ドッペルゲンガー?悪戯騒動 2
昼休みが終わり、午後の授業も残すところあと一つとなった。
サモンは次の三年生の授業の準備をしつつ、生徒たちが来るまで準備室のソファーで昼寝をする。
するとノックされて、サモンが聞くまもなくドアが開く。
どうせまたロベルトだ。あいつは人の返事を待たない奴だからな。
サモンはそう思って顔を上げた。
「············誰だ。アンタ」
サモンの前にいるのは、ロベルトの姿をした、黒い顔の何かだった。サモンは体を起こし、前のめりになる。
ロベルトらしきものは、準備室の中に、バケツの水を撒いた。
いくつもあるバケツの水が、至る所に撒かれ、魔法で防ごうとしたサモンも対処しきれない。
床も壁も水浸しになると、ロベルトらしきものはケタケタと笑いながら廊下を走っていく。
「お待ちなさい!」
サモンが追いかけるが、ロベルトらしきものは足が速く、到底追いつけない。
サモンは靴のかかとを杖で叩いた。
「風の精霊」
そう呟くと、サモンの足は風のように速くなる。
もう少しで追いつく……その時、ロベルトらしきものは廊下の角を曲がった。
サモンも角を曲がった。だが今しがた見ていたそれは居なくなっていた。
あれはいったい何だったのか、そう考えている間に、授業開始の鐘が鳴った。
***
放課後、サモンは職員室で事務仕事をしていた。
普段なら、仕事が終わればさっさといなくなるのだが、書類整理のために残っていた。
サモンが職員室にいるのが珍しく、クロエが面白そうな顔をして話しかけてきた。
「お疲れさまどす。なんやぁ、職員室に残っとるなんて珍しいもんやなぁ」
「たまたま書類が溜まったから、片付けてるだけさ。占術学もテスト酷かったんだろう。小テストの製作が早すぎる」
「うふふ、他の学問の事には首突っ込まん方がいいでっせ。せやった、あんたのお気に入りの子ぉ、ちゃぁんと教育した方ええんちゃうの?」
「お気に入りの子? 誰のことを言ってるんだい?」
「あや、否定せんの」
クロエに言われ、サモンは不満げに口をつぐむ。
話を促すと、クロエはレーガが授業前にクロエの服にペンキをかけたことを話した。
「黒いペンキをかけてきよってん。注意したらな、と思ったらウサギみたいに早う走って、見えなくなってもうてなぁ。おかげでウチのお気に入りが一着ダメんなってもうたわ」
「多分レーガじゃないと思うけどね。マリアレッタ先生も昼に同じようなことでレーガに注意したが、アリバイがあったから、不問になった」
「ホンマにしとらんと?」
「この学園で怒らせたら怖い教師二人の前で、堂々と悪さをするほど間抜けじゃない」
クロエは妙に納得した様子で頷いた。
だが、そうなればそれがいったい誰なのかが分からない。
「ほな、あれは誰がやってんねやろなぁ」
「さぁね。この後ちょっと調べてみるつもりだ。興味深そうなやつだったし。あの真っ黒な顔でだませると思ったら大間違いだ」
「真っ黒な顔?」
「あぁ。剣術科のロベルトに化けて来たよ。目も鼻もない顔で、私をだませるはずがない」
「何言ってはるん? 同じ目に遭うたんなら、顔見てるやろ。ちゃんとついとったやないの」
クロエはキョトンとして言った。サモンは目を見開く。
顔があった? そんなはずはない。
サモンが見たのは真っ黒な顔で、表情なんてついていなかった。
観たものが違う? でも被害は同じだ。
サモンは何も言わずに職員室を出た。
***
他の教師には見えて、サモンには見えない顔。
突然現れて、忽然と消えるもの。
生徒の姿をして悪さをする何か。
妖精にそのような悪戯をする奴はいないはずだ。
なら、原因は何だろうか。
「頭が痛くなるねぇ」
外で風を浴びながら、サモンは空を仰ぐ。
自分から調べるにしても、妖精でないのなら、あたりがつけられない。
サモンはため息をついた。
姿を真似るモンスターは知っているが、それなら双子に即刻見つかっていいオモチャになっているはず。いや、ウンディエゴの時やインプの時は、彼らのセキュリティは働かなかった。
感知する脅威や問題に優劣をつけているのだろうか。
それともサモンが動くから、放置しているのだろうか。
「そちらにせよ、質の悪い……ん?」
サモンがふと花壇の方を見やると、女生徒が花壇を踏み荒らしていた。
見慣れた後ろ姿にサモンは声をかけた。
「その姿で悪さをするのはお止めなさい。ロゼッタは園芸部だ。そんなことはしないんだよ」
ロゼッタらしきものは振り返った。やはりサモンには顔が見えない。
サモンは逃げられないように、先手を打った。
「『通りゃんせ』」
人型の紙が連なった鎖が、二人の周りを取り囲む。
サモンは腕を組んでそれを見据えた。
「さぁ、お逃げなさい。どうせ無理だろうがね」
サモンは黒い顔をじっと見つめる。
その顔は表情はおろか、何を考えているかも分からない。
サモンがロゼッタらしきものをじっと見つめていると、それは杖を抜いて反撃を試みる。
「おや、私に勝てるとでも? 面白い。やってごらん……」
サモンはロゼッタらしきものの手元を見た。
姿をそのまま映しとっているのに、杖は右手にに握られている。
ロゼッタは左利きだ。握る手が逆になっている。
(これじゃ鏡写しじゃないか)
――鏡写し?
「あっ、そうか」
サモンが気が付くと、ロゼッタらしきものが反撃してくる。
雷魔法を撃ち、サモンの鎖を焼き切った。
そのまま逃走するやつを、サモンは追いかけずに見送った。
「…………なるほど」
サモンは納得すると、自分の塔へと歩き出した。
こういう時に、役に立つ奴らが、自分の塔に集まっているのだ。




