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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.2 The Fall of the Tower/崩壊

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048 もう夢みてはならない果実について

 地下室に、地下鉄道アンダーグラウンド・レイルロード関係者は集められた。

 重傷者、意識をうしなっている者と、それらを介護する女中をのぞく、総員――およそ150名もの面々が、ところせましと詰め込まれた。


 ソーヤー家の屋敷に掘られた地下空間は、広大だ。

 この大陸に所在するあらゆる『駅』のなかでも、指折りの巨大さを誇っている。

 最大百名の『乗客』を同時に収容しながら、かれらに対し、七日間の滞在にじゅうぶんな寝床と食料とを供給し、そこから直接『主要駅メインステーション』へとメトロを走らせることができたのだから、まさに驚くほかはない。

 個人邸宅のなかに作られた『駅』としては、まちがいなく大陸最大のものだ。


 だが――。

主要駅メインステーション』の崩壊と同時に、ここも機能をかんぜんに停止している。


 ポッターがみずから采配さいはいし、まかり間違っても『主要駅メインステーション』からこの屋敷にたどり着くことがないよう、念入りに封鎖をされていた。

 ほんらい、この地下空間からは数マイルにわたる線路が延び、その先に『主要駅メインステーション』へと繋がる転移真述陣が敷かれていたのだ。

 いまは、数フィートていどをのこし、すべて埋め立てられている。


 この空間は、いまやがらんどうの廃墟に過ぎなかった。


 みな、きびしい表情をしている。


 眉を寄せているもの、奥歯を噛み締めているもの、色濃い疲労を目尻の皺ににじませているもの、混乱とショックの余韻で目を血走らせているもの、隣に立つひとの顔をうかがっては、これからの集会がどのような風向きになるのかをけんめいに探ろうとしているもの――まちまちだった。


 しかし、だれひとり、明るい表情をしているものはいない。


 われわれは、負けた。

 その認識だけは、ここにいる誰もが共有していたからだ。


 みなの視線は、こちらへと向けられている。


 幹部連中が集まった一隅いちぐうだ。

 マーチの座る車椅子を中心に、ヘスター・プリン、セイラ・M・ウィリアムズ、それからソーヤー家の名代として執事のマフ・ポッターがいる。

 しぜんと車座を為した人びとは、みな、この4名だけを注視していた。


 マーチは視線をめぐらせた。

 あの少女のすがたを、無意識のままたしかめていた。


 グレイスは幹部たちから距離を置き、ひとり、乗客たちに紛れるようにして立っていた。

 壁面に背をもたれるようにしているその姿勢からも、なにを見ているともつかないその視線からも、感情は読み取れなかった。


 マーチは眼帯の裏のまぶたをこすり、ポッターに視線をやった。

 ポッターがうなずく。

 さいしょの一言だけは、この男に頼んでいた。


「皆さま」

 よく通る英国風のアクセントが、反響を残しながら、地下室の空間へと行き渡った。

「まずは我が主人、トーマス・ソーヤーがこの場に顔を出せないことを、代わってお詫び申し上げます。トーマスは現在、『駅』の損耗状況を調査しに大陸全土を飛び回っておりますが、現時点で状況報告は入ってきておりません」

「電信網が断たれてる、ってことだ」


 後を引き取って、マーチは話しはじめる。


「各地の『駅』が無事なら、すくなくとも、そこから電信は打てる。それがないっていうことは、つまり、いまのところトムが回った『線路』で、まともに電信施設が残っているものはないと見たほうがいい」


 ざわめきが広がる。

 よけいな恐慌をもたらすことは本意ではないが……とはいえ、真実を伏せておくことになんの意味もないのも、事実である。


「襲撃を受けたってことか?」

「まちがいない。連合国の新聞発表でも、各地の『駅』を同時多発的に叩いたことは公開されてるからな」

「じゃあ、地下鉄道ザ・レイルロードは、」


 手を挙げて話していた駅員が、その先を言いよどむ。


 いっしゅんだけ、マーチはためらう。

 しかし、きっぱりとつづけた。


「――ほぼ、壊滅状態だ」


 悲嘆の声が、満ちた。


 さいしょに泣きはじめたのは、『乗客』の残りが立っている一角だ。

 洞人ドワーフの女性たちが大声をあげて泣きはじめ、それに驚いた幼児たちがさらにかんだかい泣き声をあげる。

 妻子らの泣き声を背に、男たちが怒りを露わにする。


「じゃあ、おれたちはどうなるんだ!」

「おまえたちをあてにして逃げてきたんだぞ!」

「どう、責任を取ってくれる!」


 怒号を、甘んじて受けた。


 洞人ドワーフたちの怒りは、奴隷時代にはほとんど用いられてこなかった感情だ。

 その表出にも、おっかなびっくり、反撃を恐れるような色がある。

 それが哀しかった。


「静かに! みんな、冷静になって! 話はまだ終わってないわ!」


 ヘスターが、必死に怒声や泣き声をおさえようと試みている。


 ヘスターも、習慣に倣っているだけだろう。

 じぶんの役目は『乗客』たちをまとめ、落ちつかせ、正しい方向にみちびくことであったから、往事おうじとおなじく、混乱を鎮めようとしている。


 けれど、彼らに話を聞く態勢がもどったとしても、なにを語れる当てもないのだ。

 そしてそれは、マーチのほうも、ほとんど変わらない。


 狂騒がほんのすこし収まったころ、マーチはつづける。


「……正直を言って、おれたちも状況を満足に掌握できていない。連合国の新聞で公式発表されている情報が、持っている情報のすべてだ。だが、トムやほかの人間が、正確な情報を持って帰るまで待っている余裕があるとも、おれには思えない。極端な話、気づいたときにはこのソーヤー邸がかんぜんに包囲されている、という顛末てんまつまで考えられる。だからそのまえに、身の振り方を考えなけりゃいけない」

「ちょっと待ってマーチ。そのことばは、適当とは言えないわ」


 ヘスターが口を挟んだ。


()()()()()だなんて。まずは、地下鉄道ザ・レイルロードが組織としてどんな()()の元に動くか、でしょう? それを話し合うのが先決だわ。個々人の話は、それからよ」

「いいや、まちがってないんだ。ヘス」


 喉にへばりつくような、暗くじっとりした声が出た。


「……どういう意味?」

「もう、()()()()()()()()なんてありえないんだ。組織としての地下鉄道ザ・レイルロードは、もはやどこにも残っちゃいないんだから」

「そんな!」


 空気を断ち切るように、ヘスターは声を張り上げた。


「弱気を言わないで! 地下鉄道ザ・レイルロードは何度だって壊滅の危機に晒されてきたわ。今回みたいに、ほとんどの『線路』が摘発されたことだって、一度や二度じゃない。そのたびにわたしたちは、さいしょから建て直してきたじゃない。ゼロからはじめればいいのよ。それこそ、この地下鉄道アンダーグラウンド・レイルロードという組織が発足したときみたいに。わたしたちなら、やれるわ」

「ああ。()()()()()()()、な」


 ヘスターが、ことばをうしなう。


 これまで、誰も触れてこなかった真実だった。

 この屋敷に、これだけ多くのひとが寄っているのに、一度も持ち出されなかった話題だった。まるで、じっさいに口に出してしまうことで、ことばの魔力で真実が確定してしまうとでもいうかのように。語られさえしなければ、未確定のまま、結果をあいまいに濁しておけるとでもいうかのように。


 だが――いつまでも、現実から目を背けてはいられない。


「マザー・旧い馬車オールド・チャリオットは、もういない」


 よけいな感情を込めないよう努めて、マーチは言った。


「生存を期待するのは、絶望的だ。あの日以来、一度も彼女のノモが届いていないんだから。地下鉄道ザ・レイルロードの創立以来、これほど長期にわたってマザーの声が途絶えたことなんてなかったろ。あのひとはいつでも、おれたちにたえず語りかけてくれていたもんな。あの声を支えに、おれたちは集まり、そして戦ってきたんだもんな。

 だけど――だから、おれたちももう、現実に向き合わなくちゃならない。

 マザーは、死んだ。

 地下鉄道ザ・レイルロードは、なくなった。

 洞人おれたちの夢は――もう、終わったんだよ」


 ざわめきが、途切れていた。


 全員が、終わりを噛み締めているのだ。

 受け入れがたい苦みを、飲みくだそうとしているのだ。

 これまでの人生でくりかえしくりかえしそうしてきたように。


 夢が、終わったのだ。

 洞人ドワーフたちの希望はうしなわれ、天人ヒューマンたちの世界がより盤石なものとなった。

 自由という甘い果実の味を、これから先は夢みることさえ許されない。

 ただただ、記憶の底に、沈めてしまわねばならない。


 これまでで、もっとも重い沈黙だった。

 ひょっとしたら、さいしょの洞人ドワーフたちが暗黒大陸からこの国へ連れてこられてから、はじめてといえるほどに。


 だが。


 その沈黙は――


()()()()()()()()()()()()()


 異様に通る少女の声によって、打ちくだかれた。


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