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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

呪われた少女と墓守の男

作者: 丸井竹

悪名高いボディオス家の当主が死んだ。

残忍な悪事に手を染め、民を売り払い、敵国を引き入れ大きく国益を損なわせた。

暴力的な領主でもあり、多くの民が疲弊し、抵抗する気力も奪われていた。


王国軍に攻め込まれ、雇われていた私兵は散り、当主の一人娘が残された。

その身柄を拘束した騎士は、復讐に燃えていた。


ボディオス家の娘、シンシアと深い関係になったことで家族を殺され、領地を追放された過去を持つ男だった。


しかし逆を言えば、難を逃れたとも言えた。

なぜなら、ボディオス家に仕えた者達の未来は悲劇的なものだったからだ。


シンシアは早々に死んだボディオス家の当主の代わりに、人々の恨みを引き受け断頭台に散ることとなった。


その処刑を見届けた騎士は、彼を探し続けていた老いた召使に声をかけられ、シンシアが娘を産んだと聞かされることとなった。

子供の命を人質に取られ、シンシアは子供の父親の名を売ったのだ。


子供はシンシアを奴隷にするために生かされるはずだったが、父親である騎士とその家族が命を狙われたと知り、シンシアはその召使に子供を託した。


それを追わない約束でシンシアは父親と関係を持つことまでも承諾した。

どこまでも救われない人生の末、愛する人の憎しみを受け、死んだシンシアの真実の姿を知っていたのは、この召使だけだった。


「老いた身であったため、引退すると見せかけ屋敷を出ることが出来たのです」


シンシアの最後の召使いは語ったが、さらに悲しい事実を告げた。


「子供は既に衰弱しており、無事には育ちませんでした。今回、敵側に城への抜け道を手引きしたのはお嬢様自身でした。子供の死を知り、処刑台への道を自ら作ったのです。お嬢様からの最後の言葉です。可能であれば、娘の隣に埋葬して欲しいそうです」


落ちた生首と無残な胴体を前に、騎士は必ずそうしようと約束した。


愛した女性を信じ切れず、娘まで失っていた騎士は、ただ一人の男としてその亡骸を引き取り、町郊外にひっそりと葬られていた娘の墓の隣に埋めた。


その草の生い茂る小さな丘に家を建て、男は墓守となった。

残酷な歴史が続く中、引き取り手のない死体が運ばれてくるようになり、そこは本格的な墓地になった。

さらに男は騎士としての腕を望まれたが、何度も国からの要請を断るうちに、処刑人として仕事を振られることになった。


悪名高いボディオス家に仕えていた過去のある男であったため、そのあと始末をするべきだという声もあったのだ。

多くの犯罪人の首を落としては、墓地に埋めたが、大切な二つの墓の周りにだけは誰も近づけなかった。


素朴な花を供え、男は毎日、二つの墓の前で祈りを捧げた。


そんなある日、花咲く墓の前に一人の少女が立っていた。

みすぼらしい身なりで、靴さえなく、無造作に伸びた髪は絡まり合い、薄汚れた顔で大切に飾られた墓を見ていた。


「何者だ」


そこから追い払おうと男は少女に近づいたが、少女に触れることは出来なかった。

その瞳の色が愛した女と同じ色だったからだけではなく、もし娘が生きていたら、これぐらいの歳だったかもしれないと考えたからだった。


誰にも気にかけてもらっていない様子であったことも、追い出せなかった理由だった。


「ここに埋まっている人は誰?」


少女はまるで花を憎んでいるかのように素足で踏みつぶした。


「大切な人なの?」


もう一度少女は揺れる花を踏み抜いた。


「死んだくせに、大切にされているなんて、良い身分だね」


まるで、死んだ二人から吐きかけられているようなそんな言葉に、男は込み上げる熱い物をなんとか飲み込んだ。


「彼らは……見捨てられ、憎まれて殺された。誰にも守られず、愛されもしなかった。弱い者は罪を着せられてもそれを跳ね返すことは出来ない。そうして、自分よりか弱い花を踏みにじることしか出来ない」


頬を赤らめ、少女は花から足をどかした。


「生まれた時から死ぬまで不幸だった人だっているでしょう?」


「ああ。たくさんいるだろうな」


「私、人を殺したの。だから、ここに埋められるかも。私のお墓にも花を植える?」


だからここに来たのかと、男は思った。

処刑人は自分になる。

この少女の首を落とすのだろうかと考えた。


「なぜ、そんなことをした?」


「なぜ?そんな理由が何になるの?力のない者は罪を被せられて殺されるだけでしょう?」


「しぶとく逃げ回っている悪人だってたくさんいる。そう簡単に死を受け入れる必要はない」


少女は丘の上から遠くを見た。

男に背を向け、一気に走り出す。

その果てに、自由があるのか、それともさらなる地獄が待っているのか男にはわからなかった。


ただ数日待っても処刑の依頼は来なかった。


処刑人としての孤独な日々が続き、数年が経った。


血に染まった手で妻と子の墓に花を供え、増えてきた墓の周りを囲むように柵を立てた。


その日、男に仕事の命令が出た。

処刑場に行くと、そこに愛した女性そっくりに成長した少女の姿があった。

もう少女ではなかった。


悪名高いボディオス家の娘として処刑された最愛の女性の姿を思い出した。

ついに、自分がその首を落とす日が来たのだと男は怯えた。


男はかつて少女だったその女に近づいた。


「逃げきれなかったのか?」


「黒魔術に手を出したんだ。蘇りの魔石を作るために人を殺した。身勝手な殺人鬼になったんだ。だから、気兼ねなく殺して良いよ。

それに……私は生まれてはいけない子だった。ボディオス家の当主が娘に産ませた子なんだ。最悪だろう?」


ボディオス家に仕えていた時、男は何度も戦場に赴いた。

国を守る戦力としては優れた家であり、腕の良い剣士を抱えていた。

その間、ボディオス家内部で何が行われていたか、男は深く考えたことがなかった。


「もしも、黒魔術が成功していたら、最初に戻れるはずだ。でも同じ運命を辿るかもしれないね。記憶があるかどうかわからないから」


祈りを込めて、男は最愛の女性にそっくりに育った、その女の首を落とした。

男はその亡骸も引き取り、最愛の二人が眠っている墓の隣に埋めた。



その翌朝、男は全く別の場所で目を覚ました。

そこはまだ滅びていないボディオス家の騎士宿舎の中だった。

一つの戦いを終え、戦利品を分配し、飲み明かした翌日だった。


黒魔術の話が本当であるならば、まだ最愛の女性が生きているはずだと考えた。

最愛の女性を救えなかったことを後悔し続けてきた男は、すぐに城に忍び込み、最愛の女性を探した。


女は地下牢に幽閉され、真っ青な顔でお腹を抱えていた。

父親からの凌辱を受け、震えていた女は、男を見た途端、ぼろぼろ泣いて連れ出してほしいと訴えた。

さらにこの子供を下ろしたいとも訴えた。


自分が手にかけた少女がそこにいるのだと確信し、男は女をなんとか助け出し、領地の外に連れ出した。


自分の娘は手遅れだった。

衰弱し、その子を預かった老いた召使の家で亡くなっていた。

町はずれの丘の上にその子の遺体を埋葬し、男は女と共にそこで暮らすことを決意した。


かつての歴史通りに、ボディオス家は滅びた。

男が匿い、女はボディオス家の長女だとばれずに済んだ。

しかし、生まれてきた子を女は嫌悪した。


なぜおろさせてくれなかったのかと男を責め、子供を殺そうとさえし始めた。

蘇りの黒魔術で命を得たというのに、生まれてきた娘は母親の愛を得られなかった。


女はある日、男が仕事に出ている隙に、無理やり孕まされた子供を捨ててしまった。

男に女を責めることは出来なかった。

せめて、蘇りを果たした捨てられた娘が幸せになれるよう願ったが、それはかなわなかった。


数年後、少女は母親を殺しに来た。

蘇りの黒魔術を習得し、母親を生贄に次の生に希望を託した。


少女は処刑され、また歴史は戻った。


男はもう最愛の女性を助けにはいかなかった。

処刑を見届け、丘の上に二つの墓が並んだ。

男は待った。


数年後、そこに少女が現れた。

白い花を踏みにじり、人を殺したと告白した。


正解はないのだと男は思った。


「名前は?」


男が聞くと、少女は少し驚いたような顔をした。


「リリー。名前を聞かれたのは初めてだ」


「リリー……。ちょうどここを離れようと思っていた。一緒に旅に出ないか?」


「一緒に殺されるかもしれないよ?」


「そうか。ならば、一緒に逃げよう」


一人で生きてきた少女は驚き、首を傾けた。

男は用意してあった荷物を背負い、少女に服と靴を差し出した。

それは体にぴったりと合った。


「まるで私がここに来ることがわかっていたみたいだ」


リリーは言ったが、男はその理由を語らなかった。

二人は国を出て旅をした。


父親のように傍にいようと思ったが、少女は母親にそっくりに育ち、男はついにその一線を越えてしまった。

それは少女の望みでもあった。


初めて愛をくれた人を父とは思えず、その心のままに愛を欲したのだ。

拒むことも難しく、男はわずかな罪悪感を胸に抱えながら、少女の愛を受けとめた。


「生まれてきてはいけない命だったんだ」


ある時、リリーはそう告白した。


「そうだとしても、幸せになれないわけじゃない。生まれる場所は誰も選べないのだから」


罪があるとしたら自分だろうと男は思った。

助けられなかった二つの命を背負い、自分だけが幸せになるわけにはいかないと考えていた。


それでも二人は愛を育んだ。

穏やかで、何も望まない、そんな慎ましい生活だった。

やがて二人は故郷に戻った。





明るい日差しの下に、白い柵に囲まれた墓地があった。

名前さえ刻まれていない、苔むした古い墓が二つ並び、その隣に、それよりは少し新しい墓がある。そのまた隣に寄り添うように妻の墓が建てられていた。

そこを中心に、比較的新しめの墓が並んでいる。


寂れた墓地の光景かと思ったが、そこには明るい子供たちの笑い声があった。

小さな集落の一角にあるその墓地は、愛する人たちが眠る場所であり、柔らかな芝を植えたその広々とした空間は、時には子供達の遊び場でもあった。


一組の墓守夫婦から始まったと語り継がれるその集落は、いつの間にか穏やかな暮らしを求める人々を引き寄せ、戦を嫌う人々の隠れ家となり、あるいは静かな暮らしを守ろうとする人々の戦場にもなった。


多くの血が流れることもあったが、そこは今や平和の象徴となり、自給自足に近い生活を送る人々の小さな砦となっている。

行き場のない人々はそこを目指し、また、そんな生活に飽き飽きした人々は外に出た。


ある時、一人の魔術師がそこを訪れた。

一つの墓にしゃがみこみ、地面に手を置き秘密の呪文を囁いた。

浮き上がってきた蘇りの魔石を手にし、ほっと安堵の吐息をつく。


「驚いたな。呪われた闇の魔石がこんなに清められ、力まで残っている」


それは強い復讐心に作用し、魂に吸着し悲惨な歴史を何度も繰り返させる呪われた道具であったが、その役目を果たせないほど清らかな魔力に満ちていた。

それを懐に入れ、魔術師は邪気のない集落を見渡し、ここに依頼人はいないだろうと考えた。


その時、遠くから子供たちの声が聞こえてきた。


いつもの遊び場に真っすぐにかけてくる無邪気な子供たちに見つからぬうちに、魔術師は速やかにそこを立ち去った。


後には、白い花に囲まれ、人々の祈りで清められた墓ばかりが、静かに吹き抜ける風の中に佇んでいた。







最後までお読み下さり、ありがとうございました。

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