068 命拾いしたな、ウェイド
ウェイドは子分にみちびかれ、船底の小部屋へと降り立った。物置として用いられているかび臭い部屋は、降りてきた階段から射しかかる陽光以外に光源はない。子分がランタンを持ち上げる。
火に照らされうかびあがったのは、洞人の黒い肌だった。
「ほォ。これはこれは」
鎖につながれた奴隷たちは、全部で七人いた。みな十五歳を超えているとは思われない少年少女ばかりだ。体のラインを覆いかくすようなぼろ着をまとっているせいで、栄養状態の良し悪しは伺えなかったが……みな、天人好みの容姿をしていた。
「輸出かァ」
欧州に向かう船に洞人奴隷が商品として積み込まれるようになったのは、『内戦』が終わってまもなくのことだ。
欧州はどうやら『内戦』の推移を慎重に見守っていたらしい。いずれが勝つかで、次の時代に優勢となる価値観を占うのだ。
結果は、停戦──。
独立を謳う南部を抑えられなかったわけだから、事実上、北部合衆国の敗北と見なされた。つまり、奴隷制は肯定されたというわけで、にわかに連合国出身の洞人奴隷は需要が高まったのだ。
とはいえ、欧州では一足先に工業化が進んでいる。南部のように、大規模農業に人手を要するという事情もない。
洞人奴隷がもとめられるのは、もっぱらステイタスシンボルとしてだ。産業革命を通じて成り上がった資本家たちが、南部貴族らの、洞人たちにかしずかれる生活にある種の野趣を感じたのだ。見目うるわしい奴隷、それも年若い洞人たちに注目があつまり、連合国にとって欠かせない輸出物と見なされるようになったのである。
「……なァるほど。たしかに美形揃いだな、こりゃ」
「どうします? こいつら、捌くにはちっとばかし面倒ですぜ」
「だなァ……」
ウェイドは顎ひげを撫でながら考える。
奴隷売買は、個人間での取引が基本だ。買うほうも、病気や障害持ちの品をつかまされたくはないから、よくよく見知った近家の奴隷しか買わないのが常である。そのへんでとっつかまえてきた洞人を、さあどうぞ、とさしだして売り払えるというようなものでもない。
であれば、そのまま当初の予定どおり欧州へ連れていって金にしてしまうのがてっとりばやいが──そうなると、今度はおかしらが問題に上がってくる。あの人は、奴隷売買を嫌っているのだ。憎んでいると言ってもいい。もちろん、本人も南部の有力者なのだから洞人奴隷は屋敷でつかっているが……いくら子が生まれてだぶついても、いっこうに手放そうとしないのである。もちろん、奴隷の輸出なんて言語道断だろう。
だから、もし襲撃で洞人奴隷を見つけたときには、おかしらに露見しないよう、気をつけて捌く必要があるのだ。
だが、ここはまだ連合国の海域内だ。もちろんおかしらの根回しによって連合国海軍は遠ざけられているが──あまりに、近すぎる。こっそり売り払うには、リスクが大きい。
「仕方ねえなァ」
ウェイドはため息をつき、ついてきていた十人ばかりの子分どもを振り向く。
「愉しむだけにしとけ。終わったら沈めるのを忘れるなよォ」
歓声が起きた。
子分たちは舌なめずりしながら洞人の品定めをはじめる。怯えて涙を流している少女の顎を持ち上げる者、うつくしい少年の股ぐらをさすりながら笑声をあげる者、さまざまだ。
ウェイドはその光景を見て、唇の端をもちあげた。
彼自身を含め、船員には、息抜きや余禄が必要だ。ただでさえ、ならずもの連中が「人を傷つけずに仕事を終えろ」なんていう厳命のために獣性を持てあましているのだ。ときどき、人じゃない連中を使って憂さを晴らすぐらいは認めてやらねば。
「ウェイドさん! 来てくださいやウェイドさん!」
「名を呼ぶなってんだ、阿呆」
「どうせ口は封じるんすから大丈夫ですって! それよかこいつ、上玉の混血ですぜ、ほら!」
「へえ」
腕を引っ張られて連れてこられた上背の高い少女に、ウェイドは目を見張る。
うねる癖を持った髪は短く、少年と見まごうほどの長さだったが、顔立ちはきわだってととのっている。黒い瞳は大きく、見つめられるとこちらの顔が映し出されるほどだ。この瞳に、じぶんの顔を映しながら突いてやったらさぞかしきぶんがいいだろう。そう思うと、下腹部に血が集まるのを感じた。
「どうします? よけりゃあ、先お譲りしますよ」
子分が下卑た目でこちらを覗き込んでくる。その計算高い目つきに、欲情がすこし収まった。
「今回はよしとく。おまえが好きにしろ」
背を向けた。
ふところから噛み煙草をとりだし、唇の裏側に補充して噛みはじめる。子分が少女を押したおす音を背で聞きながら、脇に唾を吐き捨てようとして──硬直した。
「──命拾いしたな、ウェイド」
顔のすぐ横に、さきほどの洞人少女の顔があった。裂けるように吊り上がった口から、肉食獣めいた歯列が覗いている。鏡のようだった黒い瞳が、強烈な意志を宿して燃え立っていた。
ウェイドが振り向くより速く、少女のからだはすべるように床を這っていく。振り向き終えたときには、子分のさいごのひとりが、少女の持つちいさな金属片で喉を裂かれ、絶命して倒れ伏すところだった。
十人の部下が、死体となっていた。
あらためて見ると、怯えていたはずの洞人奴隷たちが、みな冷たい無表情で、斃した子分たちの死体を見下ろしているのだった。
動くものといえば、みずからの体から生ずる血溜まりに突っ伏し、こまかく痙攣する死体と、暗闇のなか、いくあてもなく噴き上がりつづける血だけだった。
「なん──なんだ、これ」
「おっと、おおきな声を出すなよ」
ぴたりとウェイドの首元に鋭い切先が突きつけられる。
「全員は殺したくないんだ。船を動かすのが面倒になるから。安心しろ、おまえは生かしておいてやる。獣欲を抑えられたことを主に感謝するといい」
へいぜんと語るさまは、つい今しがた十人の人間を死に追いやった者とは思えない。なにがなんだか、分からなかった。つい二十秒まえまで、俺たちは捕食者の側に立っていたはずなのに。なぜ、いま恐怖のただなかに立たされているのか。
「殺さないでくれェ……」
「うん。だからそう言ってる。おまえが人質として礼儀にかなったふるまいができそうなら、この先も心配することはないよ。自信のほどは?」
「ある……だいじょうぶだ……。俺のいうことなら、上の連中は聞く……」
呼吸が浅くなり、あえぐようにウェイドは言った。
「この船の襲撃からはもちろん手を引く……。ほかにも、望みがあるならなんでも聞く……なにが望みだ……」
「じゃあ、連れていってもらいたい」
「どこに……?」
「おまえたちの、『おかしら』のところだよ」
少女は、にっと笑う。
「レッドに、会いに来たんだ」




