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 自慢ではないが、俺――香坂(こうさか) 良純(よしずみ)――は、女性との交際期間が1年間、持ったためしがない。

 原因が分かっていれば、手の打ちようもあるのだが、フラれる時に相手は何も言わないし、俺も追求しない。

 要するに、思い悩み、原因を究明するほどの執着がないのだ。

 よく、別れた女のことを引きずる男は女々しいと、マイナスに見られる要因になると耳にするが、執着が無さすぎるのも問題なのかもしれない。


 そしてこれは自慢だが、そんな俺にも、別れたくないと思える程度には、好きな恋人ができたのだ。

 女性との交際期間が“1年間”持ったためしがないとは言ったが、実を言うと、それはちょっとした見栄みたいなものだったりする。

 なぜなら、彼女――田ノ上(たのうえ) 麗奈(れいな)――と付き合うまでは、1年はおろか3ヶ月、持ったことがなかったからだ。

 つまり、彼女と付き合ってもう少しで1年になる。

 記念日には夜景の綺麗な高級レストランを予約したし、指輪も買った。

 

 本気で異性を好きになると、相手に良く見られたい、といった気持ちがわいてくるが、逆を言うと、それは幻滅されることを恐れているということだ。

 今までそういった機微に無頓着だったことが祟って、これまでにフラれた原因は分からないが、麗奈を失いたくないという気持ちは本物だ。

 彼女に会うまでの俺の座右の銘は、『我、関せず』だったが、それが『我儘を許して良い異性は、母ちゃんと麗奈だけ』に変わったくらい、彼女に執着があると言える。


 恋愛に関しての自分の欠点は、相手に対する関心の薄さ――程度の分析くらいしかしてこなかったが、他者のことになると分かるもので、麗奈の欠点は把握しているつもりだ。

 “新”座右の銘を彼女に話したことがあるのだが、なにやら“母ちゃん”が自分(麗奈)の名前より先に来ていることが、許し難かったらしく、座右の銘を『我儘を許して良い異性は、“麗奈”と母ちゃんだけ』に変更することを、余儀なくされたことがある。 

 つまり、彼女の欠点とは、恋人の母親にすら嫉妬する嫉妬深さだ。

 本当は座右の銘に“母ちゃん”が入っていること自体、気に食わなかったようで、渋々許してくれたのは、丸1日、口を利いてくれなかった(あと)だったわけだが。

 


 麗奈と出会ったのは、会社の忘年会を一次会で切り上げて、駅に向かっていた時のことだ。

 後から聞いた話では、彼女も忘年会の帰りだったらしく、運悪く酔っぱらいの団体に絡まれてしまったのだという。

 麗奈は、癖のない黒髪ロングストレートの、タイトスカートが良く似合う、スレンダーな美人OLといった風貌で、動物に例えるのならキツネ顔。

 整ってはいるがキツめな容姿からは、近寄りがたい高嶺の花、といった印象を抱かせた。

 近寄りがたいとは言ったが、理性のタガが外れた酔っぱらい共には、そんなことは関係なく、むしろ格好のターゲットだったのだろう。

 酔っぱらいを擁護するわけではないが、彼女にはそれだけの魅力あり、絡みたくなる気持ちは、少し分かってしまう。

 そんな彼女が目に涙を溜めて怯えていればどうだろう。

 『我、関せず』がモットーな俺が、酒が入っていたこともあり、柄にもなく義憤にかられ、助けに入ってしまったのだ。


「おい、彼女、怖がってるだろ?」

 

 そう割り込んだのは良いが、特に荒事に慣れていない俺は、すぐにボコボコに叩きのめされた。

 いやあ、正直、慣れないことはするもんじゃないと、その時は後悔したね。  

 だが、今思えば麗奈と知り合えるキッカケを得られる英断を下した、当時の俺を誉めてやりたい。

 俺がボコられている隙に、逃げた麗奈の姿を確認して、「まあ、それが普通だよな」と、彼女が無事に逃げられたことを喜ぶよりも、恩着せがましくも寂しさを覚えた俺だったが、暫くして麗奈は警察を連れて現場に戻ってきてくれたのだ。

 その時は、女神が降臨したと思ったね。


 幸い骨折等はなく、病院嫌いな俺は、翌日、会社を休んで自宅で療養していたわけだが、どうやって調べたのか、ゆるふわファッションに身を包んだ麗奈が家を訪ねてきて、甲斐甲斐しく介抱してくれたのだ。 

 それが彼女と付き合うキッカケにとなったわけ。

 これは、麗奈には口が裂けても言えないが、マザコン気味の俺が、彼女に世話を焼かれたことによって、バブみを覚えたことが、彼女に惚れる決定打だったのだと思う。

 後から聞いた話だが、俺が女神が降臨したと感じたように、彼女は彼女で、白馬の騎士が救いに来たと思ったようだ。


 俺が白馬の騎士ねえ。

 些か無理があるように思えるのだが……。


 これをファンタジーに例えると、ゴブリンやオークに襲われる令嬢を、勇ましく助けに入ったはいいが、返り討ちに遭う、勘違いしたクソザコなモブ村人でしかないのだが、彼女が好意的にとってくれたのであれば、良しとしよう。

 帰り際、「あなたは、わたしの命の恩人です」とか言って、しなだれかかってきた時にはドキッとしたが、それ以上に「この子、大丈夫かいな?」と思ったがね。



 暫しの交際を経て、麗奈の異常なまでの嫉妬心が、身に染みた出来事があった。

 彼女も俺と同じく、異性と付き合って長く続いたことがないと言うのだが、それも納得というものだった。


 麗奈は、料理や家事全般といった女子力が高く、可愛いというよりかは美人寄りの顔立ちなのだが、小動物のように可愛く甘えてくるギャップが堪らない、俺には勿体ない素敵な女性だ。

 だから、さぞかしモテただろうと、過去の恋愛について聞いてみたのが間違いだった。

 リンゴの皮を剥きながら、ばつが悪そうに、長く続いたことがないと答えた彼女は、お返しとばかりに、今度は俺の恋愛遍歴を聞いてきた。

 相手の過去を聞けば、自分のことを聞かれるのは当然の流れ。深淵を覗く時、深淵もまた、こちらを覗いているのだ――なんてね。

 

「俺も――」

 

 そう答えた瞬間、何かが頬を掠めた。俺が座っていたソファーの背もたれに、何かが突き刺さっている。

 恐る恐る横を向くと、そこには先程まで麗奈が使っていた包丁が生えていた。


「まさかとは思うけれど、よっちゃん(俺の愛称)、わたし以外の女と付き合ったことなんてない……ないよね。ない……よね?」


 この世のものとは思えない気配を間近に感じ、視線を正面に戻すと、いつの間に移動したのか、顔を横に傾けた麗奈が、こちらを覗きこんでいた。

 重力に従い、顔にかかって滝のように流れ落ちる黒髪は、ホラー映画さながらだ。


 どうでも良いけど、その体勢、疲れん?


 ――などと、素朴な疑問が頭をよぎったが、そんなことを言っている場合ではない。


『こらっ、良純。嘘つきは泥棒の始まりだよっ』 


 幼い頃、母ちゃんに言われたありがたい言葉がフラッシュバックしたが、そんなことを言っている場合でもない。


「な、なに言ってんだよ。昔も今もこの先も、俺が時間を割く異性は、麗奈だけって決まってんだろ?(あと、母ちゃん)」


 嘘も方便ってやつだ。

 このままでは命が危ないと思った俺は、咄嗟に出た自分でも驚くほどの、浮気がバレた時のチャラ男っぽい台詞を吐き、彼女を宥めることを試みたのだが――

 ソファーごと床に押し倒されてしまった。


 この細身のどこに、これだけのパワーが?


 柔道でいうところの、袈裟固めの体勢でガッチリとホールドされた俺の耳に、麗奈の吐息がかかる。


「本当? 本当だよね? 信じて良いんだよね?」 


 どうでもいい話だが、麗奈は学生時代、好きな先輩(男)と、練習に託つけて寝技をする魂胆で柔道部に入部したものの、他の部員(男)に、その先輩を寝取られるといった、苦い経験があるという話を、俺は(のち)に聞かされることになる。

 この時は知らなかったが、そんな不純な動機で入部したものの、麗奈は柔道二段の実力のため、彼女がその気になれば、俺ごとき簡単に制圧されてしまうのだ。


「本当、本当だってば。あと、苦しいけど、胸があたって嬉しい複雑な気分……なんてね」

 

 俺の苦し紛れのの反撃に、ハッとして離れた麗奈は、胸を押さえる仕草でムッと睨んでくるが、頬が紅くなっているのを見逃さない。


 良し、あと一押し。


「麗奈ってさ、実家が米農家で姓が田ノ上だから、田ノ上じゃなくて“田植え”って、子どもの頃、からかわれたって言ってたじゃん?」


「そうだけど、今する話? それ」


 訝しげに眉をひそめる麗奈に、俺はこう続ける。


「俺なんて、実家がイカ漁師だから、アダ名が“よっちゃんイカ”――なんて話はどうでも良いんだけど――その、なんだ……」


 付き合ってまだ、そこまで時間が経っていないので、この先を言うのは口ごもってしまうが、窮地を脱するには言うしかない。

 というか、自分は過去に男と付き合ってても良いけど俺はダメとかあれか?

 わたしの想い出はわたしのもの、お前の想い出はわたしだけ――って、お前はジャイアンかっつーの!


「この先も――って、さっき言っただろ? だからあれだよあれ。そのうち姓が香坂に変わって、香坂 麗奈になるんだから問題ない――ってこと……なんだけど」


 ああ、言ってしまった。思った以上に恥ずかしいなこれ。


「もうっ……ちょっと気が早いんじゃないの?」 


 袈裟固めをかけられた状態から、上半身だけ起こした体勢の俺に抱きついた麗奈は、それ以上何も言わなかった。


 気のせいかもしれないけど、なんか俺って、クズ男っぽいムーブしてない?


 そんなことを考えつつ、袈裟固めと違った、心地よい抱擁に身を任せ、俺は艶やかな黒髪を撫でた。  

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私は基本的に人を本気で好きになることがないので、小動物に置き換えて納得しました。 完全にヤンデレですが、ヤンデレはそれを許容できる人物であれば何も問題ないという証明になりましたね!
[良い点] 一区切りが長いので長く楽しめるのがいいと思います! [一言] 今日始めた新作なんですね!私も最近始めた作品があります!評価もつけたのでこれが応援に変えられると嬉しいです!
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