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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.2 The Fall of the Tower/崩壊

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051 とある少女の物語2

 マザーが、現われた。

 マザーが、生まれた。


 新しいマザーの噂は、集会に立ち会った駅員全員から、屋敷中にもたらされて駆けめぐった。

 あれは間違いない、俺は見たんだ――。

 先だってまでの敗残兵の絶望は、もはや見る影もなかった。


 昂揚感に囚われた駅員たちが、新しいマザーについて語らっていた。


 ほんのちっぽけな、少女なのだという。

 ついこのあいだまで、奴隷だったのだという。

 たったひとりで奴隷追跡人スレイヴハンターを数十人も打ち倒したのだという。

 旧い馬車オールド・チャリオットが目を掛けていて、後継者とささやかれていたのだという。

 異常にことばにちからがあり、語る声を聞いていると、取り憑かれたようになるのだという。


 マザー。

 その名は、まだだれも知らなかった。

 だれに聞いても、判然としなかった。


 噂の張本人は、幹部連中と屋敷の一室に籠もりきりになっていて、会うことは許されなかった。

 だれもが会いたがり、声を聞きたがっていたけれど、だれも許されなかった。


 でも、会わなければと思った。


 わたしは、会わなければならない。

 わたしの耳が正しければ、()()()()()は、ひとりしかいないのだ。


 だというのに――。


「どうしてですか」


 わたしはポッターさんに詰め寄っていた。

 この上品な老執事が、これほど憎く思えたことはない。


「どうして、わたしがカナンの地へ向かわなければならないんですか」

「避難のためです」


 ポッターさんは冷たく言いはなった。


「あなただけではありません。メイドは本人の意志にかかわらず、カナダへと旅立ってもらうこととなりました。主要駅メインステーションが潰されたいま、この屋敷が特定されるのも時間の問題。そのまえに、すべてを引き払う必要があります。

 あなたがたメイドは、地下鉄道ザ・レイルロードについて、知りすぎている。

 それはつまり、KKKに身を狙われるということです。捕まれば、ひどい拷問が待ち受けている。残念なことに、旦那さまにもわたしたちにも、あなたがたを守ってさしあげる余裕はないのです」

「守ってほしい、などと言ってはいません。わたしも地下鉄道ザ・レイルロードの『駅員』です。地下鉄道ザ・レイルロードが再建の道をゆくのであれば、お手伝いしなければなりません」

「足手まといですな」


 ずばりと言ってのける。


「それに、地下鉄道ザ・レイルロードが再建できるとは限りません。何年経っても目処が立たず、生涯にわたる逃亡生活をただ強いられる羽目になるやも。旦那さまはこう仰いました――『ウチのかわいいメイドたちを、そんなもんに巻き込むわけにはいかないよね』と」

「わたしは、」

「あなたの意気は買いましょう。ただ、それだけです。これは相談やお願いではありません。旦那さま――つまりは地下鉄道ザ・レイルロードの『武装車掌アームドコンダクター』が出した()()なのです。あなたが地下鉄道ザ・レイルロードの一員であると名乗るのであれば、命令系統には従いなさい」

「……はい」


 うなずくしか、なかった。


「よろしい。では、早く支度をなさい」

「最後に、いいですか」

「なんですかな」

「新しいマザーに、会わせてください」


 背を向けていたポッターさんが、こちらを振り向く。

 表情は、変わっているようには見えない。


「どうして、あなたが?」

「個人的な問題です」

「いけませんな。……そもそも、あの少女をマザーと見なしているのは一部の駅員です。あまり期待を掛けすぎると、失望しますよ」

「いいんです。その子がマザーでなくたって。

 ただ、マザーと呼ばれているその子に会わせてください。

 一度だけ会わせてもらえたら、おとなしくカナダへ向かいます」

「駄目です」

「どうして」

「あの子が、マザーになる可能性があるからです」


 予想外の答えだった。


「いいですか。

 私はまだ、あの子がマザーであるとは見なしていない。ただ、これから彼女が地下鉄道ザ・レイルロードを統率する器に育ちうる、とは見ているのです。

 彼女はたしかに力を持っている。あの集会は、はからずもそれを証明してみせたのです。

 あの弁の立ちよう、度胸の据わりよう、決断の力強さ、おのれの感情を伝播でんぱさせる能力、ことばの持つ魔力……。

 すべてが、われわれ幹部にはないもので、後天的には身につけようもないものなのです。

 ノモを持っているかどうかなんてことは、さほど重要なファクターではない。ひとをべる器というのはあるものだ。私ははじめて旦那さまに会ったときにも、感じた。じっさい、その直感は間違ってはおりませんでした。

 まだ、マザーではない。マザーには、足りない。

 ただ、今後マザーになりうる。

 それが、私の結論です。

 おそらく、いま議論を戦わせている幹部連中も、じきにその結論へと達するでしょう。

 となれば――あなたの存在は、邪魔なのです」

「邪魔……?」

「あなたは、彼女を知っていたのでしょう?

 事情は知りませんが、なみなみならぬ思い入れを持っているようすだ。つまり、彼女にとっても、あなたはそれだけ重要な存在ということになる。あなたに会うことで、彼女が単なる女の子に戻ってしまうかもしれない。怒りを燃やしつづけることを、やめてしまうかもしれない。

 そうなれば、地下鉄道ザ・レイルロードはふたたび、頭領を失うことになる。

 これは、なんとしても避けたい事態なのです。

 だからあなたを、あの子に会わせるわけにはいかない。

 私の独断ではありますが……長い目で見れば、幹部連中も、彼女自身も、納得してもらえるはずだ。

 お分かりですかな?」


「そんな……」


「あなたは、地下鉄道ザ・レイルロードの『駅員』だと名乗りましたね。

 なら、重要な目的のためにおのれを押し殺す覚悟はできているはずです。

 個人的な感情は、後に回しなさい」

「……あの子は、納得しているんですか?」

「言ったでしょう。これは私の独断です」


 怒りが沸点に達した。

 わたしは大きく息を吸い、屋敷じゅうに響き渡る大声でわめこうとし――失敗した。


 ポッターさんは、片方の掌でわたしの口をふさぐと、もう片方の掌でわたしの鳩尾みぞおちを軽く叩いた。

 痛みはほとんどなかった。

 だのに、意識が薄れていく。


「……お許しを、メアリー嬢」


 ポッターさんの声がとおくに聞こえる。


 もう声は出なかったけれど、わたしは何度も胸の中で呼びかける。


 グレイス。

 グレイス。

 あなたに、いつかかならず、会いに行くから――。


 *


 目が覚めると汽車のなかにいて、傍らのハンナがわたしを厳しい目で見据えていた。

 わたしはもう後戻りができない場所にいるのだと気がついた。



読んでいただきありがとうございます。

第二章完結です。

よければ、下の★を押していただき、

評価いただけますと幸いです。

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