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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.3 The Mithril Covenant/契約

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067 青い空、赤い船

 海の青をすがすがしいと感じられているうちは、素人だ。

 あっけらかんとしたその色を、恨み、恐怖して、はじめていっぱしの船乗りと呼べる。いくつもの対処不能な絶望を経て、おのれで制御できぬところに生き死にが懸かっているのだという実感が追いつかなければ、とうてい一人前には至れない。なればこそ、船乗りはみな信心深い。熱心に神に祈りを捧げるさまをあざけ笑っていられるのは、隣にいた同僚が高波にさらわれ、じぶんが生き残り、その両者になんら隔てる要因がなかったと気づいて青ざめる経験を、まだ踏んだことのない青二才だけなのである。


 海賊の襲撃──というのも、こうした「おのれで制御できぬ」生死の賭博場のひとつである。


「はいはいはい動くなよーォ? 英雄を気取るのはやめとけよーォ? どうせこの船の積荷はおまえらの金じゃねえし、きちーんと保険が掛かってんだ。他人の金守るために、たったひとつの命をあたら散らすなよーォ?」


 間延びした独特の口調で、リーダー格の男は甲板をうろついている。後ろ手に縛られた船員たちみなに語りかけているのに、視線は向けていない。油断なく目を光らせているのは、かれの部下とおぼしき銃を持つ男たちだ。リーダー格は、ルーチンワークに倦んだように耳を掻いている。海賊行為は、連中にとって飽き飽きするほどの日常なのだ。……それがつまり、連中がまぎれもない手練れである事実を示している。

 船員たちは、四人を一集団として足首を縄でつなげられている。海賊の指示にしたがって粛然と列をなして歩くぶんには不自由ないが、まともな抵抗はできない。ひとりが勇を鼓して海賊どもにおそいかかろうとこころみても、残る三人が生きる足枷となって彼をぶざまに転倒させてしまうだろう。奇襲を成功させようとおもえば、同じ集団の船員同士が意志を同じくし、呼吸を合わせなければならないだろうが、そこは敵もさるもの、会話はおろか、目くばせさえも厳に禁じられている。許されているのは、座らされたまま腿のあいだに顔を突っ込むようにして、甲板の木目をながめるのみだ。


 大西洋はメキシコ湾内の、港を発って二百マイルもいかぬ地点である。


 ガルベストンの港町から〈迷宮〉産の宝飾品を積み込み、マイアミをぐるりと避けて欧州へ向かう航路を予定していた。何度も往復を重ねていた航路であったし、連合国海軍の巡視船が豊富に行き来しているため、こんな場所で海賊行為をはたらこうなんて輩はいままでにあらわれたためしがない。だから、プロスペクター号の船員たちは、まるで警戒をおこたっていたのだ。

 じっさい──その海賊船が発見されたときには、わずか二十マイルほどの地点にまで近づいてきていたし、接近してきても、どこかの商船だろうぐらいにしか思われなかったのだ。とつぜん船に乗り込んできた身なりのいい連中が、最新式の小銃を取り出すそのしゅんかんまでは。


 歳若き船員──ジミーは歯噛みする。

 どうして、連合国海軍はさっさと駆けつけてこないのか。

 いつもは何隻もの巡視船が、ときによっては同じ海に二隻同時に見るほどに頻繁に、それこそ蝿のように行き来をくりかえしているってのに、どうして今日にかぎってすがたを見せないのか。まるで一船もいないみたいに……。


 はた、とジミーは気がついた。


 きょう、出港してから今にいたるまで、巡視船を目にしたか? 一隻でも見た覚えがあるか?

 自問への答えは──ノーである。


 ということは。

 ジミーは反射的に顔をあげて、海賊のリーダー格の男の背中に目を向ける。


 この男たちは、こんな白昼堂々と海賊行為をはたらいておりながら、あせる素振りひとつ見受けられない。警戒はしているものの、時間的制限があるものとはまるで思っていないらしい。銀行強盗が、保安官らが駆けつけるまえになるべく多くの金品をかき集めようとするさまと引き比べてみれば、その違和感は異様だ。

 そもそも。

 海賊どもの警戒は、船員たちにしか向けられていない。鋭い目つきを向けているのは船員の一挙一動に対してであり、誰ひとりとして、海の向こうを見つめてさえいない。まるで、巡視船があらわれることがないと、『知っている』かのように。


「おいてめえ、顔を伏せてろ!」


 ジミーの近くにいた海賊のひとりが、銃尾で頭をなぐりつけてきた。ジミーは衝撃で床に鼻面を打ち付け、足首でつながれた三名がひきずられて体勢をくずした。周囲の視線が、一気にあつまるのを感じる。


「……おいおい、きみィ」


 リーダー格の男の声が、ジミーの背へとぶつけられた。

 脂汗が、じわりと背中に沸いた。


「いま、なにか考えてたよねェ? ……おい、立たせろ」

「へい」


 尻を蹴飛ばされ、立たされた。

 足首に巻かれていたロープが断ち切られ、ジミーだけがまえへと押し出される。先刻まであれほど窮屈に感じていた縄の感触が、ひどく恋しい。いまやよるべなく、守られるもののない、ひとりきりの状態だ。恐怖に足をすくませながらも、海賊にひったてられるままに、リーダー格の男のまえへと連れてこられた。


 下から眺めていたよりも、背が低い。

 貴族のように髭をみじかく刈り込み、いやにぱっちりとした大きな目を持っている。黒髪は油でていねいに撫でつけられ、櫛のとおったあとがはっきりと伺えた。

 ジミーはなるべく背を丸め、見下ろしている印象を与えないよう、目を伏せる。


「俺の目を見てくれるゥ?」

 ぴしゃぴしゃと、やさしく頬を叩かれた。

「きみさァ……なんか、気づいた? 教えてくれる? こっそりでいいよ、みんなには内緒にしとくからさァ」


 返答に詰まった。

 おそらく、ここの回答をまちがえれば、代償はいのちとなる。

 イエスというべきなのか、ノーというべきなのか、わからない。恐慌で声を上げてしまいそうだし、頭がおかしくなりそうだ。相手に、先ほどまでの倦んだような風情はみじんもない。鋭い値踏みするような目が、ジミーの目の奥を見通そうとしてぎょろついている。いったい、どう言ったら切り抜けられるのか。

 目を逸らそうとして、ジミーはつい、海のほうを見た。救いを求めて巡視船を探し、案の定見つからずにうなだれる。男の視線が、そのあとを辿っていた。


「……ふうん」


 男が、納得したようにうなずいた。

 どうやら、視線のゆくえがなにより雄弁に語ってしまっていたようだ。リーダー格の男はふたたびジミーの目を見る。


「巡視船……かな?」


 びく、と肩が震えた。

 男はジミーの目を見つめたままにつづける。


「来ると思う?」

「……いいえ」

「来ないと思うんだ? なるほどね」


 嘘をつけなかった。見通すような視線のまえでは、ただ身を差し出すように、真実を答えるしかなかった。

 逃れようとする意識が、男の背景となった青空を捉えた。憎たらしいほど澄み切った青。いま、じぶんの血飛沫が吹き上がったとしたら、さぞかし映えるだろう、と思った。


 男が、笑う。

 先ほどまでの張り詰めた印象が嘘のようにほどけ、別人に差し代わったかのように人懐っこい笑顔で、「久しぶりだなァ、合格したのは」とつぶやく。


「え?」

「いいかい、よォく聞いてなよ」


 肩を組むようにして、顔を寄せてくる。耳元でささやかれた。


「この船はガルベストンに戻す。きみは船を降りた三日後に、目立たないようワトリング商会を尋ねるんだ。受付のお嬢さんに『赤色の外套を探してる』って言えばいい。あとは案内してくれるよ。なにか質問は?」

「それは……どういうことなんです? なぜ俺を? い、行かなかったらどうなるんですか?」

「ふゥーむ、答えられるのはさいごの質問だけだなァ。行かなかったら? べつになにも起きやしないよ。きみは日常生活に戻る。ふつうの船員として生きていく。身に危険が迫ることもないから、安心していい。おっと、この話を持ちかけられたことを誰彼構わず吹聴するのだけは勘弁してくれよ。きみが俺たちを困らせなきゃ、なにもしないよ。……俺たちはね、ただ、勧誘してんのさ」

「勧誘、ですか……?」

「ああ。勘が良くて、物事をすじみち立てて考えられる人間は、いくらいたって足りやしない。そいつが『おかしら』の口癖でね。見込みありと見たら、かならず一度連れてこいって言われてるのさ。

 もしきみが、平和と安定を愛する人間なら、俺たちのことは忘れてくれて結構。だが、危険とチャンスに目がないって人種なら、おすすめするよォ」

「あんたたち──まさか、〈赤の〉」

「はァい、そこまで。勘がいいのは大いに結構だけどさァ、口数が多すぎるのは長生きできないよォ? んじゃま、機会があればまた」


 口角をすこし持ち上げてみせ、男は手を挙げた。


「おォい、こいつを戻せ。……野郎ども、積み込みは終わったんだろうなァ! じきにずらかるぞ!」


 声を張ったとたんに、周囲の海賊たちが足を速めた。

 ジミーはまた捕虜たちのあいだに腰を下ろし、気づかわしげな視線を向けてくる他の船員たちを黙殺した。にじむ興奮を漏れ出させないよう努めながら、ただうつむく。三日後。三日後にもしかしたら、人生が変わるかもしれない。伝説の義賊に、対面するかもしれないのだ。


「すいやせん! ちっとばかしこいつらを見てください!」


 海賊のひとりに呼ばれ、リーダー格の男は船底へとつながる階段を降りていく。

 あの子たちを見つけたのだろう、とジミーは直感した。



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