012 あのおじいさんが連れていってくれる
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奴隷に逃げられたことがわかると、主人はまず、周囲一帯の農場へと報せを出す。
使者となった使用人がまっさきに目指すのは、酒場だ。
一日ぶんの労働を終えて、一杯ひっかけていた農家連中は、逃亡奴隷の年齢、特徴、背恰好を知ると、すぐさま酒を切り上げ、自宅へと戻っていく。三代前から使っている古ぼけた筆杖と、鍛え上げた犬とを連れ、奴隷追跡人へと鞍替えするのだ。
何日かのあいだ、くりかえされる農作業のわずらわしさは、狩りの高揚へととってかわる。
兎や鹿を狩る悦びは、南部では、貴族だけに許された娯楽だ。
貧乏天人らは、逃亡奴隷を狩って楽しむ。
しばしのあいだ、資金繰りや収穫量への不安を忘れ、犬や仲間とともに洞人を追いまわすことができる。うまく捕まえられれば、たんまりと酒代をはずんでもらえる望みもあるから、口うるさい女房に止められる心配もない。
ふだん、ぎりぎりの生活を強いられている貧乏天人にとって、気晴らしとこづかい稼ぎを兼ねた、最上の娯楽。一年に何度かとりおこなわれる、最高のお祭りさわぎ。
それが、奴隷追跡なのだ。
ただし。
ひとりの追跡人が、このたのしみに没頭していられるのは、数日が限度だ。追跡行が一週間を超えるとなれば、成果の出ない狩りに飽きもくるし、女房にまかせている農場のようすもさすがに気になってくる。逃亡奴隷を追っているあいだに、じぶんの農場から奴隷に逃げられたなんてことになったら、笑い話にもならなくなるだろう。そんな気がかりが増えはじめると、切りあげどきというわけだった。
仲間うちの誰かが、そろそろ俺は帰ろうかなと言い出したら、女房が怖いのかと囃しながらも、ありがたく便乗させていただく、ということになる。
なかには、執念ぶかいものもいる――今年はしっかりトウモロコシ畑を耕やさなかっただとか、昨年仲買人に前借りをしてしまっていただとか、ポーカーに負け越しているだとか、そういう事情に追いたてられている天人だ。
しかしそうした連中も、州境がさいごの足どめとなる。
一般の奴隷追跡人が、州境を無許可で越えて奴隷を追うことは、認められていない。正確に言えば、捕まえた奴隷を州境をまたいで連れ帰ることが、許されていないのである。
つまり。
逃亡奴隷にとっては、州境を越えられるか否かが、ひとつの鍵となる。
州境を越えれば、ひと息つける。
州境を越えれば、望みをつなげる。
そういった知識は、奴隷のあいだで共有されている。
グレイスよ、おまえも例に漏れない。しかし、どうしたら州境を見きわめられるのか、おまえは知らなかった。
地図のごとく、州境に線がひかれているはずもない。
おまえのような逃亡奴隷が行くのは森のなかと相場が決まっているから、州道のように検問所の存在でそれと知れるわけでもない。
じぶんがいまどこにいるのか、どのぐらいゆけば州境にたどり着けるのか、おまえには、まるで分からない。
ほんとうは、事前にきっちりと支度をしておかねばならなかったのだ。
奴隷であるあいだに、どこかで金を握らせて地図を見るのだ。じぶんの住む農場が州のどのあたりに位置しており、州境までは北に何マイルあるのか、調べをつけておく。いざ逃げ出してからは、歩数を忘れずに数えればよい。北斗七星を目指し、北へまっすぐすすむことさえできていれば、じぶんの位置を見うしなうことなどない。
だが、こんな贅沢は、おまえには望むべくもなかった。
おまえに許されたのは、空を見上げることだけだ。
北斗七星を、北極星を、見つめることだけだ。
走るしかなかった。
ただ、北へ。
当てがあるわけではない。とにかく北を目指せ、というのが逃亡奴隷の掟であることは知っていた。
それしか、知らなかった。
*
夜闇への恐怖は、ふた晩めに消えた。
闇は味方だった。すがたを覆い、足音を呑みこんでくれる。わずかな月光に、おまえの黒い肌が照らし出されることもない。
さいしょのうちは、風の音を追手の足音と聞きまちがえることもあったし、暗闇のなかから今にも白い腕が伸びてくるのではないかと、総毛立ったこともあった。くらがりのなかに、得体の知れない悪魔が潜んでいるのではないかという子供じみた恐れすらもよぎった。
それもしだいに、薄れていった。
ほんとうに怖いのは、眠りに落ちるときだ。
夜が白みはじめ、太陽が地平線の向こうから顔を覗かせはじめると、おまえは走るのをやめ、手近な樹へをのぼるか、穴ぐらを見つけて身を横たえた。ひと晩走りとおした疲労や、慢性化した空腹が、おまえを眠りへとひっぱるその瞬間、記憶が雷に照らしだされるように、意識のなかへとひらめくのだ。
血。
母の血。
旦那さまの血。
じぶんのせいで流された、
あるいは、じぶんの手によって流された、あの赤色。
湧きあがる恐慌を、けんめいに押しもどした。のぼりはじめた朝日にかがやく草葉の露をにらみ、必死にあの赤を塗りつぶそうと努めた。
荒れくるう心臓の音を、白い悪魔どもに聞きつけられぬよう、黒い天使たちに見やぶられぬよう。
祈ることは、もうできなかった。
あの流血を、神さまは決して許さないだろう。わたしはもう、祝福の元にはない。天国の門が、わたしのまえに開かれることはない。お母さんとおなじ場所に行くことは、もう、できない。
そういうあきらめが過ぎると、ようやく、眠ることができた。
走りはじめて三日を過ぎると、空腹のほうが支配権を勝ちとった。
人目に触れぬよう走ると、とうぜん、農場は避けていかざるをえない。食べものをかすめ取るには、向かない。
空腹はやがて、痛みにも似はじめた。
草の根を掘り、樹の皮をかじった。
キイチゴにありつけたときには、がっつきすぎてすこし戻し、えずきが収まるとまた貪るというていたらくだった。
そうして、ぎりぎりのところで命をつなぎとめながら、走った。
走りながら倒れてしまいそうになると、歌を口ずさんだ。
日が昇って
ウズラ歌うころ
ただ北へゆけ
あのおじいさんが連れていってくれる
ただ北へゆけ
北斗七星へ
北極星へ
あのおじいさんが連れていってくれる
ただ北へゆけ
川岸こそよい道だ
枯木をたどれ
左足、義足で歩きつづけろ
ただ北へゆけ
丘のあいだで川が終わる
ただ北へゆけ
向こうにも川が流れている
ただ北へゆけ
川は川へと流れていく
ただ北へゆけ
あのおじいさんが連れていってくれる
ただ北へゆけ
歌う声が、じぶんのものには聞こえなかった。
あるときは誰かの声になった。母の声にもなったし、いつか想像した"お父さん"の声にもなった。トビーの声にもなったし、旦那さまの声にもなった。
またあるときは、幾人もの声が重なる合唱のようにも聞こえた。すこしずつずらされた音が重なり合うさまは、夜間の奴隷集会で歌う霊歌のようでもあった。
耳なじんだ子守り歌だった。
それが、もっと違うなにかであるという事実に気がついたのは、空腹からくる目まいのおかげだ。
枯木をたどれ
という歌詞をつぶやいたその瞬間に、おまえは立ちくらみ、目のまえの枯木へと寄りかかった。木肌に触れた手のひらをなにげなく眺めたとき、そこに炭の黒い汚れがついているのを見つけたのだ。
よくよく目をこらすと、あさぐろい幹に、目立たぬよう、炭をこすりつけて描かれた文様があった。
"U"。
文字を知らないおまえにも、その独特の飾り文字がなにをあらわしているかは、分かった。奴隷の身空で、知らないものはいなかったと言ってもいい。
もし機会をとらえて、北を目指した逃亡への道程を駈けはじめたなら、"U"を追え。
その先に、人目に付かない逃げ道が用意されている。
その果てに、助けになってくれるひとが待っている。
すなわち――“地下鉄道(Underground Railroad)"が。
たんなるおとぎ話だと思っていた。すくなくとも、旦那さまや奴隷監視人はそう言って笑っていた。
まさかおまえたち、あんな子供だましを本気で信じてるわけじゃあるまいな、逃亡奴隷を庇ってなんの意味があるのだ、それが違法だと分かっているのに?
だからおまえは、この逃亡生活がはじまってからも、そんな都合のいい存在に頼ろう、望みを託そうなどとは、思ってもみなかったのだ。
しかし、
この"U"は――。
おまえは、信じてみることにした。
地下鉄道を、ではない。
母のことを。
母が歌ってくれていた、子守歌のことを。
母はきっと、歌に託したのだ。おまえが逃げのびることを。おまえが自由の身となって、カナンの地を踏む、その日のことを。
あのおじいさんが連れていってくれる
ただ北へゆけ
あのおじいさん、と歌われた誰かが、実在しているのかどうかは知らない。
けれども、信じてみよう。
この"U"を、たどってみよう。
おまえは、そう決めたのだ。




