割と本気の喧嘩舞闘 2
サモンはゴブレットの底をまた叩いた。
水が溢れ、地面に零れていく。
サモンの足元が水浸しになり、土がぬかるんでいく。サモンは杖で地面を引っ掻いた。
土が起き上がり、人の形を成す。
水を含んだ土は炎のように揺れながら、手を空へと突き出した人へと変わった。
サモンは「おはよう」とそれに挨拶をする。
「時間だよ。仕事を始めないと」
土人形は手をゆっくりと下ろし、前を向いた。
土人形の顔に、カメリアは驚いた。放送本部でも、シュリュッセルが口を押さえる。
『あらヤダ。あの土人形、カメリアそっくりだわ』
人形は、カメリアと同じ姿をしていた。カメリアが恐れのままに、剣を構えると、土人形も真似をして同じ構えを取る。
カメリアが飛び出すと、人形も同じ速さで飛び出していった。
速さで勝れば勝機あり、と踏んだカメリアだったが、攻撃の受け流し方も、間合いの詰め方も、隙の突き方、攻撃の手順の癖、何から何まで一緒の敵をどうやって倒せるだろうか。
サモンはカメリアの奮闘を離れたところで面白そうに見物している。
クラーウィスは頬杖をついてカメリアの戦いを眺める。
『アレ、攻略方法とかあんのか?』
『そうねぇ、土だし。そもそも泥だから、乾かして砕いちゃえば?』
『いいえ、割と簡単にいきませんよ』
双子の会話にエリスが口を挟む。
カメリアは人形の腹にようやく一撃を入れたところだった。切腹のように横に引き抜いてみるも、泥で出来た体は切れた先から元に戻ってしまう。
カメリアは土を掴んで人形に叩きつけた。さっきと同じ水、けれど土と混ざったものに効くはずもない。
彼女の奮闘を、固唾を呑んで見守るエリスが解説をする。
『先ほどは、純粋な水だけでしたが、今は土と混ぜました。泥にしたことで、不純物という弱点を消したんです。ストレンジ先生が操る五大エレメント、火、水、風、土、樹木。その中で物理攻撃が効くのは樹木くらいなものです』
『土は固形だろ? 物理効くじゃん』
『そのあたりは解釈によって変わります』
意図せずして学園長直々の魔法基礎の授業が始まった。
土とは固形エレメントであり、水同様に生命の基盤となる『生育』の力を宿す。
固形とひとえに言っても、砂や岩のように強度も形も変化する。陶器のように混ぜたものによっては、本来の姿と大きく異なる事もある。
物理攻撃が効くかどうかは、術者の力量で変わるのだ。
弱い力では、せいぜい砂を動かす程度で終わるが、強くなると岩を生成することも、砕くことも出来る。
『じゃあ、サモンは岩を作れるくらいの魔力があるってこと?』
シュリュッセルが尋ねると、エリスは顔をシワシワにして悩んだ。
腕を組み、説明しにくそうに口を尖らせる。
『······実を言うと、ストレンジ先生の魔力は、人並みなんです。人よりちょっと多いけど、私からすればそんなに差はないんですよね』
『はぁ? そんなことないだろ。日常的に散々魔法使ってんだからよぉ』
『そこです。ストレンジ先生の強みは。お二人とも考えてみてください。毎日、朝から晩まで魔法で楽をしようとした時、貴方たちならどうしますか』
エリスの問いに、双子は同じ方向に首を傾げた。
朝起きて、着替えや洗顔は手でやるとして、掃除に洗濯、ご飯を作って──朝だけで魔力の半分は使い切る。昼まで持たない計算に双子は口を揃えて「無理」と言う。
エリスは、カメリアの苦戦を欠伸をして眺めるサモンを見つめた。
『おわかりでしょう。ストレンジ先生は、魔力の使い方をよく知った、頭が変な魔法使いです』
不名誉な放送にも興味なさげなサモンは、カメリアの交戦をじっと見据える。
土人形の動きに合わせて、自分の癖を直していく。思っているよりもカメリアの成長が早く、サモンは次の一手を考えていた。
(人形が乾き始めてきた。あと一分でカメリアがそれに気づく。そのあとに似たような手口は使えないから、幻惑······いや、あと五分で競技終了だ。カメリアになんとか降参させる方法を)
サモンが考えていると、カメリアが土人形を破壊した。
サモンの想像を超える早さに、目を見開く。
崩れたそれを見ると、練り上げた時よりも土の量が多いことに気が付いた。
「思っていたより賢いな」
「土を増やして動きを鈍らせた。水と土の黄金比で作ったんだろうが、水より土の量が増えたら乾くのが早くなるぞ」
「泥団子とか作ってそうな顔してるもんねぇ」
サモンは杖を振り上げた。
杖の先から花弁が噴き出し、シールドの天井を満たしていく。
カメリアは次の手を警戒しつつ、サモンに尋ねた。
「何をそんなに怒っているんだ」
「おや、分かってるくせに」
「ストレンジを利用しようとは思っていない」
「進行形で利用しているくせに何を言ってんのさ」
サモンはひとしきり花弁を出し切ると手を止めた。
絶好の狙い目なのに、カメリアは襲ってこない。
サモンは挑発するように腕を組んだ。
「アンタ、言ってただろう。剣術科の不満。女の身で剣術に長けてるから、抑圧が辛いんだろう。そのくらい無関心な私だって察せる」
「そうだな。言った、確かに言った。けどこの勝負とは関係ない」
「魔法科で、珍事解決している私に勝てば、多少なりとも認めてもらえると思ってるのに?」
サモンに痛いところを突かれたカメリアは、唇を噛んだ。
図星にサモンは鼻で笑う。
「残念だがね。私を倒したところで、アンタの株が上がることも、肩身の狭さが楽になることもないよ」
「それでも、魔法学科でも剣術学科でも名前を聞くストレンジと手合わせした。その事実だけでも······」
サモンは「間抜け!」とカメリアを叱咤する。
「私は『授業だけしてる』って契約を無視した面倒事を押し付けられてるだけで、自分から進んで引き受けてるわけじゃないんだ! それなのに厄介事持ってきて「あとよろしく~」なんて冗談じゃない!」
「そもそもこの体育祭のことも競技のことも全部、契約違反なんだよ!!」
「それが本音かストレンジ!!」
サモンの叫びを受け止めて、カメリアは勝利に固執していたことが馬鹿らしくなる。さっさと競技を終わらせたくなって、最後の攻撃に入った。
剣を低く構えて足に力を込める。サモンも杖を高く構えた。
カメリアは後ろに下げた左足をバネにして前に飛び出す。
サモンが魔法を唱えようとした。
「っ!?」
カメリアの足首がぐにゃりと曲がる。足を挫いたカメリアの手から、剣がすっぽ抜けた。
この程度の失敗は誰にでもある事だ。だが、不幸とはどういうわけか、重なるように訪れる。
「ねぇ、あのネズミみたいなの何?」
生徒の誰かが話すのが聞こえた。放送本部から、クラーウィスの注意が飛んでくる。
『サモン剣を止めろ! グレムリンだ!』
サモンが装置の方を見やれば、確かにグレムリンがいて、今ちょうど装置を壊したところだった。
サモンは杖を握りなおす。
「っ!!」
サモンの横腹を、何かが突き飛ばすように横切った。カメリアが手放した剣だ。切れたこともわからないくらい痛みが無く、だがほんのちょっとずつ熱が生まれていく。
サモンが傷を認識する間もなく、それは白組の生徒たちの方へと進んでいく。
グレムリンの確保か、生徒の保護か、傷の手当か。
ああ、こんな緊急時に剣術学科の教師は動かないし、誰も逃げようとしない。サモンはため息をついた。
(面倒くさいなぁ)
サモンは杖を剣に向けた。
「変身せよ」
剣は生徒たちの前で無数の蝶々に変わり、大空へと舞い上がる。
サモンはイヤリングを引き抜いて、グレムリンへと投げつけた。イヤリングはバキバキと音を立てて、カゴに変わり、グレムリンを閉じ込める。
そしてようやく、ゴブレットを持ち、傷に水をかけて治癒をする。
何とか被害を出さずに事を終わらせると、周りから静かに、でも確かに聞こえる拍手が送られた。
カメリアは立ち上がると、「すまない」と謝った。サモンは「本当にね」と、謝罪を冷たくあしらう。
「剣術科はどんな教育方針なんだ。生徒の身に危険が及んでも棒立ちで使えもしない」
「それは同意だ。今日にでも主任を問い詰めるとしよう」
「この拍手はいつ終わるのかな? 私、早く戻りたいんだけど」
「ストレンジへの賛辞だ。自然に終わるまで、待っててやれ」
そう言って、カメリアも拍手を送る。
サモンは言われた通り、自然に止むまで待った。雨の音のように、心地よかった。




