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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.1 The Exodus of Grace/恩寵

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021 告白

 帰り道は、どちらからともなく、手をつないでいた。


 いっしゅんいっしゅんを、おまえは、胸にきざんでいた。

 メアリーの手がしっとりと汗ばみ、そのことを恥じるようにすぼまるのを、おまえが逃がさないように握りしめる。固くなった手のひらが、やがて弛緩し、おまえの手のひらに馴染んでいく。爪をこする。指先でつつく。そのたびに、すこし震えが返ってくる。意を決したように、また、握りかえされる。ちいさないたずらを咎めるようにも、高揚につきうごかされたようにも、思えた。

 手の先の感覚だけが、すべてだった。

 むさぼるように、おまえは熱を、感触を、味わった。


 ひとこともなく、しずかに手をつないで歩いているだけだった。

 なのに、これほど雄弁な交歓こうかんは、ほかにない。おまえは隣を歩くメアリーの顔を、見てみることができなかった。目を合わせたら、このひそやかな愉しみは、恥じらいに敗れてしまうだろうから。


 いまはただ、すこしでも長く。


 おまえはそう願っていた。


 ふたりが我に返ったのは、リーマス老人の家にたどり着く直前のことだ。

 

 さっと、顔が青ざめた。

 隣のメアリーを覗くと、その顔も、硬直していた。それで、おまえは悟ったのだ。これが異常事態であると。ほんらいありうべき事態ではないのだと。


 家の周りには、白衣をまとった男たちがいた。

 あかあかと暴力的に燃える松明を掲げ、十五フィートもの高さの十字架を持っている。一様に白衣をまとっていて、その帽子は古くから伝わるあのかたちをしている。

 すなわち、三角帽。


 白衣。

 松明。

 十字架。

 そして、三角帽。


 まちがいなかった。


「……()()()だ」


 おまえがひとりごちる。

 その声を聞きつけたわけでもなかろうに、KKKの男たちがこちらを振り向いた。

 三角帽は、覆面を兼ねている。非人間的なまでの無表情さのなかから、悪意に満ちたまなざしが、まっすぐにこちらを突き刺した。おまえの胸に恐慌が湧き上がりはじめる。


 見られた。

 見られた見られた見られた、見つかってしまった――。


 歩を止めようとしたおまえを、メアリーがつないだ手をそのままに引っぱっていく。

 足取りを、ゆるめない。

 どんどんと、KKKの連中に近づいていく。すでに百五十フィートもの距離まで、近づいていっている。


「ちょっと。どうして――」

「このまま歩いて」

 前を向いたまま、メアリーは小声でささやいた。


「見られたとたんに逃げ出したら、やましいことがあると大声で叫んでいるようなものよ。平静をよそおって。このままふつうに歩いていって、なにも知らない自由洞人フリードワーフのふりをする。あなたも同じ」

「でも――」

「だいじょうぶ。私たちは何度も訓練をしたから。きっと言いのがれてみせる。それに……お祖父さまがいるわ」


 言われて、おまえは目を凝らす。

 KKKの白衣のあいだに、ひときわちいさい、リーマス老人の影があった。深夜の来訪に困惑した小市民の顔をしている。従順でおろかな洞人ドワーフをよそおって、こちらを指さし、なにかを説明しているようだった。その声が風に乗ってかすかに聞こえてくる。


「あれが孫娘たちだ。わしらは三人家族でしてな――」

 

「ほら」

 メアリーは言う。

「お祖父さまが、なんとか言いのがれてくれてる。だいじょうぶ。私たちの正体がばれるわけがないの。きっと、なにか聞き込みをしにきただけだわ。よくあるのよ。逃亡奴隷の情報をあつめて、KKKが話を聞きに来るっていうのは。連中が探しているのは私たちじゃないわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()を探すのに、忙しいんだから」


 ()()、とおまえは思う。

 どうしよう。


「もうすぐよ。準備はいい?

 私がおろかで呑気な洞人むすめ(ピカニニイ)のふりをするから、うまく合わせて。だいじょうぶ、私ならやれるわ。あれほど練習したんだもの……きっと、だいじょうぶ」


 ()()()、とおまえは思う。

 ここで決断しなければ、ならない。


「なんとか、自由身分証明書の提示をもとめられずに済めば、切り抜けられる。

 なにも喋らず、なにもよけいな行動を起こさないで。なにも分からず、姉にしたがう妹のふりをするの。私の言うとおりにして。だいじょうぶ。私が守るからね、グレイス」


 KKKの顔が見えてきた。

 いぶかしむ顔。なにか手元の資料と、わたしたちを見比べている。


 ()()()()()()、とおまえは思う。

 

 おまえは、

 メアリーの手をぎゅっと掴んだまま、

 きびすを返し、駆け出した。


「ちょっ」


 メアリーの驚愕と非難に満ちた声をかき消すように、KKKの怒号が響きわたった。


()()()! ()()()()()()()()()()!」


 走った。

 メアリーを引きずるように、走っていた。なんどかリーマス老人を振り返っていたメアリーも、あとを追ってくるKKKが筆杖ペン授文スペリングをしはじめたのを見て、頭を引っ込めるように全力疾走へと加わった。

 ふたりで、駆けた。

 ただ、駆けた。


「どうして――」


 きれぎれになる息のなかで、短い単語だけがおまえの耳に届いた。


 どうして、いきなり逃げだしたの。

 どうして、お祖父さまを見捨てたの。

 どうして、私を信じてくれなかったの。


 つづくことばがどれであっても、おまえには、堪えがたいものになっただろう。


 思考をふりはらうように、ただ、走った。


 *


「――どうしてっ!」


 森のなかに逃れてしばらく経った。

 追ってくる足音を、ようやくいた。おまえが、木の陰にかくれてようすをうかがっていると、荒い息をようやくととのえ終えたメアリーが、おまえを怒鳴りつけていた。


 メアリーは、ひどい恰好だった。

 ケープはどこかで落としてきていたし、枝で寝間着のあちらこちらにかぎ裂きができている。木靴のかたほうはどこかに落としてきてしまっていたらしく、裸足のうらについた傷が、痛々しい。

 おまえは木綿のスカートの一部を裂くと、その足に巻こうと近づいた。


「近づかないで!」


 ヒステリックな叫び声。

 おまえは、なだめるように「メアリー、足が」とくりかえした。しかし耳に入らないらしく、メアリーは豊かな黒髪をくしゃくしゃとかき混ぜて、もだえた。


「いったい、どうしてなの……?」

 かすかに震えながら、メアリーは問う。

「任せてって言ったじゃない……? だいじょうぶだって言ったじゃない……? よけいな行動はしないで、私の言うとおりにしてって、言ったじゃない……? なんで、あんなふうに逃げたの? なんで、あんなふうに逃げる必要があったの?」

「メアリー……」

「お祖父さまが!」


 急に、メアリーは声を張り上げる。

 いっしゅんごとに、混乱を強めていくようだった。


「お祖父さまが……あのままじゃ、KKKに捕らわれる……。

 きっと、家捜やさがしをされるわ。……あの地図が見つかったら! ああ、あんな地図をつくらなければよかった……私のせいだわ……私のせいで、お祖父さまが……お祖父さま……」


 おまえは、布地を持ったままに、立ち尽くした。

 なにも、言えなかった。


「ねえ、どうして……?」

 メアリーが、こちらを向く。

 おまえはとっさに目を逸らし、そうすべきでなかったことに、すぐ気が付いた。メアリーは、おまえがなにかを訊かれまいとしていると察し、すぐ、おまえの腕へとすがりついてきた。


「どうして? なにか理由があるのよね? あなたはあそこで、ああするしかなかったのよね?

 ねえ、教えて? 私に教えて?

 どうしてあなたは、逃げなければならなかったの? どうして、KKKに顔を合わせることができなかったの?」

「わたしは――」

「あなたは?」

「……わたしは」


 わたしは、

 天人ヒューマンを、

 殺そうとした。


 そのことばを、やっとの思いで、ひねり出した。

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