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聖 絶 大 戦【第4章開幕】  作者: 木村太郎
Vol.4 The Book of Judges/士師記

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102 白い牙5/なんたる忠犬だ、おまえは

 五年が、経った。

 五年もすると、若旦那さまの『白い牙(ホワイトファング)』の声望は郡一帯にひろまっていた。見上げるような巨躯であるらしいとか、洞人ドワーフ先住民エルフの合いの子で、そのどちらよりも強靭らしいとか、並の猟犬に五倍する獲物をとらえてくるのだとか、そういった噂があらゆる社交の場でささやきかわされ――そのうちの五人にひとりは、若旦那さまの狩りへ同道し、噂のほとんどが実証されるのを驚嘆の目で見るという幸運にめぐまれた。


 いまや、若旦那さまは連合国内の狩猟界でも類を見ない、時の人となっていた。


 このあつかいに、若旦那さまはようやく自尊心を満足させた。満悦した、といってもよい。どの社交界に顔を出しても、つねにともなう()()()()()が人目をひきつけ、ささやき声を交わさせずにはいない。


「……あれが噂の……」

「……たしかに、なんという大きさ……」

「……うつくしい、あれは肉食獣の美をそなえていますな……」


 そのすえ、衆人の注目は、その強大な戦士を手足のごとくあつかう若旦那さまへとたどりつくのだ。

 若旦那さまは、かつては疎んじていた社交の場を、愛してやまなくなっていた。


 ひとを猟犬として用いるというアイデアは、しかし、ほかのものに真似られた。


 たんなる洞人ドワーフでは背丈が足りず見栄えがしないからと、金で雇い入れた先住民エルフの男を、やはり戦闘衣装でかざりたてて若旦那さまのまえにあらわれたのである。

 きわめて薄い礼儀のベールでおおわれた牽制がたがいに交わされ、両主人は、翌朝狩りをご一緒しましょうと握手を交わすにいたった。


 その夜、若旦那さまはおまえを呼びつけてまくし立てた。


「いいか、分かってるだろうな――あんな猿真似野郎に遅れでもとったら承知しないぞ。なんだ、あんなひょろひょろの先住民エルフごときが。おまえのほうがよっぽどすぐれた猟犬だ……そうだろうが、うん? あいつ、僕を見てせせら笑いやがった。侮辱だ。侮辱を受けたんだぞ、おまえの主人が。許せることじゃないよな、ああ? くそ、どうしたらやつの鼻を明かしてやれる? どうしたら完膚なきまでにあいつの鼻っ柱を叩き折ってやれるんだ。……大差だ! 大差をつけて勝つ。これはとうぜんのことだ。一匹や二匹の差じゃあ、勝負は時の運だなどとごまかして逃げおおせるだろう……。社交界はきっと、『つぎの結果はわかりませんな』だとかなんとか言って、僕の王座を認めやしないだろう……。ああ、腹立たしい! 大差で勝って、くわえてやつの先住民エルフに手傷でも負わせてやれたらな! どうだおまえ、あの先住民エルフを事故に見せかけて殺してやるってのは? だいじょうぶ、しょせんあいつは金でやとわれた人間だ。奴隷を殺したときみたいに賠償責任が僕におっかぶさってくることはない。そうだ、ぶっ殺してやろう。どうだ、この案は? うん?」


 おまえは、首を縦にも横にも振らなかった。


 それから夜が更けた。

 若旦那さまに、じっくり眠って英気をやしなえと命じられた。いつもの寝所へもどり、片隅に落ちている毛布のうえで背をまるめる。仔ヤギのふるえを思い出しながら、眠りへと落ちていく。


 二時間ばかりしたころ、ぱちりと目を覚ました。


 まだ、深更である。

 じぶんがなぜ目をさましたのか、しばらく分からないでいた。

 暗闇のなかで、わずかに影がうごく。このせいだとおまえは直感した。

 ゆっくりとした動きで、そっと太ももに差したナイフをひきぬいた。


 と。


 ナイフを持った手が押さえつけられ、おまえのからだは壁へと押し付けられていた。数インチをへだてて相対している顔は、昼間見たばかりの先住民エルフの顔だった。


「よう、白い牙(ホワイトファング)。こんばんは、だな。おれの言っていることが、分かるか?」


 おまえはうなずいた。


「よおし、ならよかった。おまえの評判は聞いてるよ。うちの雇い主は狩りにおれを連れ出すたびに、おまえの話をするんだ。『これじゃあ白い牙(ホワイトファング)には勝てない』だの、『これなら白い牙(ホワイトファング)にも劣らない』だの、明けても暮れてもだ。

 おれはな、白い牙(ホワイトファング)よう。部族のなかじゃ、最強の戦士として名が通ってる。例の、あくび屋(ゴヤスレイ)狂った馬(クレイジーホース)とも並ぶと、もっぱらの評判よ。……それが、金で雇われた猟犬の真似事だ。あの色白連中は、鼻持ちならねえ。そう思うだろうが、おまえも?」


 おまえはうなずかない。


「はは。前評判どおり、()()な女だ。気に入ったぜ。

 だがよう、白い牙(ホワイトファング)

 天人ヒューマンどもには、勝てない。洞人ドワーフも、先住民エルフも、おなじく敵わんさ。一対一で向き合うなら、勝てる。やつらが例の“魔法の枝”をつかってこようと、そんなもんは怖くねえ。だが、種族同士でたたかうってなると、こいつはうまくねえ。天人ヒューマンどもは、そういうおおきな戦争に慣れてやがる。そりゃもう、憎ったらしいほどにな。

 これをひっくりかえすにゃあ、骨が折れる。

 部族の老いぼれどもはもうあきらめちまっているが、はは、なあに、この黒い歯(ブラックトゥース)さまは、そうかんたんにあきらめやしねえさ。

 おれはよう、白い牙(ホワイトファング)

 部族を、強くしてえのさ。先住民エルフは、そのまんまじゃあ天人ヒューマンどもに勝てない。そいつは認めよう。だが、先住民エルフじたいが強くなったら、結果は分からねえ。だろう、白い牙(ホワイトファング)?」


 話の向かう方向をつかみかねて、おまえはただくちびるを読むことに集中する。

 いまや、この黒い歯(ブラックトゥース)なる男は、おまえの手を押さえつけてはいない。しかし、依然として顔は近く、おまえの鼻先には男の口臭がとどいていた。


「じゃあ、部族を強くするには、どうするか?

 混血さ。

 強い血を、よそから入れりゃあいい。

 おまえは洞人ドワーフ先住民エルフの子だって聞いたぜ。あんまり聞かねえ組み合わせじゃああるが、その成功例はある。おまえ自身さ。

 じっさい、おまえはたいしたもんだぜ、白い牙(ホワイトファング)

 その洞人ドワーフばなれした長い手足、先住民エルフばなれした筋肉量――そしてその運動能力だ! これこそ、あたらしい部族のありかただと、おれは舌を巻いたね。

 そして、思ったのさ。

 こいつこそ、おれの子を産むにふさわしい女だ、とな」


 黒い歯(ブラックトゥース)が、にまりと笑う。


「いいか。おれが、種をつけてやる。

 おまえは、男を産め。

 将来りっぱな戦士になる、頑強な男を、何人もだ。

 おなじように洞人ドワーフの女を手に入れて部族の戦士たちにもあてがい、村じゅうに混血の軍団をつくりあげる。そうすりゃ、天人ヒューマンどもだって怖くはねえ。なまっちろい首を、まとめてへし折ってやれるさ。

 ま、村の連中にはたんなる洞人ドワーフでじゅうぶんだが……未来の大首長となるべきおれには、おまえの腹が相応だ。

 まあ、おれの好みじゃあねえが、面だってまずくはねえ。種を仕込むのにじゅうぶんなだけは、抱いてやれるさ」


 黒い歯(ブラックトゥース)の手が、いきなり、おまえの衣装の胸元を引き裂いた。

 胸板のうえに乗ったおおきな乳房が、まろび出る。

 黒い歯(ブラックトゥース)の、爪のあいだに土が詰まった手のひらが、乱暴に、その乳房をもみしだく。痛みに、おまえはわずかに顔をしかめた。


「おいおい、なんだその面は? 不満げじゃねえか。

 この大戦士に抱かれようってときに、女が浮かべる面じゃねえ。

 いいか、白い牙。

 この黒い歯(ブラックトゥース)が種を仕込んでやると言やあ、村じゃあ若い処女どもが舌なめずりしながら股をひらくもんだぜ。

 まあ、いい。

 これは愉しむためのまぐわいじゃねえ。あくまで部族のため、戦士に課せられた義務さ。

 愉しむのは、戦利品の美女を手に入れたときにするさ――」


 じつのところ。

 おまえは、さほど不満というわけでもなかった。


 この男に抱かれたいなどとは露ほども思わなかったが、男の語る話は筋がとおっているように思えたからだ。

 幼少からヤギの世話を焼くことがおおかったため、交配についても知識がないわけではない。


 その理屈で見ると、すぐれた子を産ませるために、すぐれた親とめあわせるのは、理にかなう。そして、ひとがそれ以外の目的で情を交わすことがあるのだという話を、じぶんにひきつけてかんがえたことはない。


 となると――

 ここで、この男の種をもらっておくというのは、たしかに悪い話ではないのかもしれない。


 胸をまさぐられることにぼんやりとした不快感を覚えながらも、おまえはそういうふうにかんがえていた。


 かんがえを変えたのは、

 黒い歯(ブラックトゥース)が、口を吸おうとくちびるを寄せていたときだった。


 剥き出しにされた歯列が黒ずみ、あるいは欠けていたのだ。さきほどからただよっていた腐臭のようなにおいは、その欠けからただよっているらしかった。


 とっさに、男を突き飛ばした。

 黒い歯(ブラックトゥース)はこれまでの行為のなかに合意を見てとっていたのか、泡を食ったように背から床に転げた。いつのまに脱いでいたのか、下履きをはいていない剥き出しの下半身で、性器がぶるんと揺れたのが見えた。


「おい、なにをしやがる!」


 黒い歯(ブラックトゥース)の怒鳴り声に対し、おまえは手話で抗議をする。


『はなしがちがう。

 おまえは、すぐれたせんしだといった。すぐれたちをもつ、たねうまだと。

 だが、いつわりだ。

 おまえは、はがかけている。

 おまえは、ほねがよわい。

 おまえのたねは、いらない』


「……なんだ、その身振りは?

 よく分からねえが、ここまで来て馬首を返すなんてのは、ちっと通らねえ話だぜ。

 見たところおまえ、まだ男は知らねえ年齢らしいが……

 こうなったら、雌としての立場をきっちり仕込んでやらなきゃならねえな」


 ふたたび、おまえの腕が掴まれる。


「いいか。いくら強えったって、おれは大の男で、おまえはただの女だ。けっきょくのとこ、組み敷かれるのが女のさだめってもんだし、それが幸福ってもんなんだぜ」

『もういちどだけ、いう。おまえのたねは、いらない』

「おうおう、その身振りはやめな。うっとうしい。

 ほれ、こうして両手を掴んでやりゃ、もうなにも()()()()()()んだろ? さあ、おとなしくおれに身をささげな」


 おまえは、顔色ひとつ、変えなかった。

 常日頃と変わらぬ無愛想のまま、すこし首を引いた。黒い歯(ブラックトゥース)の鼻面へと、額をたたきこんだ。

 軟骨が折れる、ぐしゃっとした感触。


 あっと黒い歯(ブラックトゥース)が叫んで両腕の拘束がほどける。

 前腕をねじった。

 男の手を振り切った。

 からだをぐるんと一回転させ、この先住民エルフの背中へとまわった。相手の両腕を束ねて押さえつけると、その頸部にかたほうの前腕をまわして絞め上げる。


 瞬時のうちに、拘束するほうとされるほうが、入れ替わっていた。


「あが……ぎ……」


 黒い歯(ブラックトゥース)が、苦悶の声を漏らす。

 おさえこんだ両腕の、関節部をねじりあげている。力は入らないし、すこし身じろぎするだけで苦痛は倍増する。


「やめろ……よせ……」


 背にまわったおまえに、黒い歯(ブラックトゥース)のくちびるは読めない。

 だからその制止の声も、とうぜん、()()()()()


 しばらく、そのまま絞め上げた。


 それからとつぜん、おまえは両腕をぱっと離す。

 男はつんのめって転び、苦しげに息をついている。げほげほ、と咳き込んでいる。


 ここまでで、おまえは終わりにしてもよかった。

 ただ、この男の種が欲しくなかっただけだ。

 この先住民エルフに恨みもないし、とどめを刺したところで食えるわけでもないから、なんら利はない。これに懲りた黒い歯が逃げ去ってゆくなら、追うつもりもなかった。


 けれども――

 黒い歯(ブラックトゥース)は、ナイフを抜いた。


「くそったれ、このくそあまめが!」


 叫んで、狩猟用の大型ナイフを、引き抜いたのだ。

 そのしゅんかん、おまえも表情を変えた。さきほどまでにじんでいた苛立ちと嫌悪が即座に抜け落ち、代わりにうつろと言ってもいいほどの無表情が、浮かぶ。


 黒い歯(ブラックトゥース)が、硬直する。

 男の頭に浮かんでいたのは、狼だ。獲物をつぎの一手で仕留めると決意したときの狼だけが見せる、かんぜんなる無の顔。


 黒い歯(ブラックトゥース)は、寸刻のためらいを見せ、


「おああああああああああッ!」


 そのためらいを振り切ろうとしてか、絶叫しながらナイフの刃をおまえへ向けて振り下ろした。


 おまえの反応は、神速といってよかった。


 *


 若旦那さまは、なんども謝罪のことばをくりかえしていた。

 が、そのくちびるの端に残る満悦の笑みは、どうあっても消せそうにはなかった。


「いやあ、ほんとうに申し訳ない! あの方も先住民エルフとはいえ、自由身分には変わりがないのだし、当家のお客さまであったというのに!

 しかしなにぶん、この奴隷はご覧のとおりけだものも同然ですからな……夜這いにこられたとあっては、身を守るために手をあげてしまうというのも、これはこれで自然のなりゆきというものでしょうから……。

 ああ、いやいや、保安官のことなら気にするには及びませんとも! 彼は当家とはながく付き合いのある友人だし、ものの分かった人間ですからな。血が流れたといっても、たかだが洞人ドワーフ先住民エルフの小競り合いていどのことで、りっぱな天人ヒューマンをわずらわせるようなつまらんことはしません。その点に関しては僕が請け負いますよ……。

 しかしなんたることだ、これではお約束した狩猟は、またの機会にするほかないでしょうな……。

 つぎは、れっきとした猟犬を連れてくることをおすすめいたしますよ。ええ、悪いことは言いません。僕を見ていたらお分かりでしょう? ()()()()()をつかっていると、ほんとうに苦労が絶えないものですからね……!」


 何度もの握手に応じる羽目におちいったくだんの“競争相手”は、苦虫をかみつぶした顔で馬車へ乗っていった。


 客人たち全員を見送ったあと、部屋にもどったしゅんかんに、若旦那さまは両腕をひろげて、おまえに語りかけた。


「なんとまあ! なんたる忠犬だ、おまえは!」


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