070 裁きと商い
ウェイドは、黙り込む。
レッドは、仮面の奥の目を細めた。
その場にしゃがみ、ウェイドと目線を合わせて、語りかけてくる。
「きみと何人かの船員は、輸出用の奴隷を見つけると、それを連れて船室にこもると聞いたんだ。
それから、なにごともなかったかのように戻ってくる。
……連れ込まれた奴隷の代わりに、おおきな頭陀袋を背負ってね。
その頭陀袋は海面に放り込まれて、それきりだって話だ」
「おかしら……その、それは……」
「思い返してみれば、きみたちの船は奴隷を連れかえることが極端に少ないよねえ。
私は『どんな奴隷でも、かならず連れかえれ』と厳命しているのに、これはおかしいねえ。
歴が長いきみは、私の方針──人を傷つけずに金をせしめる、ってのを、熟知してくれてるはずだよねえ」
「あ、その……。天人はだれひとり……」
ゆらゆらと揺らいでいたレッドの頭が、ぴたり、と動きを止める。
「あのな、ウェイド」
どすの利いた低音とともに、ウェイドの髪がわし摑みにされる。
「いま、俺はなんつった? 天人っつったか? 人間って言わなかったか? なあ」
頭を前後へと揺すぶられ、ウェイドは声にならない悲鳴を口のなかで噛み殺した。
またふいに、髪が放された。
レッドが、立ち上がっている。
こちらを、見下ろしている。
「連れていけ」
短く命じて、背を向けた。
ホワイトの二人が、その太い腕でウェイドの腰を掴むと、またたくまに引きずって扉へと向かう。
「そんな、おかしら! 勘弁してくれ、頼むよォ、嘘だろ、洞人の何人かを殺ったぐらいで、立派な天人さまを殺すってのかよォ、勘弁してくれ、たすけて──」
ばたん、という無慈悲な音によって、その先の声は聞こえなくなった。
*
「見苦しいものを、見せたね」
なるべく疲労をかいま見せないよう努めながら、レッドは葉巻の端を切り落とす。
執務机の椅子に腰を落としたくなる気持ちを、ぐっと我慢し、机の端に腰をあずけるだけにとどめた。
客人にはつねに超然としたすがたを見せなければならない──これを、レッドは掟としていた。
処分を検討している相手であっても例外はない。
あのレッドが弱っているらしいと聞けば、それだけで襲撃を決意する競合相手はいくらでも湧く。
なんとなれば、敵の多い身なのである。
「奴隷を、人間と呼んだな」
後ろ手に縛られた洞人少女が、傲然と胸を張り、尊大なことばを投げつけてくる。
ほう、と内心舌を巻きつつ、ウェイドはマッチの火を葉巻の先へと移した。
「ああ。違うのかい?」
「いいや、なにも違わない。ただ、それを言える天人は稀有だ」
「お褒めいただき、光栄だ」
会話の主導権を奪いかえすべく、ぱん、と両手を打ち鳴らした。
「だけどね。人間であるからといって、敵でないとはかぎらない。
とくに、私の部下を殺した連中とあっては、よくよく吟味しなければなるまいね」
「おや。おまえは奴隷を殺した部下を罰したばかりじゃなかったか?
それとも、あの男は叱責されるだけで、のちほど解放されでもするのか?」
「いいや。あの男は処刑するさ、もちろんね。
きみらが殺した一〇人に対しても、生きて帰ってきていたら同じ運命をたどらせただろう、まちがいなく。
……とはいえ。私は処刑人の役をきみたちに代わってもらって助かった、とは思わない。
死を命じるのは私が持つべき権利であり、義務であるからね。
だから。
きみたちの罪を、不問に付すわけにはいかないんだ。
期待させていたなら、すまないね」
「期待などはしていない。気にするな」
仮面の内側で、レッドは笑う。
虜囚という身の上をわきまえるつもりがいっさいないこの少女を、早くも好きになりはじめていた。
「さて。まずは互いに名乗ろうか」
胸に手を当て、腰をかがめてみせる。
「レッドだ。この海賊団をとりしきらせてもらっている。以後、よろしく」
「グレイスだ」
つづくことばを、待った。
しかし、肩書きらしい肩書きを、少女は名乗らない。
ほんとうに奴隷身分であるのならふしぎなことではないが──聴取したやり口のあざやかさは、彼女と率いられた七名がただものでない事実をものがたっている。
つまり、肩書きを名乗らないということは、こちらになにも明かすつもりがないという態度のあらわれだ。
挑戦的な姿勢に、またもレッドは笑いを含む。
「では、ミス・グレイス。
あなたは、私の部下一〇名を殺傷し、本船を乗っ取った。
この事実に、相違はあるかな?」
「ない」
短く断言される。
「いちおう、動機について聞かせてもらえるかな?」
「一〇人の殺害については、たんに身を守るためだ」
発言に、なんら気負うようすもない。
「犯され、殺されるという運命に直面したとき、相手を無力化するため殺すことが過剰防衛であると、わたしは考えない。
手心を加える実力差があったとしても、同じことだ。
容赦してやるか否かはわたしの恣意に委ねられる。そして、連中は容赦してやりたい相手でもなかった」
「言えてるね」
「船を乗っ取った動機のほうだが、こちらは単純だ。
わたしは、おまえに会いにきたんだよ、レッド」
「ほう」
「おまえを、見きわめにきた。
ジョン・ヘンリーのいうような男であるのか否か。信用に足る人間であるか否か」
「ご感想は? ミス・グレイス」
「悪くない。いまのところは」
「ありがたいおことばだ」
「わたしを“ミス”で呼ぶことを除けばな」
「ご随意に、グレイス」
話を聞きながら、こちらもグレイスを見きわめていた。
強がり、虚勢、はったり──そういった要素は、まるで見受けられない。緊張さえもない。
ひとつ答えをまちがえれば、命をうばわれるかもしれないこの局面で、汗ひとつにじませてはいないのだ。
よほどの胆力を持ち合わせているのか、あるいは鈍なのか。
──いずれにしても、奴隷ではない。
ひとに従属し、決定権を委ねることに慣れた家畜の態度では、ない。
それだけは言い切れる。
「それで? 私に会って、どうしたい?」
レッドは上目づかいで覗きこむように問いかけた。
「人手なら、いつだって足りてない。
きみがもし海賊を志望するなら、歓迎するよ。
見たところ、航海じたいには慣れていなさそうだが、経験を積めばじきに一船を任せられる器だ。もちろん、きみの部下も合わせて厚遇で迎えさせてもらいたい。
もし首を縦に振ってくれるなら、一〇人の件は不問としよう。どうだい?」
「お誘いありがとう、レッド。
おまえの厚意には感謝する。だがあいにく、わたしはもう誰のまえにも膝を屈するつもりがないんだ。丁重に、断らせてもらう。
さて、次はこちらのオファーを聞いてもらいたい」
「オファー、かい?」
「おまえのその封鎖破りの腕に用があるんだ、レット」
葉巻の灰が、膝に落ちた。
レッド以外のだれも、気がつかなかったろう。
聞きまちがいとしか、思われなかったろう。
しかし、たしかにいま、グレイスは彼を「レット」と呼んだ。
これだけ多くの部下が凝視しているなかで、だれにも知られていないはずの彼の“本名”を呼んだのだ。
次の行動は、反射であった。
壁面に飾ってあった古式ゆかしいサーベルを手に取り、グレイスの首元めがけて、むきだしになった刃を殺到させたのだ。
だれもが反応できない速度でサーベルが洞人少女の首を刎ねる──はずであった。
「ミスリル」
ぽつりとグレイスがつぶやいたことばに気づき、手を止めた。
首の皮にほとんど触れているところで、かろうじて刃は静止している。
グレイスは、まるでその刃が止められるとはじめから見越していたかのように、まばたきひとつせず、レッドの目を見つめていた。
レッドは、サーベルを下ろす。
衆人の驚愕を尻目に、グレイスの耳元へと仮面を寄せ、耳打ちする。
「……量は?」
「莫大だ」




