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 ――そして現在――


 たまに小競合いはあったけれど、1年近く麗奈と交際することができた俺は、3日後の記念日に勝負をかけようと、心に決めていた。


 年末なので仕事が忙しく、本日の夕飯はカップヤキソバだ。

 カップラーメンの時と、同じ轍は踏むまいと、今回、調理(という程でもないが)するのは俺だ。


 カップヤキソバとカップラーメンとでは、少々、作り方が異なる。

 カップヤキソバは容器が大きいので、お湯が麺に触れた瞬間に時間を計測し始めれば、お湯が規定量入るまでの時間差のせいで、半端に硬い麺と伸びた麺が混在して、食感が損なわれてしまうからだ。

 湯切りが不充分だと、水っぽい食感になるものの、入念にやりすぎて時間がかかるのもいただけない。


 ならばどうするのか?


 鍋で予め沸騰させた熱湯に、麺とかやくを同時に放り込み、時間を計測する。

 そして、湯切り網を用いて、素早く湯切りを終わらせた(のち)、容器に戻した麺に、ソースをかけて混ぜれば完成、というわけだ。


 その様子を困り顔で、眺めていた麗奈だったが、麺を投入する時は「ダッダーン」とか言って、はしゃいでくれた。


 だからなんなの、その掛け声?


 無事、ヤキソバが完成し、二人で食べている最中(さなか)、麗奈は言う。


「よっちゃん、相変わらずユニークな作り方だけれど、そんなに神経質にならなくたって、わたしはよっちゃんと楽しく食事ができれば、なんだって美味しく感じるよ?」


 なんだ? まだ俺のやり方に文句があるとでも?


 若干、苛ついたが、まあいい。前回と同じ轍は踏まないって、決めたじゃないか。


「俺もそうだよ。でも、この作り方はなんて言うかな。落ち着くっていうか、母ちゃんがこうしろって――」


 バンッ、という衝撃音と共に食卓が揺れる。


 そこには涙を湛えて、立ち上がった麗奈の姿があった。


 暫く俺が何も言えないでいると、彼女はおもむろに座り、うつむいた姿勢で食卓を濡らす。


「ごめん、ごめんね、よっちゃん。なんでもない。本当になんでもないから」


 正直、またやってしまったと思ったが、不思議と今日は、なんの技もかけられなかった。


「麗奈、ごめん。母ちゃんのことは言うべきじゃなかった……」


「だからいいって、何でもないって言ってるじゃん。それに、言うべきじゃなかったって何? 言わなくたって思ってるってことじゃん……………………って、ごめん、今のなし。本当に何でもないから。本当、ごめんね」


 それ以降、取り付く島がなくなってしまった麗奈に困り果てた俺は、改めて明日、謝ろうと決めて「先に風呂に入るね」と言って、その場から逃げた。



 翌日、何事もなかったかのように振る舞う麗奈に面食らって、謝るタイミングが分からなくなってしまった俺は、いつも通りに二人で駅へ向かい、改札で別れるのだった。


 大丈夫、記念日まであと2日。その時に新しい座右の銘を伝えればきっと――その時は、そう思っていた。


 だが、その夜、俺は麗奈にフラれることとなった。

 謝罪の言葉は尽くしたし、みっともなく縋ってみたりもしたが、時は既に遅かったということだろうか? 彼女の心を動かすことはできなかった。


 荷物は後で取りに来ると聞いたきり、麗奈とは連絡がとれなくなってしまう。

 携帯電話を解約したか、番号を変更したのだろう。

 徹底しているなと、乾いた笑いが溢れた。


 麗奈がいなくなったアパートは、何故か狭く感じたが、代わりに深夜に隣の部屋から伝わってくる振動は、以前より激しくなったように思える。

 はっきり言ってウザい……。



 予約していた高級レストランをキャンセルし、新年を迎えた俺は、実家に帰る予定もなかったし、連絡を入れる気にもなれなかった。

 麗奈にフラれたのは、俺が悪いのであって、母親が関係ないのは百も承知だったが、どうしても連絡をとる気にならなかったのだ。

 

 そんな悶々とした、正月を過ごしていると、母親から電話がかかってくる。

 まあそりゃあ、かかってくるよな、と思ったが、無視を続けていると、LINEにメッセージが入った。


 メッセージを確認する気にもならず、ダラダラ過ごしたが、3時間くらいした(のち)、ふと思い直してLINEを開く。

 

『正月の挨拶くらいよこしなさい。この馬鹿息子! あと、良く分からないけど、田ノ上さん、って女の子から連絡があって、出会った場所で待ってる、と伝えて欲しいと必死に頼まれたから、一応伝えとくけど、変な宗教とか、詐欺じゃないでしょうね?』


 そのメッセージを目にした直後、俺はアパートを飛び出していた。


 取り外したハリボテをママチャリに取り付け、全力で『アルタクス号』を走らせる。


 あの駅まで、自転車なら1時間以上はかかるから、家でダラダラしていた時間を含めると4時間以上、待たせる計算になる。

 電車を使えば良いのだろうが、何故かその時は、馬鹿みたいだけどそれは違うと思ったのだ。


 麗奈は俺のことを、マザコンだと思っているだろうから、確実に連絡を取ると見越して、母親にメッセージを託したんだろうけど、あ~、もう!!

 

 兎に角、これがラストチャンスであることに変わりはない。いいや、その認識が果たして合っているかどうかも分からないが、麗奈に会えるのであれば、どっちだって構わない。


 寒空の中、汗だくになりながら必死にペダルを漕いだ。

 こんなに真剣に自転車を漕いだのは、産まれて初めてだと断言できる。


 目的地に近づくにつれ、ただでさえ早鐘を打つ心臓が、更に早くなった気がした。 

 アパートをを出てから、もどかしく長く感じた時間が、いざ約束の場所に辿り着いてみると、一瞬だったようにも思えるが、兎に角、到着した。



 そして…………彼女はいた。いてくれた!


 自転車を停め、汗か涙か分からない、グシャグシャになっているであろう顔で息を整えていると、どこから沸いたのか、あの時のシチュエーションのまま、オッサン達が麗奈に絡み始める。


 オッサンというか、隣人の阿保さんと、三橋(みつはし)さんだが……。


 なにやってんだよ、あんたら?


 だが、あの時の、シチュエーションを踏襲しているのであれば、俺の言うことは変わらない。変わったのは『アルタクス号』があるかないかの違いだけだ。


「おい、彼女、怖がってるだろ?」


 そう言った瞬間、阿保さんにど突かれた。


「うっせっ、バーカバーカ」


 おい、オネェ言葉はどうした?


 そんな益体のないことを考えているうちに、ホモ特有の優しい暴力で、俺はボコボコに叩きのめされていく。

  

 ある程度、俺をボコして満足したのか、

 

「「イエーイ☆」」


例のグータッチを交わして、阿保さんと三橋さんは去っていった。

 あのグータッチ、気に入ったのだろうか?



 満身創痍の体に鞭を打って、麗奈の前に立つと、


「絶対、来てくれるって信じてた」


そう言って彼女は、手を差し出してくれた。


 彼女の泣き笑顔が、余りにも眩しかったので、合わせて俺も笑顔を作ったつもりだったが、顔が痛くて、上手くできたか分からない。


 俺は無言で差し出された手を取り、麗奈を『アルタクス号』までエスコートすると、いつも通りに彼女を横抱きにした状態で、『アルタクス号』を駆り始める。


 奇異の視線に晒されながら、帰路を目指す途中で、俺は深呼吸をすると麗奈に問いかけた。


「ところで『俺が生涯、愛する女性は、香坂 麗奈ただ一人』――というのが、俺の座右の銘なんだけど、こいつをどう思う?」


 麗奈の俺にしがみつく力がギュッと増した暫くの(のち)、彼女はこう答えるのだった。




「あなたは、わたしの命の恩人です」



 いや、答えになってねーし!!

おしまい♡


カップラーメンにお湯を入れてからの、時間を計測するタイミングで揉める、頭悪いカップルを書きたかっただけなのに、妙な作風になってしまいました。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ボンクラが恋愛を語るのもアレなんですが、面白かったですよ! ある意味、奇妙に歪であるのがむしろボンクラにはちょうど良かったのかも。 隣人ズも良い味出してましたね!……つーか、むしろMVP?…
[良い点] めんどくせー! でもそれを笑って言えるのがいいですね^^ 色んな意味で末永く爆発してください! [一言] 全然関係ないんですが、かぐや様の原作でカップ焼きそばの湯切りは少し水を残すくらい…
[一言] 凄い!! バカップルというよりカオスップル(語感の悪さ)ですね!! 面白かったです!
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