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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.2 The Fall of the Tower/崩壊

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038 邂逅

 あれほどけたたましかった銃声が、やんでいた。

 安堵はおとずれなかった。発砲する必要がなくなって止めたのではなく、発砲するものがいなくなったのではないか、という危惧が頭を占めていた。


 へスターは、さいごの一台となったメトロの一台に、子供たちを詰めこんでいた。

 子供たちも、なにかただならぬ事態が起きていることを、理解してくれているようだった。騒ぐでもごねるでもなく、無表情のままに行列を為している。いくら時間をかけても子供たちの笑顔を取り戻すよう努めても、ただひとつの出来事で、瓦解する。またたくまに、心の壁が張りめぐらされてしまうのだ。歯がゆかったが、今だけは、救いだった。へスター自身にも、余裕なんてなかったからだ。


 なぜ、主要駅メインステーションの場所がばれたのだろう。

 露見するはずがなかった。地下鉄道アンダーグラウンド・レイルロードが地下鉄道である限り、この場所にたどり着くはずがなかったのだ。発想が及ぶはずがない。

 主要駅メインステーションこそ、世界でいちばん安全な場所なのだ。

 そのはず、だったのに。


 子供たちの搭乗が、とどこおりなく終わった。

 いつでも出せる。ジムじいやにそう頷かれ、へスターは悩んだ。


 出していいのか。

 出発して、ほんとうにいいのか。


 メトロが出発すれば、ほかに逃れる道はない。いま、ぎりぎりまで時間を稼ごうと踏みとどまっている車掌たち──フレデリック・マーチらを、見捨てることになる。それでいいのだ、と訓練のときには伝えられていた。いざとなれば、車掌は捨て石なのだと、乗客たちを優先しろと、フレデリックは語っていた。

 だが、ほんとうに?


「ヘス」


 声に振り向く。

 セイラだった。へスターは救われたような心地で、セイラに質問を投げかける。


「セイラ! ……マザーは?」

「分からない。

 きみが警報を叩いてからすぐに、マザーの部屋に行ったんだ。そこにはいなかった」

 グレイスもだ、とセイラは付け加えた。


「どうするだ」

 ジムじいやが、ふたたび問うてくる。

「出して、構わないだか?」


 だめだ、とヘスターは思う。

 車掌たちもマーチも乗っていないじゃないか。グレイスもそうだ。それにマザーを置いていくつもりか。地下鉄道ザ・レイルロードの象徴であり、支柱であり、理念そのものであるあの老女を、置いていくというのか──。

 喉まで出かかったヒステリックな反論を、ようやくのことで飲みくだした。


「……私の任務は、乗客の保護です」

 じぶんに言い聞かせるように、へスターはつぶやいた。

「出してください。責任のいっさいは私がとります。……皆が稼いでくれた時間をみすみす浪費して、思いを無下むげにするわけにはいきません」


 ジムじいやがうなずき、機関室へと消えていった。


 へスターは、震えていた。

 駅長の任を受けたとき、覚悟は決めていたつもりだった。しかし、こうしていざ決断をしてみると、とほうもなく、怖かった。恐ろしかった。


 震えながら、()()()()()()()()()()()()()


 私は、この駅の駅長だ。

 この駅のさいごを、見届けなければならない。これから死ぬというのは、恐ろしくてたまらなかったが──残らなければならない。メトロのほうは、ジムじいやがいればなんとでもなる。セイラも乗ってくれているのだから、万全だ。

 拳を握って、震えを押し殺した。


「さ、行こう」


 かけられた声に、驚いた。

 セイラが、貨物車の陰から顔を覗かせた。乗っていたふりをしていたのだ、と気がついた。こっそりと目を盗み、客車から降りて、隠れていた。もう取り返しがつかなくなるまで。


「行きなさいと、言ったでしょう!」

「おあいにく。教師のいうことは聞かないって、決めてるんだ」


 重ねて怒鳴りつけようとして、諦めた。


 ヘスターは、セイラとともに走りはじめた。


 *


 肩を貸して、マザーを歩かせた。

 マザーは、足が悪い。杖を突きながらゆっくりと歩いていくぶんには問題ないが、こうして先を急ぐときには、誰かが肩を貸してやらねばならない。わたしよりも頭ひとつぶん低い高さで、銀髪が揺れている。

 さきほどまで響いていた銃声が、とだえていた。わたしは直感していた──車掌たちが、すでに全滅の憂き目に遭ったのだろうと。


KKK(クラン)真述師ロジシャンは、練度がちがう」

 マザーが、わたしの心を読んだように言う。

真述師ロジシャン退治のセオリーは、やつらが授文スペルを書き終えるまえに撃つことだ。単純だが、これが利く。訓練を重ねた兵の発砲は、真述師ロジシャン筆杖ペンを振るうよりも、早いからね。

 だが、KKK(クラン)はちがう。

内戦ザ・シヴィル・ウォー』の反省を活かし、鍛えぬいてきているからね。攻撃用の授文スペルを綴るのに、一秒を超えることはない。大仰なしぐさを好む真述師ロジシャンにはありえないほどちいさな動きで、細かく詠書スペリングを終えるのだ。

 きゃつらに、銃では勝てない」


「……対して、地下鉄道ザ・レイルロードの構成員は洞人ドワーフがほとんどです」

 わたしがあとを引きとった。

真述師ロジシャンに対する恐怖を、根っこまで刷り込まれています。

 目のまえの敵に対する恐怖は、かならず、一手を遅れさせます。真正面からの戦闘で、地下鉄道ザ・レイルロードKKK(クラン)を制することは、まず難しいと言っていいと思います」


「なぜ、逃げなかったんだい」


 マザーの問いに、目を見た。

 咎めるような色は、見られなかった。純粋な問いだった。


「見届けるためです」

「よかった」

「え?」

「あなたを残していけないから──なんて言ってたら、張っ倒してたところさ」


 わたしは肩をすくめる。


 マザーが、懐から筆杖ペンを取り出した。

 天人ヒューマンたちが使うものほど、小ぶりでも、洗練されてもいない。握りの代わりに髑髏が象られた意匠は、いかにも仰々しく、いかにもまがまがしい。洞人魔術ヴードゥー筆杖ペンだった。

 わたしは、マザーの目をもう一度見る。


「死ぬのですか?」

「死ぬさ」

「なぜ」

「ここが、わたしの場所だからさ」


 マザーは、笑う。


「おまえをこれ以上見てやれないことだけが、残念だよ。

 おまえはまだまだ危なっかしい。早すぎると思うけどね。どうやら神さまのほうでは、おまえの番がきたとお考えのようだ」

「わたしの番?」

「そら、来たよ」 


 立ち止まった。


 あれほど明るかった構内が、暗がりのなかに閉ざされている。光が削り取られているというよりもむしろ、闇黒そのものが蚕食し、じわじわと質量を増しているような、感覚。

 闇が、ふくれあがる。

 ひとのかたちを為したそれが、手になにかを引きずっている。放り投げられた。


 足元へと転がってきたのは、血まみれになったひとのからだだった。

 マーチだ。

 わたしはとっさにうすく開かれた唇のまえに、手のひらをかざす。かすかに、呼吸はあった。まだ、死んではいない。


「――旧い馬車オールド・チャリオット


 男の錆びた声がした。

 闇が、茶褐色の長身のかたちになっている。天人ヒューマンの青白い肌のなかで、黄味がかった瞳が、冷然とこちらを見下ろしていた。


「トマス・サトペン」

 マザーが応じた。

「──なんて、ざまだい」


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