぽい声とともに、天井たかく煙が吹き出される。


「ご自身の財がどのように築かれたのか、ご存知ないのかな? 奴隷たちのはたらきによって得た金を、奴隷解放につかう──。皮肉のセンスは卓抜しておいでだ」

「これはこれは、ずいぶんな仰りようですね」


 トムも、レッドを睨みながら言い返す。


「ごじぶんのことを棚にあげるのがおじょうずらしい。あなたがその地位にのぼりつめるまでに、どのような手段をつかったのか、社交界ではさまざま噂されていましたね。北部との戦争の折には、ふしぜんに消えた軍需物資がずいぶんあったとか。その頃からですね、あなたが社交界に顔を出されるようになったのは。ふしぎな符合もあったものです」

「これはこれは。よそさまの懐事情をさぐることというのが、名家ではあたりまえの教育なのですな。大いに参考になりますよ、私のような成り上がりものにとってはね」


「くだらん。もうよせ」


 わたしは言う。

 鉛筆をはしらせていた手を止め、手帳を閉じた。このままでは、貴重な鉛筆を折ってしまいかねなかった。


「友人同士になれとは言わない。だが、無意味な敵愾心はしまっておけ。……いい機会だ、トム・ソーヤー。最新の状況報告を」

「……この男の、まえでか」

「協力者だと言ったはずだ。始めろ」


 トムは眉をひそめたままにセイラへと目をやり──セイラにうなずかれて、あきらめたように話しはじめた。


「ひとまず、地下鉄道ザ・レイルロードの残党は、おれの見つけられるかぎり全員カナンの地に送れたよ。乗客はほとんどが無事だった。……その代わり、駅員は行方不明者が多かったけれど」

「わたしたちの同志は、乗客を守ったのだな」


 わたしは瞑目した。

 すこしのあいだ、胸の内で祈りをささげる。


「すまない。つづけてくれ」

「ああ。カナンの共同体には、あらかじめハンナたちを送ってる。おれの屋敷で働いてくれていた、駅員さ。彼女らの奮闘で、ふくれ上がった人口にもなんとか口を糊するぐらいの食糧を融通できるようになったと聞いてる。補給は、しばらくかんがえなくていい」

「助かる。だが、迷宮からの輸送経路が機能しはじめたら、すぐに物資を手配する」

「そうしてくれ」

「連合国に、なにか動きは?」

「おおかたの予想どおり、ウィルクスが再選。六年の任期制限など、もはやあってなきようなものだ。だが閣僚の顔ぶれはだいぶ変わったな。奇妙に経歴のぼやけた連中が多い。社交界じゃ政治家の知り合いを持つのはめずらしくもないのに、だれも見覚えのない名前が、大臣に名を連ねてる。陰謀論好みの貴族は、KKKの関係者に違いないと吹いてるけど、あながち間違っちゃいないかもな」

「ふむ。当のKKKの様子はどうだ?」

主要駅メインステーション襲撃から数ヶ月のあいだは、熱心に地下鉄道の残党狩りをやってたようだ。いまはずいぶん沈静化したようではあるが……グレイス、きみの名前が最大の戦略目標として挙げられてることに代わりはない。軽々な動きはつつしんでくれ」

「それはできない」


 きっぱりと、わたしは言う。


「いまは、動くべき時期だ。必要だったにせよ、一年も潜っていたからな。

 地下鉄道ザ・レイルロードが死に絶えたわけではないと、全土の洞人ドワーフたちに示さねばならない」


 トムの目を、わたしは見つめる。


「わたしは歩くぞ、トム・ソーヤー。

 レッドの仕切る輸送経路が確立されたら、歩きはじめる。 

 大陸全土を経めぐって、洞人ドワーフたちにほのおを与えなければならない」

「ほのおを?」

「ああ、ほのおだ。

 ……いつかそれらのほのおは、大陸全土で同時に燃え上がる。

 ぽつぽつと点ったほのおをあつめ、大炎をかたちづくるんだ。

 そのために必要なのは、松明を掲げるものだ。

 わたしに代わって灯火を持ち上げ、ひとを集めるものだ。

 すなわち――士師ジャッジだよ」

士師ジャッジ、と」

「ああ。すでに、何人かは決まっている。

 ジョン・ヘンリー。セイラ。プルートゥ。そしておまえ――トム・ソーヤーだ」

「口を挟んでも構わないかな?」


 手をあげたレッドに、わたしはうなずいた。


士師ジャッジ、というのは、私が考える士師ジャッジで合ってるのかな? 

 裁き司――すなわち、聖書に登場する軍事指導者として」

「そう捉えてくれて、構わない」

「ほう。これは嬉しいね」


 レッドは手のひらをこすり合わせる。


「戦争が、始まるのだね。

 私のかんがえは間違ってはいなかった――戦争は、始めようとしている人間の傍らにいるのがいちばん儲かるものだ。

 今回は、どうやら間に合ったようだ。

 いやあ、嬉しいものだね」

「あんた。戦争で、儲けようってのか?」

「おや、なにかね仔犬くん。まさかとは思うが、戦争をなにか崇高なものとでも思い込んでいるのかね。

 戦争は戦争だよ、たんなるひとつの状況の変化にすぎない。

 そして状況が変化するときにはかならず、利が発生するものだ。

 その利を掠め取るのが誰であるかが、毎回異なるだけの話でね」

「……こいつみたいな人間が介在すれば、理想が濁る。理想が濁れば、ひとはつきしたがわなくなる。末端になればなるほど、その傾向は強まるぞ。それでいいのか、グレイス?」

「構わない」


 わたしはトムの目をまっすぐ見返した。


「金がどこからやってくるのか、一般の駅員や乗客が知る必要はない。肝心なのはその金が、だれかからの施しではないと信じられることだけだ。レッドとのつながりを、わたしはあえて明かすつもりはない」

「情報を伏せることに慣れてしまえば、独裁への道はぐっと縮まるぞ」

「正しい思想のもとに用いられているのなら、権力の一極集中を悪いとは思わないよ。話をもどしても、構わないか?」

「……分かった」


 腑に落ちてはいない顔をしながらも、トムが引き下がる。


士師ジャッジ――軍団を指揮できる将が必要なのは、わたしが死んだときのためでもある」

「死ぬ?」

「もののたとえだよ、トム・ソーヤー。べつに死ぬつもりはない。だが、万が一をかんがえておくのは上に立つものの責務だ。

 たとえばわたしがいなくなったとして、地下鉄道ザ・レイルロードがぐらつく事態はあってはならない。頭領は屋台骨のひとつではあっても、大黒柱であってはならないんだ。代わりはつねに用意される。士師ジャッジという名を冠していれば、指導者としてそのいずれかが立てるだろう」

「失礼。もうひとことよろしいかな?」

「どうぞ、レッド」

「後継の順位づけは、しなくてはならんと思いますな。あなたの死後、後継者争いで揉める軍団長ばかりとなれば、それこそ組織は瓦解する。人間とは、とかく権力を手にしたがるものです」

「……これだけは俺も賛成だ。よけいな揉めごとはあらかじめ避けておくべきだ」

「権力に関心を持つような連中を、わたしは択ぶつもりはない。士師ジャッジは、もっと違う基準で択ぶつもりなんだ」

「違う基準?」


 わたしは答えない。

 この基準について、まだだれにも明かすつもりはなかった。


 士師ジャッジは、指導者としての適性では選ばない。

 士師ジャッジは、すぐれた人間性や、人あしらいのうまさや、指揮能力の高さや、存在感では選ばない。


 士師ジャッジとは、呪いである。

 呪いの、象徴である。

 天人ヒューマンに対する憎悪、既存体制への嫌悪、既成観念への拒否が、なければならない。暴力を振るうには、平和を打ち砕くには、そのための狂気を兵に感染させるには、その胸中に燃えさかる呪いを持たねばならないのだ。


 士師ジャッジたちが、地下鉄道ザ・レイルロードの活動を継いでゆくことなど、わたしは期待しない。

 士師ジャッジたちが、すべてを灰燼に帰すことだけを、わたしは期待する。


 しかし、これをわたしは明かさない。

 だからジョン・ヘンリーを、セイラを、そしてトム・ソーヤーを、士師ジャッジとして指定する。誤読を、誘う。

 いずれ道をたがえたなら、彼ら以外の人間を新しい士師ジャッジとして指名することもあるだろう。


 わたしは黙って、ほほえんだ。

 これ以上は答えるつもりがないことを、そのように示した。


 ふう、とトムが息をつく。


「……ひとまず、分かった。なら、俺たち武装車掌アームド・コンダクターはどうすればいい?」

武装車掌アームド・コンダクターは、おまえを合わせて三人だったな。残る二人には、大陸を歩くなかで会うことになるだろう。指令はその折にくだすつもりだ。だが、トム・ソーヤー」


 あらためて、呼ぶ。


「おまえは、この男を見張れ」


 レッドが、よく動く表情筋をゆがめて片眉を持ち上げた。


「……バトラーを?」

「利が得られるかぎり、こういう手合いが裏切ることはない。だが、保身のためとなれば話はべつだ。違うか、レット・バトラー」

「違いませんな」

「そこで、おまえだ。この男が保身に走らぬよう、万難を排せ」


 トムが、椅子を倒しながら立ち上がる。


「ちょっと待ってくれグレイス。この男を守れってのか? 俺が?」

「ははは。こいつは傑作だ。護衛を貸してくださるのですな、マザー・グレイス。……いいかね仔犬くん、精励したまえよ。きみのマザーのお達しだ」


 トムが歯ぎしりする。

 にらみ合うふたりを見て、ふ、とわたしは笑った。


「いい組合せになりそうだな。期待している」

「どこがだ!」

「おまえに動いてもらう必要があれば、連絡する、トム・ソーヤー。ジムじいやと、行動をともにしているんだったな? 洞人ドワーフが近くにいれば問題はない、『ノモ』が使える」


 わたしは立ち上がった。

 慣れたセイラが、すぐに追従した。移動するとき、わたしは予告などはしない。トムが面食らったようにこちらを見ているが、気にせずうすぐらい喫煙室を横断し、扉を開きかけた。


「ああ、そうだ」

 トムを、振り返る。

「おまえの甲冑だが――兜だけを、黒く塗れ」

「は? 兜だけを?」

「ああ。闇のなかで、おまえは動くだろう? そうなると、黒い兜は闇に溶け、白銀の鎧だけが闇に浮かび上がることになる。

 首なし騎士に、見えるぞ。

 よくよく見れば、黒い顔があるんだ。

 KKKの連中は、さぞ怯えるだろうよ。洞人ドワーフを敵に回したということの恐ろしさを、理解してね。

 おまえの呼称は、今日をもって『首無し騎士(スリーピー・ホロウ)』と改称する」


 言い残して、わたしはその場をあとにした。


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