000 ジェリコの戦い -Joshua Fit The Battle Of Jericho-
わたしは歩いている。
城壁を見つめながら、歩いている。
わたしのまえには、天人どもの都がある。
汚穢と腐敗の都だ。
冒涜と背徳の都だ。
わたしのうしろには、洞人たちの軍がある。
正義と憤怒の軍だ。
復讐と栄光の軍だ。
すべての士師たちが、集まってきている。
大陸全土を駆け抜け、燎原に炎を燃やし、それぞれの集団を率いて、ついにこの場所へとたどり着いている。地平線をみはるかすと、大地が、一面に黒く塗りつぶされている。すべてが、洞人だ。この大陸でしいたげられてきた、我がうつくしき黒き民族だ。
数にして、およそ一二〇万の怒りが、この場所へ集結してきている。
ここに至るまでに、一二〇万を超える死を、天人どもにもたらしてきていた。
わたしたちは、ヨルダン川を越えた。
もう、後戻りはできない。
後悔などはない。
あるはずがない。
いま、この瞬間をわたしは目指してきたのだ。
この大陸を支配した天人どもに、目にものを見せてやること――あの第一次南北戦争において、のうのうと逃げおおせてみせた天人至上主義者どもに、われらの怒りを叩き付けてやる日を、夢見てきたのだ。
すでに包囲は、七日に達している。
さいしょから、この七日間は織り込んでいた。
だんだんと増えていく軍勢を、都の天人どもに見せてやりたかった。膨れ上がっていく絶望を、ぞんぶんに、味わわせてやりたかった。じぶんたちの罪がどれほど重いものなのか、思い知らせてやりたかった。
わが地下帝国軍は、ゆっくりと、城壁の周りを行進した。一日に、一周。あの病みたぶれた都に住むすべての天人に、威容を見せつけるように。
もはや、天人どもに救いはない。
助けはこない。
できるのは、わたしたちを呪うことだけだろう。
そして――。
いま。最後の一周が、終わった。
「止まれ」
わたしがつぶやくと、傍らに立っていた腹心が、おなじことばを叫ぶ。止まれ、という命令は何度もくりかえされ、一二〇万の兵は巨獣がゆっくりと足を止めるように、静止した。しわぶきひとつない軍を振り向くと、わたしは声を用いた。
さあ、はじめよう。
一二〇万の視線が、わたしを振り向く。
わたしの声は、その頭のひとつひとつに響く。耳元で語られているかのように、明確に、明瞭に、届く。それが声だ。わたしの声を耳にしたことのない洞人はこの場には存在しない――しかし、黒の魔術師、マザー・”驚嘆すべき”・グレイスのすがたを直に見ながら聞くのは、おおくのものにとってはじめてのことだろう。
わたしは語る。
ひとりひとりの目を、見つめるようにして、語りかける。
さあ、いま。
戦争を始めよう。
聖戦を始めよう。
すべてを殺しつくし、
大地を真っ黒に塗りつぶそう。
われわれの色だ。
大地に血を流すことをおそれるな。
大地はわれらの母であり、
ふるさとであるからだ。
大義などのために戦うな。
そんなものは犬にでも食わせておけ。
おまえたちの怒りのために、
おまえたちの絶望に報いるために、
おまえたちが奪われたものすべてを
取り戻すために、
戦うのだ。
わたしはかつて、おまえたちに語った。
弱さを纏え。
女々しさを装え。
そうして、わたしの声を待て――と。
いまこそ、時が来た。
弱さを打ちすてるときがきた。
女々しさを振り払うときがきた。
すべての屈辱を、虐待を、差別を、別離を、
失望を、蔑視を、哀哭を、憤怒を、
思い出すべきときがきたのだ。
いまこそ、わたしは命ずる。
カナンの地を与えるものとして、
ヨルダン川を越えるものとして、
おまえたちに、命ずる。
強くあれ。
雄々しくあれ。
文字通り大地を揺るがす大轟音が、響き渡った。
すべての洞人が、吠えているのだ。おのれの獣性を解き放ち、おのおのの戦斧をかかげ、腹に溜った怒りを、天に向かって吐き出している。吠え声は巨大な炎となり、青空をつらぬくように、吹き上がっていく。
奪うな。燃やし尽くせ。
おまえたちのうつくしい黒い手に、
白くけがれたものを乗せてはならぬ。
同様に、白くけがれたものどもを、
ひとりたりとも、生かしておいてはならぬ。
重ねて、わたしは語った。
猛り狂った洞人が、わたしが指さすのを、いまかいまかと待ち構えている。わたしは天に向かって右腕を掲げた。天を指した人さし指を、ゆっくりと倒し、城壁へと向けていく。
――いっしゅん、あの顔を思い出した。
すぐに、かき消した。
思い出してはならない顔だったから。
あんな笑顔を思い出したまま、死を命じることはできなかったから。
そして――
「聖絶せよ」
わたしの虐殺が、始まった。
*
わたしは指さし続けるだろう。
さいごのひとりが聖絶されるまで。
止められるものならば、止めてみるがいい。
守れるものならば、守ってみるがいい。
なあ──
「──トム・ソーヤー」




