025 線路はつづくよどこまでも
地獄にしては、奇妙な場所だった。
目を覚ましたおまえが寝かされていたのは、いやに縦長な部屋だ。すこし固い寝台から身を起こした。からだに伝わってくる振動は、どうやら、じぶんの不調からくるものではないようだ。
いつのまに、家のなかに入れられていたのか。
暖炉もないのに、奇妙にあたたかい。
窓が開いている。
外を眺めると、真っ暗な景色がものすごい速度で流れているように、見えた。
頭がおかしくなったのだろうか、とおまえは思う。
それとも、ここが死後の世界というものなのだろうか。
「やあ、お客さま。お目覚めになりましただか?」
声に振り向く。
洞人の、小柄な成人男性だ。紺色の詰襟制服をばっちりと着込み、頭には平べったい奇妙なかたちの帽子を被っている。きれいにアイロンが掛けられた服装は、彼がその職業を誇っていることをあきらかにしていた。
「それではひとつ、切符を拝見」
制服の男が、手のひらを差し出してくる。
切符。
聞き慣れないひびきの単語だった。おまえは、わずかに首をかしげてみせる。そんなものを受け取った覚えはないし、差し出せと言われても、どうしていいか分からない。
「おや、あんた。さては汽車を知らないだな?」
制服の男が、鼻白んだようすで肩をすくめた。
「こりゃつまらねえだ。せっかくの冗談が通じねえときた」
「ここは……汽車のなか?」
「んだ」
「わたしはどうしてここに? あなたは誰? それに、あの死神は……」
「死神? おやま、あんたずいぶん寝ぼけてるだね! トムのやつめ、なーんにも教えてあげなかっただな!」
トム。
また聞いたことのない名だった。
「ま、それならそれでいいだよ」
制服の男が背を向ける。
「コーヒーの一杯でも飲むだか? いま湯を沸かし──」
いまだ、とおまえは判断する。
すべるように寝台を降りると、床を蹴って低く跳び、ひと呼吸のうちに制服の男の背後へと迫った。手斧を短く持ち、男の喉元へと刃を突きつける。
「あらま」
男が呑気な口調で言う。
「ねえ、正直に答えて。
ここは、ほんとうはどこなの?」
「だから、汽車の中だよ」
「嘘はやめて」
おまえは、刃をさらに喉元へと押しつけた。皮一枚で、動脈を切り裂ける位置だ。
「いくらなんでもおかしい。
夜だからって、月の明るい季節なんだから、こんなに窓の外が真っ暗なはずはない。
それに──汽車なら、煙のにおいがあるし、顔に煤が付くはず。窓が開いているのに、わたしもあなたも、顔がきれいすぎる。
ここは、汽車の中なんかじゃない」
そう。
ここは、あまりに不自然だった。
南部にも、汽車は走っている。
でもそれは、かなり大きな都会に限られる話だ。おまえが住むような農場地帯からは、かなり距離を隔てている。まして、おまえは人里をなるべく避けるように走ってきた。汽車の通るような町からは、さらに遠ざかっていたはずだ。
それに、こんなに大きな個室を持つ汽車など、聞いたこともない。
洞人が客の前ではたらいている汽車など、聞いたことがない。
逃亡奴隷の少女を連れ込んでおいて、なんの騒ぎにもならない汽車など、ありうるはずがないのだ。
制服の男は、両手を上げた。
降参、とでも言いたげな風情だ。
「……こりゃたまげた。ずいぶんと勘のいい娘っ子だ。
だがね、半分当たりで、半分外れってとこだな」
「半分?」
主導権を渡さぬよう、手斧を持つ手を強く握りなおしてから、おまえは問いかえす。
「今は夜じゃない。それは合ってる。
煙のにおいがない。それも合ってる。
ここは汽車の中じゃない。それも合ってるだ。
……正確に言えば、ここは、『メトロ』の中だよ」
「メトロ……?」
「わしらはそう呼んでるだ。ほれ、窓をのぞいて、外をよーく見てみるだよ」
机のうえのランプを男が指さした。
男に背を向けないよう、すばやくランプを手に取った。男から視線を外さぬまま、ランプを窓に近づけ、そっと外を盗み見た。
窓の外、数フィートていどを隔てて、流れていたのは──
ごつごつとした、岩肌だ。
「ここは──洞窟のなかなの?」
「んだ」
男がにっこりと笑った。
「地下六十五フィートに掘られた穴の中を、このメトロは走ってるだ。
もっというなら、蒸気のにおいがしないのも、地下で煙を出して窒息するわけにいかねえからだ。
だからこのメトロは、電気の力で走ってる。汽車っていうよりも、電気機関車とでも呼んだほうが正しいだな」
電気の力、だって?
それではまるで、
「エジソン社みたい……」
「お、よく知ってるだな」
制服の男はいともかんたんに首肯した。
「そのとおり、このメトロはエジソン・エレクトロニクスから提供された、北部でも最新の技術だよ。まだ、合衆国内でも、軍事用途にしか実用化されてないって言ってただな。わしらはこれを、二十年がとこ前から使わしてもらってるだ。ま、エジソンさんのご厚意ってとこだな。
こんな代物を持ってるおかげで、わしらも、いつの間にかこう呼ばれるようになっただ──」
「──秘密結社、『地下鉄道』」
現れた眼帯の男が、あとを引き取った。
無精ひげと乱暴にくくった長髪がむさ苦しい、痩せた天人の男だ。愛想のない歪んだ唇が、皮肉っぽい笑みをかたちづくっている。
「ようこそ、グレイス。……マザーが、きみをお待ちだ」




