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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.1 The Exodus of Grace/恩寵

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025 線路はつづくよどこまでも

 地獄にしては、奇妙な場所だった。


 目を覚ましたおまえが寝かされていたのは、いやに縦長な部屋だ。すこし固い寝台から身を起こした。からだに伝わってくる振動は、どうやら、じぶんの不調からくるものではないようだ。

 いつのまに、家のなかに入れられていたのか。

 暖炉もないのに、奇妙にあたたかい。


 窓が開いている。

 外を眺めると、真っ暗な景色がものすごい速度で流れているように、見えた。


 頭がおかしくなったのだろうか、とおまえは思う。

 それとも、ここが死後の世界というものなのだろうか。


「やあ、お客さま。お目覚めになりましただか?」


 声に振り向く。

 洞人ドワーフの、小柄な成人男性だ。紺色の詰襟制服をばっちりと着込み、頭には平べったい奇妙なかたちの帽子を被っている。きれいにアイロンが掛けられた服装は、彼がその職業を誇っていることをあきらかにしていた。


「それではひとつ、切符を拝見」


 制服の男が、手のひらを差し出してくる。


 ()()

 聞き慣れないひびきの単語だった。おまえは、わずかに首をかしげてみせる。そんなものを受け取った覚えはないし、差し出せと言われても、どうしていいか分からない。


「おや、あんた。さては汽車を知らないだな?」

 制服の男が、鼻白んだようすで肩をすくめた。

「こりゃつまらねえだ。せっかくの冗談が通じねえときた」


「ここは……汽車のなか?」

「んだ」

「わたしはどうしてここに? あなたは誰? それに、あの死神は……」

「死神? おやま、あんたずいぶん寝ぼけてるだね! トムのやつめ、なーんにも教えてあげなかっただな!」


 トム。

 また聞いたことのない名だった。


「ま、それならそれでいいだよ」

 制服の男が背を向ける。

「コーヒーの一杯でも飲むだか? いま湯を沸かし──」


 ()()()、とおまえは判断する。


 すべるように寝台を降りると、床を蹴って低く跳び、ひと呼吸のうちに制服の男の背後へと迫った。手斧を短く持ち、男の喉元へと刃を突きつける。


「あらま」


 男が呑気な口調で言う。


「ねえ、正直に答えて。

 ()()()()()()()()()()()()?」

「だから、汽車の中だよ」

「嘘はやめて」


 おまえは、刃をさらに喉元へと押しつけた。皮一枚で、動脈を切り裂ける位置だ。


「いくらなんでもおかしい。

 夜だからって、月の明るい季節なんだから、こんなに窓の外が真っ暗なはずはない。

 それに──汽車なら、煙のにおいがあるし、顔にすすが付くはず。窓が開いているのに、わたしもあなたも、顔がきれいすぎる。

 ()()()()()()()()()()()()()()


 そう。

 ここは、あまりに不自然だった。


 南部にも、汽車は走っている。

 でもそれは、かなり大きな都会に限られる話だ。おまえが住むような農場地帯からは、かなり距離を隔てている。まして、おまえは人里をなるべく避けるように走ってきた。汽車の通るような町からは、さらに遠ざかっていたはずだ。

 それに、こんなに大きな個室を持つ汽車など、聞いたこともない。

 洞人ドワーフが客の前ではたらいている汽車など、聞いたことがない。

 逃亡奴隷の少女を連れ込んでおいて、なんの騒ぎにもならない汽車など、ありうるはずがないのだ。


 制服の男は、両手を上げた。

 降参、とでも言いたげな風情だ。


「……こりゃたまげた。ずいぶんと勘のいい娘っ子だ。

 だがね、半分当たりで、半分外れってとこだな」

「半分?」


 主導権を渡さぬよう、手斧を持つ手を強く握りなおしてから、おまえは問いかえす。


「今は夜じゃない。それは合ってる。

 煙のにおいがない。それも合ってる。

 ここは汽車の中じゃない。それも合ってるだ。

 ……正確に言えば、ここは、『メトロ』の中だよ」

「メトロ……?」

「わしらはそう呼んでるだ。ほれ、窓をのぞいて、外をよーく見てみるだよ」


 机のうえのランプを男が指さした。

 男に背を向けないよう、すばやくランプを手に取った。男から視線を外さぬまま、ランプを窓に近づけ、そっと外を盗み見た。

 窓の外、数フィートていどを隔てて、流れていたのは──

 ごつごつとした、岩肌だ。

 

「ここは──洞窟のなかなの?」

「んだ」


 男がにっこりと笑った。


「地下六十五フィートに掘られた穴の中を、このメトロは走ってるだ。

 もっというなら、蒸気のにおいがしないのも、地下で煙を出して窒息するわけにいかねえからだ。

 だからこのメトロは、()()()()で走ってる。汽車っていうよりも、()()()()()とでも呼んだほうが正しいだな」


 電気の力、だって?

 それではまるで、


「エジソン社みたい……」

「お、よく知ってるだな」

 制服の男はいともかんたんに首肯した。


「そのとおり、このメトロはエジソン・エレクトロニクスから提供された、北部でも最新の技術だよ。まだ、合衆国内でも、軍事用途にしか実用化されてないって言ってただな。わしらはこれを、二十年がとこ前から使わしてもらってるだ。ま、エジソンさんのご厚意ってとこだな。

 こんな代物を持ってるおかげで、わしらも、いつの間にかこう呼ばれるようになっただ──」


「──秘密結社、『地下鉄道アンダーグラウンド・レイルロード』」


 現れた眼帯の男が、あとを引き取った。

 無精ひげと乱暴にくくった長髪がむさ苦しい、痩せた天人ヒューマンの男だ。愛想のない歪んだ唇が、皮肉っぽい笑みをかたちづくっている。


「ようこそ、グレイス。……()()()が、きみをお待ちだ」


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