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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.1 The Exodus of Grace/恩寵

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028 おまえとわたし

 服を着たおまえは、食堂へと通された。


 パンとスープが用意されている。パンはつめたくなってはいたが、今朝焼いたばかりのようで、まだふかふかした食感が残っている。大農場ではトウモロコシの粉で焼いたパンばかりを食べていた。小麦のパンなど、年に数回の祝いの日にしか出されなかったのだ。脇にはバターまでもが添えられている。

 スープに浮かぶ野菜は、くずや切れ端ではない。ごろりとした根菜ばかりだ。なかには鶏肉まで沈んでいて、スープの上に脂の被膜をつくっているのだ。おまえは肉を噛み締める。じゅわりと舌の上にひろがる肉汁が、からだの隅々までゆきわたっていくようだった。


 スープ皿を空にすると、すぐに皿がうばいとられた。

 ヘスだった。

 ヘスは大鍋から二杯目をすくいとると、皿へとよそった。また、たっぷりとした具が入っている。まるで魔法の鍋みたいだ、とおまえは目を見張った。二杯目を受け取ったおまえは、またがつがつと食べはじめた。ヘスの視線を感じたが、そんなものに頓着しているよゆうはなかった。食べれば食べるほど、食欲がよみがえっていくようだった。


 けっきょく、三度お代わりをした。


「さて、」


 まるく張ったお腹を撫でながらヘスについていくと、例の眼帯の男――フレデリックが待っていた。


「じゅうぶん飲み食いしたか?

 ほんじゃ、行こうかね。マザーが、首を長くして待ってる」


 おまえはフレデリックへとひきわたされた。

 ヘスが「しっかりね」とおまえの頭を撫で、去っていく。フレデリックの顔を見上げると、彼は眼帯を付けていないほうの目で、おまえを見返した。


「そう緊張しなくていい」

 フレデリックが、おまえの頭をぽんぽんと叩く。

「マザーはおっかないひとじゃない。

 ただ、緊張を強いられる。はじめて会う人間は、みんなそうだ。なるべく肩のちからを抜いて、なにか訊かれたらすなおに答えるだけでいい。隠しごとや見栄や嘘は通用しないから、正直にしてりゃ、すぐに終わる」

「……なにを、するんですか」

「なにか、って訊かれるとむずかしいんだよな。あれはなんていうのかな、いつかヘスがぴったりした表現をしてくれたような……ああ、そうだ」


 ぽん、とフレデリックは手を叩く。


「占い、だったな」


 占い。

 それはまた、ずいぶんうさんくさい――。


 鼻白むような感覚を、おまえは抑える。

 なんにしても、あのひとには会わねばならない。そうしなくてはならないのだと、おまえは知っている。フレデリックのあとについて、おまえは決然と歩いた。


 こうして、

 おまえは、()()()のまえに現われる。


 *


 ()()()は目を閉じている。


 おまえが近づいてくる。この半世紀、待ちつづけたおまえの顔を、想像してみる。いつものように、うまくいかない。おまえの声を、夢のなかで何度も聴いたというのに、おまえの顔だけは、いつも曖昧模糊としている。霧がかかったように、影だけしか見ることができない。どういう目をしているのか、どういう口元をしているのか、どういう表情を浮かべているのか――想像さえも、できない。


 しかし、それもきょうまでのことだ。


 おまえの足音が、近づいてくる。

 わたしは先ほどまでつづけていた編みものを、とっくにやめている。膝掛けのうえに手を置いて、耳を澄ましている。暖炉のなかの熾火おきびがぱちぱちと爆ぜる音、フレデリック・マーチの高らかな靴音にかくれて、おずおずとしたおまえの、モカシンの音が聞こえる。

 わたしは笑みを浮かべる。


 もうすこしだ。

 もうすこしで、わたしの役目が終わる。


 マザー・オールド・チャリオットの、モーセの役目が、終わる。

 マザー・アメイジング・グレイスの、ヨシュアの役目が、はじまるのだ。


 足音が止まる。

 ノックの音。わたしは目を開いて、答える。


「お入り、グレイス」


 扉が開いた。


 *


 ()()()は、マザーのまえに立った。


 いつか夢で見たのと、おなじすがただ。おだやかそうな笑みを浮かべ、安楽椅子ロッキング・チェアに腰かけた老女。見た目は十歳ほどの少女と変わりないが、腰ほどまで伸びた髪が、銀色にかがやきながら、肘掛けから垂れている。その髪色で、彼女が百歳をゆうに超えているのだろうと、判断ができた。

 くつろいだ姿勢で、ぎい、ぎい、とここちよい音を立てながら、老女は椅子を前後に揺らしている。


 周囲を見わたした。

 屋根裏部屋にも似た、うす暗く、せまい部屋だ。

 古びたいくつかの調度、片隅を照らすランプ、花瓶に幾本かの花。かんぺきに統制がとれた部屋の中心で、ほほえんでいる老女――すべて、夢のなかで見たのとおなじ光景だった。


 この光景をめざしてきたのだ、とわたしは気がついた。

 みちびかれてきたのだ。目のまえにいるこの老女に会うため、この部屋にたどりつくため、走りつづけてきたのだ。


「ああ――」


 老女が言う。


「おまえは、そんな顔を、していたのだね」

 

 わたしは気がつく。

 わたしが夢で見ていたようには、老女はわたしを見ていなかったのだと。わたしは安楽椅子へと近づいていく。マザーの指が、そっとわたしの頬を撫ぜる。


「かわいそうに」

 マザーが、目をすがめる。

「おまえは、ねじくれているね」


 どきり、と胸が鳴った。


 それからの声は、すべて、頭のなかにひびいた。


   ああ、おまえはねじくれているね。

   ねじくれてしまっているのだね。

   かわいそうに。


   いつからだい?

   神様を恨みはじめたのは?

   隙あらば喉を噛み切ってやろうと

   思うようになったのは?


   神様を恨んではいけない。

   それは、人生を恨みのまなざしで見つめる

   っていうことだ。

   世界のすべてに憎悪を読み取るっていうことだ。

   じぶんのさだめをすべて肯んじろとはいわない。

   でも、いままで目にした一部をもとに、

   すべてを判断してしまおうとするのは、いけない。

   神様に対して失礼ってものさ。


   世界には、祝福が溢れている。

   それを覚えておくんだよ、グレイス。


   もちろん、けがらわしいもの、あしきもの、

   とおざけるべきものも多いさ。

   でも、その色に

   目玉を染められてしまってはだめだ。

   世界には、とうといもの、よきもの、

   うつくしいものが溢れている。

   それをきちんと受け取ることができるように、

   じぶんの中に、すなおで、まっすぐで、

   純粋なものを保っておくことだよ。

   世界に溢れる祝福を、きちんと受け取るんだ。

   そうして、生きてゆくのさ。


   おまえの名前はグレイス。

   恩寵、という意味だ。

   お母さんが名前に託してくれた想いを、

   けっして、忘れてしまわないように。


   おまえはいつか、怒りを必要とするだろう。

   燃え上がるほのおを、焼き尽くすちからを、

   必要とするときがくるだろう。

   でも、気をつけるのだよ。

   ほのおは空気を使い切ってしまうからね。

   荒れくるうほのおをそのままにしておけば、

   おまえはきっと呼吸ができなくなるからね。


   ほのおは必要だ。

   ほのおは、おまえにとって、

   なによりも皆にとって、目指すべき光となる。

   おまえのほのおを目指すひとが増えるだろう。

   おまえはそのために、

   ほのおをともし続けなくてはならなくなるだろう。

   けれども、呼吸ができるだけの空気は、

   きちんと残しておくのだよ。


   グレイス。

   おまえは強い子だ。

   けれども、だからといって、

   強くありつづけなくてはならないと

   いうことではないんだよ。

   くるしくなったら、

   このことを思い出してみるといい。


 ながいながい声が、ようやく、ひびくのをやめた。

 わたしのなかに、ことばがこだましていた。ことばはやがてわたしの胸へと染み入り、溶けて、消えていった。ひとつひとつのことばを思い出せなくても、なにを語られたのか、なにを教えられたのかだけは、分かった。刻みこまれたことばとともに、わたしはこれからを生きていくのだと、分かった。


「……いまのわたしに言えるのは、ここまでだよ」


 さいごには口で、マザーはそう告げた。

 それを合図に、おしだまっていたフレデリックが、マザーへと歩み寄る。


「それで、マザー。

 この子を、どうしますか?」


 マザーがほほえんだ。


「まずは、勉強をさせておあげ。

 とくべつあつかいをする必要は、ない。あたらしくやってきた子にそうさせるのと同じように、学ばせておあげ。

 それで、わたしに会いたいと言い出したなら、また連れておいで」

 

 マザーが、みずからの指にうつした口付けを、わたしの額へと当てる。


「グレイス。

 グレイスよ。

 まだなにものでもない、グレイスよ。

 無知という幸福のただなかにいる、幼き洞人ドワーフの少女よ。

 そのときに、また会おう」


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