【隔離用】シルフちゃんは幼妻【タイラントシルフIF】
1.
凝り固まった身体をほぐすように腕をあげて背中を反らしながら伸びをすると、自分の内側からミシミシと小さな音が聞こえて今日も一日頑張ったという気分に浸る。どうしてこんな音が鳴るのか、それが頑張った証なのかは正直知らないけど、一息ついた時の癖になってしまってるからそう感じるのかもしれない。
同僚との軽い会話を挟みながら進めていた作業も一段落ついて、ふと壁にかけられた時計を見てみれば時刻は19時ちょうどを少し過ぎたあたりだった。窓の外はまだ明るいけれど、日の入りはもう始まってるみたいで少しずつ茜色に染まって行く予兆を感じられる。
そういえばあの時も、こんな季節だったっけ。
「木佐山さん、プレミアムフライデーだし喉乾かない? 女子会みたいな感じでさ、メンバーはあの子と、あの子――」
パソコンの電源を落として帰り支度をし始めた私に、私よりも一年先輩の女性が待ったをかけて何かを飲むような仕草をしながらフロアにいる比較的若い同僚を指さしていく。
社会人になりたての頃はその独特なお誘いの仕方に意味を掴みかねていたけれど、大学卒業と共に就職すること早二年、今ではそんなジェスチャーがお酒の席への誘いだということもすぐにわかるようになった。
「すみません、今日はちょっと……」
もちろんそうやって誘って貰えることは嬉しいし、何もなければ参加したろうけど今日は駄目。毎週金曜日は約束をしてる日だから、仕事が終わったら早く帰らなくちゃいけない。もしも夜遅くにお酒の匂いを漂わせながら帰ったりしたら、きっと拗ねちゃうから。
「あ、ううん。急に誘ってごめんね。また今度都合が良い時にね!」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、お先に失礼します」
職場の先輩方や後輩は本当に良い人ばかりで、金曜日にはいつも予定があってお酒の席に出る機会の少ないことを責められたり叱られたりするようなことは一度もない。
ただ、女性の同僚には彼氏の束縛が激しいのか、なんて興味本位で聞かれることもあって、過去に当たらずとも遠からず、何て曖昧な答えで濁してしまったせいか私は彼氏にぞっこんみたいな噂が流れてるらしい。
それ以来男性からのアプローチを受けることも激減したから否定はしてないけど、やっぱり当たらずとも遠からずかな。
「お仕事終わったよ~、っと」
メッセージアプリで19時30分には帰れそうと連絡を入れて、了解の返事に既読をつけてからSNSアプリを起動させる。
タイムラインに流れてくる呟きには、とある少女の名前が含まれてるものが多い。
『シルフちゃん今日も可愛かったなー』
『やっぱりシルフちゃんが楽しそうだとこっちまで楽しくなってくるわ』
『タイラントシルフ相変わらずゲーム下手すぎて草』
『涙目シルフちゃん可愛かった~』
『上質なシル虐を補給できた』
『魔法少女しか勝たん!』
魔法少女タイラントシルフ。
今となっては懐かしい名前だった。あの戦いから、もう10年も経った。懐かしいと思うのも仕方ないことなんだと思う。
欺瞞世界という一種の防波堤を破壊して現実世界に降り立った怪物、歪みの王。
侯爵級や公爵級のディストを大勢引き連れて世界を蹂躙しようとした化け物は、けれどお茶会の魔女たちやシルフちゃん、そして全国各地の魔法少女の活躍で大きな被害を出す前に討ち取られた。
あの時のことは今でもよく覚えてる。咲良町にも襲い掛かったディストを、私やブレイド、プレス、シャドウさんで力を合わせて倒して、そうやって世界中で魔法少女が各地を守って時間を稼いで、最後には魔女が歪みの王に止めを刺した。
そうして歪みは解消されて世界には平和が戻り、魔法少女たちは役目を終えた。
戦いが終わるのと同時に私たちは宝物庫への鍵を失って、永久に魔法少女に変身することは出来なくなった。
学校に通ってないとか、魔法界に住んでたような、すぐに社会復帰するのが難しい魔法少女には魔法界からの支援があったらしいけど、私たちは普通の女の子としてただの中学生に戻ったから何があったのかは詳しくはわからない。
ただ、魔法少女の力を失ったからって全てがなかったことになるわけじゃない。
あの戦いの日々は確かに私の中に息づいてるし、今でも鶴ちゃんや遊ちゃんとは都合をつけて2~3ヶ月に一回くらい顔を合わせてる。
それに認識阻害を受けていたとしても、あれだけ大規模に現実へ侵略されれば人々の記憶にも魔法少女の姿は強く刻み付けられた。
魔法少女たちは知られざる英雄なんかじゃなくて、この世界を救った守護者として今でも多くの人に語られて感謝されてる。
魔法少女は戦い抜いて、幸せのエピローグを迎えたんだ。
だけど、そうやってほぼ全ての魔法少女が普通の女の子に戻って行った中で、今でも魔法少女を続けているごく一部の例外が存在する。
それが――
「ただいまー」
「おかえりなさい、ちさきさん。ん」
目の前で嬉しそうな微笑みを浮かべながら目を閉じておかえりのチューをねだっているこの世の物とは思えないほど可愛すぎる私の幼妻、
タイラントシルフちゃんだ。
2.
「もうすぐご飯できますから、ちょっとだけ待っててくださいね♪」
「うん、いつもありがとね良ちゃん」
ラフな普段着にフリフリの白いエプロンを身に着けたツインテールの美少女、水上良ちゃんがご機嫌そうに鼻歌を歌いながらキッチンへ戻って行くのを見送りつつ、私は背後からその小さな肢体を抱きしめて甘い香りをクンクンスーハ―したい欲望をなんとか抑える。
いつものことだけど、必ず玄関で待っててとびっきりの笑顔で嬉しそうに帰りを喜んでくれて、しかも当然のようにキス待ち顔を向けてくる良ちゃんはあまりにも可愛いが過ぎる。
さすがに玄関で押し倒すわけにはいかないからついばむ様に軽く触れる程度のチューで我慢したけど、気を抜けばそのまま舌をねじ込んで心行くまで可愛らしいお口の中を堪能するところだった。
それをやっても良ちゃんはきっと怒らないだろうけど、駄目ですよちさきさん……♡、みたいな駄目じゃないくせに駄目駄目言ってくることは目に見えていて、そんな誘い方をされたら絶対に止まれなくなるからやっぱり我慢できてよかった。私偉い。
内心で自分を称賛しつつ自室で着替えながら、ご飯食べたらシルフちゃんの配信を見ようかなとこの後の予定に想いを馳せる。
SNSの呟きからもわかるように、良ちゃんは今でもタイラントシルフに変身する資格を持っていて、基本的には配信をメインに活動してる。
今の好き好きオーラ全開の良ちゃんも勿論良いんだけど、配信してる時は出会った頃みたいなクールっていうか塩対応みたいな感じで、また違った魅力を堪能できるからアーカイブを追いかけないなんて選択肢は存在しない。私はシルフちゃんガチ恋勢なのだ。
ちなみにどうしてシルフちゃんが今も変身資格を持っているのかと言えば、万が一に備えてということらしい。歪みの王を倒して世界の歪みが解消された以上、ディストはもう現れないはずだけど、万が一出現してしまった時の為に保険として何人かの魔法少女は変身資格を取り上げられなかったんだとか。
けど結局あれ以来一度もディストは出てきてないから、良ちゃんは自分の生活費を稼ぐために仕方なく配信者として活動してるということらしい。そんなことしなくても私が養ってあげるって言ったんだけど、ヒモにはなりたくないから嫌ですって断られちゃった。
魔法少女の資格を取り上げられなかったことと良ちゃんがいつまでも歳を取らないことは関係ないみたいで、ほかの資格を保持してた魔法少女は年月の経過と一緒に少しずつ引退していって、今も魔法少女として活動してるのは良ちゃんの他に片手で数えられるほどしかいないんだとか。
良ちゃん曰く、不完全な形ではあれど亜神の領域に片足を突っ込んで人の枠組みを超えてしまった、らしい。正直何を言ってるのかよくわからなかったけれど、とにかく良ちゃんは歳を取らない永遠の美少女ということ。
だから私が歳を重ねて大人になっても、良ちゃんは小さくて可愛らしい子供のままの姿。
これから先もずっと、私が老いてこの世を去るまでずっと、良ちゃんは……。
「ちさきさん? できましたよ?」
「あ、ごめんね。ちょっとボーっとしてた」
「ふふっ、仕方ないですね」
着替え終わったまま部屋の中で突っ立っていた私を見て、良ちゃんが可笑しそうにくすくす笑いながら私の手を引いて歩き出した。良ちゃんの手はいつだって暖かくて、そして小さい。
3.
良ちゃんと一緒にご飯を食べて、お皿を洗って、テレビを見たりシルフちゃんの配信を見たり、一緒にお風呂に入って身体を洗いっこしたり、お互いの髪を乾かしあったりしてる内にすっかり夜もふけて、あっという間に後は寝るだけになった。
「ちさきさん」
私がベッドにあがって寝転がろうとすると、寝間着に着替えて一足先にダブルサイズのベッドの上で座って待っていた良ちゃんがポンポンと自分の膝を叩いて私を呼んだ。
どうやら膝枕をしてくれるつもりらしい。普段であればむしろ逆、どちらかというと良ちゃんが私に甘えるようなパターンが多いだけに、私は少し混乱しながらも示された通りにシルフちゃんの膝の上を枕にして寝転がった。
「よしよし、ちさきさんは今週もとっても頑張りましたね~。偉いですよ~」
「りょ、良ちゃん? 急にどうしたの?」
相思相愛の可憐なロリっ子に良い子良い子と頭を撫でられるなんて、正直若干気落ちしていたのが嘘のように興奮が高まってしまう。
これは……、ロリママッ!
「何だか元気がないみたいだったので、嫌なことがあったんですよね? だからちょっとでも私が力になれればと思ったんですけど……、嫌でしたか?」
「全然嫌じゃないよ! もうすっごい元気出た! ……でも、そんなに元気ないように見えた?」
良ちゃんには心配かけたくないから、なるべくいつも通りに振舞おうとしてたつもりだけど、やっぱり私の可愛いお嫁さんにはちょっとした違いでも見抜かれちゃってことなのかな?
「だってちさきさん、一緒にテレビ見てる時はいつもならどさくさ紛れに私の身体を触ってきますし、お風呂の時はえっちな触り方するじゃないですか。金曜日は特に。でも今日は大人しかったので」
「あ、あはは、そういうことね」
確かに、今日は何だかそういう気分になれなくて、良ちゃんと触れ合ってる時もむしろ慈しむような感じだったかもしれない。
「元気が出たなら良かったです。ちさきさんは私のためにいつも頑張ってくれてるので、私に出来ることなら何だってやりますから! こうやってなでなでされながら褒められると私も元気が出るので、今日は私がやってあげます。ちさきさん、良い子良い子~、偉い偉い~」
「ふわぁぁぁぁ~、ママ!」
「ふふ、よちよち、ママですよ~」
ロリママ良ちゃんの母性にとろかされて思わずふにふにのお腹にグリグリと顔を押しつけると、良ちゃんは嫌がる素振りを少しも見せずにむしろ慈しむような優しい声で私の頭を撫でてくれた。聖母……。
「ハァー、ハァー、もう無理、我慢できない……!」
「キャッ。もうちさきさんはいつも乱暴なんですから……。優しくしてくださいね?」
元々、毎週金曜日はそういうことをする約束の日だ。だから同僚のお誘いもお断りして真っ直ぐ一直線に帰って来た。ちょっとナイーブな気持ちになって今日はやっぱり良いかな、なんて思ってたけど、良ちゃんがあんな風に誘惑するからもう止められないくらい昂ってしまった。
力任せに良ちゃんを押し倒して覆いかぶさると、言葉とは裏腹に良ちゃんは満更でもなさそうな表情で頬をほんのり赤く染めていた、
そこから先は、語るまでもない。
4.
心地の良い微睡の渦から私を引っ張り上げるように、空きっ腹を刺激する芳ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「んあ……?」
気が付けば朝を迎えていた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。美味しそうな匂いにつられてのそのそと重い身体を引きずって行くと、キッチンで良ちゃんが小気味いい鼻歌を歌いながらお鍋をかき回していた。机の上には白米とベーコンエッグ、サラダが並べられていて、後はお味噌汁を並べれば完成のようだ。
「おはよー、良ちゃん」
「ちさきさん! おはようございます」
声をかけながら席に着くと、私が起きてきたことに気が付いた良ちゃんが嬉しそうに満面の笑みを浮かべて挨拶を返してくれる。
いつものことだけど、私の顔を見てそんなに嬉しそうな顔をされるとより愛おしい気持ちが大きくなる。ずっと、これから先もずっと良ちゃんを幸せに、良ちゃんを泣かせたくないと思う。
「ちょうど今できたところなので、早速いただきましょう!」
「うん、ありがとう」
良ちゃんがよそってくれたお味噌汁を受け取って、良ちゃんが席に着いたらいただきますをして朝食に手を付ける。毎朝こんなに美味しいご飯を作ってくれるお嫁さんを貰えて、私は本当に幸せものだ。
「ごめんね、良ちゃん」
「……何がですか?」
「昨日、私が少しだけ元気なかった理由。私は大人になって、これからも成長して、老いて、最後は死んじゃうけど、良ちゃんはこれから先もずっと子供のままで、私は良ちゃんを、一人で残しちゃう」
こんなこと朝食の場でするような話じゃないかもしれないけど、だけど今、私が幸せを噛み締めている今だからこそ謝らなくちゃいけないと思った。
だってシルフちゃんには、悲しい未来が待ってるから。
シルフちゃんにはもう、家族も友達もいない、私だけを選んでくれたのに、私に全てをくれたのに、私はシルフちゃんをたった一人取り残して、いつかはいなくなってしまうんだ。
「ちさきさんと一緒にいたいと思ったのは私の選択ですよ。家族と縁を切ったのも、友達を作らなかったのも全部、私が決めたことです。ちさきさんが私の未来を憂う必要なんてありません」
「でもっ……」
「それでも、もしもちさきさんが私に遠慮してしまうなら、自分の幸せを素直に喜べないなら、ちさきさんが私の未来を賑やかにしてください」
「そんなの……」
もしも私も良ちゃんと同じように不老になれるなら、今からだってそうなっても構わない。だけど、そんなことが出来るならもっと前にそうしてた。私だって良ちゃんとずっと一緒にいたいって、本当はずっとずっと思ってた。
だけどそれが出来ないから、私は、今更……。
「……子供を産ませて下さい」
「え?」
「魔法局に頼めば、不老は無理でも一時的にアレを生やすことは出来ます。ちさきさんにそんなことをお願いするなんてあり得ないと思ってたので今までは我慢してましたけど、私の未来のためにちさきさんが何かをしてくれるなら……」
良ちゃんが言ってることの意味は理解できても状況についていけてない私は、茫然としながら良ちゃんの独白に耳を傾けることしか出来なかった。
ただ、よく見てみればえっちなことをされるのにすっかり慣れてしまって今では嫌がったり照れたりしなくなってた良ちゃんが、恥ずかしそうにモジモジしながら顔を赤らめてるのがわかる。
「わ、私はちさきさんの赤ちゃんが欲しいです!」
決心するように一度言葉を区切り、力強く叫んだ良ちゃんは恥ずかしそうに耳まで真っ赤にして俯いてしまっている。
可愛い。
生えていたら確実にたっていた。
ううん、心のアレは勃っている。
「良ちゃん、早く食べて」
「……え? え?」
良ちゃんが作ってくれた最高の朝ご飯をしっかり味わいながらだけど猛烈な勢いで食べ進めて、同時に良ちゃんにも食事を促す。
「生やしたら一日中やるから。もう泣いても謝っても許してあげないからね」
私たち家族はこの先多くの子宝に恵まれて賑やかで、騒がしくて、幸せな家庭を作ることになるけれど、それはまた別のお話。
女の子であることを完全に受け入れたシルフちゃんなのでした