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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.3 The Mithril Covenant/契約

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069 赤い海賊

 奴隷たちに、本船を乗っ取られた──。

 海賊の一船として、これほどの失態はなかった。


 おかしらに知られたとき、なんと叱責を受け、どのような処分をくだされるか──。

 ウェイドが恐れていたのは、はじめのうち、それだけだった。


 だが、この謎の洞人ドワーフたちの動向を見ているうち、その恐怖は、違う種類の恐怖によって塗り替えられていった。


 洞人ドワーフたちは、そのまま財をうばわせ、空荷となったプロスペクター号をガルベストン港へと送りかえしたのである。

 ウェイドたちがほんらい予定したとおりの行動を、そのままなぞっている。


 すると、どうなるか。

 

 ガルベストン港にはこう伝わる──プロスペクター号襲撃さる、と。

 ワトリング商会では、その噂をもっておかしらへと「成功」の電文を送る。すべて計画どおり、世はなべてことはなし。おかしらは安心して葉巻をくゆらせる。

 こうして、本船でいまなお起きつつある異常事態は、露見しない。


 ということは。


 本船は、なんら嫌疑を寄せられるでもなく、アジトへと受け入れられる。

 始末の悪いことに、強奪物は満載している。空荷であれば喫水線が下がらぬことによって、場数を踏んだ海賊たちにはひと目で違和感を伝えられただろう。船を見たしゅんかん、アジトに待ち受ける連中は警戒・戦闘態勢をととのえたはずだ。


「──そうされちゃ、困るからな」


 くだんの洞人ドワーフ少女は、ぬけぬけと、そう言ってみせた。


 海賊たちのやり口に、通じている。世間知らずの洞人ドワーフ奴隷にはあるまじきことだ。

 あざやかに船を乗っ取った手際のよさといい、

 最低限の操船に必要な人数だけを見きわめ、それ以外の乗組員を縛りあげる老練な周到さといい、

 たんなる奴隷反乱の首魁とは、とうてい思えない。


 もしかしたら──

 おかしらまでもが、手玉に取られてしまうかもしれない。


 ウェイドの危惧は、すでにいまや一味ぜんたいの崩壊にまで及んでいる。


 本船は、プロスペクター号と離れてからメキシコ湾を抜け、カリブ海へとたどり着く。

 大小さまざまの島嶼が散在するいりくんだ海のなかに、ぽつん、と浮かぶ無人島を目指し、一直線にひた走っていた。


 なじんだカリブ海の島影が船の脇を猛然と飛び去っていくのを、ウェイドは甲板で見送っていた。航行速度がいつもより速く感じられるのは、おそらくウェイドの焦りゆえだろう。

 後ろ手に縛られた手首は、なんどひねっても小ゆるぎもしない。


 やがて、アジトの島へとたどり着いた。


 ウェイドたちの縄は、到着のすこしまえにほどかれている。

 しかし、酒樽の陰からは、洞人ドワーフのひとりが油断のないまなざしを投げかけ、こちらに銃口を向けている。よけいなことは、できない。


 ──アジトの仲間に、不審がられないよう気をつけるといい。


 少女に、そう言いふくめられている。


 ──警戒の色がすこしでも向こうによぎったら、わたしの部下はまずおまえたちを撃つ。わたしたちが捕らえられることがあっても、おまえたちの誰もその光景を見ることはありえない。全員、そのまえに死ぬからだ。それがいやなら、せいぜい精を込めて演じることだ、海賊。


 あのことばの圧を向けられて、反抗心を保っていられるわけがない。

 こうして、ウェイド以下二十余名の乗組員たちはみな、震えをけんめいに押し殺しながら、アジトの船着場へ向けて船を操った。


 そして。

 あらゆる地点に幾重にもしかけられた見張り塔をすり抜け、本船はあっさりとアジトの秘密港へとみちびかれた。


 天然の洞窟をそのまま利用して築かれたうす暗い秘密港は、昼日中でも松明なしにはまともに歩くことさえできない。

 ウェイドは入江へと入るまえに手をあげ、いつもどおり、甲板の決められた場所に松明を掲げさせた。船のあちこちがゆらぐ炎で照らされる。

 脂汗が額を伝った。

 松明の掲げる位置によって、危機をあらかじめアジトへ伝達できるようにはなっている。ただ、その危険信号を受け取ったアジトは蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろう。ウェイドらが銃口を向けられている可能性に思い至る知恵者が、おかしら以外にいるとも思えない。そんなリスクを、背負い込みたくはない。


 本船が接岸する。

 いかりが降ろされ、タラップが縄で下げられた。

 そっと酒樽の陰を盗み見る。洞人ドワーフは影のなかにすっぽりと黒い肌を溶け込ませ、身じろぎひとつしない。見張りが気づいてくれることは、期待できそうにない。


「ウェイド船長!」


 港の受入担当者が敬礼をしてくる。

 片手を上げ「よう」と声を掛けながら、ゆっくりとタラップの斜面をくだっていく。背中にあたる視線と殺気を無視するよう、じぶんに言い聞かせた。


「さっそく荷下ろしをすすめてよろしくありますか!」

「ああ、頼むよ」


 うわずりかけた声を抑えながらなんとかそう答える。

 担当者は隣の人夫に「おい」と声を掛け、いきおいよくタラップをのぼっていく。なにも気づいたようすはない。


 ──いや。


 駆けのぼっていった人夫のひとり──深々と下げられたバンダナになかば覆いかくされた横顔が、赤い色をしていたのを、ウェイドは見てとっていた。

 彼につづく人夫たちは斜面をのぼりながら、手に持ったずだ袋のなかから銃を取り出し、甲板に立つと同時に、叫んだ。


「そこまでだ! 抵抗はやめておけ!」


 おかしら──レッド、そのひとだった。


 *


「なぜ、私が本船乗っ取りに気づいたかがふしぎかい、ウェイド」

「ええ」


 解放されたというのに、なぜだか居心地のわるい思いで、ウェイドはうなずく。


 アジトの真ん中にしつらえられた、おかしらの執務室のなかだ。

 真紅の絨毯が敷かれ、壁には売りさばけない美術品のたぐいが雑多にかざりつけられている。


 その中央に、縄を打たれた洞人ドワーフどもがひざまずかされ、その横に立たされたウェイドは、おかしら──レッドと対峙する恰好になっていた。

 まるで、ウェイド自身も尋問の対象であるかのような立ち位置だった。


 あざやかな真紅に染められたベルベットのスーツに、燃えさかる炎をかたどった仮面──見慣れた、いつものレッドだ。

 ウェイドの返答を聞くと、ぱちん、と指を鳴らす。


 レッドのかたわらに、小柄な乗組員が立った。

 これといった特徴のない、うすく、生気に欠けた顔立ちの男だ。


「この男に、見覚えは?」

「いや」

 否定しかけて、すぐに思い直した。

「……あります」


 たしか、三回ほどまえの仕事から、航海についてくるようになった乗組員のひとりだ。

 とくだんすぐれた能力があるわけでもなく、ほとんど単純労働しかできないことから、指図を甲板長へゆだねてしまった覚えがある。

 それからは、ことばを交わした記憶もない。名前さえも、出てこなかった。


「かれはね、ウェイド。

 私の直属の部下なんだ。

 私が頼んで、きみの船に乗ってもらっていた……正体をかくしてね」

「……なんだって、そんな真似を?」

「こういうときの、用心のためさ」


 ぱちん、といたずらっぽく指を鳴らす。

 仮面の奥で、レッドはほほえんだようだった。


「他の乗組員には黙って、ある松明を灯すのがかれの仕事なんだ。今回みたいに、敵が船を乗っ取っているとか、そういう異常事態が発生したときにだけ、その松明は灯されなくなる。だから、こうして反撃の準備をひそかに進められる」

「なるほど!」


 ウェイドは安堵まじりの感嘆に声を張り上げた。


 レッドは、たった一代で財を為し、いまの地位を築いた傑物だ。

 仮面をかぶって正体をかくし、じぶんは決して実行部隊にはくわわらないという流儀ながら、これだけ多人数からなる海賊団を一手にたばね、無人島を拠点とした共同体をつくり、国境を超えた一大経済圏を築き上げた、伝説的人物。

 それこそが、海賊レッドである。


 いままでも、ウェイドはあらゆる局面でその知謀の切れ味をあじわってきたものの……今回も、驚かされた。

 ひそかに警戒の手立てをめぐらせ、しかもそれを味方にも黙っている。

 この徹底したやり口はどうだ。


「さすがです、おかしら!

 敵をだますにはまず味方から、でしたっけね?

 いやはやお人が悪りィや、腹心であるこの俺にも黙ってるなんてのァ──」

「この男の仕事は、それだけじゃあないんだよ。ウェイド」


 賛辞を断ち切るように、レッドは低い声でいう。

 いつもなら、追従と分かっても、褒めことばをすなおに受け取るおかしらである。

 ウェイドはいぶかしんで口を閉ざした。


「何ヶ月かまえ、私のところによからぬ噂がとどいてね。

 なあに、もちろん噂は噂だ。信じたわけじゃない。

 私は当てにならない他人よりも部下を信じるし、流言蜚語のたぐいよりもこの目で見た事実を信じる男だ。

 そうだろう、ウェイド?」

「え……ええ! もちろん」

「だから。私はまず調べることにしたんだ。

 事実をこの目で見きわめるためにね。

 そこで、彼に頼んだ。私の目となり耳となる男に、頼んだんだ。

 船に潜り込み、噂の真偽をたしかめてこい──とね」

「……すいませんおかしら、話がよく見えねえんですが、」

「で、だ! きょう帰ってきた彼に、報告を受けたのさ」


 レッドは芝居がかった調子で広げていた両腕をだらんと垂らし、仮面の角度をわずかに傾ける。

 首を、傾げる。


「なあウェイド。残念だよ……しごく、残念だ。

 きみは長くはたらいてくれていたからね。

 こんなかたちで報いる羽目になるなんて。

 哀しいよ、ひどく」


 ウェイドの両肩が、抑えられていた。

 いつの間にか回っていたふたりの男により掴まれ、その場にひざまずかされていた。

 男たちを見る──ホワイトたちだ。


 揃いの白スーツと白仮面をまとった、屈強な護衛兵たち。

 ものを言わず、個性を消し、ただレッドだけの指示に従う、脅威の処刑人たち。


 とつぜんの扱いにウェイドは身をよじるが、ホワイトたちのすさまじい膂力のまえには、まったくの無意味だ。

 かんぜんな拘束に、恐慌がざわざわと胸中に立ちのぼってくる。


「なんだおまえら──おかしら、こりゃいったいなんなんです!」


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