王宮無理難題
王妃は目を見開いてショックを受けた。
サモンは「何を驚くんだい?」と、当たり前のことのように言う。
「だってそうだろう。川に流された子供が生き残る確率なんか一割もないよ。重みで沈むし、泳ぐことも出来ない。そもそも水の流れでひっくり返ったりもするんだ。息をするか泣くかしかできない赤子が、どうやって生き延びると?」
優しい誰かが拾ってくれる?
流れの速い川で拾えるものか。走って追いつかないような川から助けだせるなら、それは精霊かマッチョしかありえない。
そもそもサモンが流れてきたという川は、流れが穏やかだった。
「木のゆりかごに入れていてもですか?」
「どこかに流れ着いても、すぐ餓死するよ。人の多い所に流れ着くもんか。川の先には妖精の森と、アンタらが作ったスラムがある。そんなところに流れ着いてごらんよ。誰も助けちゃくれないさ」
王妃にトドメを刺して、サモンは「本当にお辛いだろうが」と、思ってもいない労いをかけた。
サモンがさっさと玉座の間を出ようとすると、沈黙を貫いていた王がサモンに言った。
「それを証明せよ」
王の一言に、サモンは振り返る。
王はもう一度言った。
「その王子が本当に死んだことを証明せよ。さすればお前を人違いだったと認め、正式に謝罪する。ただし、もしも生きていたら、王子をここに、呼んでくるのだ」
「それが人にものを頼む態度かい。まぁ、いいさ。こんな所に居たくないし、私としてもちょうどいい。期間は何か月にしようかねぇ」
「一時間だ」
「アンタバカだねぇ。そんなこと一時間で出来るもんかい」
サモンが呆れていると、王はさらに畳みかける。
「もし断るのならば、お前を地下牢に幽閉する」
――牢に?
サモンはさぁっと血の気が引いた。
またあんな目に遭わなくてはいけないのか?
一時間で王子の生死の確認はできる。けれど、生きてたら連れてくる、のは無理だ。
世界のどこにいるかも分からない。
いたとしても、遠くの地にいる人を一瞬で連れてくるのは不可能だ。
(でも、断れば地下牢だ)
サモンはいろいろ考えた結果、「いいだろう」と王の条件を飲み込んだ。
「ただし、こちらにもやり方はあるし、準備もある。私の言う通りにしてもらうからねぇ」
サモンがそう言うと、王は兵士に何かを命じた。
兵士の一人が、麻袋に詰めたサモンの持ち物を持ってくる。
サモンは中身が無事なことを確認すると、早速必要なものを用意させる。
***
サモンが用意させたのは、部屋を一つと、王と王妃の髪の毛。
土の入った瓶と、ランタン、桜の植木、銀の天秤と方位磁石、そして地図。
サモンは部屋に入ると、邪魔されないように部屋に魔法をかける。
「風のお守り、火のお守り、水のお守り、土のお守り、木のお守り。――領域を守れ『精霊のお護り』」
部屋に魔法をかけると、早速王子の行方探しを始めた。
監視役に置かれたアイザックは、サモンの魔法に驚いた。
彼は魔法を見るのが初めてらしく、「本当にあるのか」なんて呟いた。
サモンは彼のことを気にもせず、王子の生存確認から始める。
サモンはゴブレットに水を満たすと、「答えておくれ」と囁きかけた。
地図を広げると、それに手を置いて、ゴブレットに問いかける。
「約二十年前に、川に流された桃色の瞳の男の子、彼が何処に行ったか教えておくれ。生きているならその場所を、赤く示してくれるだろう。もし亡くなっていたら、水は黒く濁るだろう」
サモンはそう言うと、ゴブレットの水を地図にかけた。
地図全体が水に浸ると、サモンは腕を組んで水が答えるのを待った。
アイザックは大人しくサモンのすることを見ていたが、だんだん我慢できなくなったのだろう。静かにサモンの横に移動すると、サモンに「それは何を?」と尋ねた。
サモンは「追跡」と端的に返す。アイザックは地図の上で起きることを目で追った。
地図の上に赤い点が浮かび上がる。それは王都の位置を示したが、サモンは「違う」と言って、赤い点に水をかけた。
点は水に流され消えるが、その後はうんともすんとも言わなくなる。
「ちょっと、もう少し頑張ってごらんなさいよ。私以外にいるでしょ。死んだかぐらいは教えなさい」
サモンは地図をびちゃびちゃ叩いて急かす。
アイザックは疑問を口にした。
「サモン様は自分が王子ではないと、はっきりおっしゃられますが、それは確証があるのでしょうか。サモン様も、ここを示したという事は、サモン様も川に流された子供という事。ですが、あなた様はあまりにも確信を持ってらっしゃる」
みなしごで、王妃の言う話と生い立ちが似ていれば、少しは期待するはずなのだ。誰もが「そうだったらいいな」と妄想する。けれど、サモンは断固として「違う」と言い張る。
サモンは「当り前だろう」と、アイザックが知っている前提で話をした。
けれど、アイザックは察せなかった。サモンは「基礎知識だよ」とため息交じりに言った。
「王都は北側全体を山に囲まれ、東には海が広がっている。もしも川に流したのなら、海に繋がる東か、広大な地を礎に発展した西のどちらかになる」
近くにある川を無視して、わざわざ北の山脈を越えて、川に流したとは考えにくい。
王妃は追いかけたというのだから、北は除外される。
「それに、私は北の森で生活していたんだ。北を流れる川は、遥か北の方にしかない。南から繋がる川はないしねぇ。つまり、私が王族の可能性は人魚が空を飛ぶくらい有り得ないよ」
サモンがそう言うと、アイザックは納得した。
自分が王族なんて夢を見ないのはこういう事かと。アイザックはサモンを知的で現実主義者だと心の中で評価した。
サモンは確かに事実を述べた。だが実際自分は王族じゃないと言い張るのは、人間が嫌いだからである。
(ただでさえ人間は強欲で浅ましい蛮族なのに、さらにその中の王だって!? 絶対に認めるもんか!)
――ほぼ意地である。
サモンはとにかく、「自分じゃない」という事を、王たちに証明したいのだ。
どうせ死んでいるだろうが、川に流した王子が生きていてくれたら、正直助かる。
あの間抜けどもが川に流した子供を生きていると信じているのだ。
連れてくるのはかなり手間だが、全くできないとは言えない。不確かでも方法はある。
自分以外の桃色の目の男がいたら、そいつに全部押し付けてやる!
どうせ好きだろ! 金銀財宝! 絶対権力! 美人の総取り!
良いじゃないか。しけた生活から豪華になるんだ。生きているならさっさと出てきて、王宮に参じろ。
(私に穏やかな生活をさせなさいよ!)
「前提条件が違うのかねぇ? 二十年前じゃないのなら、私が流れ着いた頃から十年前後を」
サモンが地図に問いかけると、地図は中心から黒く濁り、ドロドロに溶けて消えた。
サモンはゴブレットに口を突っ込み、「ちゃんと調べとくれ!!」と怒りをぶつける。
「くそったれ。水がダメなら別の方法だ」
サモンはハッとした。
彼の頭の中では、一つの仮説が立つ。
サモンはそれを確かめるべく、杖でイヤリングを小突き、ネックレスに変えて身に着ける。
「木の精霊――『神隠し』」
サモンは自身に魔法をかけた。
どうなっているのか分からないアイザックが、サモンに「何をしているのですか」「一体どうされたのですか」と、問いかけるが、サモンは反応しない。
サモンは杖を振ってテーブルの掃除を済ませると、土をテーブルに撒き、ランタンに火を灯し、植木に魔法をかけて、もう一度同じことを問いかけた。
「約二十年前に、川に流された桃色の瞳の男の子、彼が何処に行ったか教えておくれ」
サモンが杖を振り、壁に地図を描いた。そして、テーブルに置いたそれらに、魔力を惜しみなく注ぐ。
土は、火は、木は、サモンに答えを教えてくれた。
どの力も、どの精霊も、王子の居場所を示していた。
――全てが王都を示していた。




