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クズ

作者: 福田 直己

久しぶりにかけました。

 一学期も終わりに差し掛かった或る日のホームルーム。「有意義な休みの過ごし方」などという、小学生の時分よりやり尽くされてきたおざなりの議題に、「高校受験へ向け、意識を高める」なんて決まりきった答えが出た所で教室がざわついた。


 蝉の声に聞き入っていた僕は、その変化に気付くのが遅れ、机の上に影を落とす担任教師の言葉すらも聞き逃す。


「・・・宮村の言っていたことは本当か」


「・・・」


 右寄りの大学で応援団をやっていた担任が、お不動さんのような眼差しで僕を見下ろしている。


 この顔つきからして、下手をこけば教育的指導(鉄拳制裁)が入ることは間違いない。


「宮村の言っていたこと」


 そのワードだけを頼りに海馬へ検索をかけるが、思い当たる節がありすぎて答えが絞れない。


 藪蛇になっては堪らないし、と言ってこのまま沈黙を続けていれば、ネガティブなイエスと捉えられ、ぶっ飛ばされてしまう。なにせ担任は短気であるからして。


 窮した僕が目を向けると、宮村の方も凛とした表情でこちらを見つめ返していた。


 芋臭いせいで男子のウケは悪いが、肉感的で肌質の良い宮村は、むしろ僕にとってはだからこそ性的欲求を掻き立てさせる。


 だが、コレと言った接点のある相手でもなく、現在進行形であらぬ妄想を抱いているのを除けば、糾弾されるような現場は押さえられてはいない・・・はずだ。


 まさかテレパシストでもあるまいし。SF映画の登場人物が思念を読み取られぬよう、頭にアルミホイルを巻くシーンが想起される。


「小鳥にだって、ちゃんと命はあるのに・・・」


  唐突にそう言うと宮村は、ポロポロと泣き始め、近くの席の女子がそれを慰める。


「ああ、あれか」


「なにが「ああ、あれか」だ!命は大切にしろってのが、暴力はいけないってのが、どうしてお前にはわからないんだ・・・!」


 ふと閃き、手を叩くのとほぼ同時に、そう叫んだ担任の右ストレートが僕の左頬にジャストミートする。机と椅子が転がり、けたたましい音を立てるのが遠くで聞こえた。





「それはお前が悪いよ」


 放課後、一旦家へ荷物を置いてからいつもの場所へ向かうと、関根は橋の欄干から足を投げ出し、地べたに座って僕を待っていた。


 きっと、こういうのを気が合う相手と呼ぶのだろう。近所に住まう関根とは、特に約束をするでもなく、何となくここへ来れば互いに会う事が出来る。


「心外だな。だったら他にどうすれば良かったんだよ」


「怒るなって。俺だって別に、お前が悪いことをしたなんて思っちゃいないよ。ただなんていうか、評価ってのはそんな物だろう?」


 ホームルームで僕が糾弾されていたのは、若いヒヨドリを殺した件についてだった。


 校舎と体育館とを繋ぐ渡り廊下の屋根には、毎年ヒヨドリが巣を作る。昼休みの最中、何やら下級生が群れを成して騒いでいるのを覗きに行くと、中心には若いヒヨドリが瀕死の状態で倒れていた。


 巣立ちに失敗でもしたのだろうか。大した手間でもないし、頸の骨を折ってきっちりトドメをさしてやったのだが、一体それのどこが悪かったのだろう。無駄に苦しむ様を見て愉しむべきだったのか?


「何を考えているのかは知らないが、多分それは見当違いもいいところだぜ」


 僕の胸中を見透かすように関根は呟き、手近にあった小石を川へ投げ入れる。


「他人の事を言えた義理じゃないけど、ほら、俺もお前もクズじゃんか」


「「じゃんか」って、僕はそんな風に思って生きてはいない」


「いいから聞けって。そうだな・・・この間の深夜にテレビで、ジーンハックマンがFBIの捜査官役の映画をやっていたけど、あれ見たか?」


「勿論見たよ。ハートマン軍曹も出ていたやつだよね」


「そうそれ。お前の場合は他にも問題がありそうだけど、基本的にはあんな感じだよ」


「あんな感じって?」


「だから、例えば黒人の男が、泣きじゃくる白人の子に手を差し伸べていたら問答無用でブタ箱行になるように、事実や内容、結果なんて問題じゃないのさ。大事なのは、誰がやったかってだけの話」


「そういうものかね」


「そういうものさ。それよりも、やっぱり俺はそろそろ行くようだ」


「そうか・・・まあそうだよな」


 理解に苦しむ僕を他所に、関根が静かに話を切り出す。


 身勝手な大人たちと違い、僕らみたいな子供の別れはいつだって突然だ。


「しょうがない」、「仕方がない」なんて言葉は聞き飽きた。その程度でまかり通るのであれば、世の中とは、なんと甘く出来ているのだろう。少なくとも、僕にとっては我慢でしかないが。


 初めから、長く一緒にはいられないだろうと予想はしていた。しかし、だからと言って寂しさが無くなるわけではない。


「いつかな」


「明日の晩。21時には高速バスに乗るってさ」


「思ったよりも時間はあるな」


「あれでウチの親も、少しは気にかけてくれているんだよ」


「見送りに行くよ」


「よせよ、柄でもないくせに」


 関根の言う通り、我ながら不似合いな発言に戸惑うも、だったら、出発の時間なんて口にするはずがないと、ぎこちない笑みを交わす。


「それじゃあ、まあまた」


「ああ、本当に無理しなくていから。それじゃあ、世話になったな」


 悲しそうな、それでいて少しだけ、本当に少しだけ嬉しそうな表情をした関根とそこで別れる。




 一夜明けて土曜日の朝。空は快晴で、カーテン越しの太陽に無理やり瞼をこじ開けられた僕は、町内放送のアマリリスを聞きながら階下へと降りる。


 珍しく朝食の支度は整っており、テーブルの上に乗せられたおにぎりのラップを外してから、口の中へ放り込む。


 姉は部活、母は仕事。誰もいないリビングで食事を摂りつつ、改めて今夜の計画を練る。


 今日は三号線沿いにある観光ホテルで夏祭りが開催される日で、皿の下に敷かれた二枚の千円札から察するに、「今夜も帰りは遅いから、晩飯はそこで摂れ」という意味なのだろう。好都合だ。


 高速バス乗り場は、祭り会場から少しばかり離れた場所にある。屋台で関根の好物でも買って餞別に持っていけば、きっと喜ぶのではないか。


 潤沢な予算ではないけれど、飯を抜けばそれなりにはなるはずだ。一通りの家事を済ませ、一息つきがてら天井の隅を眺めていると、あっという間に頃合いの時刻になった。


 自転車に跨ってペダルを漕いでいると、流れ行く景色の中に伽藍とした関根の家が紛れ込む。


 僕だって、またいつああなるかはわからないが、その時に送り出してくれる相手はいるのだろうか。漠とした考えをこれまでに否定されて、思わず笑みがこぼれる。


 小学生の時によく使っていた裏道がある竹林を横目に過ぎれば、目的地まではあともう少しだ。しかし、そこまで来て、いつもと違う様子に気が付く。


 祭り会場へと続く坂道の手前、大きな国道沿いの歩道には、人だかり、やじ馬が群がっていた。


 時間にはまだ余裕があるし、少し寄り道する位は構わないだろうと、自転車を近くのファミレスに停めて人込みをかき分ける。


「一体なにがあるのだろう」と言った好奇心は、大抵は肩透かしを食うものだが、今回の場合も例にもれずその通りだった。


 最近できたばかりのこの道は、近隣一体にとってのバイパス経路となっており、周辺では珍しい、片側三車線が採用されている。


 そしてその中心にある中央分離帯の手前、どちらから見ても奥部にあたる道の真ん中に、二匹の野良犬が転がっていた。


 誰が名付けたのか、たしかこげ茶の方はリュウで、ハスキーっぽい方はケンだったはずだ。道路横断中に車にはねられたのだろう。


 ケンはどう見たって既にこと切れているし、なんとかケンに近づこうとしているリュウも下半身は動かせないようで、懸命に前足で道路を引っ掻いている。


 六〇センチに満たない距離が、しかし二人にとっては無限のかなたに等しく、その間にも走り去る車がケンを、リュウの体を掠めていき、ついには前足すらも無残に砕け散った。


「ああ、危ない!」


「大丈夫かなぁ」


「可哀想」


 頭上から隣から、果ては物心なんてあるのかもしれぬ下方からも、不安や心配を訴える声が溢れ出るのを耳にして、ふいに好奇心が湧いてくる。


 まだ生きている方、リュウを助けたらどうなるのだろうか。


 例の一件では、とどめを刺したのがまずかったようだから、助かる見込みはなくとも出来得る限り手を尽くせば良かったのではないかと考えての事だ。


 なに、同級生に比べれば背は低い方だけれど、それでも犬よりかは十分に高いし、何より道路に人間の子供が突っ立て入れば目立つ。はねた場合のリスクも、後味の悪さもひとしおであるからして。


 完全には途切れないまでも、車間距離が空いたタイミングを見計らい、手を挙げ駆け出す。


 クラクションや怒号が飛んできて、走り去る車が巻き起こす風切り音で本能的に身震いするが、案の定、無事にたどり着く。


 力なく横たわったリュウは、ただ一度きり僕を見ると、再びケンに視線を向けて浅い呼吸を繰り返した。


 何の抵抗もしないリュウの体を抱き上げ、そこで初めて、ここから先はどうすれば良いのか分からないことと、関根の話してくれた意味を理解する。


 道路を挟んだ対岸の人々は、すべからく誰もが観客であり、当事者たり得なかった。しかしそれは、僕にも及ぶ話であり、ただ僕の場合は、極めて不謹慎な存在であるのだと。


 祭り会場へと続く坂道を、宮村の乗ったファンシーな自転車が流れ星のように、瞬きもせず消え入る。全ては関根の言う通りだった。




 そこから先は、たまたま通りがかった、見ず知らずの兄ちゃんが運転する車で、近くの動物病院にまで行ってリュウの最期を看取り、見送りはおろか、お祭りにすら行けずじまいだった。


 医師曰く、なんでもリュウは雌だったらしく、しかも身籠っていたそうな。なんとまあ、余計なお世話もいい所だったわけだ。


 僕の成す行いは、内容の如何を問わず、全てが過ちである。


 親しい友人への義理を欠き、あまつさえ、散り行く生に対してすら不誠実な僕は、誰がどう見てもクズだ。


 ただしそれでも、善処し続けなければならないのだと、憂鬱の中で志を新たにする。


指摘箇所などありますれば、ぜひご教授願いたし。

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