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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.4 The Book of Judges/士師記

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111 断章/じゅうさんにんを、あずかる

『さて』


 白い牙(ホワイトファング)が口をぬぐってこちらに向き直った。わたしも「ふむ」と言ってそれにならった。


『はなしを、はじめよう。ジャッジ、だったな』

「ああ。士師ジャッジだ」

『どういうものだ、それは?』

「軍を、おまえには率いてもらいたい。われわれ地下鉄道ザ・レイルロードがかんがえているのは、大規模で、時期をおなじくする奴隷反乱――一斉蜂起だ。それには、いくにんもの反乱指導者が、大陸全土に散らばっているという情況をつくることが、欠かせない。それが、士師ジャッジだ。おまえに任せたいものこそ、これだ」

『ことわる』

「そうか。では仕方ない」


「……マザー」

 話の流れを察したらしく、プルートゥが口をはさんでくる。「白い牙(ホワイトファング)は、俺たちの構想には欠かせない人でしょう。この武力ですよ――俺やセイラではとうてい相手にならない強さだ。こうして相対していれば、物差しがまるでちがうと分かります。おそらく、いまの地下鉄道ザ・レイルロードで対抗しうる戦力といえば……」

「三名の武装車掌アームドコンダクター、それぐらいか」わたしもうなずく。「くわえて、この指導力だ。気づいていたか、プルートゥ。この短時間で、もう黒煙兵はみな、この白い牙(ホワイトファング)()()()()()()()()()()ぞ。ほんとうの統率力とは、おそらく、こういうものなのだろうな。……ああ、悪く思うなよ跳ね蛙(ホプ・フロッグ)、おまえの指揮能力を不足だと言いたいんじゃない。ただ――」

「このかたが、規格外なだけでしょう」


 跳ね蛙(ホプ・フロッグ)は、眠たげな目をじっと白い牙(ホワイトファング)に据えていた。


「分かりますとも。私とて、マザー・グレイスに出会っていなければ、このかたに忠誠を誓っていたかもしれません。そうしたくなる魅力が、このかたにはある」

「ああ、同感だよ。……だがな、プルートゥ。白い牙(ホワイトファング)士師ジャッジと仰ぐには、ひとつだけ、問題がある。いや、“問題がない”というべきかな。この女性には――()()()()()


 プルートゥが、わずかに首をかしげた。

 代わりに答えるように、白い牙(ホワイトファング)がうなずく。……そうするだけで周囲の注目をあつめてしまうのが、天性の統率力のあらわれだろう。


『ああ。わたしに、いかりはない。……べつに、おこらないわけではない。だが、おまえたちのように、いかりをたえずぐらぐらわかしていたり、しない。ぎゃくに、おまえたちはみな、なににそれほどおこっているのだ?』


 ふ、とわたしは笑う。

 プルートゥがこちらを向くと、「いやなに。『おまえたちは何にそれほど怒っているのか』――と問われたのだ。……分かったか、プルートゥ。士師ジャッジは、怒りを束ねるものでなくてはならない。巨大なほのおで、すべての火種をのみこみ、さらに絶大なる劫火となって、大陸全土を燃えあがらせるものでなければならない。……この白い牙(ホワイトファング)は、士師ジャッジにはなりえないよ」

「……そう、ですか」


 プルートゥの声には、落胆があった。彼にとっても、この白い牙(ホワイトファング)というのは魅力的な存在だったのだろう。ひょっとしたら、上官とよび、その命令に服してみたくなるほどに。


「だが、わたしはうれしいんだ、プルートゥ。この集落を、見たか。こんなに清浄な場所が、この大陸に存在するんだ。こんなにしずかでうつくしい家族が、この地上に暮らしていてくれるんだ。そう思うだけで、わたしは、どこか救われるように思うよ」


 白い牙(ホワイトファング)を、ふりむいた。


「おまえを、無理にこの場所から引きずりだすことを、わたしはしたくない。だから、話はここで終わりだ。すこしだけ滞在することを許してもらえたら、この集落の整備を手伝わせてもらいたい。罠をすこし張りなおすだけで、おそらく、防衛の戦力が足りないということもなくなるだろう? おまえが本調子でありさえすれば、百や二百の敵にとりかこまれても、ものともしないはずだ」

『ああ。もんだいない』

「ひとつ、お願いさせてもらえるなら――わたしたちが旅の途中、ときどきここを訪ねるのを、許してもらいたい。ここの清浄さは、わたしたちにとって、救いになる」

『もちろん。いつでも、めしをくいにこい』


 白い牙(ホワイトファング)は『ノモ』でそう伝えながら、パンを持つ手を口元へ近づけるような手話をした。わたしはそれを真似る。


「めしをくいに、だな」

『ああ。めしをくいに、だ』


 笑い合った。


 *


『じゅうさんにん、あずかる』

「十三人?」


 わたしが問いかえすと、白い牙(ホワイトファング)は居並ぶ黒煙兵のなかから、ひとりずつを指さしてゆく。十二人まで指したところで、わたしは気がついた。


 白い牙(ホワイトファング)に指されたものは、みな「ノモ」に迷いがあった。ひとりひとりが、ことなる問題をかかえている。人を殺すことの抵抗感をぬぐえていないものもいれば、じぶんが黒煙兵にふさわしくないと思い込んでいるものもいる。過去の経験から、恐怖を肥大化させてしまっているものもいた。だがそれらは、「ノモ」のなかに、ほんのわずかに含まれる揺らぎのようなもので、表に出てくるようなものではない。わたしでさえ、こうしてひとりひとりの「ノモ」に耳をすましてみなければ、気づけなかった。


「なぜ、かれらを?」

『においだ』


 白い牙(ホワイトファング)は鼻に向かって指先をあつめるような手話とともに、そう言った。


「におい?」

『あせの、においだな。まよいがあるものは、どくとくの、すっぱいにおいがまじる。そういうけものは、かられやすくなる。まよいをときはなってやれば、しのきけんがへる』

「それを、おまえがやると?」

『できるかどうかは、しらない。だが、ほうっておくこともできない』


 白い牙(ホワイトファング)は、わたしに許可を得ようとはさらさらかんがえていないらしかった。ただ、じぶんが決めたことを伝えているだけだ。そこが、好ましかった。


「……分かった。おまえに託す。――あとのひとりは、プルートゥか」

『ああ』


 わたしたちがうなずき合うと、プルートゥが「俺……ですか」と、おどろいたように言う。


「ああ、おまえだ」

「……俺に、迷いなどありません」


『じかくがない。やっかいだ。じゅうさんにんのなかでも、とりわけ』


 白い牙(ホワイトファング)にうなずきだけを返し、わたしはプルートゥに向き直る。どこか懇願するような表情、見捨てられそうになっている犬に似た、裏切られたような顔をしていた。


「プルートゥ」わたしは慎重に言う。「これを、戦力外通告のように取るな。わたしには、地下鉄道アンダーグラウンド・レイルロードには、おまえが必要だ、まちがいなく。だが――だからこそ、おまえに足りないものがあれば、地下鉄道ザ・レイルロードはまるごと終わりになりかねない」

「俺に、なにが足りないのです」

「それを見つけるところから、始めてほしい。答えはおそらく、おまえ自身にしか見いだせないものだ。耐えろ、プルートゥ。じきに、見いだせるはずだ。分かってくれるな?」


 プルートゥが、くちびるを噛む。この男の、このように悔しそうな顔を、はじめて見たように思う。


 それはつまり、とわたしは思う。

 わたしが、この男に向き合いきれていなかったということではないのか。


「……分かりました、マザー」

 ようやく、プルートゥがうなずく。


『さほど、じかんはかかるまい。おのれじしんでみとめるのには、さぞかしくるしむだろうが』


 白い牙(ホワイトファング)のことばに、わたしはもう一度うなずく。


 *


「ねえ、ぼくはよかったの?」

 セイラが問うてくる。


「おまえはいい。というか、おまえは今さらなにも学ばないだろう」

「あ。ひっでーの」

「それに、おまえがいなければ、だれがわたしを止める」

「……だれがわたしを守る、じゃないんだね」

「じぶんの身は守れる。でも、じぶんのことを止める自信は、わたしにはない」

「じゃあ、さしづめぼくはきみの『良心』か」

「まあ、そんなところだ」

「そりゃそうかー。ぼくは善のかたまりみたいな存在だからなあ。任しとけよグレイス。きみが暴走しそうになったら、ちゃんと止めてやっからさ」

「ああ、頼む」


 わたしは笑った。


 そして十三人を集落へのこし――わたしたちは、また歩きはじめた。

 つぎの「ノモ」を、めざして。


   ――うつくしさが、すべてだった。


 つづく「ノモ」は、そのように、語りはじめている。



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