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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.3 The Mithril Covenant/契約

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071 身内だけの、ざっくばらんな集まり

 “身内だけの、ざっくばらんな集まり”と聞かされていた。

 とんでもなかった。


 香ばしさをたどっていくと、炉でまわされている串刺し肉がじゅうじゅうと音を立てている。

 初夏の日差しのなかに煙をたなびかせている肉のとなりでは、巨大な鉄鍋がいくつも釣られ、具だくさんのシチューが煮られている。

 深い木陰には長いピクニックテーブルが置かれ、広げられたリネンのうえに焼きたてのパイや果実酒のたぐいが満載している。


 こうした食欲を刺激するバーベキューを、来訪客のほとんどはちらとも見ない。


 色あざやかなドレスやきらびやかな宝飾品で着かざった娘たちは慎みぶかい微笑を振りまき、皺ひとつないモーニングコートを着込んだ青年たちがその気を惹こうと周囲をうろついている。

 子供たちはばら色の頬をしてポーチを駆けぬけ、地味な色のドレスをまとった既婚女性らがほほえましそうにそれを見つめている。

 紳士たちは中央で政治談義に白熱しているが、ときどき遅れてきた来訪客を諸手をあげて歓迎している。

 ……このすべてが、天人ヒューマンである。


 洞人ドワーフは、というと、銀盆を手にして客に酒をとどける召使、台所から使いに出されたはいいがあまりのひとの多さにまごつく下働き、食べ残しを満載した皿を下げる給仕──といったところだ。

 天人ヒューマンたちよりすばやく動きまわっているはずなのに、まるで存在感がない。

 はなやかなパーティの、背景に徹している。

 天人ヒューマンたちも、まるで洞人ドワーフたちが透明な亡霊であるかのように、かんぺきに、黙殺している。


 レッドによってお仕着せを着せられ、召使のひとりとして皿運びを手伝うわたしも、例外ではなかった。


 かつて、パーティに憧れていたころを思い出す。


 野外奴隷の身分で、来訪客のまえにすがたを晒すなど許されておらず、とうぜん、パーティの折にお屋敷に近づくことも論外とされていた。

 遠ざけられるほど、憧れはふくれ上がった。

 じぶんが参加できるわけでもないのに、母にパーティのようすを教えてくれるようせがみ、困らせたものだ。


 いま、こうしてほんもののパーティを目にしてみると。

 こんなものか、という感が拭えない。


 せっかくのご馳走も、華やかなかざりつけも、麗々しいドレスも、心を浮き立たせはしない。


 わたしの目に映っているのは、ただの現実だ。

 連合国に暮らす天人ヒューマンたち──奴隷主たちが、どれほどとうぜんみたいな顔をして特権を享受しているのか、という事実だ。

 これほどの立場にあってさえ、ひとの自尊心が満たされることはないという事実だ。


 娘たちはドレスの仕立てや帽子のかたちがどれほど最新流行に沿ったものであるのかを誇示し合い、

 青年たちは軍役のなかでじぶんがどれほどの危険をかいくぐったのかをえんえん語り、

 婦人たちは都の自由主義にかぶれたという知人を寄ってたかってこき下ろし、

 紳士たちは政治を論ずるなかで州議員連中をどれほど“気の利いた”文句でおとしめられるかを競っている。


 ひとりひとりが、「私はあなたたちよりすぐれている」「私たちはああした手合いよりましだ」と金切り声をあげているようだ。


 虚栄や自慢が渦を巻くようなこの空間にあって、天人ヒューマンたちは胸が悪くならないのだろうか、といっそふしぎに思う。


 この場にいる洞人ドワーフが──と、わたしは考える。

 みないっせいに反抗したら、この天人ヒューマンたちはいったいどうするだろう。


 おおかた、ショックを受けて固まってしまうに違いない。


「酒なんて勝手に飲みに行け」「肉が喰いたきゃてめえで焼きな」と言われたら、婦人や娘は呆然としてすすり泣き、紳士は怒りくるって怒鳴り声をあげるだろう。鼻息の荒い青年は、手近な洞人ドワーフを殴りつけてくるかもしれない。


 しかし、そのていどの反撃にもめげず、ただノーを突きつけてやったとしたら。

 きっと、それ以上のことは、どの天人ヒューマンにもできはしない。

 屋敷から筆杖ペンや鞭を持ってくるにしたって、その保管場所は“忠実な召使”にしか分からないのだ。

 ただ、天人ヒューマンたちは呆然としたまま、ことの次第を見守るしかなくなるだろう。

 

 その光景を思いえがくと、皮肉な笑みが漏れた。


「なあにニヤニヤしてるんだい!」

 耳元で、小声の叱責を受ける。この屋敷に仕える家内奴隷ハウス・サーバントだった。

「さっさとそこの汚れものを運んじまいな! どこにシチューの皿を置くつもりだい!」


「すみません」

 小声で返して、ピクニックテーブルの汚れた皿を重ねる。持ち上げたそのしゅんかんに、レッドのすがたが目に入った。


 日に焼けた浅黒い顔だちのなかで、炯々(けいけい)と光る才気走った両目。

 口ひげをたくわえた口元は、シニカルな歪みをふくみ、ほほえんでいる。

 いままさに、その唇からつむぎ出している如才(じょさい)ない世辞を、本人が一インチも信じていないことが、そのかたちから伺えた。


 燃えさかる炎の仮面にかくれていたのは、壮年といっていい、富裕な天人ヒューマン男性の顔だった。


 レット・バトラー。

 それがレッドの、表の名だ。


内戦ザ・シヴィル・ウォー』の折には、腕利きの封鎖破りとして活躍し、停戦までに数百万ドルと噂される莫大な資産を築きあげた、成り上がりの新興貴族である。

 戦争の出費で疲弊した南部貴族のあいだで、図抜けた富を保持した事実と、連合国への貢献の大きさから、どの家のパーティでも花形となる人物のひとりと言われている──らしい。

 加えて、独身である。

 花婿としてはとうが立ちすぎた年齢ではあるものの、隙のない物腰と、南部一と目される財産から、娘たちやその親からは“なんとしても手に入れたい”花婿候補のひとりと見られていた。


 これだけ成功した人間が、戦後まもなくのころから連合国沿岸に出没するようになった海賊本人であると、だれが想像するだろう。

 なんとなれば、レット・バトラーは金なら奪うまでもなく、ふんだんに持ち合わせているのだから。


 だが、本人いわく──

「持ってる金をじゅうぶんだと思えたためしは、いままで一度もないね」

 とのことである。


「あの『内戦ザ・シヴィル・ウォー』のさなか、南部紙幣が紙切れ同然の価値に落ちたことが、一度あった。通貨の価値は暴落しうるものだ、ああいう戦争という異常状況においてはね。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 となれば──次に備えておこうとするのは、人間にはとうぜんの心理だと思うね」


 レット・バトラーは、先日わたしに語った。


『欲』が動機にある人間は、『大義』を掲げる人間より、よほど信用に足る。

 わたしはそう考えていた。

 理想は打ちくだかれることがある。しかし『欲』は、対象が存続するかぎり、消えることがない。


 バトラーは、わたしが利をもたらしているあいだは、決して裏切ることがないだろう。

 じっくり語り合った結果、わたしたちが手を組んだのは、そうした理由からだ。


 そのバトラーはいま、“標的”へと近寄っている。


 ひときわ高級そうなすべらかな布地のドレスはこまかい意匠が凝らされ、角度が変わるほどに表面の緑色が異なる光沢を見せている。

 深みのある緑が、華やかな顔だちと真紅にちかい赤髪を引き立て、彼女をこの場でもっとも目立つ存在へと引き上げていた。

 余裕のある表情で、周囲に青年たちをしたがえたそのさまは、まさに女王といった趣だ。


 ぎり、と奥歯を噛み締めていた。

 表情に怒りを乗せぬよう、気取られぬよう、そっと顔を伏せた。


 スカーレット・オハラ。

 それが、“標的”の名だ。


 およそ一年まえに主要駅メインステーションを急襲したKKKの真述師(ロジシャン)──地下鉄道われわれにとって、仇敵である彼女の名を挙げたのは、レット・バトラー本人だった。


「やあ、これはこれは。スカーレット嬢ではありませんか」


 バトラーが両腕を広げて彼女に近づいていくと、取り巻きの青年たちがうざったそうに道を開ける。


 結婚市場においては、バトラーはその年齢を補ってあまりある資産により、高く評価されている。

 スカーレット自身も、若い婦人の身空でタラの大農場をささえる農場主だ。

 実際家であり、ロマンチックな関係よりも実利をもとめる彼女が、「バトラー夫人」の座を狙っていることは周知の事実である。

 取り巻きの青年たちも、バトラーが現れれば、じぶんたちが歯牙にもかけられなくなると承知しているのだ。


 ……このあたりの事情は、事前にバトラー本人から、噛んで含めるように聞かされていた。

 

「あら、バトラーさん」

 スカーレットはすこし首を傾け、流し目だけで応じてみせる。

「すっかりご無沙汰でしたわね。もうとっくの昔にお身限りかとばかり思っていましたのに」

「なにを馬鹿な! あなたを見限るだなんて、そんな身の程知らずではありませんよ。私ほど熱狂的な崇拝者は、この郡にはおりません。ああ、この胸を切り裂いて、燃える血潮をお目にかけられたなら! あなたのすがたを見て、痛いほど脈打つ熱い心臓を、捧げることができたなら! あなたも、すこしは私の真情を信じていただけるでしょうに!」


 歯の浮く台詞を芝居っけたっぷりに演じてみせてから、バトラーは片目をつむってみせると、スカーレットは「まあ」と声をあげてから頬をふくらませ、レットを叩く真似をする。

 二人は、秘密を共有するもの同士のように、いたずらっぽく笑い合ってみせる。


 これも、すべて演出に過ぎない。

 バトラーとスカーレットは、周囲にふたりの関係を伝え、牽制し、既成事実を作り上げているのだ。周囲が「あのふたりも、そろそろ」と見るようになり、推す声が高まっていくと、ようやく結婚を申し込める。

 こうした空気の醸成を経なければ、結婚の申し込みをするわけにはいかないらしい。


 これが、貴族の慣習だという。

 いかにも迂遠(うえん)で、いかにも婉曲(えんきょく)。ただ、理解に苦しむ。


 わたしは不自然がられぬよう、ピクニックテーブルを拭きながら、ふたりの会話へと聞き耳を立てた。


「ところで、貴方がわたくしに近づいてこられるということは、またなにか“お願い”ですの?」

「これはしたり。とっくに見破っておいででしたか。

 お恥ずかしい限りだ──ロマンチックな会話には、縁遠い性格でしてね」

「慣れっこですわ。こうやって期待を裏切られることにもね」

「おや。期待とおっしゃる? この老いぼれに、どういったことを期待しておいでなのかな?」

「いやですわ。──ほんとうに、意地悪なおかた!」

「それでは、いまからほんのすこし、私の書斎にお越しを願えますかな? ……だいじょうぶ、召使は遠ざけておりますから」

「なんてふしだらな!」


 からからと笑いで応じつつ、バトラーはスカーレットを屋敷へとエスコートしていく。

 わたしもそっと布巾(ふきん)を腕にかけ、後を追っていこうとする。


「待ちな、皿も持たずにどこへさぼりにいくつもり──」


   黙れ。


 家内奴隷の叱責には、「(ノモ)」で応じた。

 両耳を押さえてぽかんとしている中年女をさしおいて、わたしは先を急いだ。


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