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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.3 The Mithril Covenant/契約

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062 不在

 ギルドを開けるまでには、まだ時間があった。

 空が宵闇から青みを増し、しだいに朝へとうつりかわりつつある頃、ヘンリーはふと目を覚ましていた。


 気配が近づいていた。

 泡を食って、ギルドのなかへ飛び込んでくる、だれか。

 そのだれかは受付で押し問答をしていたようだが、すぐに受付嬢の制止を振り切るかたちで、事務所へと飛び込んでくる。


「ジョン!」


 昨晩、遅くに別れたばかりの男だった。


「どうしたマーチ。気色ばんで」

「グレイスが、来なかったか! 今朝――あるいは昨日の遅くに!」

「残念だが、見てねえな」


 ヘンリーはソファから上体を起こし、半裸のまま座り直した。

 マーチは頭をかきむしりながら、執務室のなかをうろうろと歩きまわり、ぶつぶつひとりごとを呟いている。この男の、ここまで余裕のないすがたを見るのはめずらしい。まだ髭を当たっていない頬をこするように撫でているマーチに、「まあ、落ちつけ」と声を掛けた。


「説明してみな。なにがあった?」


 マーチは掌のなかにくしゃくしゃに丸め込んでいた紙片を取り出す。神経質に皺を伸ばし、ヘンリーへと手渡してきた。几帳面なアルファベットが並んでいる。


『潜る。

 プルートゥとセイラは連れていく。

 しばらく帰らない。

 ギルドを整えておくように。

 ――グレイス』


「……なんとまあ」

「止める間もなくだぞ!」


 マーチは声を張り上げる。色をうしなうあまり、声量の調整ができなくなっているようだった。


「じぶんで、それも勝手に潜るなんて、いったいぜんたいなにを考えてるんだ!

 くそ――昨晩とはさすがに予想してなかった――きのう、ギルドをどうこう言い出したときにもっと強く止めていれば――」


 額を指先で小刻みに叩いたすえ、ようやくマーチは思い出したようにヘンリーへと向き直る。


「ジョン。すまないが人手を貸してくれないか。あの子を連れもどさなきゃならない」

「やめとけ、マーチ」

「なんだって? そいつはいったい――」


 頓狂な声を張り上げるマーチを、両膝に肘をついて身を乗り出し、ヘンリーは正面から見据えた。

 寝起きのぼんやりした頭は、もう平常へともどっている。マーチは重ねようとしていたことばを飲み込んだようだ。


「いいか。じぶんの意志で潜った人間を連れ戻すってえのは、野暮だ。掟にそむく、と言ってもいい。そいつが自殺同然の行いだろうと、放っておくのが西部の掟だ」

「しかし、あの子は子供だぞ!」

「迷宮に、成年も未成年もねえさ。金を稼げて戻ってこれりゃあ一人前だし、それができなきゃ半人前だ。公営の酒場でもねえから、入口で突き返されることもねえ。年齢なんて、この州じゃだれも気にしねえんだ」

「だがな……!」

「それに、あの子はおまえさんがたの『長』なんだろう? そいつを尊重するなら、あの子の決めたことに逆らうなんて許されねえはずじゃねえか?」


 マーチが黙り込む。

 歯を食いしばりながら。


 ヘンリーは立ち上がる。マーチの肩へと手を回し、そっとソファへと腰かけさせた。

 コーヒー挽きに豆をすくって流し入れると、義腕でハンドルを回しはじめる。ごりごりという音がひびく。火に掛けっぱなしにしてあったケトルから湯を注ぎ入れ、ふたつのマグへ乱暴に注いだ。

 砂糖なしのくろぐろとしたコーヒーを、マーチの手のひらへと握らせた。


「なあ、マーチよ。

 あの子は強えぞ。それに賢い。決断力にも長けてる。並みの子供じゃねえよ、おれの目から見てもな。賭けるべき機だと見て、勝てる公算があったから、飛び込んだんだろうさ。

 ……おまえさんも、すこし肩のちからを抜いて、『マザー』を信じてみちゃどうだい。

 父親の顔は、しまっとけよ」


 ヘンリーが一杯目のコーヒーを飲み終えるころ、ようやく、マーチはマグに口をつけた。

 ひと口、すすった。


 *


 時が、流れた。


 変化のない日々がつづいていた。『鉄槌ハンマー』はとどこおりなく日々の業務をこなし、日に日に財物が事務所へと積み上げられていった。


 変わったことといえば、街の片隅にちいさな新興ギルドが生まれたことだ。

 空いていた建物には、以前営業していた娼館の看板――挑発的に尻尾をくねらせる牝猫のシルエットに切り抜かれている――が残っていて、そこからギルドは『仔猫キティ』と名付けられていた。


 だれも出入りしない、埃っぽい受付には、唯一のギルドスタッフであるギルド長が、一日中つくねんと腰かけていた。

 たまにヘンリーが蒸留酒の瓶を提げて行ってやると、眼帯のギルド長は倦んだもの特有の微苦笑で迎えた。


「さいきんは、どの新聞も『地下鉄道アンダーグラウンド・レイルロード』のUの字すら載っけなくなったよ。俺ア、なにを警戒してたんだかな」

 というのが、彼のここ数週間の決まり文句と化していた。


 グレイスが潜ったあの日から、もう三月が経っていた。

 あれから、一度も音沙汰はない。


 平均的な採掘者であれば、長くとも一週間もすれば地上へと出てくるものだ。それ以上潜ろうとすれば、食糧が多く必要になりすぎるし、手に入れた財宝も持ちきれなくなってくる。

 なかには、二週間ほど迷宮から帰ってこない連中もいるが、たいていこの手合いはなんらかの不測の事態に遭遇し、出るに出られない状況に追い込まれているだけのことだ。まちがいなく、五体満足では戻ってこない。

鉄槌ハンマー』でも、一か月ギルドに顔を見せなければ、除名処分としている――たいがい、死体になっているからだ。


 三月も顔を見ていないとすれば、その運命はひとつしかない。

 マーチには、わざわざ告げようと思えなかったが。


 あの強烈な印象も、さすがに薄らぎはじめている。


 第十三迷宮は変わらず、泰然と、ただそこに在りつづけた。

 あの子も、飲み込まれてしまったのだろう。ヘンリーはそう思っていた。


 それが、第十三迷宮なのだ。

 ひとの夢や野望を飲み込み、あらゆる失望とあらゆる命を飲みくだし、平然と、傲然と、ただそこにたたずみつづける。

 百年まえもそうであったし、百年のちもそうであるように。


 これまでの迷宮は、第十三迷宮に比べれば、子供も同然だった。「果て」が、あったからだ。終わりが、あったからだ。


 迷宮というものは、一階層深くなればなるほどに、産出される宝物や遺品は加速度的に価値と量を増していき、比例して危険も増えていく。死傷率は高まり、死者は積み上がっていく。


 従来の第十二迷宮までは、それでも、長い時間を費やして最深部踏破が為されてきた。

 欲よりも声望を、あるいはロマンを優先する変わり者連中の、飽くなき挑戦によって、攻略が為されてきたのだ。

 第十二迷宮の最深部――第六層が攻略されたときには、合衆国大統領から祝電が寄せられたと聞いている。


 ひるがえって、第十三迷宮である。


 現在、人類が到達している最深部は、すでに()()()()を数えている。

 くわえて、現時点で学者により存在が証明されている最深層は、()()()()()であるとされるのだ。じっさいには、これよりもまだ先があると語られている。

 そこまでいくと、地球の中心部にまでたどり着く深さになってしまうはずだが――高濃度の真緑によって歪められた空間が、その不合理を可能たらしめているのだと主張する学派もある。


 ――第十三迷宮は、深すぎる。人間が攻略するには、あまりに。


 ジョン・ヘンリーがこの迷宮街ブームタウンに『鉄槌ハンマー』を移してから七年が経つが――いつしか、この迷宮だけは攻略を見ることがないと確信していた。

 ……あるいは、数百年のちには、踏破される日がくるかもしれないが。


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