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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.2 The Fall of the Tower/崩壊

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032 セイラ

 どこから声をかけられたのか、分からなかった。


 本の束をかかえたまま、辺りを見まわす。たしかに少女の声だった。その主は見つからない。こんなに人工的な地下施設のなかで幽霊などが出るとも思えない。


 各施設につながる、大広間ホールにわたしはいた。

 この主要駅メインステーションの中心にあるのが、大広間ホールだ。中央にある円形の巨大な空間から幾本もの廊下が延び、図書室、食堂、教室、共同寝室などの各施設につながっている。どこにいくにしても、大広間ホールを経由するのがいちばん分かりやすい。だから夜分であっても、ひとの往来が絶えない。


 さいしょに降り立った停留場プラットフォームと同様、大広間ホールも高い半球形の天井をそなえた、だだっ広い空間である。あくまで往来の拠点でしかないから、この場所で足を止めるひとなどほとんどいない。

 わたしも例に漏れず、図書室へ本を返し、またあたらしい本を借りだしてこようとする途中だった。


「おーい、こっちこっち」


 頭上だ。

 わたしがうえを向くと、天井から吊り下げられた巨大な照明の影に、人影があった。複雑に編まれたワイヤーに手をかけて、樹上の栗鼠りすのようにぶら下がっている。人影は器用にワイヤーをわたり、中二階へとすすむと、階段の手すりに腰を乗せてすべってきた。

 軽業師のように、目のまえに着地する。

 洞人ドワーフの少女だった。


「や。さいきんきみ、よく見るね」


 きみょうな子だった。

 水色のキャラコ地でつくったスカートに、エプロンをきちんと身につけた小さい淑女といった恰好なのに、足にはなにも履いていない。わたしと同じぐらいの年齢に見えるのに、ちいさい子のように剥き出しの足で、もう片方の足首をぽりぽりと掻いている。しぐさだけとると、まるで野山で遊びまわる男の子のようだ。

 肌の色は薄く、くせの薄い髪の毛を三つ編みにして編んでいる。その毛先を、慣れないもののようにしじゅういじり回しているせいで、ほとんどほどけかけていた。


「それなに? 本?」

「ええ、まあ」

「うわあ、すげえなあ! こんな字ばっかりの本を読むのかい? おどろいた――こんだけの読書家を見たのは、トム以来だなあ」


 本をぱらぱらとめくりながら眉をしかめてみせていた少女が、わたしをしげしげと眺める。

 口調のほうも、かなり伝法だ。しかしいやなかんじはしない。くるくると変わる表情は、見ていて楽しかった。


「メアリーってんだ。よろしくね」

 本を返したあと、ついでのように握手の手のひらをさしだしてくる。


「メアリー……」

「いけね、間違えた」

 わたしの顔にさっと影がよぎったのを見たのか、少女が言い直す。


「ほんとうはセイラ。メアリーはミドルネームなので、セイラのほうで呼んでくれりゃうれしいかな。セイラ・メアリー・ウィリアムズ。……うん、セイラで」

 語感をたしかめるようにくりかえすと、セイラと名乗った少女はうなずく。


「わたしはグレイス。よろしく、セイラ」


 助かった、とわたしは思う。

 メアリーという名前を、平静のまま呼ぶことはできなさそうだったから。


「グレイス――グレイスか。

 いい名だね。ぼくは好きだ。……ところでグレイス、きみ、()()()?」


 何週目か、という質問は、この主要駅メインステーションではあいさつの常套句だった。

 おおくの場合、この主要駅メインステーションにひとりの『乗客』が滞在するのは、四週間ていどだった。食事や睡眠を与えられ、基本的な文字教育を受け、マザーと行く先の相談をしてから、合衆国やカナダへと旅立っていく。おおよそ四週間で、これが一周するのだ。


 だから、何週目かを訊けば、いま相手がどういう段階なのかが分かる。

 一週目なら、きっと、食べて寝て、体力をとりもどすだけで精いっぱいだ。

 二週目なら、きっと、文字を覚えるのに四苦八苦している。

 三週目なら、きっと、そろそろマザーとの面談を控えている。

 四週目なら、きっと、旅支度をはじめている。


 ひとによって多少の前後はあれど、主要駅メインステーションにいる『乗客』は、このいずれかの段階にあると思ってかまわない。

 しかし、わたしの場合は――


「わたしは、七週目」

「へえ」


 セイラが目をまるくした。

 わたしが地下鉄道ザ・レイルロードにはじめて降り立ったあの日から、七週間が経っていた。

 その間、ほとんどの時間を図書室に籠もって過ごしていた。さいしょの二週間はみっちりと教室に通っていたけれど、そこから先は図書室で独学をしていたのだ。うんと多くの時間を辞書とつきっきりで過ごしたおかげで、いまは、一日に三冊もの本を流し読みできるようになっていた。


「きみ、のんびりしてるだけ? それとも、地下鉄道ザ・レイルロードではたらくつもり?」

「まだ、決めてない」


 正直に答えた。

 本を読みながら、考える。書き留める。それに忙しくて、じぶんがこれからどうするのかを考える暇はなかった。さいわい、誰にも急かされはしなかった。四週間ていどで出ていくのが平均的だとしても、強制されはしない。それが地下鉄道ザ・レイルロードのやりかたなのだと、この数週間で学んでいた。


「いつまでも、ただでパンをもらうわけにはいかないんだろうけど……わたし、考えてることがあって。どうしても、まだじぶんのなかで答えが出ないから。いまは、地下鉄道ザ・レイルロードに甘えさせてもらってるの」

「まじめなんだねえ」

「まじめってわけじゃないよ。ただ、頑固だから」

「いやあ、まじめだと思うなあ。ぼくなんか、()()はここにいるけど、先のことなんてなーんにも考えてないもんな」

「二年?」


 さすがに、おどろいた。

 追い出されはしないといっても、二年だ。居すわるのにも限度があるような気がする。


「いちおうね、仕事は任されてるんだよ。だからぼくの場合は、事実上、地下鉄道ザ・レイルロードの『駅員』みたいなもんなんだよね」

 セイラがうすい胸を張る。

「新入りの子供たちの、めんどうを見るんだ。困ってることはないか、さみしい思いはしてないか、それをあそこからチェックする」

「あそこ?」

「あそこ」


 セイラが指さしたのは、大広間ホールの天井照明だ。


「……いつも、ぶら下がってるの?」

「まあ、たいていはね。木のぼりは得意だから」

「高いところから見ろって、言われてるの?」

「いや? ふつうに見ろって言われてるよ? 共同寝室とか、教室とかでね。とくに教室は子供が多いからね」

「あなたの顔、教室で見たことないけど」

「やー、勉強きらいなんだよねー」


 悪びれもせず、答える。


「あはっ」


 わたしは思わず笑ってしまった。

 セイラに手を焼かされているヘスやフレデリックの渋面を、想像してしまったのだ。この自由な女の子には、さぞ振りまわされていることだろう。そう考えると、なぜか痛快だった。


 ずいぶん久しぶりに笑った気がした。


 こうしてわたしに、主要駅メインステーションではじめての友達ができた。

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