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沈黙を食むひと

作者: 鈴村もゆり

 おかしなのって人は言う。

 おしゃべりで、カフェに入ったら半日は平気でしゃべりこんでしまう僕と、読書が好きで、放っておいたら半日は平気で石になってしまう彼。会話が成り立つのとか、あんたは独り言でも言ってるのとか、馬鹿にしたように笑うけどさ。そんな僕たちが親友なんだから、まったく相性なんてのはわからない。

 遊びに誘うのは専ら僕。とはいえ彼だって嫌がるでもなくついてきてくれる。カラオケ、ボーリング、ショッピング。彼が望めば本屋だって覗くし図書館で一日過ごしたことだってある。僕はずっと寝ていたけど。

 そりゃ楽しい。僕がダラダラダラダラどうでもいい話をして、それに彼がにこにこ返事をしてくれるのも、彼が本を読んでる傍らでスマホを弄って、時折本の感想を聞くのも、楽しい。楽しいは楽しいけど、まあ僕だって馬鹿じゃない。僕たちが親友なのも、相性がいいだろうってことも、僕が楽しいのも事実だけど。彼が楽しいかどうかってのはまた、別問題なわけで。


「……」


 今日も今日とて部屋で寝転がって漫画を読んでいる。隣できちんと座布団の上に座った彼は、何やら真剣な眼差しでページを追っている。クラスの女子は、クールな横顔が素敵なのーなんて騒いでいたっけ。僕からしたらこの痛いくらい重たい視線は、あんまり好ましいものじゃない。こっち見りゃいいのになあとか、何か言わないかなあとか、そんなことばかり考えさせられる表情。

 ページが一枚捲られて、合わせて視線も動く。きょろりと揺れた瞳が、こちらを見る。真剣な眼差しは少しだけ間抜けなものに。やっとこっち見たなあと思いつつ、僕の思いが突き刺さりでもしたんだろうかと首を傾げる。


「……どうかした?」


 ずっと黙っていたからか若干掠れ気味の声。キリリとしていた目が眠たげに細められるのを見て、ううむと口を引き結ぶ。


「……うーん」

「間抜け面だなあ」

「あのさあ、お前って僕といて楽しいの?」

「はあ?」


 あ、何言ってんのって顔。


「何言ってんの」


 本当に言うし。


「だってさあみんな言うじゃん。僕はしゃべる相手がいるから楽しいかもしんないけど、あいつは読書の邪魔されてかわいそうになあってさあ」

「ああうん。言われるね」

「別に他人に言われたってどってことないけど、そういや本人に確認したことないなあと思って」

「はあ」


 ぽやっと視線を遠くにやって、眉間にしわを寄せている。このしぐさが僕はわりと嫌いじゃない。適当に返事されるのもおしゃべりな僕としては好きだけど、話の内容をちゃんと考えてくれてるってよくよく分かる。

 じっと彼を見てる。待てをされた犬だ。わんわん。


「ははっ」

「……なんで笑う」

「犬みたい」

「僕も思った。わん」

「似合ってるよ」


 今にもお手とでも言いだしそうな意地の悪い顔。今にも閉じてしまいそうに目をにっと細めている。


「君のいいところはおしゃべりなところで、悪いところもおしゃべりなところだよね」

「自覚してます。うるさくて悪いねえ」

「ううん、逆でさ、ありがたいよ。天使食べ放題」

「なんだそりゃ」


 今日読んでるのはファンタジーだったかな。表紙を確認してみるけれど残念ながらしっかりカバーがかけられている。そういう律儀なところもいいと思うけど今日ばっかりは憎たらしい。

 天使かあ。彼、宗教とかやってたっけ?

 思わず黙り込んだ僕にぷすぷす笑いながら、彼は僕の頭の上を指さす。


「ほら、そのあたり」


 見るけど、もちろん、何もいない。何言ってんの。


「……天使?」

「そうそう。みんなで喋ってたのに、まるで狙ったみたいにふっと沈黙が落ちることあるでしょう。あれをさ、天使が通ったって言うんだそうだよ」

「知らない。どこかのことわざ?」

「フランスだったかな」


 なるほど納得。だって、なんだかおしゃれな言い回しだ。日本で生活してて使いどころあるか? ふっと静かになって、そこで「天使が通ったね」なんて言う男、ちょっと気障すぎやしないかね。


「あれって結構気まずいよね」

「わかるわかる。気まずいから余計しゃべっちゃう。巻き返さないとと思って」

「ああ、やりそう」

「そんで、天使食べ放題って?」


 焼肉屋じゃないんだから。天使食べ放題、ドリンクバー付きで2980円! みたいな。ちょっと怖いし冒涜的だ。

 そう言ってやるとまた堪えられないみたいに笑う。彼のことクールとかいう人らはこんな顔知らないんだろうなあ。こう見えて結構ツボ浅いし。本読んでるところ眺めてるだけなら声かければいいのに。あっ違う。それを平然とやる人がいないから、僕たちの仲を不思議がられるわけだ。


「ほかの人と話してるときに来る天使はさ、慌ててるんだよ」

「ん? うん」


 分からん。分からん、けど、とりあえず頷いておく。


「反応しづらかったかなとか、つまらないって思われたかなとか、何て言えばいいのかなとか。慌てて焦って、早歩きなんだよ」

「ふん、ふん」

「君の頭の上にいる天使くんはね、のんびりしてる。呑気。のったのった歩いてて、全然いなくなってくれない」

「ふんふんふん。……ふん?」

「……もしかしなくても、俺との会話の途中で静まり返ったまま何分も経つことがあるって、気づいてなかった?」

「えっ、本当に?」

「本当本当」


 気付いてなかった。というか気にしてなかった。僕はおしゃべりで、いつまでもいつまでもしゃべっていられて、そう思っていたけど違ったのだろうか。

 彼はまた視線をふわっと浮かせて、何か考えてる。僕は黙る。次は何を言うんだろう、何考えてるんだろう。

 口をぎゅうっとつむったまま、はっと気づく。


「……今の?」

「今の」


 たしかに! 今僕は会話の途中で急に黙ってしまっていた!

 変なふうに思われちゃいないかと冷や汗が出る。間があるのは悪い理由じゃなくて、本当にそんなんじゃなくて。


「あー! ええと、別に反応しづらいとかつまらないとかじゃなくって! お前が何かを考えてるのが分かってるから、なに言うのかなあって思ってるとかそういうのであって、天使、天使が通ってるなんてつゆ知らず!」

「うん、うん。やっぱり君の天使はのんびりしてるよね」

「それ悪口じゃん!」

「違うよ。全部わかってるし。俺のこと待ってくれてるんだなって、考えさせてくれてるんだなってわかってるから。君の天使はね、何にも怖くない」


 糸みたいになった目。喉がむずむずとして言葉が出ない。これも沈黙に入るんだろう、分かっちゃいるのに、口はぱくぱくと空気を噛むだけで言葉が出てこない。肝試しでしゃべりすぎて雰囲気が出ないとペアの子に怒られたこの僕が。

 彼は笑って、僕の言葉を待ってる。たぶん、その頭の上にも天使がいるんだ。のったりのったり匍匐前進しながら。


「……それって、結局楽しいのかな」

「楽し、くはないかな。物語がクライマックスのときに声かけられたらイラッとするし」

「だよなあ。まあイラついてても無視して話しかけてるけど」

「うーん。楽しいよりは、安心する。色々と気付かされるよ、君といると」

「そっかあ」


 それなら、いいか。まあ僕たちは親友なわけで、親友であることに理由もなければ誰かに批判されることもないし。彼が安心できるってなら、それでまあ、いいかあ。

 ぱたんと、開かれたままだったページが閉じられる。にっと笑いかけられれば、これがなんの合図なのかよくわかる。さっきの冗談を引き継げば、「よし」の合図。そんでもって、「おしゃべりの相手をしよう」の合図だ。


「さあ、天使食べ放題だ」

「その言い方どうかと思うなあ。天使と散歩する時間だーとかのがよくない? ゆるゆるお散歩。かわいいじゃん」

「あのね。犬じゃないんだから」

「数分前の自分の発言思い返してから言ってくれよ」


 おしゃべりの内容を考える。どんな話したところで、ふんふん聞いてくれるんだろうけど。そうやって思うだけで頬が緩んじゃう。だって、おかしく思われるかもしれないけどやっぱり僕たちは相性がいいんだ。

 ぬるくなったお茶とスナック菓子。目の前にはしゃべり下手だけどクールではない親友がいて、どうやら僕の頭には天使が一匹。彼のと合わせて二匹。こんなに楽しいことってないなあ。僕はにんまりして、口を開く。

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