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あの日の花火、覚えてる

作者: 北館由麻

「あれ、診察券落ちてる。おばあちゃんのかな」


 車の後部座席で、娘の理央が足元の紙片を拾い上げた。

 私は前方を見たまま、先週母がそのシートに座っていたことを思い出す。


「そういえば『通院のガソリン代出す』と言い張って財布出したときに落したのかもね」

「そっか」


 理央はいつの間にか鏡を取り出して、前髪を整えたり、メイクを念入りにチェックしていた。彼女の関心はもう祖母ではなく自分に向いている。これから彼氏と花火を見に行くのだから当然だ。


 大学生になった理央は、先月まで私とはほとんど口を利かず、反抗的にふるまっていた。

 娘の遅れてきた反抗期に戸惑っているさなか、実家の母が急に歩けなくなり、私は仕事を休んで通院の送迎に奔走することになった。


 実家は自宅から約一時間の距離にあり、母を乗せて病院までさらに一時間運転する。往復四時間の運転と、家事ができない母の代わりに食事の支度。自宅には高校生の息子もいるから、早起きして弁当も作る。


 ある日、帰宅すると娘の理央が台所に立っていた。


「ご飯作ったよ」


 私は予期せぬ出来事に驚いて泣いた。何カ月ぶりに娘の声を聞いただろう。

 病院の待合室で、娘の反抗期に関する記事を読んだ直後だったからなのかもしれない。


『子の反抗期は、親といつか死に別れる日への準備である』


 なるほど、誰も抗うことのできない運命。まだ私が元気なうちに予行演習していたのか、と。


「ママ、覚えてる? おばあちゃんと一緒に花火見に行ったよね」


 理央が突然そう言い出した。


「うん。まだ大翔(ひろと)が小さくてね」

「私、覚えているよ。おばあちゃんが大翔をおんぶしてた。眼鏡の形の花火とかあったよね。またおばあちゃんと一緒に花火見に行きたいな」


 駅に到着し、浴衣姿の娘を見送る私の視界がぼやける。

 後部座席に残された母の診察券。いつか来る運命の日への覚悟はまだできていない。

課題のために書いたSSです。

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