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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.1 The Exodus of Grace/恩寵

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026 到着

 メトロが停止した。


 おまえは眼帯の男のあとにつづいてメトロを降りる。降りたしゅんかんに取り押さえられることののないよう、じゅうぶんに警戒しながら。


 しかし――。

 圧倒とともに、警戒はうしなわれた。


 見たこともないほどに巨大な建造物だった。

 おまえが見上げた天井は半球型になっており、ちょうど巨人がスープ椀をうらがえして重ねたようなかたちだ。中心から放射状に延びた骨格が、そのまま柱となって天井をささえている。天井に手を届かせようとすれば、おまえの背丈を一〇〇倍にもする必要があるだろう。

 線路は、十二もの数が並行に走っており、おまえがいま降りてきたのと合わせて、五台のメトロが停車している。うち二台は出発が間近であるらしく、洞人ドワーフたちが搭乗口にぞろぞろと乗り込んでいるのが分かる。


 ──奴隷じゃない。


 質素な服をまとってはいるが、その洞人ドワーフたちは奴隷特有の緊張と諦念をみじんも感じさせない。ほがらかに談笑し、これから小旅行でもたのしもうとする天人ヒューマンみたいに、どこかうわついている。じっさい、彼らの手には、ボール紙でできた簡素な旅行鞄がにぎられているのだ。


「……あの『乗客』たちは、これから国境へと向かう」


 おまえと視線をかさねるようにしゃがんだ眼帯の男が、説明した。


「行くあてを持たない逃亡奴隷たちは、みな一度この駅へと集められる。体調が復調をとげ、()()()との面談を終えてこれからの方針をさだめたら、あのメトロへと乗り込むのさ。

 つまり、いよいよ自由を手に入れるときだ。

 俺たち地下鉄道ザ・レイルロードの支援者が、合衆国きたにいるんだ。メトロでそこまで届けたあと、一部は合衆国内で就労し、一部は()()()まで向かう」

「カナンの地──?」


 奴隷たちのあいだでささやき交わしていた隠語を、おまえは口にした。

 合衆国よりも安全な地。

 逃亡奴隷の引き渡し要求を突っぱねる、奴隷狩人スレイヴハンターの恐怖からかんぺきに解放された、約束の地。


「そこまでの理想郷ってわけじゃ、ねえけどな。

 合衆国だろうがカナダだろうが、洞人ドワーフがかんぜんに平等に扱われるわけじゃねえ。理想郷の実現までは百年がとこ、かかるだろうよ」


 だがな、と眼帯の男はつづける。


「あの顔を見てみろ。希望に満ちてる。未来を見つめて、じぶんや家族のために努力をかさねる覚悟を持ってる。

 克己と勤勉に身をささげ、夢をひたすらに追いもとめる──あれが、()()()()()ってもんさ。

 俺たちの夢は、あの顔をこの大陸いっぱいに満ちあふれさせることだ」


 おまえの両肩が叩かれる。

 振り返ると、眼帯の男が意外に人懐っこい笑顔を浮かべていた。触れられたことで呼び覚まされた緊張が、その表情を見てほどけていく。


「な。いいとこだろ。

 ここが俺たち地下鉄道ザ・レイルロードが誇る、『主要駅メインステーション』だよ」


 主要駅メインステーション

 リーマス老人が語っていた。目的地を持たない逃亡奴隷は、まずこの場所に向かうのだと。

 しかしまさか、これほどの規模とは思わなかった。おまえは飽きずに天井を眺める。陽が入らないはずなのに、この場所はまるで昼のように明るい。高い天井に、いくつもの電灯がぶら下げられているのをおまえは見た。旦那さまの使うシャンデリアだって蝋燭だったというのに、ここはふんだんに電気をつかっているのだ。


「おい、この便の『乗客』はこの子だけか?」


 ひとりの洞人ドワーフ男が、眼帯の男に話しかけてきた。さきほどメトロのなかにいた洞人ドワーフと同じ服装をしている。紙ばさみと鉛筆を手にし、どうやら『乗客』の名簿をつくっているらしい。

 彼らは、いうなれば駅員なのだろう、とおまえは気づいた。


「そうだ」

「たったひとりのために、メトロを?」

「マザーの指示だ。彼女が、この子に会いたがってる」


 ほう、と男がおまえを振り返る。


「では、この子が」

「そう。例の、『驚くべき少女(アメイジングガール)』だよ」

「そうか……。リーマスの、さいごの『乗客』か……」


 リーマスの名に、おまえの胸がちくりと痛む。

 とうぜんのことだが、このひとたちはリーマス老人を知っているのだ。わたしのせいで、彼が捕まったという事実も、知っているんだろうか。メアリーを死なせてしまったことも、知っているんだろうか。

 だが、彼らの向けてくる視線に、責めるような色はなかった。


「しかし、この子がな。……べつにこれと言って変わったところのない、ふつうの女の子だ。ほんとうにこの子が、預言にあった『後継者』なのかい?」

「さあな」

 眼帯の男が肩をすくませる。

「あの『旧い馬車(オールドチャリオット)』の考えるこたァ、俺には分からんよ」


 旧い馬車(オールドチャリオット)

 その単語を聞いたとたん、おまえの頭のなかに映像がよみがえる。安楽椅子ロッキングチェアに揺られる、銀髪の老女。北をめざしておいで。わたしたちがかならずおまえをつかまえてあげるから。

 おまえのなかに、すべてがよみがえる。

 いままで忘れていた、あの夢を。北を目指して走りつづけるに至った、動機を。


 おまえは拳を握りしめる。

 わたしはあのひとに会わなければならない、と思う。


 と。


「まあ、なんて恰好してるの!」


 もの思いは、ふいに現れた修道服の女によって断ち切られた。

 まだ二十代の半ばとおぼしき若い女だ。天人ヒューマンとしても長身で、目鼻立ちがくっきりとした美女だった。しかしいちばんに目をひくのは、顔にきざまれた赤い入れ墨だ。飾り気のない『A』という文字が、左頬から左眼を超え、眉頭にいたるまでをつらぬいているのだ。抜けるように白い肌と相まって、見るものに目をそむけさせるような痛ましさを抱かせる。おまえも、ちらりと目を向けてからはすぐに視線を右の目へと移した。


 しかし、本人はいっこうにかまわぬようすで、おまえのからだをぱたぱたと撫でまわし、


「あらあらまあまあ! こんなによごれて、こんなに傷をつくって……。

 まずはお風呂ね、それから手当てだわ。破傷風なんてならないといいのだけど。きれいな服はいくらでもつくり置きがあるけれど、時間が時間だから食べものの支度がないわ。あたたかいものをひと口食べて、体温を上げないと。

 さあ行くわよ」

「おいヘス」


 おまえと腕を組んで──というよりはおまえを捕まえて──さっさと行こうとした修道女を、眼帯の男が制止した。


「落ちつけって。まだこの子は義務を果たしてない。マザーに招かれたんだぜ、まずはマザーに会わせてから──」

「なに言ってるのフレデリック、もう片方の目玉まで落っことしてきたわけ?」


 修道女に噛みつかれ、フレデリックと呼ばれた眼帯の男が後ずさる。


「この子を見なさいよ。

 ぼろぼろで、よごれきってて、お腹も減らしてる。こんなにかわいそうな女の子にまで、あなたは『義務を果たさなきゃパンはなしだ』なんて言うわけ? 四人の娘の父親、寛大なるファーザーはどこへ消えたの?」

「頼むよヘス。今回の『車掌』は俺なんだぜ──」

「この駅の『駅長』は私だわ。この駅に着いたからには、私の指示にしたがってもらいます。たとえ相手が、かの、有名な、偉大なる、フレデリック・マーチ様であろうともよ」


 ヘスと呼ばれた修道女が、フレデリックの胸を人さし指で何度もつつく。根負けしたように、フレデリックは両手をあげた。


「……分かった分かった。あんたに任せるよ、ボス」

「それでいいの」


 ヘスの顔が、にっこりとこちらを向いた。

 有無を言わせない笑顔に、おまえの顔が硬直する。


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