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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.2 The Fall of the Tower/崩壊

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041 歯と髪

 つんのめるように、ただ走った。

 マーチはすこし、意識をとりもどしていたが、その体重をひとりでささえるまでにはまだ至っていない。この男は長身にしては軽いほうなのだろうが、セイラとわたしで支えるには、一八〇ポンド近い重さは手に余るはずだ。しかし意外なほどに速く進むことができていた。

 セイラのほうが、かなりの体重を負ってくれているのだ。

 ほっそりとした少女らしい体躯に見合わぬほどの膂力を、この子は備えているらしい。疑問はかずおおく浮かんだが、そのすべてを振りはらった。いまはよけいな夾雑物きょうざつぶつを思考にまじえている余裕がない。生き延びたあかつきには、ゆっくりと話を聞かせてもらおうと、わたしは決め、先導するヘスの背中へと視線を戻した。


 大広間ホールを超えて、点検時に駅員が出入りするだけの無骨な鉄扉てっぴをひらく。

 なかの通路は、配管がむき出しになった空間だ。いくつもの計器と配管とがところせましと詰め込まれ、ときおり水蒸気を吐き出している。ひとの腹をひらいて臓腑をのぞいているような感覚だった。

 鉄扉をひらき、通路へ。

 また鉄扉をひらき、通路へ。

 何回もそれをくりかえすごとに、無機的だった通路が、しだいに肉の色に変わっていく。巨大な龍の内部にいるのだと、いまはじめて実感させられた。


 ――と。


 左手の扉がとつぜん、ひらいた。

 とっさの判断で、マーチの肩口を放りなげるように下ろすと、這入はいってきた男へと手斧を振るう。手斧の刃が、吸い込まれるように額を断ち割った。

 血しぶきに染まった三角帽が落ちる。

 勢いを殺さず、からだを低くしてぐるりと一回転する。つづいて現れた真述師ロジシャンが首を引いたせいで、喉は裂けなかった。


「くっ」


 かろうじて避けた真述師ロジシャンが、筆杖ペンのさきをこまかく振るように詠書スペリングをはじめた。体勢を立てなおすより先に反撃をしようとするのは、さすがの練度だ。

 だが、わたしの第二手のほうが速かった。

 首を引き、ほとんど後方に倒れこむようにのけぞっている真述師ロジシャンに、わたしは飛びついた。斧頭ふとうに手のひらをあてがい、敵の顔めがけて、全身の体重を乗せて突っ込む。斬るというよりはぶつけるようにして、顎の骨ごと、喉をつぶした。

 噴き上がる血が、顔にぶつかった。ぬるくどろっとした液体を、乱暴に二の腕で拭い去った。


「先を急ごう」


 ぼうぜんとしているヘスに、言った。


 つぎの鉄扉にたどり着くまで、妨害には遭わなかった。さいごの扉は、これまでのものに数倍する大きさになっていた。ゆうに二〇フィートを上回る高さで、南京錠が付けられている。ヘスが鍵束から鍵を探そうとするが、わたしは手斧で叩き割った。どのみち、鍵など掛ける機会はこの先ないのだから、ご丁寧に規則をまもる必要などない。

 体重をかけて、扉を押しひらく。

 風が吹き込んだ。扉の重さの一部は、吹きつけてくる風の重みだったのだと気づく。広がっていた空間は、想像を超えて広い。


「『カジキ(マーリン)』の、喉元よ」

 ヘスが言う。

「……私も、ここに来たのははじめて」


 天井までの高さは、おおよそ一〇〇フィートを超えているだろう。

 肉がひだをつくりながら、数百歩向こうまでつづいている。しかしその中途で、天井に穴が穿たれていた。白い板のようなものが、道を半ばまでさえぎっているのだ。


「……あれは?」

「歯、に見えるね」


 セイラがわたしの呟きに応えた。


「とほうもなく巨大な生き物の、歯だ。……この『カジキ(マーリン)』に比べれば、まだまだ小さいけどね」

「龍、か」


 ようやく気がついた。

 これだけの上空に、どうやってKKKがたどり着いたのか、疑問だったのだ。答えは、龍だった──KKKは、巨大な龍に乗って、雲を抜け、この『カジキ(マーリン)』まで飛んできたのだ。そして喉元へと噛みつき、穴をつくって侵入した。

 自律して飛行可能なのだとしたら、その龍は、生きていると考えるのが妥当だろう。驚くべきことに、KKKは龍までも飼い慣らしているのだ。

 

「さいわい、通るのには問題ないみたい」

 ヘスが、龍が噛み付いた箇所を指さした。


「通してくれるかどうか、分かんないけどね」

 セイラが肩をすくめる。

「ぼくたちが脇を通り抜けようとしたとたん、ぱくり、とひと口で呑み込まれちまうかも」


「それでも、行くしかないわ。……ごめんねマーチ。つらいだろうけど、ちょっと目を醒まして。あそこを通らないといけないの」

 マーチがうなり声をあげる。

 その声を肯定と取って、わたしたちはおそるおそる歩きはじめた。


 なるべく、振動を立てず、音を出さず、ゆっくりと歩をすすめていく。歯へと近づいていくと、噛みちぎられた肉の跡から、上空の荒れくるう風が吹き込んでいるのが分かった。そちらに視線を向けると、龍の顔を覗くことができた。


 鋭い、流線型の顔をしていた。

 片側だけで三つの赤い目が並び、鋼のように艶のある黒の羽毛が、全身をくまなく覆っているようだった。遠目にぜんたいを見ることができたなら、おそらく、巨大な鴉のように見えるだろう。


 とつぜん、ぎいいいいい、という音が鼓膜をはげしく震わせた。

 龍が、歯ぎしりをしたらしい。マーチに肩を貸しているから、耳をふさぐにふさげない。歯を食いしばって、耳をつんざく反響を、ただ耐えた。


 と。


 歯ぎしりの音とは異質な爆音が、加わった。

 天井を見上げると、黒ずんだ煙が湧き上がっている。穴が穿たれていた。影がふたつ飛び込んでくる──赤髪と、銀髪のふたり組だ。天井から降りてくると、床から数フィートの位置に浮遊したまま、静止する。


「ようやく見つけたわ!」


 赤髪が笑った。

 ふたりの長かった髪が、いまは肩口までの短さに揃っている。足元で彼女らの空中浮遊をもたらしているのは、髪をねじって束ねたような棒状のものだ。ちょうど、三つ編みにした髪をそのまま引き抜いたような形状である──そして、それはじっさいのところ、そのように生み出されたものだ。


 髪箒フデ、である。


 真述師ロジシャンは、髪に真緑インクの多くをたくわえていると言われる。それゆえ、真述ロジックの使用頻度が高い南部貴族のほとんどが、髪を長く伸ばしている。この髪をねじり、引き抜くと、巨大な筆杖ペンのようになる。東洋のフデと呼ばれる筆記具が、このように束ねた毛に墨をつけて使われたところから、名前をとっているようだ。

 真緑インクをたっぷりと含んだ髪は、ちょうど龍の鱗にある繊毛と同じように、空中浮遊の授文スペルを書きつづけることができる。真述師ロジシャンはこの髪箒フデに乗って、空を飛ぶことができるのだ。


 赤髪と銀髪が、ゆっくりと床に降り立った。

 手に持った髪が、しゅるしゅるとほどけて、女真述師(ロジシャン)たちの毛先へと戻ってゆく。ふたたびゆたかに波打つ長髪を取り戻した二人が、筆杖ペンを取り出した。


「あなたたちがここにいるってことは──マザーは?」

「とうの昔に、おっ死んだわ」

 ヘスの問いに応えて、赤髪が言う。


「そう言えたら、よかったのですけれどね」

 銀髪が言う。

「ざんねんながら、まだあの老女は健在です。まだ、大魔導師グランド・ウィザードと闘っております。おかげで、私たちもとんだ回り道を強いられましたの」


 わたしたちの間に走った緊張が、それで和らいだ。


「なんで明かすのよ! 阿呆じゃないの! せっかく揺さぶりをかけていたのに!」

「あら、そうでしたの。そんな下衆げすな発想は思い浮かびませんでしたわ。さすがですわね、スカー」

「あああ! 殺してやりたい!」


 令嬢とは思えないしぐさで髪を掻き乱していた赤髪──スカーが、ふいに、こちらへと向き直る。


「でもまずはあんたよ。グレイス。『驚嘆すべき少女(アメイジング・ガール)』。

 大魔導師グランド・ウィザードの絶対命令だからね。まずはあんたをちゃっちゃと片づけて、それから事故に見せかけてアナベルをぶち殺すわ」

「あら。おなじ偽装を考えていましたのね」


 スカーとアナベルが、左右対称に筆杖ペンを構えた。

 わたしも、手斧を構え、姿勢を低く保った。


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