表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.1 The Exodus of Grace/恩寵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/110

014 逃亡奴隷は芋を盗む

 *


 とにかく、食べものを腹に入れなければならない。

 空腹は主張をやめていたが、もはやサインを出す体力もないだけなのだと、おまえには分かっていた。なにかを食べなければならない。腹が減るからではなく、死なないために。


 じぶんがいかに甘えた環境にいたのかを、思い知った。


 奴隷の身の上を、悲観するべきではなかった。

 すくなくとも、あの頃は日に二食のとうもろこし粥(マッシュ)にありつけていたのだ。満腹を味わうことなどなかったとしても、飢え死にしそうになることもなかった。それだけでも、じゅうぶんだったのだ。


 おまえは、森のなかから這い出た。


 人里はなるべく避けていたけれども、もはや選択肢はない。天人ヒューマンに見つかる危険を冒すことは分かっていた。しかし、それよりもこの空腹をしのがねば、という思いがまさった。


 夜の農場へと、おまえは近づく。

 ちいさな農場だ。おまえがはたらいていたような大農場プランテーションとは、くらべものにならない。この規模なら、つかえる奴隷も数人だろう、とおまえは踏んだ。となれば、夜を徹して見張りを立てることは難しい。


 野菜を、盗める。


 盗みの罪に怯えるこころなど、もはやおまえは持ち合わせていない。とにかく生きねばならない。死ねば地獄が待ち受けている。生きるしか、おまえには道はない。


 農場の片隅に、小屋がある。

 灯りが漏れている。明け方まではまだ時間があった。夜なべをしているであろう天人ヒューマンらが、家を出てくるまでは、すこし猶予がある。


 いまなら──。


 おまえは、そっと畑へと近づいた。


 こういった家族経営の農場では、おもに綿花を育てている。トウモロコシ、麦、ジャガイモといった作物は、あくまで、家族や奴隷たちが食いつなぐための副次的なものにすぎない。

 毎朝すこしずつもぎ取っては使うことができるよう、こういった畑は家に近い。


 それだけに、野菜泥棒は露見しやすいのだ。


 草葉を踏む音をなるべく立てないよう、おまえは慎重に時間をかけてにじり寄った。トウモロコシやキャベツのように、もぎ取れる野菜があればいちばんいい。そう思ったが、目のまえに広がっていたのは、ジャガイモの畑だった。


 春を迎えたばかりだ。

 収穫時期はまだ二ヶ月も先だ。夜の冷え込みもきびしく、ジャガイモはおそらくまだちいさい。だが、贅沢は言っていられない。


 成長が早い葉に目をつけると、手のひらで掘りはじめた。

 しもで固まった土に、素手でいどむのは辛かった。やがて思い出し、腰に挟んでいた手斧を引っ張り出す。刃末を立てるようにして、シャベル代わりに掘り進んだ。


 音には構っていられない。

 掘りはじめたら、どうやっても音は止められない。とにかく急ぐことだ。誰かが、夜闇のなかの物音を聞きつけて、調べに出てくるまえに、掘り終えてしまわなければ。


 土のなかに、ジャガイモの肌がちらりと光って見えた。

 さらに掘りすすめると、いくつかの小ぶりな芋と、芋づるを見つけることができた。急ぎながらも、つるを傷つけないよう慎重に掘りすすむ。つるが千切れてしまえば、芋の一つひとつを掘り起こさなければならなくなり、けっきょくは時間がかかってしまうからだ。

 闇のなかで、芋づるは見うしないやすい。

 いつしかおまえは夢中になっていた。


「だれ?」


 声をかけられるまで、気がつかなかった。


 完全な失態。おまえが顔をあげると、小屋の脇で少年がランプを顔の脇まで寄せて、こちらを見ていた。一五〇フィートも離れていない。いっしゅん手を止め、すぐにおまえはまた一心不乱に掘りはじめた。


「……父ちゃん、イモ泥棒だ!」


 少年のさけび声がおまえに届く。おまえは芋づるを引き抜き、その先にいくつ付いているかを確かめる余裕もないまま、きびすを返した。


「盗っ人の泥んぼ(ディガー)だよ!」


 背中で少年の声が響いている。すぐに他の足音が混じり、緑色の光がおまえの後方から射した。


 すんでのところで、頭を引っ込められた。

 おまえの頭上を、真述ロジックの炎が通りすぎていく。炎は二発、三発とつづき、目のまえの草葉に当たっては、燃えひろがるでもなく瞬時に鎮火する。生きものを殺すためだけに生み出された、緑色の炎だ。


 つんのめるように走る。

 森のなかに戻れれば、ひとまず撃たれるおそれは減る。樹々のつらなりがおまえを守ってくれるだろう。


 あと数歩で樹々の元に駆け込める。

 そのときだった。


「い……っ──!」


 太ももに灼熱が走る。

 当たった。認識が痛みよりも早く脳髄を叩いた。当たった。当てられた。傷の具合は? まだ走れるのか? 走っていてだいじょうぶなのか? まだ一歩はいけるか? 倒れ込まずにいられるか?

 つぎつぎと泡のように浮かんでくる疑問の、答え合わせをするように走った。


 樹々へと、たどり着く。

 速度を緩めることなく走りつづけた。背中のほうで野太い声が聞こえた。


「待ちやがれ! 汚らしい泥んぼ(ディガー)の糞餓鬼めが!」


 背中を、殴られたような心地だった。

 しかし、足音が追ってくることはなかった。


 張り出した木の根を飛び越え、倒れた枯木を乗り越えた。太い幹を瞬時に見てとると、その陰へと隠れる。

 森の外からの視線はもう届かない。

 そのことを確かめてから、太ももの傷に目をやった。


 焦げていた。

 肌が黒ずみ、炭化したようになっている。とっさに煤を払うと、激痛が走った。こめかみをずきずきと打ち鳴らしている鼓動が、傷の痛みからくるものだと気づいた。どうすることもできないまま、ただ、苦痛の頂点が過ぎ去るのを待った。


 痛い。痛い。痛い。

 ちくしょう。ちくしょう。


 罵りの声を、口のなかで何度もくりかえす。

 罰当たりなことばを口に出すことに、おまえは慣れていない。けれども、このときは、そうやって世界を呪うことが正しいように思えた。


 痛みが、ようやくましになる。

 消えてなくなりはしない。膝を曲げ伸ばししてみる。さほど痛みの大きさは変わらない。なんとか走りつづけられそうだ。


 ようやく、思い出す。

 おまえは先ほどまで固く握りしめていた芋づるを、眺める。


 ほとんどのイモが、逃げる途中に落っこちてしまったか、土のなかに置き去りにされてしまっていたようだ。残されていたのは、ひと口でほおばってしまえるような、小粒のイモがふたつきり。


 こんなもののために──。


 怒りのままに投げ捨ててしまいたくなる衝動を、すんでのところで押し殺した。

 おまえは、芋づるから切り離した二つを、ろくに土を払うこともせずに、口へと放り込んだ。


 土の味が舌にこびりつく。

 お構いなしに噛み締めると、しゃくしゃくとした食感のなかに、イモの確かな甘みを感じた。


 涙が出た。

 うまかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ