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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.2 The Fall of the Tower/崩壊

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045 敗北

 シェイクスピア劇のように、もったいぶったしぐさで髑髏がお辞儀をしてみせた。

 その拍子に、シャツの袖口からちらりと手首の骨が覗く。


 操り人形ではないのか、という疑念がへスターの頭に浮かんだ。

 しかし、すぐに振り払った。

 都合のいい考えに浸っている場合はない。魔法もあるし、よみがえった死者も存在する。相手はKKKなのだ。現実を否定するのではなく、受け入れ、対処方法を探らなければならない。


 しっかりするのよ、ヘス。

 ともすれば恐慌に陥りそうなじぶんを叱咤する。

 あなたがしゃんとしなければ。いま周りにいるのは子供と、怪我人なのだ。あなたがこの逆境に立ち向かわないで、どうするの。


 煙が揺らいだ。

 髑髏の男ペイトンが背にしていた白煙が、晴れていく。その奥からさらに、人影が歩み出てきた。ふたりの女性――すなわち、スカーとアナベルだ。アナベルが東洋の舞いを思わせるしぐさで片手をひらひらとなびがせると、彼女らの後ろから、さらに人影が現れる。

 セイラだ。

 気をうしなったようすで、すでに影の巨人ジムへの変身は溶けていた。その両腕は、浮遊する氷の球体に手錠のように縛られ、空中にぶら下げられていた。苦悶の表情に顔がゆがめられ、鼻先から口元にかけては鮮血で真っ赤に染まっている。薄い胸板がわずかに上下しているから、まだ呼吸はしているようだ。


 セイラは、負けたのだ。

 つまり、わたしたちは全員、負けたということになる。へスターのなかにその認識が染みわたっていった。


「さあて、あんたたち」

 スカーが、セイラの頬へと筆杖ペンを突きつける。やわらかな頬を、鋭い先端がいまにも突き破りそうだ。

「分かってるわよね? 動いたら、この坊やの頭は吹き飛ぶわ。その場にひざまずきなさい――ゆっくりとした動きでね。とくに、そこの奴人ドレイヴ。あんた、斧はどうしたの」

「こちらに」

「ああそう」


 ペイトンがひらひらと差し出した手斧を、興味なさげに一蹴すると、


「なら、丸腰ってことでしょうけど。あんただけは信用ならないからね。

 両手を挙げて、ゆっくりとひざまずきなさい。

 額を床につけて。さあ」


 言うとおりに、グレイスがゆっくりと腰を落としていく。

 隙をうかがうようにスカーの目を見つめてはいたが――スカーのほうにも、油断は見られなかった。アナベルの筆杖ペンも、グレイスに突き付けられたままだ。

 けっきょくなんの行動も起こせないまま、少女は地面へと額をつけた。

 へスターも、マーチをかばうようにしてそっと腰を落としていく。


 無造作に近づいてきたスカーが、グレイスの頬を蹴り上げた。

 骨をたたく痛ましい音。とっさに顔を上げかけたグレイスに、スカーはすぐさま「額!」と叫んで筆杖ペンをセイラへと突きつける。グレイスは地面にたたきつけるように、ふたたび頭を伏せた。

 その後頭部を、スカーが何度も何度も蹴りつける。

 グレイスは額をこすりつけるように、耐えていた。やがてその額の下に、血だまりが広がっていく。


「ほ」

 ペイトンがいかにも他人事らしく肩をすくめる。

「痛そうだ」


 歯ぎしりが漏れた。

 へスターには、もはや成すすべもなかった。目の前で行われる虐待を、どうすることもできなかった。なにもできなかった。なんて無力なの、とじぶんを責める以外のことは、なにも。


 スカーが息切れした。

 ぎりぎりのところで、グレイスは意識を保っているようだった。しかし、あれだけ痛めつけられてしまっては、気を失うのも時間の問題だろう。


 もうひとりの女真述師(ロジシャン)が、いかにも興味なさげに、セイラの腕を拘束していた氷をつるりと撫でる。氷は空気に溶けるように消え失せ、支えをうしなったセイラは地面へとからだを投げ出された。スカーが憎悪のこもった蹴りで、意識のないセイラのからだをグレイスのところまで押し出した。


 とっさに、へスターはふたりのもとへと飛びついた。

 少女と少年に覆いかぶさるようにして、からだを縮こまらせた。ちいさくなってさえいれば、敵が見失うのではないかという、絶望的な期待をもとに。


「はァっ」

 スカーが息をととのえた。ぎらぎらと輝く瞳が、へスターたちを傲岸に見下ろしている。

 隙をうかがうように、グレイスの怪我の具合を確認する。血で覆われてこそいるものの、傷自体はさほど深くはない。

 へスターは頭巾ウィンプルをもぎ取るように取ると、その布地をグレイスの怪我へと当てがった。紺色の布地が、血を吸って色濃さを増した。

 

「さあて」

 スカーの声に、びくりとからだが震えた。

「そろそろ、殺すわ」

「全員?」

「あたりまえでしょう」

 ペイトンの問いに、横からアナベルが首肯する。

「このなかのだれひとり、生かしておけとは言われてないもの」


「まったく、これだからお嬢さまがたは。結末は焦らしに焦らして、さいごにようやく明かす、というのが作劇の常套手段なのだがね」

 こきり、とペイトンが骸骨の首を鳴らす。

「さいしょに殺すと告げてしまっては、興が削がれることはなはだしい。

 生かしておいてくれるのか、殺されるのか、分からない――そういう宙ぶらりんこそ、彼女らをなにより愉しませるというのに」


「やかましいわ、ボーンズ

 スカーが吐き捨てる。

「生きてるんだか死んでるんだか分からないあんたの下劣な趣味なんか知ったこっちゃない。わたしたちは仕事で来てるの」

「紳士は、仕事のなかにこそ、愉しみを見いだすものなのだよ。淑女レディ


 ペイトンを黙殺し、スカーがふたたびへスターたちへと向き直った。

 無造作に、筆杖ペンがへスターの鼻先へと突きつけられる。へスターはとっさに目をつむった。


 ――と、そのとき。


「ちょーっと待ってくれるかい、皆さん」


 希望の声が、皆を振り向かせた。


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