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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.3 The Mithril Covenant/契約

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070 裁きと商い

 ウェイドは、黙り込む。


 レッドは、仮面の奥の目を細めた。

 その場にしゃがみ、ウェイドと目線を合わせて、語りかけてくる。


「きみと何人かの船員は、輸出用の奴隷を見つけると、それを連れて船室にこもると聞いたんだ。

 それから、なにごともなかったかのように戻ってくる。

 ……連れ込まれた奴隷の代わりに、おおきな頭陀袋を背負ってね。

 その頭陀袋は海面に放り込まれて、それきりだって話だ」

「おかしら……その、それは……」

「思い返してみれば、きみたちの船は奴隷を連れかえることが極端に少ないよねえ。

 私は『どんな奴隷でも、かならず連れかえれ』と厳命しているのに、これはおかしいねえ。

 歴が長いきみは、私の方針──マンを傷つけずに金をせしめる、ってのを、熟知してくれてるはずだよねえ」

「あ、その……。天人ヒューマンはだれひとり……」


 ゆらゆらと揺らいでいたレッドの頭が、ぴたり、と動きを止める。


「あのな、ウェイド」

 どすの利いた低音とともに、ウェイドの髪がわし摑みにされる。

「いま、俺はなんつった? 天人ヒューマンっつったか? 人間マンって言わなかったか? なあ」


 頭を前後へと揺すぶられ、ウェイドは声にならない悲鳴を口のなかで噛み殺した。

 またふいに、髪が放された。


 レッドが、立ち上がっている。

 こちらを、見下ろしている。


「連れていけ」


 短く命じて、背を向けた。

 ホワイトの二人が、その太い腕でウェイドの腰を掴むと、またたくまに引きずって扉へと向かう。


「そんな、おかしら! 勘弁してくれ、頼むよォ、嘘だろ、洞人ドワーフの何人かを殺ったぐらいで、立派な天人ヒューマンさまを殺すってのかよォ、勘弁してくれ、たすけて──」


 ばたん、という無慈悲な音によって、その先の声は聞こえなくなった。


 *


「見苦しいものを、見せたね」


 なるべく疲労をかいま見せないよう努めながら、レッドは葉巻の端を切り落とす。

 執務机の椅子に腰を落としたくなる気持ちを、ぐっと我慢し、机の端に腰をあずけるだけにとどめた。


 客人にはつねに超然としたすがたを見せなければならない──これを、レッドは掟としていた。

 処分を検討している相手であっても例外はない。

 あのレッドが弱っているらしいと聞けば、それだけで襲撃を決意する競合相手はいくらでも湧く。

 なんとなれば、敵の多い身なのである。


「奴隷を、人間マンと呼んだな」


 後ろ手に縛られた洞人ドワーフ少女が、傲然と胸を張り、尊大なことばを投げつけてくる。

 ほう、と内心舌を巻きつつ、ウェイドはマッチの火を葉巻の先へと移した。


「ああ。違うのかい?」

「いいや、なにも違わない。ただ、それを言える天人は稀有だ」

「お褒めいただき、光栄だ」


 会話の主導権を奪いかえすべく、ぱん、と両手を打ち鳴らした。


「だけどね。人間であるからといって、敵でないとはかぎらない。

 とくに、私の部下を殺した連中とあっては、よくよく吟味しなければなるまいね」

「おや。おまえは奴隷を殺した部下を罰したばかりじゃなかったか?

 それとも、あの男は叱責されるだけで、のちほど解放されでもするのか?」

「いいや。あの男は処刑するさ、もちろんね。

 きみらが殺した一〇人に対しても、生きて帰ってきていたら同じ運命をたどらせただろう、まちがいなく。

 ……とはいえ。私は処刑人の役をきみたちに代わってもらって助かった、とは思わない。

 死を命じるのは私が持つべき権利であり、義務であるからね。

 だから。

 きみたちの罪を、不問に付すわけにはいかないんだ。

 期待させていたなら、すまないね」

「期待などはしていない。気にするな」


 仮面の内側で、レッドは笑う。

 虜囚という身の上をわきまえるつもりがいっさいないこの少女を、早くも好きになりはじめていた。


「さて。まずは互いに名乗ろうか」

 胸に手を当て、腰をかがめてみせる。

「レッドだ。この海賊団をとりしきらせてもらっている。以後、よろしく」


「グレイスだ」


 つづくことばを、待った。

 しかし、肩書きらしい肩書きを、少女は名乗らない。


 ほんとうに奴隷身分であるのならふしぎなことではないが──聴取したやり口のあざやかさは、彼女と率いられた七名がただものでない事実をものがたっている。

 つまり、肩書きを名乗らないということは、こちらになにも明かすつもりがないという態度のあらわれだ。

 挑戦的な姿勢に、またもレッドは笑いを含む。


「では、ミス・グレイス。

 あなたは、私の部下一〇名を殺傷し、本船を乗っ取った。

 この事実に、相違はあるかな?」

「ない」


 短く断言される。


「いちおう、動機について聞かせてもらえるかな?」

「一〇人の殺害については、たんに身を守るためだ」

 発言に、なんら気負うようすもない。

「犯され、殺されるという運命に直面したとき、相手を無力化するため殺すことが過剰防衛であると、わたしは考えない。

 手心を加える実力差があったとしても、同じことだ。

 容赦してやるか否かはわたしの恣意に委ねられる。そして、連中は容赦してやりたい相手でもなかった」

「言えてるね」

「船を乗っ取った動機のほうだが、こちらは単純だ。

 わたしは、おまえに会いにきたんだよ、レッド」

「ほう」

「おまえを、見きわめにきた。

 ジョン・ヘンリーのいうような男であるのか否か。信用に足る人間であるか否か」

「ご感想は? ミス・グレイス」

「悪くない。いまのところは」

「ありがたいおことばだ」

「わたしを“ミス”で呼ぶことを除けばな」

「ご随意に、グレイス」


 話を聞きながら、こちらもグレイスを見きわめていた。

 強がり、虚勢、はったり──そういった要素は、まるで見受けられない。緊張さえもない。

 ひとつ答えをまちがえれば、命をうばわれるかもしれないこの局面で、汗ひとつにじませてはいないのだ。

 よほどの胆力を持ち合わせているのか、あるいは鈍なのか。


 ──いずれにしても、奴隷ではない。


 ひとに従属し、決定権を委ねることに慣れた家畜の態度では、ない。

 それだけは言い切れる。


「それで? 私に会って、どうしたい?」

 レッドは上目づかいで覗きこむように問いかけた。

「人手なら、いつだって足りてない。

 きみがもし海賊を志望するなら、歓迎するよ。

 見たところ、航海じたいには慣れていなさそうだが、経験を積めばじきに一船を任せられる器だ。もちろん、きみの部下も合わせて厚遇で迎えさせてもらいたい。

 もし首を縦に振ってくれるなら、一〇人の件は不問としよう。どうだい?」

「お誘いありがとう、レッド。

 おまえの厚意には感謝する。だがあいにく、わたしはもう誰のまえにも膝を屈するつもりがないんだ。丁重に、断らせてもらう。

 さて、次はこちらのオファーを聞いてもらいたい」

「オファー、かい?」

「おまえのその封鎖破りの腕に用があるんだ、()()()


 葉巻の灰が、膝に落ちた。


 レッド以外のだれも、気がつかなかったろう。

 聞きまちがいとしか、思われなかったろう。

 しかし、たしかにいま、グレイスは彼を「レット」と呼んだ。

 これだけ多くの部下が凝視しているなかで、だれにも知られていないはずの彼の“本名”を呼んだのだ。


 次の行動は、反射であった。


 壁面に飾ってあった古式ゆかしいサーベルを手に取り、グレイスの首元めがけて、むきだしになった刃を殺到させたのだ。

 だれもが反応できない速度でサーベルが洞人ドワーフ少女の首を刎ねる──はずであった。


()()()()


 ぽつりとグレイスがつぶやいたことばに気づき、手を止めた。

 首の皮にほとんど触れているところで、かろうじて刃は静止している。

 グレイスは、まるでその刃が止められるとはじめから見越していたかのように、まばたきひとつせず、レッドの目を見つめていた。


 レッドは、サーベルを下ろす。


 衆人の驚愕を尻目に、グレイスの耳元へと仮面を寄せ、耳打ちする。


「……量は?」

「莫大だ」


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