表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おやすみ前の短いお話

良いお肉は異世界でも美味しい

作者: 夕月ねむ

 忙しさでおかしくなりそうだった。

 いや、実際におかしくなっていたのだろう。私だけじゃない、職場そのものがおかしくなっていて、まずいと思って私は逃げた。


 次の職場は決まっていなかった。それはあまり良くないことだとは思っていたけど、このまましばらく休みたいという気持ちが強かった。


 どこか遠くに行きたかった。仕事とかお金とか家族とか、全部どうでも良くなるくらい、遠い場所に。精神状態が良くないことは自覚していた。


 たまたま予定が合った友人と二人、気分転換にキャンプに行こうということになった。

 どうせならとキャンピングカーを借りて、肉も野菜もたっぷり買って、休職中とはいえ、なかなか贅沢なキャンプになる予定だった。


 大きな車を扱える気がしなくて、運転は友人に頼んでいた。申し訳無いと思いながら、気付けば助手席で眠ってしまった。


「起きて。ねぇ、起きて!」

「えぇ……?」

 肩を揺すられ、まだ眠くて目元を擦る。

「起きてよ。なんかまずいことになってる」


 車は止まっているらしかった。

 眩しさに戸惑いながら目を開ければ、窓の外の景色が一変していた。

「…………着いたの?」

「そんなわけないでしょう!」


 広い広い草原だった。遠くに森と、町らしきもののシルエットが見えた。それが、現代日本の町には見えなかった。


 窓を開けて身を乗り出してみても、信号も電柱も、他の車も歩行者も見えない。何より、走って来たはずのアスファルトの道がなくなっていた。


 まるで車ごと持ち上げられてポンと置かれたみたいに、私たちは知らない場所にいた。


「どういうこと」

「いきなり道に変な模様が見えて、それを踏んだらピカーッて光って、気付いたらこう」

「えぇ……」


「ごめん」

 友人が急に真剣な表情になって頭を下げた。

「最近ずっと、何かに呼ばれる夢を見てたの。たぶん私が君を巻き込んだ」

「いや、あなたのせいじゃないでしょう」


 ずっと遠くに行きたいと思っていた。

 ここは間違いなく『遠く』だった。


 どうしようどうしようと焦る友人を前に、私は妙に落ち着いていた。

「とりあえず、お肉焼いて食べない?」

「え?」

「だって、お腹空いてない?」

「そんなことしてる場合じゃ」

「大丈夫、どうにかなるって」


 窓を開けてみる。なんて清々しいんだろう。ここ数カ月……いや、数年はなかったくらいに晴れやかな気分だった。


「まずはどれを食べる? 牛か豚か……」

 キャンピングカーの冷蔵庫を開けた。味付けは塩胡椒がいい。良いお肉なのだから、シンプルが一番だ。

「あ。じゃあ、牛で……」


 そうして私たちの異世界生活は、国産黒毛和牛と共に幕を開けた。美味しかった。塩もいいけどワサビ醤油が最高で。


 私たちはキャンピングカーで一晩過ごした。

 翌日には慌てた様子の魔法使いとなんか偉そうな人が『召喚地点がずれた』とか言って、私たちを迎えに来たのだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ