021 告白
帰り道は、どちらからともなく、手をつないでいた。
いっしゅんいっしゅんを、おまえは、胸にきざんでいた。
メアリーの手がしっとりと汗ばみ、そのことを恥じるようにすぼまるのを、おまえが逃がさないように握りしめる。固くなった手のひらが、やがて弛緩し、おまえの手のひらに馴染んでいく。爪をこする。指先でつつく。そのたびに、すこし震えが返ってくる。意を決したように、また、握りかえされる。ちいさないたずらを咎めるようにも、高揚につきうごかされたようにも、思えた。
手の先の感覚だけが、すべてだった。
むさぼるように、おまえは熱を、感触を、味わった。
ひとこともなく、しずかに手をつないで歩いているだけだった。
なのに、これほど雄弁な交歓は、ほかにない。おまえは隣を歩くメアリーの顔を、見てみることができなかった。目を合わせたら、このひそやかな愉しみは、恥じらいに敗れてしまうだろうから。
いまはただ、すこしでも長く。
おまえはそう願っていた。
ふたりが我に返ったのは、リーマス老人の家にたどり着く直前のことだ。
さっと、顔が青ざめた。
隣のメアリーを覗くと、その顔も、硬直していた。それで、おまえは悟ったのだ。これが異常事態であると。ほんらいありうべき事態ではないのだと。
家の周りには、白衣をまとった男たちがいた。
あかあかと暴力的に燃える松明を掲げ、十五フィートもの高さの十字架を持っている。一様に白衣をまとっていて、その帽子は古くから伝わるあのかたちをしている。
すなわち、三角帽。
白衣。
松明。
十字架。
そして、三角帽。
まちがいなかった。
「……KKKだ」
おまえがひとりごちる。
その声を聞きつけたわけでもなかろうに、KKKの男たちがこちらを振り向いた。
三角帽は、覆面を兼ねている。非人間的なまでの無表情さのなかから、悪意に満ちたまなざしが、まっすぐにこちらを突き刺した。おまえの胸に恐慌が湧き上がりはじめる。
見られた。
見られた見られた見られた、見つかってしまった――。
歩を止めようとしたおまえを、メアリーがつないだ手をそのままに引っぱっていく。
足取りを、ゆるめない。
どんどんと、KKKの連中に近づいていく。すでに百五十フィートもの距離まで、近づいていっている。
「ちょっと。どうして――」
「このまま歩いて」
前を向いたまま、メアリーは小声でささやいた。
「見られたとたんに逃げ出したら、やましいことがあると大声で叫んでいるようなものよ。平静をよそおって。このままふつうに歩いていって、なにも知らない自由洞人のふりをする。あなたも同じ」
「でも――」
「だいじょうぶ。私たちは何度も訓練をしたから。きっと言いのがれてみせる。それに……お祖父さまがいるわ」
言われて、おまえは目を凝らす。
KKKの白衣のあいだに、ひときわちいさい、リーマス老人の影があった。深夜の来訪に困惑した小市民の顔をしている。従順でおろかな洞人をよそおって、こちらを指さし、なにかを説明しているようだった。その声が風に乗ってかすかに聞こえてくる。
「あれが孫娘たちだ。わしらは三人家族でしてな――」
「ほら」
メアリーは言う。
「お祖父さまが、なんとか言いのがれてくれてる。だいじょうぶ。私たちの正体がばれるわけがないの。きっと、なにか聞き込みをしにきただけだわ。よくあるのよ。逃亡奴隷の情報をあつめて、KKKが話を聞きに来るっていうのは。連中が探しているのは私たちじゃないわ。天人を傷つけたりした、凶悪な逃亡奴隷を探すのに、忙しいんだから」
ああ、とおまえは思う。
どうしよう。
「もうすぐよ。準備はいい?
私がおろかで呑気な洞人むすめのふりをするから、うまく合わせて。だいじょうぶ、私ならやれるわ。あれほど練習したんだもの……きっと、だいじょうぶ」
だめだ、とおまえは思う。
ここで決断しなければ、ならない。
「なんとか、自由身分証明書の提示をもとめられずに済めば、切り抜けられる。
なにも喋らず、なにもよけいな行動を起こさないで。なにも分からず、姉にしたがう妹のふりをするの。私の言うとおりにして。だいじょうぶ。私が守るからね、グレイス」
KKKの顔が見えてきた。
いぶかしむ顔。なにか手元の資料と、わたしたちを見比べている。
いましかない、とおまえは思う。
おまえは、
メアリーの手をぎゅっと掴んだまま、
きびすを返し、駆け出した。
「ちょっ」
メアリーの驚愕と非難に満ちた声をかき消すように、KKKの怒号が響きわたった。
「逃すな! むすめどもを捕らえろ!」
走った。
メアリーを引きずるように、走っていた。なんどかリーマス老人を振り返っていたメアリーも、あとを追ってくるKKKが筆杖で授文をしはじめたのを見て、頭を引っ込めるように全力疾走へと加わった。
ふたりで、駆けた。
ただ、駆けた。
「どうして――」
きれぎれになる息のなかで、短い単語だけがおまえの耳に届いた。
どうして、いきなり逃げだしたの。
どうして、お祖父さまを見捨てたの。
どうして、私を信じてくれなかったの。
つづくことばがどれであっても、おまえには、堪えがたいものになっただろう。
思考をふりはらうように、ただ、走った。
*
「――どうしてっ!」
森のなかに逃れてしばらく経った。
追ってくる足音を、ようやく撒いた。おまえが、木の陰にかくれてようすをうかがっていると、荒い息をようやくととのえ終えたメアリーが、おまえを怒鳴りつけていた。
メアリーは、ひどい恰好だった。
ケープはどこかで落としてきていたし、枝で寝間着のあちらこちらにかぎ裂きができている。木靴のかたほうはどこかに落としてきてしまっていたらしく、裸足のうらについた傷が、痛々しい。
おまえは木綿のスカートの一部を裂くと、その足に巻こうと近づいた。
「近づかないで!」
ヒステリックな叫び声。
おまえは、なだめるように「メアリー、足が」とくりかえした。しかし耳に入らないらしく、メアリーは豊かな黒髪をくしゃくしゃとかき混ぜて、もだえた。
「いったい、どうしてなの……?」
かすかに震えながら、メアリーは問う。
「任せてって言ったじゃない……? だいじょうぶだって言ったじゃない……? よけいな行動はしないで、私の言うとおりにしてって、言ったじゃない……? なんで、あんなふうに逃げたの? なんで、あんなふうに逃げる必要があったの?」
「メアリー……」
「お祖父さまが!」
急に、メアリーは声を張り上げる。
いっしゅんごとに、混乱を強めていくようだった。
「お祖父さまが……あのままじゃ、KKKに捕らわれる……。
きっと、家捜しをされるわ。……あの地図が見つかったら! ああ、あんな地図をつくらなければよかった……私のせいだわ……私のせいで、お祖父さまが……お祖父さま……」
おまえは、布地を持ったままに、立ち尽くした。
なにも、言えなかった。
「ねえ、どうして……?」
メアリーが、こちらを向く。
おまえはとっさに目を逸らし、そうすべきでなかったことに、すぐ気が付いた。メアリーは、おまえがなにかを訊かれまいとしていると察し、すぐ、おまえの腕へとすがりついてきた。
「どうして? なにか理由があるのよね? あなたはあそこで、ああするしかなかったのよね?
ねえ、教えて? 私に教えて?
どうしてあなたは、逃げなければならなかったの? どうして、KKKに顔を合わせることができなかったの?」
「わたしは――」
「あなたは?」
「……わたしは」
わたしは、
天人を、
殺そうとした。
そのことばを、やっとの思いで、ひねり出した。




