063 黒猫
黒い採掘者を見かけるようになりはじめたのは、ここ数ヶ月のことだ。
グレイスが潜ってから、すでに八ヶ月が経っている。
はじめのころ、ヘンリーはとくになにも思わず、そのすがたを見送っていた。
黒色の初級者向け装備は、ごく見慣れた量産品である。さいきん増えてきたEE社製の高級志向既製装備ですらなく、迷宮攻略黎明期からあるカイエン社製の粗悪な品だ。それを身にまとってうろつく連中といえば、西部にやってきて間もないひよっこばかりと相場が決まっている。
だから、彼らを見ても、めずらしくもない新人だと思っていたのだ。
ただ――さいきんの新人はやけに洞人ばかりが揃っているな、とは思っていた。黒色装備をまとうこの連中は、小柄な体躯の持ち主が多かったのである。
だが、この新人たちが、ある特定の行動パターンを持つひとつのグループなのだと、やがて気がついた。
ほとんど他の採掘者と交流を持たなかったくせ、彼らの噂は、やけに口端にのぼる機会が多かったのである。
いわく、ほとんど金を使わない。
いわく、みなが数週のあいだ潜りつづけている。
いわく、そのほとんどが年若い少年ばかりである。
ヘンリーは、ギルドの談話室で、熟練の採掘者がこう放言しているのを聞いた――
「あの黒猫どもときたら! 迷宮ですれちがっても、あたりまえの情報交換ひとつせんどころか、挨拶ひとつもせん! 連中、舌でも抜かれておるのか!」
――黒猫。
そういう名でくくられているという事実を、ヘンリーはそのときはじめて認識した。
その熟練採掘者に一杯おごり、話を聞いてみると、黒猫たちがみなギルド『仔猫』に出入りしているようすから、その呼称がついたとのことだった。
思い浮かぶのは、とうぜん、あの少女の顔だ。
ヘンリーは話を早々に切り上げると、『仔猫』の建物を目指した。
*
「例の黒い連中だろ? たしかに、うちのギルドに登録してくよ」
あいかわらず人っ子ひとりいないギルドの受付で、マーチは困惑顔でそう語った。ここにくれば”黒猫”のひとりもとっつかまえられるかとも期待したが、そうはいかないようだった。
「連中、何者なんだ? 俺も、ギルドは来る者拒まずで運営したほうが隠れ蓑になると思ってたから受け入れてるけどな……正直、不気味なんだよ」
「おまえから見て、どういう印象だ」
「どういうわけか、まともに口を利かない連中がほとんどだ。素性も知れないまま採掘者登録をさせるしかない。かろうじて呟く名前も、あのぶんじゃ本名とは思えねえやな。
でもって、一度登録を済ませたら、あとはそれっきり。
ほとんどの時間、迷宮で潜りっぱなしらしい。表に出てきても、最低限の採掘品を換金しちゃ、大量の食糧だけを買い込んで、また迷宮にとんぼ返りときた。俺でなくても、怯えるだろうよ」
「……グレイスの差し金か?」
さぐるように、口にする。
「さいしょは、そう思ったがな。
よしんばそうだったとしたら、なんで俺に声のひとつも掛けない? 連中がグレイスの説得を受けて地下鉄道に加わったってんなら、一言ぐらいあってもいいはずだろ。警戒してるったって、むっつり黙りこくってやがるってのは筋が通らない。
それに、グレイスだって伝言をしてくるはずだ――いまなにをしてんのか、どこにいるのか、こっちになにを求めてるのか。それが梨のつぶてってことは、あの子じゃないって考えるほうが、よっぽど現実的だ」
そいつはどうだかな、とヘンリーは内心で口にする。
正直、あのグレイスがマーチになにかを求めるとは、考えがたい。なにか伝言があるべきだと思うのも、捉えようによっては、マーチの側のエゴでもある。グレイスはすでに、ギルドを整えろという命令を出しているし、追加の指示がないということは、現時点ではそれでじゅうぶんなのだろう。そもそも、マーチが求めているのは説明ではなく弁解だ。グレイスをほんとうに『長』と捉えているなら、出てこない発想だろう。
「じゃあ、おまえのほうでは、黒猫どもは何者だと踏んでる?」
「かいもく、見当がつかない」
マーチは両腕を広げてみせる。
「こっちが教えてほしいよ。……じっさい、どうなんだ? ああいう連中に、心当たりがないか、ジョン?」
「ふむ」
安い椅子をぎしっときしませながら、背もたれに身を預ける。
古ぼけた天井の木目を視線でなぞりながら、過去の事例を辿ってみる。
「印象が被るのは、異端かな」
「異端?」
「むかし、そういう新興の教派が、ある迷宮内で流行っているのを見たことがある。迷宮自体を信仰するっていういかれた連中で、ほとんど迷宮の中で過ごし、外の人間とはまったく口を利かねえ。なんでも、迷宮の外は穢れてるんだとさ」
「おいおい、やべえな」
マーチが唇を歪めた。
「なんで、そんな連中に目をつけられちまった」
「だが、その教派の連中とは異なる点もある。
まず、布教がない。
異端っつうもんは、概して拡大に熱心なもんだ。件の教派でも、伝道師を任ぜられた何人かが、つねに迷宮街で街頭説教に明け暮れてたもんだ――そうでもなきゃ、あの排他的な教派にひとが入るわきゃねえし、おれの記憶にも残るはずがねえからな。
黒猫どもに、伝道師らしい連中はいないよな?」
「まったく見ないな。けど、その割には増え方が尋常じゃない」
「ああ。おおかた、迷宮のなかで仲間を増やしてるんだろうな」
それも、ひとりひとりを狙い撃つかたちで、他ギルドの採掘者を宗旨替えさせているとしか思えない。
マーチには明かさなかったが――『鉄槌』に所属する採掘者のうち何人かが、ここ二ヶ月足らずでギルドにすがたを見せなくなっている。彼らの金を掛けた装備が、中古品店に出回っているとの情報もある。となれば、迷宮のなかで息絶えて、その死体を見つけた連中に装備を剥がれたとかんがえるのが常道だが――注意して眺めてみると、黒猫のなかに、消息を絶った彼らに身のこなしが酷似したものが混じっているのである。
こうした行方不明者たちはみな、洞人である。
それも、『鉄槌』のなかでも指折りの実力者ばかりだった。
あれだけの連中をしたがわせ、かつ自己顕示欲を抑え込み、無個性な黒猫のひとりに仕立て上げてしまう人間がいるとすれば――
ヘンリーの脳裏に浮かぶ顔は、やはりひとりだけだ。
あの、真っ黒な目だ。




