072 レットとスカーレット
「ああ! もう! 息がつまるったらないわ!」
書斎の扉が閉められたとたん、スカーレットは叫ぶ。
「もううんざり。社交なんて一ドルにもなりゃしないのよ。こんなドレスを新調するお金があったら、いい牝馬を買えたのよ。ああ腹立つ」
先回りしていたわたしは、物陰からそっとふたりを覗いていた。
書斎にはいくつもの机やら本を満載した卓子やらが無数に置かれていて、隠れ場所には事欠かない。
散らかり具合と書棚にならべられた本の種類からして、この書斎はじっさいに知的生産に使われているもののようだ。
たんなる、社交の空間ではない。
そこは、好もしく感じた。
「あーもううっとうしい!」
スカーレットがつばの広い帽子をむしりとって投げ捨てる。
それを、かろうじてレットは空中でつかまえ、手慣れたようすでコート掛けへとひっかけた。
「そんな時代おくれの日除け帽なんて、農場ではわざわざ被りゃしないのよ。いまさら日焼けに気をつけてるふりしたってむだなのに、マミーはなあんにも分かっちゃいないんだから!」
「マミーを許してやりたまえ。あの洞人にとっては、いつまで経ってもきみはお嬢さまなのだよ」
「お嬢さま! はっ! 笑っちゃうわね──お父さまが亡くなってからこのかた、女手ひとりでタラを切り盛りしてるのよ。いまさらだれが、私をねんねのお嬢さまだって思う? 手ずから製材所の経営をやって、商人たちにけんつく食わしてる女を、どこのだれが『息子の結婚相手にぴったりの、おとなしそうなお嬢さまだ』なんてかんがえる? お金よ、お金。私に求められてるのは持参金の額! どうせ目当てはばれてるんだから、あの取り巻き連中だっていっそ正直に言ったらどうなのよ。『オハラさま、僕はいまなら七万ドル、お買い得ですよ』ってね!」
「ふふ、そりゃあいいな。連中の胸元に値札をぶら下げさせたら、さぞ見栄えするだろうね」
「ま。あんな連中を買うぐらいなら、あたらしい洞人を買うわね。成人した、頑丈そうな若い男をね。ところであんた新聞見た? 手持ちの奴隷に対する増税が可決されたとか。連合国政府はなにも分かっちゃいないわね。富裕層から金を巻き上げて防衛費に充てようなんて、愚策もいいとこだわ。富裕層には贅沢をさせるのよ。現金資産に対して課税してやれば、無駄にするまいとお金を撒きちらすでしょう? そうすれば市場にお金が流れる。そうして経済を刺激してやりゃあいいのよ。こんなにかんたんなことがどうしてわからないのかしら。アシュレーのやつは、そろそろ限界ね。KKKから手を回して、つぎの傀儡を立てたほうがいいわ。どうして大魔導師はあんなやつを立ててるんだか、気がしれないわ」
「ふふ。すさまじいな」
「なにが可笑しいのよ」
「きみはいま流れるように、召使、社交界、政府、大統領、そしてKKKをつぎつぎと罵倒してみせた。すばらしい手際だよ。きみの舌鋒をのがれるものはこの連合国にひとりもいないだろうね」
「あら、皮肉ってるのかしら? 喧嘩なら高値をつけるわよ」
「いいや。きみは、なにかをののしってるときがばつぐんに魅力的だ」
「お世辞はいらないわ。一ドルにもなりゃあしない」
スカーレットがぷいと目を背けて、コーヒーテーブルのまえの椅子へとどっかりと腰を落とした。その背中を、レットは見つめている。どこか満足げで、どこか誇らしそうな、笑顔。ふしぎと、屈託もなにもない。
ふむ、とわたしは思った。
「で、話ってなによ。もちろん、私のほうに利益のある話なんでしょうね?」
「言うまでもないさ」
レットはスカーレットのまえに座ると、西部とのコネクションについて説明をはじめた。ある筋から、とある資源を継続的に入手できる伝手ができた。これを欧州でさばくために、あたらしく会社をたちあげるつもりだ。ついては、連合国軍をだまらせるために海路の許可証を都合してほしい……と。
スカーレットはつまらなさそうに髪の毛をさわりながら聞いていたが、ここで顔を上げた。
「許可証? わざわざそんなもの用意しなくたって、私が声を掛ければ巡視船を遠ざけるのなんてたやすいわ。いままでも、そうしてきたじゃない」
「感謝しているよ、スカーレット」
「公式な書類発行なんて、めんどうだわ」
「いいや。すこしでも怪しまれる事態は避けたいのでね。なにぶん、荷が荷だ」
思わせぶりにレットが言う。
スカーレットは、ようやく興味を惹かれたように、レットの顔を見つめ返す。にやっという笑いが、レットの口髭を持ち上げる。
「……なにを、扱うの?」
「それは明かせないな。ただ、売り先は大英帝国王室を予定してる」
「へえ? 例の、吸血鬼どもに? それであんたが動くような莫大な利を狙えるってなると……先住民どもかしら?」
「おっと。それ以上は」
レットが唇に指を当てたのを見て、スカーレットもほほえんだ。
ここまでは、レッドが事前に語っていたとおりの流れだ。
スカーレットは疑いぶかく、抜け目がない。情報を伏せるなら伏せるなりに、説得力のある筋を仕込んでやらねばならない。先住民の奴隷を売り払うという筋は、その点、うってつけである。
先住民たちは、不老長寿で知られている。
大英帝国の吸血人連中からすると、その血はなんとしても口にしたい贅沢品であるのだ。しかし、先住民は洞人と異なり、公式には奴隷化が認められていない。一八五二年のユタ準州での法令可決が、まだ生きている。
そこに、利が生ずる。
説得力のある筋書き。
「悪くない話ね。私も、一枚噛ませなさい」
「とうぜんだが、決して荷は検められたくない」
「いい手があるわ」
スカーレットが語ったのは、連合国政府の特使船を回させるという案だった。
「内戦」の折に大英帝国より供与された船で、連合国軍、大英帝国軍ともにいっさいの手出しが許されていない。「内戦」中は、これを用いて極秘文書や物品・人員などの輸送をおこなっていたというから、実績は折り紙つきだ。
「ゆいいつ、ルールの外にあるのは合衆国軍だけれども。現在の情勢を鑑みれば、合衆国政府が私たちといま事を構えたがるはずもないわ。まず間違いなく、手出しはしてこない。いま、この大陸に存在する、もっとも安全な船と言ってもいいわ」
「悪くないね」
レッドが顎を撫でる。
「大英帝国到着後は、どうするの?」
「そこからさきは、私のほうでじゅうぶん手が回せるよ。特使船から積荷をうつすときに、だれにも見られないようにできれば、ルートはある。ただ、人手には頭を悩ませていてね。口が硬い人間はいても、口を縫われた人間はそういない。だが、私が望む水準はそこなのだ」
「任せて。KKKの道具を、手配するわ」
スカーレットが笑う。
「死霊兵を、五十ばかり回せば事足りるわよね?」
「ほう。例の『脳無し奴隷』か。完成していたのだね」
「まだ、実用化はとうぶん先。戦線投入するには、量産性が低いの。でも、試作の兵は私の管理下にあるから、いくらでも都合できるわ。死人に口無し。これなら文句はないでしょう?」
「さすが。いかなKKKといえども、きみの長い爪をのがれることはできないごようすだ」
「褒めことばと、受け取っておくわ」
はん、とわたしは鼻を鳴らす。
ふたりのやりとりを、ふたりのあいだに流れる甘ったるい空気を、これ以上見ていられなかった。
利益によってつながった関係、とレッドからは聞かされていたのだが、一丁前の商売人が、聞いて呆れるものだ。
声をひそめて利益配分を決めはじめたふたりを捨て置き、わたしは書斎を後にした。




