サモンに降りかかる危機
サモンは苛立ちながら、自身の塔の掃除をしていた。
別に災難が続いたわけでも、面倒事に巻き込まれたわけでもない。
ただ、レーガたちが課題をすぐにクリアしてしまうのが、彼にとって面白くないのだ。
レーガたちに課した課題は、サモンがクリアできないであろう内容を考えて出している。
クリアできなかった時に、対処法や使える魔法をヒントとして与えようという、ちょっとばかり意地の悪い課題を出していたのに、あの三人ときたら、それぞれの知恵を絞って攻略してしまう。
自力で課題をクリアするという、自主性や応用力が鍛えられるのは思わぬ産物としてよし。だがこのままでは、肝心な新技術や知識の育成がおろそかになる。
「いっそ、私が昔やられた訓練をそのまま……いや、ちょっとばかし優しくして出してやろうかねぇ。一歩も動かずに薪を百本集めるとか、杖を使わずに魔法で火おこしとか。うぅん、それだと後々うるさそうだ。森の生活を根掘り葉掘り聞かれるのはお断りだよ」
サモンははたきを杖で叩いて、本棚の掃除をさせる。
バケツを足で小突くと水が満たされて、ぞうきんを水に浸せば勝手に絞られて、そのまま床掃除まで始まる。
サモンは頬を膨らませて、近くの本を手に取った。
妖精言語の本をページを捲る。人には到底読め無さそうな本をサモンはすらすらと読んだ。
サモンは時々、目を細めては読みづらそうに瞬きをする。
サモンは本を途中で置くと、ポケットから目薬を取り出す。それを両目に点して、軽く息をついた。
「ダメだ。精霊の力が強くなってる」
サモンは約束した通り、精霊の魔力を抑える努力をしていた。けれど、今まで使っていた抑制剤が効きづらくなってる。前よりも魔力が強くなっているのだろうか。それとも、一度リミットを外したから、抑えづらくなっている?
どちらにせよ、このままでは仲間に申し訳ない。
四散した自分の体を拾わせた日には、ゴーストになることも許されないだろう。
「はぁ、仕方ないな。妖精の瞳と、人魚の涙を混ぜて……魔法薬学と錬金術を応用すれば、封印に近しい効果が出せそうだったなぁ。一度試して――」
サモンが本棚に手を伸ばしたところで、いきなりドアが開く。
乱暴に押し開けられたドアに、サモンはため息をついた。
「ったく、何回言えばそのマナーの悪さは治るんだい? いっそついでに体に叩き込んでやろうかねぇ」
サモンはロベルトだと思って振り返った。でもそこにいるのは、いつもの彼らの姿ではない。
見覚えのない鎧の屈強な男たち。
サモンは目を見開いた。
「居たぞ! 桃色の目の男だ!」
桃色の目? そう言えば、王都の王様が居なくなった王子を探してたんだっけ?
ならば、彼らは応急の兵士といったところか。
(人違い甚だしい)
サモンはずかずかと入ってくる男たちに、大きなため息をついた。
「ここに入ってこられたってことは、シュリュッセルとクラーウィスの警備を抜けたんだろう。ならきちんと自己紹介と用件を伝えないか。私も暇じゃないんだよ」
サモンが杖をしまったところで、男たちは床に何かを転がした。
ボール……?
サモンは慌てて口と鼻を塞ぐ。
その途端、ボールのようなものから煙が出て、部屋を一瞬で覆いつくした。
花と、少しばかりの果実の匂い。
『深眠花草』と『毒性キイチゴモドキ』の眠り薬か。
サモンは左手を爪を立てるように指を曲げ、それで前の空間を引っかいた。
突然吹き荒れた風に、男たちが顔を覆って目を塞ぐ。サモンはその隙に塔を抜け出し、森の中に飛び込んだ。
とにかく奴らに捕まらないように、サモンは森の奥を目指す。イチヨウの木に着けば、サモンの勝ちだ。
けれど、どうして奴らはサモンを捕まえに来た?
双子の警備を抜けたなら、合法的に学園に入っているわけだ。襲う必要性は無い。
サモンは考えながら、とにかく森を走る。
イチヨウの木に着けば、精霊の森に逃げ込める。
精霊の森は、その森の住人しか入れないから、サモンの完全なる安全地帯だ。
サモンは振り向かずに逃げた。
話し合っても意味のない相手だ。サモンを王子だと思っている以上、捕まる方が面倒なことになる。
(あと少しだ!)
――――ドスッ!
足を兵士の矢が射抜いた。
サモンはすぐさま矢を引き抜いたが、矢じりに同じ眠り薬が使われていたのか、その場に倒れた。
体が重く、意識ももうろうとする。
なんとか抵抗したが、努力空しく、サモンは回収された。
サモンは男に担がれたまま、ぼんやりとする視界で学園を見つめる。
頭に浮かぶのは、育ててくれた精霊の姿ではない。
どうしたことだろう、サモンはいつも塔に集まるあの三人の事を思い浮かべていた。




